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壬玖  作者: 丹午心月


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閑話、祥介との約束

 毎月二十五日に出る月刊新聞が三月下旬にあった大穴熊討伐を、約ひと月遅れではあったが大々的に掲載した。虹介の活躍を報じた事で、校内で虹介に絡んで来生徒は殆どいなくなったが、一部はそうではない。虹介としては無断で報じられて迷惑でしかなかった。

 そして、それが面白くない川下在住の上級生が手を出し始めた。最初の内は我慢をしていたが、限界が来た虹介は近くに落ちていた小石を投げ、上級生の一人の横をかすめたそれが校舎の壁に穴を空けた事で、誰も相手にしなくなる。正確には、石は壁を貫通した後、反対側の壁にり込んでいて、虹介の実力を目の当たりにして戦慄し、相手に出来なくなった。ちなみに、虹介はこの件でも役場へ行き、壁の修理代は先に手を出した上級生が出す事になった。


 凧の件で色目の屈強さが身に染みた原村は、二度と虹介を標的に出来なくなり、別の生徒に目を付けて憂さを晴らしていた。それを虹介が見掛ける事もなく、助けるには至らなかった。

 そして、一人平穏を手に入れ、祥介との約束で学業に励み始めていた。約束とは、成績が五位以内なら長期休暇の間に入った村外へ行く仕事に同行出来る、というものだった。長期休暇は約五週間ある夏休みは当然として、約十日しかない冬休みと春休みも含まれている。

 学校へ通っても友達が出来る訳でもなく、キュウと戯れる事も出来ずに孤独だった。学校など通わずに祥介の手伝いをしたい、と駄々を捏ねた結果がそれだった。

 そんな約束がある事を知らない野沢は、虹介の激情に教師として寄り添えるのか、気圧されるのではないかと不安でしかなかったが、ここ最近の態度は不思議と落ち着いて、何より勉強に励んでいる上に、率先して質問もして来る程に打ち込んでいた。それがとても嬉しかったし、その報告を受けた朝野と柿崎も安堵していた。


 虹介は物心が付いた頃から隊舎で隊員と鍛錬に励んでいて、それは通学が始まっても続いていた。これは祥介と郡司の意向だった。隊舎での鍛錬は週にさん度だったが、祥介が虹介に課しているクルーとの鍛錬は雨天決行で毎朝している。虹介にとって、隊員との鍛錬は対人での手加減を覚える事を目的としていて、クルーとの鍛錬は対獣の実践そのものだった。

 鍛錬のない放課後は竜次郎と滝へ出掛け、夕食の菜を増やす為に釣りをしていた。

 これ等に勉強が加わり、虹介としては目まぐるしい日々を過ごしていて、耳障りな雑言もいつしか耳に入らなくなっていた。


 それでも中間試験は一年生の中で二位だった。教科は国語、算数、理科、社会の四教科で、どれも九じっ点以上だったのに、それ以上に点を取った生徒が一人でもいると思うと悔しく、闘志を燃やした。

(五位以内で良かったのに、一位を目指すのか。これは約束をきちんと守らないといけないなぁ)

 時間が空くと勉強をし出す虹介を見て、祥介は決意を新たにした。


 ある時、虹介に対して野沢先生が依怙えこ贔屓ひいきをしているとの苦情が入った。苦情を入れたのは原村の父親だ。

 朝野、柿崎、野沢、原村の父親、息子の貴十郎、それに祥介と虹介の七人で面談となり、難癖を付けられた戸二谷家は辟易としていた。

「質問に来た生徒に、真摯に答えるのは教師として当然の義務ですから、それで依怙贔屓と仰るのであれば、貴十郎くんも質問をすれば宜しい」

 そう朝野が言えば、原村の父親は凄む。

「ヤル気のない子供をヤル気にさせて、教師が分からない事は質問させるようにするべきだろが」

 祥介が失笑した。

「な、何がおかしいんだよ!? 色目はこれだから……。自分らが優位だからと見下しやがって」

 一頻ひとしきり笑った後、祥介は原村の父親を睨み付ける。

ひがみ根性丸出しで情けない。子が子なら親も親だな。そもそもやる気になるかどうかは本人次第だ。うちの子がやる気になったのは野沢先生とは無関係だからな。それから自分に出来ない事を人に強要するな。子供のやる気は親が引き出せ。その足りない頭で理解が出来たか?」

「黙って聞いてりゃいい気になりやがって! 色目ごときが調子に乗ってんじゃねぇぞ! 税金でタダ飯食ってる分際で偉そうに言ってんじゃねぇよ!」

 立ち上がって捲し立てたが祥介は相手にせず、虹介に睨み付けられて縮こまっていた貴十郎を一瞥し、朝野を見た。朝野は険しい顔で原村の父親を見ていた。

「校長先生、こういった言い掛かりでわたくし共を呼び出す事は今後止めて頂きたい」

「言いがかりだと!? 本当の事を言われて尻尾を巻いて逃げるのかよ!?」

「それでは失礼します」

 原村の父親が叫んでいたが、意に介さずに立ち上がると虹介を見る。

「虹介」

「はい。先生、さようなら」

 立ち上がり、小さく辞儀をして祥介と退室した。閉扉する音を聞いた朝野は、呆気に取られている原村の父親を見た。

「それでは貴十郎君がどうすればやる気になるのか、一緒に考えて行きましょう」

 野沢は扉を見詰めている貴十郎を見る。

「原村君、勉強が苦手だものね。勉強が出来るように先生も手伝うから、一緒に頑張りましょう」

 貴十郎は微笑んでいる野沢を見たが、すぐに顔を背けた。そして、その優しさに頼る事はなかった。


 この日以降、虹介のやる気は更に増した。

 辛捌しんはつ村出身の祥介は、川下の色目蔑視がここまで酷いものだとは思っておらず、考えを改めた。

 そして自分には息子がもう一人いる。折を見て大介に訊いた。

「俺は色目じゃないし、川上の子が周りに多いから平気だし、お陰様で強い方だから大丈夫だけど、今頃聞いても手遅れだと思わないか?」

 大介に苦笑しながら言われ、猛省する事となった。


 そうこうしている内に、虹介が一学期の学期末試験で見事に一位を取った。夏休みに入って、速達や護衛の依頼で村外へ行く時は、約束通りに虹介を同行させた。

 速達の場合はクルーは連れて行けない為に留守番がお約束なのだが、キュウは留守番をさせても、言う事を聞かずに必ず付いて来た。

 休憩中や夜になり、虹介が夏休みの宿題を広げる度に、キュウは必ずその上に乗ってそれが出来なかった。仕方なく、祥介がキュウを抱っこをする羽目になった。それは冬休みもさせられ、宿題のない春休みには虹介がキュウの相手をして、祥介はそれを微笑ましく眺めていた。

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