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壬玖  作者: 丹午心月


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二十六、手順の崩壊

 壬玖じんく村の警備隊から先行隊として十人が庚漆こうしつ村に入っていた。

 この十人、偶然にも廃屋で一夜を過ごそうとした所、あの集団を見付けていた。お陰で大して休めなかったが、これは僥倖ぎょうこうと言わざるを得ない。

 一人は庚漆村へ走り、九人はその場に残って交代で動向を窺っていた。図らずも一人減りって、残りが二十人から十九人となっていた。それでも九人で太刀打ち出来る筈もなく、出発後も望遠鏡で確認が出来る距離を保ちながら尾行する。

 幌カル車が二台と一台に分かれ、九人は六人と三人に分かれて尾行を続けた。

 先に分かれた三人は速度が出ていない事から防護眼鏡も覆面も首に掛けていた。そして、東の田園地帯へと向かって行く幌カル車を見ていたが、民家付近で停まると三人も停まった。

「五人だな」

 加波かなみが望遠鏡を使って見ている。黒田が顔を顰めた。

「五人かぁ……。厳しいな」

「そうだな。三人ではちょっとな」

 小林が頷いた。加波が首を傾げる。

「それにしても民家に入って何をやってるんだろ?」

 この一帯は小高い丘になっていて見晴らしが良く、辺りを見渡していた黒田が加波を見る。

「民家に入ったのか?」

「最後の一人が敷地内に入った。うん、全員入った」

 加波の言に二人は顔を見合わせた。


 暫くすると、五人が出て来て幌カル車に乗ると北にある次の家へ向かい、同様に敷地内へ入って行った。その間に小林が先の家へカルカルで乗り込み、確認に向かう。加波と黒田はまだその家の手前で五人が出て来る時を待っていた。

 五人が三軒目に入った所で一軒目の家の前に到達する二人を見た小林が合流した。

「三人いて、全員死亡」

「そうか……」

 黒田の顔が渋くなる。

「それじゃあこれ、殺し回ってるんだな」

 加波が言うと、小林が頷く。

「だろうな」

「それじゃあ小林、隊舎へ通報を頼む。俺と加波はこのまま様子を窺う」

「諾」

 首に掛けていた防護眼鏡を装着し、覆面も上げてカルカルの向きを反転させ、来た道を急いで戻った。黒田はそれを見送ると停まっている幌カル車を見た。余りにも小さく、本当にそれか疑わしく思えて来るが、加波が望遠鏡を向けているから確かにそうなのだろう。


 更に尾行を続けていると異変が起こった。

「誰も乗り込んでいないのに、幌カル車が動き出したぞ」

 加波の言に信じられず、黒田が訝し気に「マジで?」と訊き返す。

「陰に隠れてどうやって乗る? いや、でも後ろから乗り込んだ奴はいない。前から乗り込んだのか? 今まで四人が後ろから乗り込んでいたのに? ……御者台に五人も座っているのか? それとも御者台から乗り込んだか?」

 西側にある門扉の手前に停まっていた幌カル車は確かに動いている。

「うん、動いてる。前から四人が乗り込んだか……?」

 黒田はそれを確認する事が出来なくても、険しい顔をして加波を見る。

「それはおかしいな。次に停まった時、俺が近寄って確認しよう」

「諾」

 加波はカルカルを前進させると黒田も同様にした。


 元村が御者台に乗ると、井岡は隣に座った。元村は井岡が座ったのを見ると手綱を波打たせてカルカルに合図を送り、走り始める。

「人数が減ったし、そろそろ一人生かして詰め所へ行かせるとするか」

「まだ五軒しか回ってませんよ。もう少し殺しておきましょう」

「いや、次で終わりにする。カルカルに乗って逃げるから、次に停まったら先にカルカルから荷車を外すからな」

「……分かりました」

 渋々頷くと、元村は井岡を一瞥した。

「牧場へカルカルを取りに行かずに済むから、その分早く逃げられるぞ」

「あ、そう言えばカルカルが余りますね」

「余った分は放置だ」

「それじゃあ俺が引っ張って行きます」

「分かった。好きにしろ」

 嬉し気にしている井岡を再度一瞥すると、「ふ」と笑いを小さく漏らした。

 次の家に到着すると二人は降り、荷車を外し始めた。


 加波は幌カル車が停車した事を確認すると、カルカルを停める。

「黒田さん、停まりました」

 黒田は遠めでも、門扉が南にあって幌カル車が塀の西側に着けている事は解った。

「……降りて来ませんね」

「よし。左から遠回りして、北からこっちへ向かって走って戻るわ。動きがあったら呼び子で反転の合図を頼む」

「諾」

 黒田は防護眼鏡と覆面を装着し、西側にあるあぜ道を西に向かって離れ始めた。呼び子を吹いても黒田の耳には届かないが、カルカルがそれできびすを返す訓練を受けている。聴力の高いカルカル頼みの指示だった。

 加波は黒田の居場所を把握しつつ、五人の様子もせわしなく窺った。程なくして黒田が見えなくなり、二人が門扉へ向かって行く様子が見えた。

「うっそぉ……、二人になってる?」

 思わず声が漏れた。にわかに信じられなかったが、実際に二人しか門扉を通らなかった。望遠鏡を上着の中へ入れると、急いで防護眼鏡と覆面を装着してカルカルを走らせる。すぐに最高時速には達する事は出来ないが、それなりの速度が出て、幌カル車の手前から減速する。通り過ぎ様に荷車が外されている事を確認し、再度速度を上げて呼び子を吹いた。停止の合図だ。

 前方に黒田が見えると減速して、黒田の傍で停まった。

「どうした?」

「二人だよ。二人になってた」

「何? 二人だと? 他には?」

「荷車が外されてたから、二人になったしカルカルに直接乗って行くのかも」

「すぐ行こう。カルカルを散らす。その後は手前か向かって左にいる方を殺して、残りを確保する」

「諾」

 黒田が先に走り出し、加波は反転して即座に走り出した。カルカル等が視界に入り、減速をしてから停まる前に飛び降り、大人しくしているカルカル等の尻を叩いた。四頭は真っ直ぐ北へ向かって走って行く。自分達が乗っていたカルカルを牽いて来てから荷車の前に待機させ、生垣に沿って門の近くまで行った。先に黒田が担いでいた刀を抜刀して膝を折り、防護眼鏡を首に下ろして待機すると、加波は黒田の後ろで待機する。

「井岡さん、腰が抜けてるからって殺す事はなかったと思いますよ」

「お前の希望通り、もう少し殺す事になっただけだろ。次の家の奴を詰め所に走らせるわ」

 話し声がすぐそこまで来ている事を教えてくれた。黒田が立ち上がると門から入って行き、それに次いで加波も躍り出た。

 黒田は井岡に向かって刀を振り上げている元村が背中を向けていて、僥倖とばかりに袈裟斬りした。加波は状況が掴み切れず、黒田の右側へ出ると、井岡がそれに驚いて突き出していた刀を加波に向けた。それを見た黒田が右側へ踏み込んで刀を振り上げ、井岡の刀を跳ね上げた。加波は右側へ抜けながら咄嗟に刀身を寝かせ、右手を柄から離して左腕一本で井岡の首に打ち付けた。井岡はその衝撃で前に倒れる。

「っはー! ……ハァ、ハァ、この状況は一体何だ?」

 黒田がそう言いながら覆面を下ろして、大口を開けて呼吸した。加波は余裕があるようで、呼吸は整っていた。

「さぁ? 黒田さんで見えなかったんだけど、どうやって斬ったんだ?」

「突っ込んだ時は、死んだ奴が倒れてる奴に向かって斬り掛かってて、背中を向けてたんだよ。手前にいて、その上背中を向けてるんだぞ。斬るしかないだろ」

 嬉し気に話す黒田を見て、加波も微笑んだ。黒田は倒れている井岡を見て小さく一息吐く。

「それにしても、事情を訊くにもこれでは訊けないな」

「でも峰打ちした事は褒めて欲しいなぁ。……そうそう、黒田さんが刀を飛ばしてくれて助かったよ。ありがとう」

「峰打ちは良くやった。俺もあれは斬るかと思ったんだけどな。こいつもあの状況で突く相手を変えて来るんだから、それなりにやれる奴が集まっているんだろうな。これは気を引き締めてかからないと……」

「こっちも数がいないと危ないな」

 二人は渋い顔をしていた。

「そうだな。こいつを縛って最寄りの詰め所へ行って、その先どうするかを決めよう」

「諾」

 加波が縄を取りにカルカルの所へ行っている間、黒田は念の為に元村の首を刺した。


 役場に入り込み、合図を待っている近藤、柏木、棚田、西川、田中、石川の六人は役場内を無意味に徘徊していた。その間に、村長である早川が秘書と共に役場を出て行ってしまう。それを見付けたのは石川で、すぐ近藤へ知らせに走った。しかし、その近藤を見付ける事に時間が掛かってしまい、その間に見失って跡を追えなくなった。

「合図が遅いからだな。こうなったら戻って来るのを待つしかない」

 険しい顔の近藤が言うと、石川が申し訳なさ気に頭を下げた。

「すいません。俺が尾行しなかったばっかりに……」

「ったくよぉー……。尾行したってどうやって行き先から知らせるんだよ。近藤さんじゃなくて、近くにいた奴を見付ければ良かったんだよ。そうすりゃ、二人で尾行して一人が行き先から知らせに戻れるだろうが。気が回らねぇなぁ……」

 柏木が言うと、近藤が柏木の肩に手を置いた。

「人目を気にして二人一組で行動させなかった俺が悪いんだ。とにかく一旦外へ出て戻って来るのを待とう」

「うっす……」

 柏木は渋々頷いた。石川は俯いたままだった。

「石川は棚田と西川を探してこの事を伝えて、一旦外へ出るように言ってくれ。カル置き場にいる」

「分かりました」

 小さく辞儀をして足早に離れる。

「田中、柏木、行くぞ」

「うっす」

「はい」

 三人は一足先に外へ出た。そして、カルカル置き場へ向かう。柏木一人が仏頂面だった。


 杉村が待っている側へ虹介が駆け寄った。

「お待たせ」

「早かったな。もっと掛かるかと思ったわ」

「走って来たからな」

 笑顔で言いながら杉村の隣に座った。すると、二人の前に一人の男がやって来た。虹介が見上げると知った顔だった。

「あれ、俊ちゃん。どうしてここに?」

「道中で、多分だけど虹介に頼んだ連中を見付けて尾行して来たんだよ。それで警備隊へ報告をしに行った帰りなんだけど、虹介こそここで何をやっているんだよ?」

 いつもは穏やかな顔をしているが、この時ばかりは物凄く険しかった。

「ああ、この人は杉村しんさんって言う人で、兄ちゃんの師匠」

「えっ」

 俊亮しゅんすけは杉村に顔を向けると小さく辞儀をした。

「大介がお世話になっています」

「あー、いやいや」

「こっちは高村俊介、兄ちゃんと俺の幼馴染だけど兄弟みたいなもんなんだよ」

「ああ、そうか。大介と虹介が世話になってすまんな」

「いえ、とんでもないです」

 虹介は二人が辞儀をし合っている様子を見て微笑んだ。

「明日合流するって話だったから、今日は杉村さんと買い物をしていたんだよ」

「そうか。先に来られる者で来たんだよ。十人で来て、今はさん三三で監視中だ。庚漆村の方も人を送ってくれるって言っていたから」

「へぇ、そうなんだな。それじゃあ俺も合流しとくか」

 そう言って虹介は杉村に顔を向けた。

「真じい、ごめん。先に帰っていてもらえるか?」

「分かった。頑張り過ぎるなよ。じゃあな」

 立ち上がると虹介の肩を軽く叩いて去って行った。虹介も立ち上がり、俊亮と並んで歩き出す。

「今、役場に入っている筈なんだよ。残りは知らないけどな」

「そうか。それじゃあすぐそこだな」

「うん」

 尾行した六人の背格好や服装を聞きながら歩いていると、言われたような服装とほぼ同じ服装をしている人物が八人もいて前を歩いている。

「俊ちゃん、前に白の上下を着てる集団がいるんだけど……」

「俺にも見えているよ……」

 八人は散って歩いていたが、後ろから遠目に見ると集団に見える。二人は眉を顰めていた。

「高村、虹介」

 二人は振り返ると、見知った顔があった。虹介の顔が綻ぶ。

「花岡さん。山じゃないのか?」

「非番だった所を駆り出されたんだよ。高村の方はどこへ行ったんだ? 何人いた?」

 そう言いながら俊亮の隣へ行く。

「六人が役場に入りました。花岡さんがいるという事は、やはりあの前に見える八人がそうですか?」

「そうだ。合流して人数が増えたんだよ」

「花岡さんの他に誰がいるんだ?」

「砂村と築島。虹介、あの八人を追ってくれ。砂村と築島を高村と一緒に役場へ行かせる」

「分かった」

 返事を聞いた花岡は足早に歩き、砂村と築島に役場へ行くように指示を出しに向かった。八人は牛歩の如く歩き、中々前に進まなかった。


 虹介は俊亮と役場のある通りで別れた後、花岡の後ろ姿を見ていたが次の通りの角で立ち止まっていて、それに合流する事となる。

 右手にある塀は役場の物で、花岡がそれを陰して様子を窺っていた。

「どうかしたのか?」

 後ろから声を掛けると、一旦頭を引っ込めて虹介を見る。

「あいつ等も役場に入りたいみたいだな。裏門の周りをうろついてる」

「それじゃあ役場に何かを仕掛けるのか?」

 首を傾げて、再度様子を窺う為に頭を徐に動かした。

「だろうか。向こうも役場に入っていると言うし、正面と裏から行く気なのか? こっちは確実に入る機会を窺っている感じだな」

 虹介は興味をそそられて、同様に塀から少し顔を出して見ようとしたが、花岡が邪魔で見る事が出来ず、屈み込んで地面に手を突きながら徐に頭を出して見た。少し見えた所で頭を引っ込め、立ち上がると振り返って人通りを見た。屈んでいた様子を目の端で捉えていた花岡は苦笑する。


 中々裏門から離れる事も、入って行く事もなく、時間が過ぎて行く。

「まだ入らないのかよ?」

「そうだな」

 虹介が痺れを切らして苛立っていると、通り過ぎたカルカルがすぐそこで停まり、ふと顔を向けた。

「あれ、小林さん」

 それを聞いた花岡が振り返った。小林がカルカルを牽いて側に来る。

「もしかして、ここに連中がいるのか?」

「そうだ」

 答えたのは花岡だった。虹介に訊いたつもりだった小林は態度を改めた。

「お前の方はどうなっているんだ?」

 そう聞いた花岡に顔を向けた小林が口を開く。

「村の東側で民家を回りながら一般人を殺しています。それを警備隊に報告しに来ました」

 それを聞いた二人は渋い顔をする。

「そうか」

「どうしてそんな事を……」

 虹介が呟いた。

「向こうで事件が起きていると知れば隊員が向こうへ行くからか? こっちを手薄にして役場を襲う気か。それならあの人数でも納得が出来なくもないが、……何の為に?」

 思案し掛けたが、ふと小林に顔を向けた。

「小林は役場の裏口にも一味が張り付いている事を報告してくれ」

「分かりました。それじゃあ行きます」

「頼むぞ」

「はい」

 小林はカルカルに跨って去り、虹介は後姿を見ていた。花岡は壁に張り付いて様子を窺い始める。

「まさか、向こうにも色目がいるのか?」

 思い当たる節はあっても不用意な事が言えず、虹介は押し黙った。

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