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壬玖  作者: 丹午心月


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十七、飛行物体の来訪

 新暦一二五八年三月、十三歳を迎えようとしている虹介の好きな景色の中に、戸二谷家と澤川家の間にある巨木に登って見下ろした村の景色が含まれる。仔等の木登りの練習がてら、先に登って仔等が到着するまで景色を楽しんでいた。ちなみに、この木の葉は染料に使用されるのだが、落ちていると尋子が小まめに拾う。葉の色は褐色で、白い生地を染めると綺麗な茜色になる。

 練習を始めた頃は最下の枝で待っていたが、今ではそこから数えて五本目で待っている。仔等は中々到着しない。村は春めいて殆どの雪が消え、緑が増えつつあった。

「こんにちはー! さとるですー!」

 先程通った乗り合いカル車に乗っていたようだ。虹介は慌てて下りた。途中で仔等と擦れ違うが、クロは下りて行く虹介を追い、アオはその場で動かなくなった。着地するとクロが下りて来るのを待ってから玄関へ向かう。

「いらっしゃい。籠か?」

 室内からではなく、後ろから声を掛けられた覚は驚いて体が引き攣った。

「驚かせて悪かったな」

 覚が声のする方へ振り向くと、空の籠を手にしていた。

「こんにちは。カゴを返しに来たよ。もらったカブ、美味しかった。ありがとう」

「おう。来たついでに何か持って帰るか? 今なら玉葱がいい感じだけど」

「ふふふ。カゴを返しに来たのに、また持って帰るの?」

 虹介は籠を手にして、覚の空いた手も取った。

「敷居に気を付けろよ」

「うん」

 手を引かれ、裏の畑へ向かう。

「母さんが、ご馳走したいから一度来てって言ってたよ」

「そうか。それじゃあ父さんが帰って来たら行くよ」

「おじさん、また遠出をしてるの?」

「そうなんだよ。近場の砂漠と葵拾市に行っているだけだから、すぐに戻ると思う」

「砂漠なんだね」

 畑に到着すると、玉葱のうねの前で止まった。

「俯いて下を見て。丁度正面にある縦一列が玉葱な。どれがいい?」

「手前から五番目だね」

「分かった」

 虹介は言われた玉葱を抜いた。井戸へ行って土を洗い流し、籠に入れるとまだ木から下りていないアオを見た。「アオー」と鳴いて虹介を呼んでいて苦笑した。

「クロが鳴いてるの? それともアオ?」

「アオだよ。木登りの練習中だったんだよ」

「そう」

「カルカルで送って行くから、カル舎へ行っていてくれるか? アオを下ろしてくるよ」

「うん、分かった」

 虹介がアオを抱き、カル舎の扉の前で待っている覚に籠を渡す。虹介は扉を開けるとクロが入り、覚が扉を閉めた。くとさに鞍を着けた虹介は覚を乗せてから背嚢を持って来てクロを入れ、脇に抱えていたアオも入れた。背負って道に面した扉を開けるとくとさを外へ出して扉を閉める。それからくとさに跳び乗って、ようやく走り出した。


 帰宅後、木登りの練習を再開した。今度は背嚢を背負って登っていた。クロがよじ登って到着するとその中に入れ、アオが来るのを待った。キュウが上空を飛んでいて時折鳴き声が聞こえる。指笛を吹きながら見上げると、祥介の虹彩の色に似た物体が飛んでいる。いや、落ちているのか。

(あれは何だ? ……雷とは違うよな。雲がないからな……。雷は二八にはちの好物だけど、雷じゃなければ何だ? 理科で習ったなぁ。二八が含まれていない物も好物だったはず……。そんな物、この地上には存在しない。でも……)

 眉を寄せて見ていた。向かっている方角は砂漠に思える。虹介は嫌な予感がして、急いで木の枝から少し跳び退き、真下に落ちる。一本の枝を見送り、次の枝に掴まると回転して枝に乗った。少し上の幹にいるアオを両手で掴んで、そのまま下へ落ちて着地すると即座に澤川家へ向かって走り出す。

「尋子さーん! 大変だよ!! 尋子さーん!! ……尋子さーん!!」

 足音が近付いて障子が開き、尋子が縁側へ出て来る。

「なに? なに?」

「あれ! あっち見て!」

「え? あっちってどっち?」

 虹介の指を差している方を見る。

「雷…じゃないよね。あんなにゆっくり動いてるもんねぇ。……えええ? 何? あれは一体何なの?」

「俺も何だか分からないんだよ。怖いだろう?」

 驚愕している尋子に顔を向ける。

「砂漠へ向かっているみたいなんだよ。心配だから行ってみるよ。クロアオとキュウは連れて行くから、郡司さんにクルーとカルカルの事を頼んでおいてくれる?」

 虹介を見下ろすと頷いた。

「分かった! 気を付けるんだよ!」

「うん、行って来ます!」

 笑顔で言うと走って家へ戻った。縁側から上がり、自室へ行くとアオを置いた。急いで用意をして背嚢にアオを入れた。それを背負いながら縁側へ行き、指笛を吹いてから雨戸を閉める。再度指笛を吹くとキュウが下りて来た。急いでキュウを上着に入れるとカル舎へ走った。


 くとさに鞍を着けるつもりでいたら、つづらが纏わり付いて来た為につづらで出る事にし、村を出た途端に速度を上げた。久し振りに全力疾走が出来る事に喜びを感じているようで、つづらは張り切っていた。

(春休みで良かった。そうじゃないと見付ける事すら出来ていなかったな……)

 あのまま飛んで行けば、砂漠の辺りに落ちる事は間違いない。砂漠内か、外か。外であれば虹介の通り道に近い筈だ。

(あれだけ青ければ見付け易いはず。でも大きさが分からないからなぁ。それ以前に、実物が見られるかどうかだよな)

 虹介が焦った所で進める速度は変わりないが、早く見てみたい気持ちで一杯だった。


 砂漠が見える位置を走らず、やや東寄りに走って来たが青い物体は見当たらなかった。

(砂漠の外には落ちていないのかも知れない。先に砂漠の村へ行くか。何か情報があるかも知れないからな)

 思案していると前方に小さな物体を見付けた。カルカルが最高時速で走っている。速度を落として、片手を大きく振りながら横切ると、向こうも速度を落とし始めた。祥介だ。虹介はつづらを反転させて通り過ぎた祥介を追い掛ける。

「どうかしたのか!?」

 虹介が来るのを待って叫んだ。側で止まった虹介は右手を軽く挙手した。

「濃い青の物体が、砂漠へ向かって飛んで行った。落ちているはずなんだけど、ここに来るまでに見付けられなかったから、砂漠へ聞きに行こうと思っているんだよ」

「何? そんな物、飛んでいたか?」

「もう四時間半くらい前の話だぞ」

「砂漠の方の空は見ていなかったな……」

葵拾きじゅうから直接来たのか?」

「そうだ」

「そうか。とにかく俺は行くけど、父さんはどうする?」

「クルーとカルカルの事は誰に頼んで来たんだ?」

「郡司さんに頼むように、尋子さんに言ってから出て来た」

「そうか。頼めていたら大丈夫だな。よし、一緒に行こう」

 祥介はくやじを反転させて走り始めると、虹介もそれに付いて行く。


 二人が砂漠の村に到着した時、正門前はいつもと変わらぬ雰囲気だった。つづらから降りて門番に身分証明書を見せる。

「祥介さんの仕事の手伝いか?」

「いや、違う」

「何だ、そうか」

 園岡が証明書を渡すと、険しい顔をする。

「今、ごった返してるから隊舎に近付くなよ」

「えっ? どうして?」

「住民を混乱させないようにかん口令が敷かれたんだけど、砂漠に何かが落ちたらしい」

 虹介はみはって祥介を見た。祥介は別の門番と話している。きっと同じ事を聞いているのだろう。すぐに園岡に顔を向けた。

「俺も見たんだよ。それで来たんだけどな」

「何だぁ、そうだったのか。それじゃあ隊舎へ行けよ。色目は大歓迎のはずだからな」

「分かった。ありがとう」

 虹介はつづらに乗ると、くやじの側へ行った。祥介はここに天幕を預けてくやじに乗り、二人は隊舎へ向かった。


 砂漠の村には色目が一番多く、警備隊勤務の五人と万屋の二人、計七人がいる。しかし、全員が揃っている訳ではなかったが、他村在住の色目も来ていた。

 隊舎にいる色目はこれで、隊長の吹田ふきた、隊員の安村、山下、佐竹、佐野、万屋の加賀野、そして乙弐おつに村の万屋の幾佐いくさ戊伍ぼご村の万屋の沢村、そして祥介と虹介の計十人となった。当然ながら全員が虹介の年上だ。

「戸二谷さんも来てくれたんですか。これで百人力だな」

 歓迎したのは隊長の吹田だった。

「俺は見ていないんだが、皆は見たのか?」

 祥介の問いに、見たと答えた者は半分に満たなかった。

「見た人もいるな! 俺も見たんだよ」

 喜んだのは虹介だった。

「櫓から見ていたんですけど、ここから南西に五キロメートル以上離れた所に着陸したと思われます」

 祥介に顔を向けて佐竹が報告をすると、祥介が腕を組んで渋い顔をした。

「南西に五キロ以上かぁ……。砂漠獅子が北上していないと困る位置だな」

「時期的にはそろそろの筈だが。祥介、砂漠獅子はどうした? 置いて来ているのか?」

 加賀野はこの中で唯一祥介よりも年上だった。

「速達の仕事でここに寄ってから葵拾へ行っていたからな」

「急ぎの仕事ならそうなるか。折角の戦力だったのに」

 小さく溜息を吐き、吹田を見る。

「とにかく確認だな」

「そうですね。我々にない武器も持っているとしたら、時間が経過すればする程こちらが有利になる。とは言え、まずは規模の確認ですよね」

「偵察するなら、まずこの格好をどうにかしないとなぁ……」

 警備隊の制服は紺。他も色取り取りの衣服だった。虹介に至っては茜色の上着だった。

「砂漠獅子討伐時に使う服で行きましょうか。あれなら


 全員が砂漠の砂に近いはしばみ色の衣服を着用し、二手に分かれた。虹介は加賀野を班長とした班に所属し、他に安村、山下、幾佐の五人となってしまい、祥介とは別々になる。

「虹介、出しゃばるなよ?」

 他の色目に悪印象を与えるような事を加賀野に言われ、虹介は無になった。

「俺等ではお前に付いて行けないからな」

 そう付け加えられると今度は眉を寄せた。

「虹介君って、そんなに凄いんですか?」

 幾佐が加賀野に顔を向ける。加賀野は虹介を見ながら頷いた。

「そうよ。祥介と稽古をしていたのを見たのよ。なぁ、虹介。素手で砂漠獅子に勝てるよな?」

「いや、まぁ……、うちにいる砂漠獅子には勝てるけど……」

「へぇ! 虹介君は学校を卒業したら砂漠で警備隊入りだな」

 安村が感心しながら言うと、山下は顔を逸らして眉を顰めていた。

「それがもう万屋の道を歩んでいるからなぁ。なぁ、虹介」

「今の所は速達だけなんだけどな。それより加賀野さん、早く行こうよ。俺が殿しんがりな」

「阿呆、お前は真ん中だ」

「……分かった」

 安村と幾佐はこのやり取りを微笑ましく見ていた。

 加賀野班は砂漠の村を真っ直ぐ約四キロメートル北上し、そこから西へ進む為、先に村を出発した。

 一方、後から出発をする吹田班は、砂漠の村を北西に向かって真っ直ぐ行く。着陸したであろう物体の西側へ回り込みたい所だが、砂漠獅子と遭遇する確率を上げない為に断念した。

「砂漠獅子が来たら俺を残して一目散に逃げろよ」

 祥介が言うと全員が頷いた。

(うーん、虹介もこっちにして欲しかったが、砂漠獅子が来ない事を祈るしかないな)

 祥介の持っている得物では砂漠獅子の骨を断つ事は難しい。日が暮れ始め、上空には夕焼雲が見えている。じきに暗くなり、動き易くなるだろう。


 そしてもう一方、砂漠に着陸した宇宙船の中では、怒号が飛び交っていた。

『ちょっと! どうしてこんな砂漠のど真ん中に不時着してるのよ!』

 イザベラ・クラークが取り乱している。不時着してからこの調子だ。

『俺が知りたいね! AIも完全に止まっているんだぞ!』

 ずっと黙っていたが、イザベラの声に苛立ちが隠せなくなったアーサー・ランドンも声を荒らげる。溜息を吐いたエドモンド・ミラーが気怠気に口を開く。

『イザベラもアーサーも静かにしろよ。制御を失って、こうなる事は十分前に分かっていた事だぞ』

『あーやだやだ。誰よ、この星に寄ろうなんて言ったのは……』

 耳を塞いだローズ・エイベルは顔を横に振っている。

『マイケルだな』

 ダニエル・ブラウンが半笑いで言った。マイケル・スミスが眉を寄せる。

『ローズだって乗り気だっただろ』

『私は地球ってあんな感じだったのかしらって言っただけよ。マイケルの案に乗ったのはイザベラでしょ』

『ちょっと! あたしじゃないわよ! 冷静に見せかけてるエドモンドよ!』

『ああ、確かに私だ。では寄ってみようじゃないか、と言ったよ。それがまさかこんな事になるなどと誰が思うだろう。AIだって何も言わなかったのだからね』

 イザベラが顔を顰めた。

『外の空気が安全かどうかも分からないまま引き寄せられて落ちてしまったのよ! ランを外に出して、調べさせようよ』

『駄目だ。ランには今修理をさせている。退屈なら私がお相手をしましょうか?』

『エドモンドは嫌よ。早いんだから』

『そういう事はやめなさい。禁止されているんだから』

『あーら、ローズがダニエルとイタしてる事は知ってるのよ。だから口出ししないで』

『私はダニエルと付き合ってるのよ? 一緒にしないで』

 女同士で火花を散らしていると、ダニエルがローズの側へ行って抱き締めた。

『故障していて水すら出ないんだから、そういう事は控えろよ。まぁ、こんな事になってしまった原因の俺が、偉そうに言える事ではないけどな』

 マイケルに全員が冷ややかな目を向けた。


 その頃、エンジン室で修理をさせられているラン・シキシマは匙を投げていた。そこへ足音が聞こえ、道具を手にして修理をしている振りをした。

『どうだ? 修理は出来そうか?』

『不可能です』

 手を止めて振り返ると、即座にダニエルの手が飛んで来て頬を打った。

『申し訳ございません』

『はぁ……、本当にクローンは役立たずだな』

 大袈裟に溜息を吐いて言った。ランは表情のない顔で頭を下げていた。

『ダン、ここで何をしてるの? 部屋へ行くわよ』

 ローズはマイケルと共に来て、ダニエルと共に出て行った。

『やるなよ!』

 二人の後ろ姿にマイケルが叫ぶと、ランに顔を向けた。

『どうだ?』

 ランは頭を上げてマイケルを見る。

『修理は不可能です』

『そうか……。地球のような星ではあるから、食べ物はあると思うから探して来てくれないか。レーザー銃を渡しておこう。五時間経ったら帰って来ていい』

『仕事を与えていただき、ありがとうございます』

 両手を出してレーザー銃を受け取ると辞儀をした。

『その前に十分、いや、五分でいいから時間をくれ』

『かしこまりました』

 マイケルは急いでランのズボンを脱がせた。

 十分後、男衆によって手動で開けられた扉を通って外へ出たランは、そのまま帰らなかった。

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