閑話、キュウの愚痴
これは留守番ではない。そう、おれは置いて行かれた。
虹介は困ったように笑っていた。でも置いて行った。
そしておれは今、動けない。その上、クルー姉さんの胸元に置かれている。
なぜか。
父さんにナワでグルグルに巻かれているからだ。
おれはとーっても悲しい……。
キュウは一羽で語っていた。辟易としているクルーが眉を顰める。
「静かにしなさい」
「これが黙っていられるかってんだよ!」
縄で巻かれていて、動かせるのは首と足のみという哀れな姿だった。クルーは小さく溜息を吐いた。
「虹介にも仕事があるのよ。いつまでも一緒だと思わない事ね」
鼻を鳴らし、顔を正面に向けた。
「私も祥介に置いて行かれる事が増えたわ……」
「今は父さんはいるだろう! 父さんはいいんだよ。虹介だよ、虹介!」
クルーは鼻先でキュウを遠ざけた。
「や、やめっ……」
「私だって、好きでお前のシモの世話をしている訳じゃないのよ」
こうして拘束されている時は嫌でも下の世話をしてもらっている負い目もあり、キュウはすぐに反省をした。
「ごめんなさい……」
素直に謝罪をすると、クルーが右前肢を器用に使ってキュウを胸元に戻す。口に出すとクルーに叱られる為、心中で文句を垂れる事にした。しかし、その不満はクルーに伝わり、クルーは左前肢に顎を乗せ、鼻から息を深く深く吐いた。
虹介がキュウを置いて行く事は珍しくなくなっていたが、それでもキュウは虹介の跡を追って一週間以上帰って来なくなるが、虹介が出発した日をこうしてやり過ごすと、不思議と翌日からは散歩をしたり、手近な場所での狩りをしたりと日常を送るようになる。日常に戻るとは言っても、虹介の事を忘れている訳ではなかった。
翌日、朝になるとキュウの縄が解かれ、クルーもキュウの世話から解放される。
「キュウ、虹介はもう遠くへ行っているから追い掛けるなよ?」
祥介が優しく声を掛けるが、キュウは漸く自分の足で立ててもお冠だった。
「わ・か・っ・て・る!」
「あはは、怒るなよ。今度は多分十日を過ぎないと帰って来ないからな。出掛けてもいいが、毎日帰って来るんだぞ? 必ずだぞ? いいな?」
祥介の笑顔が一転、厳しい顔になった。
「言われなくても分かってる!」
「よし、それじゃあ縁側へ連れて行ってやるからな」
「ありがとう」
祥介はキュウが何を言っているのか理解は出来ていなかったが、首を下げる事から謝罪をしていると思っていた。
キュウは祥介に小脇に抱えられて縁側へ来ると踵を折って腰を落ち着かせ、昨日見られなかった外を眺めていた。
「父さんはとおかおすぎないとって言ってた。とおかおすぎないって何?」
大きな独り言を呟いていた。
「十? 顔! 杉! ない。……???」
知っている単語を当て嵌めては首を傾げた。
それから数日は虹介を思い出す度に怒りが再燃し、それを発散するように狩りをした。獲物は全て祥介に捧げた。祥介に捧げる事はクルーに捧げるも同然だったのだが、何故か肉は自分の口に運ばれた。
そして、虹介の部屋ではなく、祥介の部屋で寝起きしていた。部屋が違う事で寂しさが増したが、最近では馴染んでいた仔等がいない事が余計に寂しくさせた。最初は手加減を知らずに戯れられていたのだが、手加減を覚えてからは戯れる事が楽しくなっていた。
クルーは立ち上がったかと思えば、クルー専用の出入り口の側にある岩で爪を研ぎ、柵を跳び越えてカルカルの運動場でカルカル等を追い回して遊び、満足すると部屋に戻って横たわるだけで、キュウの相手をする事はない。その為、余計に仔等が恋しくなった。
「クロアオはいつ帰るんだ?」
「静かにしなさい」
「はぁー、早く帰って来てほしいなぁ……」
「静かにしなさいってば」
「煩いぞ。静かに寝ろ」
キュウとクルーは祥介に怒られ、すぐに黙った。キュウは首を竦め、目を閉じた。思い浮かぶのは虹介の笑顔と、一緒に連れて行かれた仔等だった。
「キュルルー……」
その鳴き声が異様に悲し気で、祥介は何も言わなかった。
壬玖村にいる間の日課として、村の南にある狩り場まで毎日飛んでいた。そこで一時間は過ごし、それから小柄な草食動物か小鳥を探して上空を飛び回る。運が良ければそこで捕獲出来るが、悪い時は深懐山へ行っても捕獲出来ない事もある。そういう場合は命潭湖で魚を捕獲する。しかし、今日は深懐山で小鳥を仕留める事が出来、意気揚々と帰宅した。縁側に獲物を置いて、その側で日向ぼっこをしていた。
祥介が前を通り掛かり、それを目にするとキュウを小脇に抱え、井戸まで連れて行く。立て掛けていた大きめの盥に水を張り、キュウをその中へ置いた。
「ありがとう」
「綺麗にしておけよ」
そこで水浴びを始め、どこかへ行っていた祥介が戻って来ると手拭いを二枚持って来ていた。
「ほら、拭くぞ」
「水浴びはまだやる」
「もう上がれよ? 拭くぞ」
「だからまだやるってば」
「駄々を捏ねずに上がれ」
「い・や・だ!」
盥の中で翼を羽ばたかせ、水を撒き散らす。飛沫が掛かっても祥介は動じなかった。祥介の脚が濡れてしまったが、キュウは悪びれもせずに続けていた。祥介はと言うと、苦笑しながらキュウを見ていた。
新年を迎えても虹介は帰って来なかった。
そして、キュウは元旦から狩りにも散歩にも出掛けなくなった。そうなると祥介が巾着袋にキュウを入れ、それを腰に提げて連れ歩いた。
どこへ行くのも祥介と一緒だったが、寂しいものは寂しかった。
六日になると遂に虹介が帰って来た。嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて、本当に嬉しくて堪らなかったが、その分、再燃した怒りで脳味噌が沸騰した。
祥介はカルカル等が騒いでいた事で虹介の帰宅に気付き、巾着に入ったキュウを腰から提げたままでカル舎へ向かった。いつもなら虹介と対面するや否や、咆哮が響く筈なのだが、意外にも静かだった為に祥介が確認してみると、キュウは気絶をしていた。
「父さん、腰から何を……、え? それ、キュウ?」
「散歩にすら行かなくなったから、こうして連れ歩いていたんだよ。虹介が帰って嬉しさの余りに気絶でもしたか?」
腰帯から巾着の紐を外し、苦笑している虹介に渡した。
それから約一時間後に「ギョエー!」という絶叫が響いた。




