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壬玖  作者: 丹午心月


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閑話、色目の採決

 祥介が虹介から渡された竜次郎の手紙は、要約すると、葵拾きじゅう市が虹介の見付けた青鉄あおがねを手に入れたがっていて、出来上がった武器の持ち主を虹介とするか、それとも葵拾市とするか、色目から採決して決断するという内容だった。

 そうなると虹介が青鉄製の武器を手にする事が世間に知れ渡ってしまう。それはそれで良しとしても、問題は腕に覚えのある色目から狙われる確率が高くなる事だ。面と向かって虹介と闘い、それに勝利すれば武器が得られる。やらない手はない。

 虹介は砂漠獅子に勝利する程に強い為、その点は心配をしてはいないのだが、来る色目が一人や二人で済むかどうかが問題で、祥介は思考を放棄した。

(俺が見付けた時は俺が相手をすればいいわ)

 相手が虹介でなければ、自分が勝てる確率は割と高いと踏んだ。


 一ヶ月が経過しない頃に色目全員に手紙が届いた。勿論虹介にも祥介にも届いた。送り主は竜次郎で、虹介が見付けた事を強調して書かれ、その上での採決となった。

「父さん、何て書けばいいんだ?」

「虹介の場合は、自分の物は自分の物、だろうな」

「ありがとう」

 言われた通りに書き、祥介を見る。

「葵拾市が買い取る場合、幾らが正当価格かって、こんなの、分からないよ」

「そうだよな。青鉄の質が分からないし、おいそれと書ける物ではないよな」

 そう言いながら便箋を虹介に見せた。

「何? 一千億は下らないってどういう事?」

「それ以上の価値があるという事だよ」

「何だぁ、書いてるんだったら、そう言ってくれよ」

「まぁ、虹介の場合は、あの青い鉱石を幾らだったら売るかを考えて書けばいいだろう」

「ええ? ……それは難しいぞ。売りたくないからな」

「それじゃあ、億の上の桁を書けばいいんだよ。兆だぞ、兆」

「その上は?」

「京だな」

「けい? どう書くんだ?」

「鍋蓋の下に、口を書いて、その下に小さい」

「ああ、分かった。あれかぁ。ありがとう」

 虹介が早速書き始め、祥介は覗き込むと、一千京兆億と書いてあって笑いを堪えた。

「学校で習わなかったのか?」

「億までしか習ってない」

「そうか。まぁ、兆も京も必要ないだろうな。那由他とか、不可思議という単位もあるんだぞ。使う機会が全くないけどな」

「それじゃあ覚えても意味がないんじゃないのか?」

「それはそうだが、話の種にはなるだろう?」

「ん? ……うん、ならない、な……」

 微妙な顔をして、仔等がキュウと戯れている方へ目を向けた。祥介は苦笑して虹介を見詰めていた。


 現在いる色目は五十二人、採決の手紙が送られたのは四十九人、竜次郎の手元には続々と届き、四十九人全員が返信した事になる。青鉄についての事柄だった為か、関心が高かったようだ。

 虹介の物にするが四十、葵拾市に売るが八、無効票が一、という結果だった。それは直ちに各方面へ通知された。

 この結果に歯噛みをしたのは葵拾市の長老等だった。

「志川に持って行かれた青鉄の補充が出来んではないかっ」

「やはり兼森に頼み、志川から取り返してもらうしかないな……」

「戸二谷のせがれの物に手を出すなと言うたはずだがな」

「しかし、うちに売るが八人、無効が一人おるわ。突き止めて味方にし、戸二谷の倅から奪う、という手もあるが……」

「九人も集まれば、戸二谷一人、どうとでもなるだろう」

「待て、あいつには砂漠獅子が付いているんだぞ」

「そういうかん計は止めておけよ。わしは知らんからな」

 一人が席を立つと、四人が跡を追った。残された四人は暫く沈黙の中にいた。


 採決の結果が出てから最初に来た色目は奥村親子だった。英次はいつものように土産を手にしていた。折を見て虹介に渡す。

「二人で食べて、残りは黒い獣共にやれよ」

「ありがとう」

 虹介がそれを持って台所へ行こうと立ち上がると、英太郎が目で追った。

「虹介、それで、誰か来たか?」

 振り返って英太郎を見る。

「誰かって?」

「採決の結果から色目の誰か来たのかという事だよ」

「高村さんが初めてだけど……」

「何だ、そうか」

 残念気に言うと、湯呑みを祥介に突き出した。虹介は退室する。

「きちんと宿へ戻って欲しいから、これ以上は出せないな」

「まぁそう言うなって。六つも上の俺を敬えよ」

「六つ程度で誰が敬うかよ……」

 無遠慮だったが、英太郎にはいつもこうだった。

「英次が来るのはいいぞ、虹介とは本物の兄弟だからな。でも奥村さんは無関係だろう。そう足繁く通わなくていいんだぞ」

「俺だって、子にした英次の弟を見極めたいからなぁ」

「それは不要だと言っているんだよ。次はクルーをけしかけるからな」

「おっと、それは勘弁だな」

「まぁ、俺が相手をしてやってもいいけど」

「いやいや、そういうつもりで来ている訳じゃないから本当に勘弁な」

 英次はこの会話で力関係を把握した。

「次からは英次だけだな。待っているよ」

「はい」

 英太郎は仏頂面になるが、英次は少し微笑んでいた。


 そして、次に来たのはともやん事郷田ごうだ智靖だった。

「弟子にしてくれ!」

 雪の降る中、玄関前で土下座をしていたが、虹介は相手をしなかった。舎弟のような二人も一緒にいて、戸二谷家の前に天幕を張って居座り続けようとしていたが、三日目にクルーが姿を現すと、荷物の一切合切を置いて逃げ帰った。取りに戻って来なかった為、着払いで甲壱こういつ村へ荷物を送った。


 それからは色目が来る事はなかった。しかし、竜次郎から、誰が葵拾市に売るに入れたのか、誰が無効票であったのかは知らされていた。

 郷田智靖は葵拾市に売る、英太郎は無効票、つまり白紙だった。

 この事は祥介も勿論知っていて、敵となり得る英太郎を虹介に近付けたくなかったのだ。それに情報すらも与えたくなく、近くを動き回れる事自体が祥介の癪に障っていた。特に英太郎は仕事柄から葵拾市とは入魂じっこんである事を把握していて、自分が留守の間はクルーを嗾けて家に入れるなと虹介に言い付けていた。

 その英太郎は、祥介の留守を狙ってかどうかは判断が付かないが、英次と共に来訪し、虹介は言い付け通りにクルーを嗾け、英太郎を追い返していた。英次はそれを複雑な心境で見ていた。

「こういう事が嫌なら英二も来るなよ」

 そう素気すげなく言われ、英次が英太郎と共に来る事はなくなると、祥介は安堵した。

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