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壬玖  作者: 丹午心月


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22/39

十八、一筋の光

 虹介は月明りの中、背嚢に仔等を入れて背負って歩いていたが、キュウが上着の中に入らず、今は空を飛ばせている。

 安村と佐竹が並んで先頭を行き、虹介、幾佐いくさと続き、虹介のなりたかった殿しんがりは加賀野が務めている。全員が周りを見渡していた。

「今日は月が明るいから、先に見付けられたら終わりだな」

「人がいたら、ですけどね」

 安村の言に佐竹が即座に反応をする。

「人がいたら……か」

 加賀野が呟いた。

「隕石だと思うんだけどなぁ……」

 幾佐も呟くと、加賀野が鼻で笑った。

「隕石だといいんだがな」

(いん石かぁ……。落ちて来る事もあるって習ったけど、もしそうなら、実物が見えるなんて幸運だな)

 虹介は一人暢気な事を考えていた。


 最初は気の所為かと思っていたが、安村と佐竹の間に小さな人影がある。咄嗟に屈み込んだ。

「人影だ」

 虹介の言で皆が一斉に屈み込んだ。

「どこだよ?」

 安村が小声で訊いた。

「正面にいる。まだ小さいから大分離れていると思うよ」

 暫く沈黙が流れる。

「見えない……」

「俺もだ」

 安村に続いて佐竹も見えないようだ。幾佐が右へ寄って前方を見る。

「俺も見えない」

「虹介にしか見えていないな。本当に人か?」

「うん、人だな。人数は一人、服の色は分からない。髪はおかっぱで、周りを見回している感じだな」

「どんな姿形だ?」

「俺等と変わらない」

「そうか。こちらには気付いていなさそうだな。よし、確保しよう」

 加賀野が冷然と言うと続ける。

「安村は左から回り込んで対象の右斜め後方、佐竹は右から回り込んで対象の左斜め後方、虹介は正面、幾佐は左から回って対象の右横、俺が右から行って対象の左横を取る。対象との距離は百メートル、合図は呼び子を長く一回、途絶えたら掛かれ」

「諾」

「はい」

 虹介だけが普通に返事をした。

「虹介ぇ」

 加賀野が嬉し気に声色を少し高くした。虹介は苦笑すると加賀野が真顔になる。

「展開」

 四人が同時に背を低くして左右に散って行った。虹介も背を低くして少しずつ前進し、左右の動きを確認する。四人は最初の内は対象が見えずに半信半疑だったが、それが徐々に見え始める。本当に人で、近付くと女である事が分かる。月明りで気付かれるおそれがあり、加賀野は早く終わらせたかった。

 呼び子の音が鳴る。それが途絶えた途端に全員が起き上がり、前屈みで突っ込んで行った。女が虹介に気付き、何かを前に突き出すと光が見えて虹介は咄嗟に左へ避けると、それが音もなく虹介の横を通り過ぎて行く。

(今のは何だ? それよりも何か臭う……。この臭いは何だ?)

 女に一番に辿り着き、何かを突き出して構えている手をはたき、持っている物を落とした。それから顎先を拳で軽く撫でるように振り抜き、女が倒れ込んだ所を支えた。

「くっ……」

 異様な臭いで思わず声が漏れた。四人が辿り着くと顔を歪めた。

「この臭いは何だ? 獣臭とは違う臭さだな。何に近いかと言うと魚に近いような……」

 加賀野が言うと、安村は鼻を摘んでいた。

「虹介君、降ろしていいよ。縛って交代で運ぼうか」

「これを持ったまま物体を見に行くのも面倒だな……」

「それなら加賀野さんがここでこの人と一緒に待っていてよ。俺は見たいから行くぞ」

 そう言いながら仰向けにして寝かせると、佐竹が「くっ…さい」と呟き、背嚢から縄を取り出して安村と一緒に縛り始めた。

「一緒にいたくない。風呂に入っていないのか?」

「さぁ?」

 虹介は対象が持っていた物を手にして訝し気に見ていた。

「交代で運んで、物体を見て帰るとしよう」

「加賀野さん、これ、その人が持ってたんだけど一体何?」

 虹介がそれを加賀野に見せる。

「どれ? 武器か?」

 手にすると目線に上げて、月明りに照らして凝視した。

「二八にやられているな。青くなっているぞ」

「それじゃあ武器はなまくらになりますね」

 縛りながら安村が言うと、加賀野が唸った。

「俺等みたいに切り付ける武器ではないな」

「えっ」

 幾佐が声を出した。

「そうなんだよ。それで光を飛ばしていたんだけどな」

「光を飛ばす? ……どうやって?」

 佐竹が手を止めて虹介に顔を向けた。

「だからこの物体で。それをこうやって構えて前に突き出していたら、光が飛んで来た。避けたから当たらなかったんだけどな」

 女がしていた姿勢を真似して見せた。加賀野もそれを見ている。

「へぇ……。それじゃあ下手に触らない方がいいな。二八にやられているとは言え、その光で傷付く虞があるし、最悪死ぬ可能性もあるだろうからな」

 加賀野はそう言いながら背嚢を降ろして布を出し、虹介に渡された物を包んでから中へ入れた。

 この後は交代で担ぎ、女の足跡を辿りながら飛んで来た物体を見に行った。虹介等の知る宇宙船とは違っていて小型だった。乗船人数の確認が出来ないままだったが踵を返して隊舎へ戻る。


 隊舎に戻ると先に戻っていた吹田ふきた班が全員、女から発している臭いに顔を歪める事となった。そして、その臭いの原因が他の隊員によって判明し、虹介以外は顔を引き攣らせたり、無になったりしていた。まだ目覚めない女を、山下と佐野が担いで病院へ運んだ。

 それにしても、明るい場所で見ると顔の作りは日本人その物だった事で、宇宙船にいる人物は地球人ではないか、という結論に至った。

「地球人が生き残っていて乗っているとなると、人種が全員日本人なら厄介だな」

「そうですね。武器もこれ同様、二八にやられているなら大丈夫にしても、そうじゃないなら危険極まりないですよね」

 祥介と吹田が渋い顔で話していた。

「研究者を呼んだ方が良さそうだな。何か参考になるような話をしてくれる事があれば儲け物としようか。よし、誰か、済まんが偉い先生様を呼んで来てくれないか」

「加賀野さん、それなら心当たりがあるんで俺が行きますよ」

 そう言って一人が挙手をする。加賀野がそれを見て頷く。

「おう、頼んだ」

 幾佐が笑顔で出て行った。


 幾佐が連れて来た山川という研究者は、女が持っていた武器らしき物を見ても、何であるかが全く理解出来なかった。

「私の分野ではないな。不時着した祖先が残した木簡が私の研究対象なのだが、このような物は残っていなかったとしか言えない。しかし鉄鋼でこのような物が作れるのだな」

「先生が研究している木簡って何が書いてあるんだ?」

「日本語以外の言語だよ。使う時があるかも知れないからと残されているのだが、一見すると呪文だな」

「へぇ、そんなものがあるんだ。先生は読めるのか?」

 虹介が感心していると、山川は笑顔になった。

「I can read it」

「な、何て?」

 顔を顰めると、山川は笑った。

「あはは。読めると言ったのだよ」

「んー、分からない。寺に行ったら聞く呪文みたいだな」

 虹介は呪文が面白くて色々と話をしていたが、後ろで幾佐が加賀野に謝罪をしていた。それを耳にした山川は加賀野に顔を向けた。

「それにしても、この約千二百六十年の間にこのような事はなかったのに、何故宇宙船が来たのだろうか? この近くに他の宇宙船も待機しているという事なのだろうか? やって来た人間は本当に日本人なのか?」

 矢継ぎ早に質問をすると、加賀野は一言「はて?」とだけ言った。

「日本人かどうかは目を覚まさないとなぁ。俺が気絶させたからな」

「そうなのか。君は強いのだな。所で、背中から鳴き声が聞こえるのだがそれは何だね?」

「ああ、これ? これは伝説の黒豹の子供なんだよ」

「伝説? どのような伝説があるのだね? 見せてもらっても?」

「いいよ」

 虹介以外はその様子を白い目で見ていた。

 山川が目を輝かせて仔等を触ろうと手を出して引っ掛かれていた時、山下が戻って来た。

「隊長、女が目を覚ましたが、ほわとか何とか言っていて全く意味が分かりません。言葉が全然通じないようです」

 山川がそちらへ顔を向けた。

「ほわとは、ホワットかね? ホワイかね?」

 山下は山川に顔を向けた。

「もう一度お願いします」

「ホワット、ホワイ」

「似てる! そんな感じです」

「それじゃあ山下、山川さんを連れて病院へ行ってくれるか」

「分かりました」

「え、私が行くのかい? ここへ連れて来てよ」

 不満気にしていたが、結局連れて行かれた。


 一方、宇宙船の中ではマイケルが荒れていた。

『クソ! ランが帰って来ない!』

 怒り任せに叫んでいた。イザベラが不快気に溜息を吐く。

『はぁ……、何言ってんの? 帰って来なくてもいいから外へ出したんでしょ? 所詮奴隷なんてそんなものよ。逃げる機会を与えたら逃げるに決まってるわ』

 気怠気に言うと、マイケルが睨み付けた。

『お前だってランに調べさせようと言っていただろう』

『あら、そうだった? もしかしたら外で死んでいるかも知れないわね……。それにしても、何だか怠いわ……。横になって来る。ロウソクを一本もらって行くわよ』

『フン、どうせやり過ぎで疲れてるいだけだろうが』

 イザベラと入れ違いにエドモンドが入室する。

『原始的だがロウソクがあって助かったな。外が明るくなったら船外へ出て調べよう。それまで休もう』

『そうしよう。ロウソクも限りがあるからそれが賢明だな』

『俺はここで眠るよ』

『何故?』

『ローズの声がうるさいんだよ。あの二人、死ぬかも知れないってずっとやっているからな』

『それじゃあ俺もここで眠るよ。おやすみ』

『おやすみ』

 二人は椅子に座ると台に手を置いて伏せた。


 翌日、空が明るくなると、ダニエル以外の三人が外へ出た。

『ランの足跡があるな。これを辿るか』

『エドモンドはそうしろよ。俺は別の方角を調べて来る。マイケルはどうする?』

『俺もエドモンドと一緒に行くぞ。アーサーは十分に気を付けろよ』

『分かった。お前達も気を付けろよ』

 アーサーは西へ向かい、エドモンドとマイケルは東へ向かった。


 アーサーは真っ直ぐ歩いているつもりだったが、一面砂漠で方向感覚が狂っていた。どれだけ歩いたのかは時計が狂っていて確認が出来ず、日の高さを見て引き返す事にした。約一時間しか歩いていないが、アーサーはそれ以上歩いているような感覚になっていた。

(この方角は駄目だ。もっと水が必要になる)

 水を節約しながら飲んでいたつもりが、いつの間にか容器が空になっていた。その容器を捨て、宇宙船へ急ぐ。


 一方、エドモンドとマイケルは割とすぐ近くで複数の足跡を確認していた。

『人間らしき足跡があるな』

『宇宙人だろう。どうやら確保されたな。人体実験の後、殺されるだろう』

『エドモンド、妄想はやめろよ』

『妄想? それはどうだろうな。……それにしても、相手は確実に五人いるが、それ以上にいると思った方がいいな。武器の確認をしなくてはならない』

『戦う事しか想定出来ないのか?』

『言葉の通じないであろう相手と、どうやれば友好的な関係が築けるんだ? それに宇宙船の場所を把握しているんだぞ』

『それは……』

『とにかく、足跡を消しながら戻ろう』

 エドモンドはそう言って上着を脱ぎ、裾で砂を撫でて足跡を消し始めた。


 戻って来てみると、出入り口を開放したままだったからか、内部にまで青い錆のような物に侵食されていた。

『おいおいおいおい、こんな事ってあるのかよ?』

 アーサーが訝し気な顔で中へ入って行く。操縦室にはエドモンドとマイケルがいた。

『おかえり』

『何を暢気に……、あの青い物は何だ?』

『分からないが、騒いだ所でどうにもならない』

 エドモンドが指を差すと、アーサーは青くなっている計器台やモニター類を見て更に顔を顰めた。

『ここまで……』

『こうなったら、宇宙人との戦いに勝つか、友好的な宇宙人である事を祈るかだな』

『武器も駄目になっているから、後者しかないだろう』

 アーサーはエドモンドの言で腰にあるレーザー銃を手にした。

『ああ……』

 それも同様に青い錆のような物に侵食されている。

『嘘だろう……』

『エドモンドが試し撃ちをしたが、レーザーは出なかった』

 マイケルが追い打ちを掛け、アーサーはその場に座り込んだ。何かの声が近付いて来るかと思えば、ローズが騒ぎ立てながらやって来て、同様に打ちのめされる。


 昨夜から調子の悪いイザベル以外が集合し、エドモンドから報告を受け、全員が神妙な面持ちになる。

『全面降伏しか手はないのか……?』

『生きたいならそうするしかないと思うが……』

 ダニエルの問いにエドモンドが答えると、マイケルが頷く。アーサーは頭を抱えた。

『降伏ですと掌を見せても、そういう意味に受け取ってもらえるかも分からないんだぞ……』

『地の利は向こう、武器はなし、こういう時にAIがあればなぁ』

『交渉術で敵意がない事を示しましょう、という感じで出て来るんだよ』

『それは鋭い指摘ですね……』

 マイケルとエドモンドの会話に苛立ちを覚えたローズは近くの壁を蹴って退室した。

『食料は二十日はつか分あるが、水は十日分しかない。俺としては早い所、足跡を辿って集落を見付け、監視したい。それと水場の確保』

『そうだな、俺もそれがいいと思う』

 エドモンドとマイケルは二人で話を進めていたが、アーサーは聞いていなかった。ダニエルが小さく溜息を吐く。

『俺はいいけど、ローズがなんて言うか……』

『二人で残れよ』

 マイケルが冷たく言い放つ。

『イザベルの体調も思わしくないみたいだから丁度いい。そうしろよ』

 エドモンドにも同調され、ダニエルは不機嫌になった。


 一方、砂漠の村では山川がランから話を聞いていた。ランは拘束されておらず、寝台に寝かされていた。書き取りをしているのは山下だ。

「先生、ラン・サラシナは我々と祖先が同じという事でいいんですか?」

「日本人と言っているからそうなのだろう」

「What are you saying?」

「Don't worry about it」

「何て言ったんですか?」

「何を言っているのかと訊いて来たから、心配しないでと言ったのだよ」

「なるほど……」

「それまで書くなよ?」

「書きませんよ」

「まさか生きた英語に出会えるとは思ってもいなかったよ」

「そうですか。それでクローンって一体何か分かったんですか?」

「知らない単語が出て来て、残念ながら意味が分からないのだよ。セルとは何だね?」

「俺に訊かれても困ります」

「A cell is a cell」

 二人はランに顔を向ける。

「セルはセルと言われても、そのセルが分からないのだが……」

 山川が腕を組んで目を閉じた。

「詰んだな」

「話題を変えましょうよ」

「そうしよう。では何を訊くのかね?」

 山下に顔を向けると、山下は眉を寄せた。ランは二人の顔を何度も交互に見ている。

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