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壬玖  作者: 丹午心月


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30/39

二十五、手練れの尾行

 虹介は壬玖じんく村の警備隊と合流するまでの約二日間、杉村の家で過ごす事となった。

 アオが戸井に屈服していた事で預けても支障がなく、キュウを散歩に行かせている間に庚漆こうしつ村の商店街で買い物をしていた。赤葉あかば山で狩りをしても良かったのだが、虹介としては慣れていない為、店で仔等の餌を買う方を選んだ。

 その前に、警備隊隊舎へ行き、郡司に頼まれていた手紙を受付に渡してから商店街へ向かう。

 商店街は賑やかで、一通り見て回ってから仔等の餌以外に、杉村に頼まれた物も買い、キュウが散歩から戻る前に杉村家へ戻った。

 道中は誰かが跡を追って来る訳でもなく、遠回りをして念入りに後方を確認したが、誰も来ていなかった為、虹介は尾行されていないと確信していた。

 杉村家に到着すると、仔等は戸井が見てくれていた。クロは寂しかったようで甘えて来たが、アオは相当遊んで疲れた所為か、良く眠っていた。

じんじい、ありがとう」

「おう、わしにはこれくらいしか出来んからな」

「十分だよ」

 もう卒寿を優に過ぎている筈なのだが、アオを眠らせてしまう程にすこぶる元気で、虹介は感心していた。

「村の方はどうだった? 変な奴が紛れ込んでいたか?」

 杉村が不意に問う。虹介はクロを撫でながら首を傾げる。

「いつもの様子が分からないから、紛れ込んでいなくても、紛れ込んでいるように思えるな」

「あはは! それはそうだ。外へ滅多に出んわしもそう思うわ」

 楽し気に笑った杉村は頷いていた。

しんは引き籠もりで村を知らんからなぁ。二人で行って来いや。次は逆にみなが怪しくないように見えるぞ」

 戸井がそう言って一人笑っていた。


 夜が明けてから三時間が経ち、廃村では三台のほろカル車の準備がされていた。三台全てが四頭立てとなっている。

 一班に穂村、谷川兄弟、蜂屋、上原。二班に井岡、元村、相川、原、国原。三班に柏木、棚田、西川、田中、石川と分けられ、近藤が一人でカルカルに乗る事になっていた。

 大川が捕まってしまった為に作戦が前倒しになり、庚漆村へ向かう支度は済んでいた。そして、近藤が皆の前に立っていた。

「これから村へ行き、要人を殺す。出来れば村を奪取して蜂軍の名をとどろかせる! 一班は旗手を含めた三人と合流後、長老共を抹殺する。その後は旗手に従え。二班は村の東端で陽動作戦、隊員を引き付けたらカルカルに乗って牧場へ行き、カルカルを略奪後に乗り換えて村を脱出しろ。三班は俺と共に村長を抹殺する。警備隊の色目は押さえてくれる手筈になっているが、もし来たら即逃走だ。得物の手入れは怠っていないな? 穂村と谷川兄弟は手入れしただろうな?」

 言いながら三人のいる方に顔を向ける。三人は薄ら笑いを浮かべた。

「当然。刃こぼれもしてなかったわ。まぁ俺が一番多く首を取るぜ」

 穂村が自信あり気に答える。「言ってろ」「出来るかよ」などの野次が飛んでいたが近藤は頷いた。

「二班は人数が減ってしまったが上手くやってくれ。それじゃあ向かおうか」

 各々が得物を持ち、外へ出て行く。御者は班の中から慣れた者が御者台に座った。近藤の合図で出発する。

 廃村は至る所にあったが、ここは庚漆村から南南東に約二百キロメートル離れた場所にあった。幌カル車には必要な水もカルカル等の餌も積んでいる為、時速六十キロメートルで三時間以上掛かる事になる。

 虹介が立ち寄った廃村は庚漆村の近場にあり、三十キロメートルも離れていなかった。そしてそに人影が一つ、何かを探していた。


 虹介はいつも通りに早起きをしていた。二人はまだ寝ているようで、静かに掃除をして朝食を拵えてしまうとやる事がなくなり、山頂を目指して走り、汗を掻いて戻って来た頃には八時を過ぎていた。

「意外とこの山って高いんだなぁ」

「高さはないぞ。勾配が結構あって、山頂までの道がその分長くなってるのよ」

 戸井が湯の入った桶を持って来ると、虹介は礼を言ってそれで汗を拭く。

「虹介、汁があったまったぞ」

「ありがとう。もう少し待って」

 杉村が汁椀に装い、座卓に置いた。いつの間にかいなくなっていた戸井が戻って来ると、虹介に服を差し出す。

「大介が置いて行った服があるから、これに着替えろや。それはわしが洗うから寄越せや」

「ありがとう」

 それに着替えると、着ていた服を渡した。虹介は二人に甲斐甲斐しく世話をされながら過ごした。

「虹介、今日はわしと村へ行くか」

「それじゃあそうする」

 杉村が嬉し気に頷いた。

「クロアオはわしが面倒を見ておくから、ゆっくりして来いよ」

 戸井がアオを撫でながら言う。アオはすっかり戸井に懐いているようで、虹介は微笑ましく見ていた。


 庚漆村の東側には平原があり、見晴らしが良く、何か来たとしてもすぐに気付ける為に手薄となっていて、蜂軍はそれを調べ上げていた。

 二班の井岡、元村、相川、原、国原は五人になった事に対し、不平不満を言う事はなかった。

「いやぁ、人数が減ったけど、これで割り当てが増えるってもんだよな」

 相川が言うと、原が笑いながら頷く。

「それだよ、それ。稔が死んでくれて良かったわ」

「手当たり次第殺すぜぇ!」

 国原も張り切っている。井岡は冨永が死んだ事を喜んだ原を睨み付けていたが、それに気付く者はいなかった。元村は御者をしていて、この会話は微かに耳に入った程度だったが興味はなく、聞き流している。

(牧場は村の南側にあるという事を知らないのか? めでたい連中だな)

 そう思うと不敵に微笑んでいた。


 一班と三班は向かう先は同じだったが、カルカル牧場で荷車を預けると足りないカルカルを借りてその場で分かれる。一班は役場付近でカルカルを預け、三班は役場にカルカルで乗り付けてそれぞれが役場に潜り込んだ。

 村は幾つかの地区に分かれていて、その代表を長老と言い、長老の上役が村長となる。役場に村長室があり、同じ敷地内の別館に長老室があった。三班は先ず動向を探る為に役場へ入り、一班は別行動を取っている旗手の下村、園岡、日村と合流する為、その地点へ向かっていた。

 行き先は役場と商店街の間にある公園で、待ち合わせに良く利用されている石像付近へ行く。園岡と日村を見付けた上原が二人に近付いた。

「下村さんは?」

 下村と目を合わせずに園岡が口を開く。

「ああ、時間までには戻る」

 そう返事をしながら、穂村と山川兄弟を見ていた。

「あの三人は使えそうなのか?」

 園岡の視線の先を見た上原は小さく頷いた。

「始末する事に関しては」

「そうか。まぁ今回は頑張って働いてもらうとしよう」

 上原はそこから少し離れ、七人は下村が来るまで待機する事となった。


 下村はあの人と呼ばれていた男と路地裏で会っていた。

「なんだ、手に入らなかったのかよ」

 男は残念気な顔をしつつも、声色は全くそうではなかった。こういう胡散臭さが下村からの信用を欠かせていた。

「はい。そういう事なので……」

「それじゃあ手助けは出来ないから帰るわ。まぁ頑張れよ」

 上原の肩に手を置くと去って行った。

(失敗する確率が跳ね上がったが、まぁいい。やれるだけやってみせる。いや、確実に取る)

 決意を新たにすると、大通りに出て右へ行った男の方は見ず、反対側の大通りへ向かった。


 男は商店街の通りに出ると店先を見て回った。すると、偶然にも虹介を見付けた。思わず顔をらせ、徐々に虹介の方へ向ける。

(よし、気付いていないな。それにしても何故ここに? ……あの腰にある物がそうか。二振りもあるなら一振りくらい……。大穴熊に勝てる程強いと言ってもまだガキだからな)

 口角が自然と上がった。男はこのまま虹介を尾行する事にする。虹介は見ているだけで何も買わず、人気のない民家の方へ歩いて行った。

(宿屋へ戻る気か。なら行き先を見届けるか)

 下心があり、尾行を続けた。しかし、途中で見失ってしまった。付近の道を全て調べたが、姿が煙の如く消えてしまった。男は地面を蹴り上げて土埃を立てるとその場を去った。


 杉村と商店街を見ていた虹介は、昨日見ていた商品とは違う商品が並んでいる事もあり、それなりに楽しんでいた。

「あ、切り干し大根がある。昨日はなかったのに」

「欲しいか? 買ってやるぞ?」

「えっ、いいよ。そんなの……」

 言い終えてから杉村の方に顔を向けると、視界の端に見覚えのある上着を着た男が見えた。

(あの上着、見た事があるぞ……。どこでだ?)

 すぐに顔を商品に向け、思案した。

「それじゃあ、こっちの乾燥野菜にするか?」

 籠を手に取って、虹介に見せる。

「人参はいっぱいあるからいいよ。ありがとう」

「それは残念。欲しい物があれば言えよ?」

「うん、ありがとう」

 それから暫くは色々な店先で足を止め、並んでいる商品を見ていた。

(あっ、分かった!)

 虹介はどこで見たのかを思い出した。そして杉村と話をしながら、男が視界の端にいる事を確認する。

「真爺、ちょっと聞いて。多分だけど、俺が尾行されている」

 声量を落として言うと、杉村が真顔になった。

「真爺はこのままここにいて、黄土色に袖が緑の上着を着ている男が俺を追ったら、俺が尾行されている事になるから、その男に気付かれないように尾行してもらってもいいか?」

「分かった。行け」

「もし俺だったら途中で撒くから、真爺も程々にな」

「おう。待ち合わせするか?」

「うーん、四十分後に隊舎でどうだ?」

「隊舎かよ……。ならこの二筋南側にある公園だな。割と大きいからすぐ分かるぞ」

「ああ、環造かんぞう公園な。なら、そこの石像だな」

「おう」

 虹介は頷く代わりに軽く挙手をする。

「それじゃあ、またな」

「おう」

 そう言って男のいない方に向かって歩き出した。杉村はそのまま商品を物色しながら、左側を気にして何度も目をやった。虹介の姿が見えなくなっても暫くその場で待機した。すると、言われた上着を着た男が確かに追っているようだった。確信すると、杉村は持っていた荷物を抱えたままで男を尾行し始める。

(あんな上着を持っている奴は知らんなぁ。まぁ顔を知っていても、あの上着を知らないって事も有り得るがな。顔を見たいが……)

 ある程度の距離が間にあれば色目とは分からないとは言え、杉村の虹彩は水色だった。男との距離は約五十メートルを保っていたが、住宅地へ行かれてしまうと見失う事は必然だった。

(虹介が撒こうとしているからだな。仕方がない。先に公園へ行くか)

 深追いはせず、きびすを返した。


 人通りの少ない方を選んで進み、振り返って確認する事が出来ない虹介は耳を澄ませ、後ろから聞こえて来る微細な音に集中していたが、足音は聞こえて来なかった。

(相当に慣れているな? 民家があるからこれを使うしかないな。いい感じの塀はないか……)

 不意に角を左へ曲がり、左手に来た家の塀の笠木に左手を置き、右手を開いて壁面に着けると体を水平にし、壁面に這わせるように右手で持ち上た。右手が伸び切る前に左脚が笠木に掛かり、そのまま塀を乗り越えて着地せず、笠木に両手を掛けたままの状態で両足は壁面に掛けて張り付いていた。急速に近付いてくる足音が聞こえ、微かに荒い息が聞こえる。そして遠ざかって行ったが再度戻って来て、別の方へ向かって行った。それでもその状態でじっ分は耐え、忍び足で民家の庭を通り、塀の笠木から頭を出して左右を確認する。そうしてから漸く門扉から堂々と出て行った。

(ふーっ、やり過ごすのも大変だなぁ……)

 確認を怠らないように、杉村と待ち合わせをしている環造公園へ急いだ。

(それにしても、どうしてあいつがここにいるんだろう?)

 答えの出ない疑問を抱えていても仕方がない。翌日以降の為に頭を休ませた。


 環造公園では下村が合流をして八人が揃うと、石像から離れて人のいない方へ向かった。下村は足を止めて振り向くと、全員が近付くまで待った。穂村が最後に近寄ると口を開く。

「それじゃあ役場の裏から入り込んで、長老共のいる別館へ行く。警護もそれなりにいるから気を抜くなよ。半鐘は役場内にある。それが鳴り出したら突入の合図だ」

 そう言って七人の顔を見ると歩き始めた。七人はそれに付いて行く。

 石像近くにある縁台に腰を掛けていた杉村が、その八人を見ていた。

(あの人数で山にでも入るのか? 多過ぎるだろ……)

 得物を腰に差していたからそう思ったのだが、それもすぐに目を逸らし、別の物を見て時間を潰した。


 その頃、村の東側では五人が幌カル車から降り、疎らにある家に入っては殺戮を繰り返していた。

 そして別の一軒屋に侵入していたが、原は奥にいた女を殺し、更に奥へ行こうとしていたその時、物音がする。

「牧場でカルカルを用立てないといけないが、どこへ行けばいいんだ?」

 仲間が来たと思って言うと振り返った。確かに仲間だが、その井岡は振り返り際に袈裟斬りにした。

「あがっ……」

 血を少しばかり飛ばした原は声を漏らして倒れ込んだ。

「お前が死ねば、俺の割り当てが増えるからな。ありがとよ」

 そう言いながら首に切っ先を刺し込んだ。そこへ国原がやって来る。

「お前、何やってんだよ……」

 刀を首から抜き様に振り返り、国原を左逆袈裟斬りにすると、後ろに飛び退かれてしまう。

「お、身軽だな」

「おいおい……、冗談はよせよ」

 顔を引きらせながらも切っ先を井岡に向け、左手を柄頭つかがしらに添えた。次は相川がやって来て、国原が刃を向けている相手を知ると愕然とした。

「お前ら、何をやってんだよ?」

「井岡の足元を見ろ」

 国原に言われた通りにすると、血を流して倒れている原が目に飛び込んで来た。

「はぁん……。理解したわ」

 そう言って不敵に笑った相川も刀を構えると真顔になり、一歩前進した。

「合わせろよ?」

「お前がな」

 国原にきつめに返され、相川は舌打ちをするとそれ以上は前に出なかった。井岡は二人を前にしていたが、至って冷然として視界を広くしていた。すると、音もなくやって来た元村が後ろから相原の左腰を貫き、そのまま左側へ薙いだ。

「ぐっ……」

 元村に向いた相原の首を、左逆袈裟斬りで斬った。それを視界の端で捉えた国原は右側へ飛び退いた所、井岡が突っ込んで心臓を一突きにした。

「ったく……、仲間内で殺し合いをしてんじゃねぇよ」

 膝を折って相原の服で血糊を拭き取りながら言った元村を見て、井岡も国原の服で血糊を拭いた。

「すんません……」

「この家はもう人がいないから、次に行くぞ」

「はい」

 二人は落ちていた得物を拾って次へ向かった。

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