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壬玖  作者: 丹午心月


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二十七、綻びの果て

 下村以下八名は役場の裏口は公務員の出入り口となっているがそこへ入らず、建物の外壁に沿って、人に気付かれないように張り付いて移動する。裏口からの出入りが殆どないとは言え、ある程度の間隔を空けてながら人が続いて最後の一人が裏門へ入ると、それを見届けた花岡が虹介を見た。

「行くぞ」

「はい」

 虹介は花岡の速度に合わせて走り、裏門に辿り着くとそこへ張り付き、花岡が腰を屈めて徐々に頭を出して様子を窺う。虹介は立ったまま、通りに目を配った。

「右側へ行っているな。おっと」

 頭を引っ込めて虹介の方に顔を向けると立ち上がる。虹介が側へ行く。

「右側に何かあるのか?」

「別館か倉庫か、何だろうな。別館なら長老が詰めてる筈だよ」

「ああ、地区代表の。そいつ等に何の用があるんだろう?」

「うん、そうだな。倉庫だったら、何を狙っているのか……」

「金目の物?」

「果たしてそんな物があるのかどうか……。役場はそういう類の物は買わないからな」

「そうか。それじゃあ別館が有力候補になるな」

「だな。長老を人質に取る、は有り得そうだな。もしかして壁をよじ登って村長狙いか? ……分からないなぁ」

 最後の方は呟き、再度屈み込んで様子を窺った。


 八人は本館の壁に沿って、別館と繋がっている渡り廊下の手前まで来ると二人ずつの四組になり、渡り廊下の出入り口を挟むように、本館の正門側、本館の裏門側、別館の正門側、別館の裏門側と分かれて待機した。渡り廊下は出入り口付近の両脇に少し高めの腰壁があり、屈み込んでしまえばそれで見えなくなる。

 花岡はそれを確認すると、虹介を待たせてある場所まで戻った。

「渡り廊下の出入り口の四ヶ所に張り付いた。そこで待機するみたいだ。虹介は来た道を戻って、塀を乗り越えて別館の向こう側、正面側な、あっちの渡り廊下に張り付いている奴等をみはってくれ。俺はこっち側から見る」

「裏門を左に行って、角を左に行って左手の塀を乗り越えて、建物の奥側へ行けって事でいいよな?」

「そうだ、それでいい。頼む」

「分かった」

「行き過ぎて見付かるなよ?」

 思わず鼻で笑う。

「うん、気を付ける」

「それから、抜刀したら突っ込んでくれ。出来れば生け捕りにしたいが、無理なら殺していい」

「分かった」

「本館か別館か、どっちかに入ったら、俺が入った後に来てくれ」

「うん、分かった」

「よし、行っていいぞ」

「行って来ます」

 真顔で言うと、花岡が虹介の肩を軽く叩いて頷く。虹介は先ず裏門を目指した。


 八人は待てど暮らせど半鐘が鳴らなず、それでも待ち続けていたが、痺れを切らした穂村が立ち上がる。穂村は別館の正門側にいた。

「かったりぃ。いち抜けた」

 組んでいた上原が驚いて見上げる。そう言いながら渡り廊下の真ん中に腰壁のない場所があり、そこを縦断して別館の裏門側に屈んでいる山川兄弟を見た。

「豊とまことはどうする?」

 二人は顔を見合わせた。

「兄貴はどうする? 俺は抜けてもいい」

「それじゃあ抜けるか」

 二人は立ち上がり、裏門の方へ悠々と歩いて行く。穂村も向かった。

 その三人の前に本館の裏門側にいた園村と日岡が立ちはだかって即座に抜刀すると、その後ろから園村が真っ先に豊へ向かって行った。

 穂村と信も応戦するべく抜刀したが、本館の正門側にいた下村が信の背後から心臓を目掛けて突いて、自分の後ろにいた蜂谷に目配せすると、駆け寄った蜂谷と共に壁際へ運んだ。蜂谷は即座に戦線へ戻る。下村も刀を抜いて信の服で血を拭うと戻った。

 抜刀が遅れた豊は咄嗟に後ろに飛び退いて何とか凌いだが、左前腕を斬られていた。

「おいおいおいおい! ここでやるのかよ!」

 穂村が声を張り上げて振り返る。蜂谷が先に、下村が少し遅れて穂村に跳び掛かった。穂村が蜂谷に切っ先を向けた時、蜂屋は左へ素早く避け、下村が突っ込んで来て逆袈裟斬りをする。

 穂村は避けて一歩踏み込んでいた右足で踏ん張り、右側が空いている下村目掛け、突進して逆袈裟斬りで左腕を狙う。すると、首筋に激痛が走った瞬間、意識を奪われた。

 下村は穂村を無効化した虹介と目が合うと、真っ黒の目をしている事に気付いて我が目を疑い、虹介に向かって刀を振り上げようとした所を懐に入られてしまい、その動きを利用され、手を押されて仰け反った。体勢を戻そうとして硬くなっている筈の腹に拳を叩き込まれ、膝から崩れ落ちる。

 蜂谷は即座に刀を落として両手を上げたが、同様に腹に拳を叩き込まれて気絶した。

 それが視界に入っていた園村と日岡は向かって来る豊を二人で斬り倒し、虹介に刃を向けて機を窺っていると、園村が花岡から首を峰打ちにされて倒れ、残った日岡は自害をしようと切っ先を首に向け掛けた所、虹介にそれを取られて腹に拳を叩き込まれて倒れた。

 花岡が倒れている人数を確認して虹介を見た。

「もう一人は!?」

「とっくに寝てる」

 それを聞いて深く息を吐いた。

「助かったわ、ありがとう」

「仲間割れしていたし、ほぼ後ろからやったからな。楽だったよ」

 そう言って倒れている奴等から花岡に目を移すと困った顔になる。

「縛れる物を持ってないから、どうしょう?」

「俺も五人分くらいしか持ってないんだよなぁ。ここの警備に話したい所、だけど、まだ本館に入った連中の事があるからな。騒ぎにしたくないんだよな」

「それじゃあこいつ等は壁際に寄せよう。引き摺って来るよ」

「頼む。俺も出来るだけ縛るわ」

 虹介は頷くと一番に気絶させた上原を引き摺って来た。待機していた間、人っ子一人別館に向かっておらず、心配する必要もないような気もしたが、六人を五人分の縄で無理遣り縛り、足りない分は殺害された者の上着を脱がせ、それを使用した。

「それじゃあここから本館へ入って行くか」

 花岡がそう言って渡り廊下の出入り口を親指で指した。虹介は頷き、二人はそこから本館へ入る。人が結構いる場所へ来ても、隊員とも生成りの衣服を着ている連中とも出会う事がなかった。

 本館の玄関に辿り着いた二人は顔を見合わせる。

「いたか?」

「いなかった」

「虹介がいないって言うんだから、いないよな……」

 二人は手分けをして入念に見て回ったがやはりいなかった。


 村長室で仕事をしていた早川は、警備隊隊員二人が入室して来て瞠っていた。

「何だね、突然。出て行きたまえ」

 二人から警備隊隊員である証を見せられると、顰めていた顔を和らげた。

「何の用かね?」

「役場に賊が入り込んでいるので、念の為に外へ出てもらえますか」

 折角和らいでいた顔が再度険しくなる。

「何!? 私が狙われていると?」

「それは分かりませんが、念の為です」

「我々以外にも一階にいるので、我々が傍にいなくても心配なさらないで下さい」

「分かった。住谷と共に出てもいいかね?」

「秘書ですよね。いいでしょう。いつも通りにして下さいね。周りを見回さないようにお願いします」

「分かった。気を付けよう」

 早川は隊員二人と共に住谷のいる秘書室へ行き、隊員は二人を送り出した。少し後ろから付いて行くが、それも途中までだった。

 住谷は早川が前にいると安心出来たが、怖い物は怖かった。言われた通り、真っ直ぐ前を見据えている早川を見て、住谷も気を張って前を見ている。役場を後にし、やはり言われた通りに最寄りの警備隊の詰め所へ行く。

 二人が一息吐いていると、別の隊員が飛び込んで来た。

「村長が狙われているようで、見失ったからか外で待ち受けています」

 早川は驚愕し、恐怖と共に顔を歪ませた。その場にいた庚漆こうしつ村の警備隊隊長の赤井が「うーん」と唸りながら腕を組んで目を閉じた。全員がそれを注視し、目が開いて女郎花おみなえしの虹彩が見えると身構えた。

「村長には悪いけど、もう一度役場に戻ってもらうか」

「それは本気で…」

「本気も本気。上手く行けば役場が戦場にならずに済む」

 早川を遮って言うと微笑んだ。早川は険しい顔だったが、住谷は顔を強張らせて震えた。


 一度戻った早川達は、これ見よがしに荷物を増やして再度外出した。釣れるかどうかが心配だったが、それは杞憂に終わる。あらかじめ決めていた合図を送られ、そのまま環造かんぞう公園へ向かい、石像の前で隊員が扮する業者と打ち合わせをする。

 その場で一時間熱心に打ち合わせをしたが手を出して来る事はなく、業者に扮した隊員が更に二人来て移動を開始する。近藤以下六人はそれに付いて行こうとまばらに移動を開始した。そこで一人に就き五人が掛かって行くという大捕り物が繰り広げられる事となった。

 こうして蜂軍の二班は捕縛され、環造公園の封鎖は解かれた。そして、一班のいる役場の別館へと意識を向ける。赤井は虹介がいる事を聞かされていたが念の為に二十人を引き連れ、別館の東側にある塀から十人を向かわせ、残り十人は赤井と共に裏門から向かったが、五人が縄で、一人が上着で縛られ、二人が死んでいる現場を見る事となった。

「花岡と虹介がいないな?」

 赤井の傍にいた副隊長の吉野が口を開く。

「もしかしたらここが片付いたから、役場にいた連中を片付ける手伝いに行ったとか?」

「有り得るなぁ……。よし、俺が行こう。悪いけど荷車を持って来るなり、どこかから戸板を借りるなりして、隊舎へ運んでおいてもらえるか」

「分かりました」

 吉野が隊員全員に聞こえるように話している間に、赤井は渡り廊下の出入り口から役場へ入って行った。


 合流が出来た虹介は赤井と共に隊舎内の内勤室へ向かった。

 まだ壬玖じんく村の警備隊隊員の全員と合流は出来ていなかったが、東側では八軒が襲われ、死者十一人、生存者はいなかった事を聞かされた。

「集会があって、それで被害者が少なかったんだと」

「不幸中の幸いだな」

「でも家族がやられてるから……」

 そんな会話も聞こえて来た。

「虹介、もう事は終わったし、やる事がないけどどうする? 明日に到着予定の隊員と合流して一緒に帰村するか?」

 不意に赤井に話し掛けられて見上げた。

「うーん、そうしようか。それじゃあ今日はもう帰っていいか?」

 目を赤井に向けると、赤井が小さく頷く。

「話も聞いたからもういいんだが、どこに泊まっているんだよ?」

「杉村さんち」

「ああ、あそこか。しんさんとじんさんに宜しく伝えておいてくれよ」

「分かった。それじゃあお疲れさまでした。お先に失礼します」

 頷くと、後は声を張り上げて周りにも聞こえるように言った。口々に「お疲れ」「またな」「ありがとう」と言う声が聞こえている中、軽く挙手しながら退室した。

 虹介はくとにを置いてあるカルカル置き場へ向かう。杉村と別れてから約五時間しか経過していないが、気を張ってみはっていた事もあって気疲れしていた。


 杉村の家へ戻るとクロの熱烈な出迎えを受けた。アオは眠っていて起きてくれなかった。

「虹介、昼飯は食ったのか?」

 そう訊いて来た杉村に間抜けな顔を向ける。

「あ、そう言えばまだだった」

「残りもんだが食っておけよ。持って来るわ」

「ありがとう。本当にくたびれたよ」

「じゃろうな。まだ学生なのに隊員の仕事をさせられたんじゃからな。で、予定通りに明日合流するんじゃろ?」

 戸井がクロを抱き上げて撫でながら腰を下ろした。虹介も座卓の傍へ行って腰を下ろす。

「うん。それで一緒に帰る事にしたよ」

「そうか。そりゃあ寂しくなるなぁ……」

 撫でる手が止まっていると、クロが戸井の腕の中から飛び出して虹介の股座またぐらへ行き、「アオー」と鳴いてから寝転んだ。それを見た戸井が微笑んでいた。

「庚漆村までなら速達の仕事で来る事もあるから、寄れたら寄るよ」

「それまで元気に生きておく事にするわ」

 そう言うと豪快に笑った。虹介も釣られて笑った。

(これは早く来た方が良さそうだなぁ……)

 夜は三人で布団を並べたのだが戸井のイビキがうるさかった。しかし、聞いている内にその調子に慣れて来て子守唄のように馴染んでくると、昼間の疲労も手伝っていつしか眠りに就いていた。


 翌日、朝食後に仔等を連れて三人で山を散歩し、それから隊舎へ向かった。先行していた壬玖村の隊員とは合流出来たが、到着予定の隊員は十六時を過ぎても到着しなかった。

 それもあって今日中には出発する事はなくなり、庚漆村の隊員の鍛錬に付き合う羽目になる。仔等は隊舎内にあるカルカルの運動場に放り込んでおき、夕食時までそのままにしておいた。

 夕食直前に二十人の隊員が到着し、隊舎の厨房がにわかに慌ただしくなった。一行は事のあらましを聞いてから先に入浴しに行き、虹介達はゆっくりと夕食を摂った。

 夜は道場で三十一人が雑魚寝をして、翌朝は商店街で買い出しをしてから出発した。虹介は大所帯の旅が初めてで最初こそ戸惑ったが、全員が顔見知りだった事も、俊亮しゅんすけが帯同していた事あり、とても楽しかった。

 帰路は蜂軍が最後の拠点にしていた廃村へ寄り、忘れ物がないか確認が行われたが、これという物が全くなかった。廃屋の裏に打ち捨てられていた死体を回収し、毛布でくるんで荷物専用のカルカルに乗せ、そのカルカルに荷物を載せていた四人は遅れて帰村する事となる。


 帰宅すると、祥介ももう帰宅していた。杉村と戸井に会って良くしてもらった事や、俊亮の事も勿論話したが、虹介が受け持った蜂軍の連中の事も何もかもを話した。

「まぁ蜂軍とか言う奴等の事は良く分からんが、名前からして蜂起して、騒動を起こしたかっただけなんだろうな」

「そうか?」

「考えても見ろよ。どれだけ頑張っても最後は色目が集団で出張って来るんだぞ? 勝ち目なんてないだろう」

「そういう……ものか」

「虹介が相手にした奴も、一人は自害しようとしたんだろう? 死ぬ事は覚悟の上だったんだよ」

「そうか……」

 仮にそうだとして、名を残す為に死んで行く奴等の気が知れないし、知りたくもなかったが首を傾げる。

「周りを巻き込む意図が分からない」

「まぁ、本当に村を掌中に収めたかっただけなのかも知れないけどな。それよりも、明日から大介の所へ通うだろう?」

「うん、行く。くとさの訓練にもなるから毎日くとさで行くわ」

「そうか、分かった」

 祥介が微笑んで頷いた。虹介はそれを見て、釣られて微笑んだ。


 翌日から春休みが終わるその日まで、毎日砂漠の村にある病院へ、祥介と共に足繁く通った。大介は退屈気にしていたが、後遺症が残る事もないようで虹介は安堵した。

 そして、個室という事もあり、キュウと仔等を出し、戯れている姿を見た大介は顔を綻ばせた。

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