十六、書簡の内容
虹介は荷物を降ろし、カル舎にカルカル等を入れると鞍を外して鞍置き場へ置く。それから全ての荷物を担ぐと荷台の前を通り過ぎ、玄関の戸を引いた。
「こんにちは! 戸二谷です! 竜爺はいますか!」
暫くすると見知らぬ老爺が出て来た。
「初めまして、戸二谷虹介です」
「わしゃ戸井仁じゃ。仁爺と呼べ。荷物はここへ置いて、まぁ上がれや」
若竹色の虹彩を持つ色目だった。虹介は言われた通りに荷物を置いて上がる。戸井に付いて行くと、奥には懐かしい顔があった。
そこは居間で、三人は茶を飲んで寛いでいる所だった。戸井は奥へ行き、腰を下ろした。
「久し振りだけど、どうしたんだよ?」
大介は瞠り、竜次郎は笑顔になった。
「久し振りだな。元気か?」
虹介は笑顔を見せてからこの二人の事を置いておき、杉村に顔を向けた。
「初めまして、戸二谷虹介です」
「杉村だ。宜しくな。で、今日は何用よ?」
水色の虹彩で見られると、不思議な感じがした。
(あ、クルーだ。クルーの色に近いからか)
クルーの虹彩は空色で似たような色の目で見られた所為で不思議に感じたようだ。
「で、何用よ?」
我に返ると背負っていた背嚢の中から速達の書簡を出した。
「これを竜爺へ届けに来ました」
「わしか。どれ?」
竜次郎が手を伸ばすと、虹介が近寄って書簡を渡した。書簡を少し離しながら目を細め、差出人を確認する。
「ああ……、大体分かった。虹介が見付けた青い鉱石が青鉄になったら寄越せという手紙だな」
「どこからよ? 葵拾市か?」
杉村が訊くと、竜次郎が頷いた。すると、虹介の懐から「アオー」と鳴き声が聞こえて来て、虹介を注視した。
「あ……」
杉村が首を傾げる。
「嫌に膨らんでおると思ったら、懐に何がおるのよ?」
「出してもいいですか?」
「いいぞ、出せ」
杉村が頷くと同時に跪いて上着からクロとアオを出した。
「黒いな。穴熊の仔か?」
杉村が訊くと、戸井が近付いて来た。竜次郎と大介も続いた。
「伝説の黒豹って言ってた、……言ってました。こっちがアオで、こっちがクロ」
指を差したが、アオは近くまで来た戸井に向かって「ウー」と唸っていた。
「あはっ、一丁前に唸っておるわ」
膝を折った戸井が嬉し気にしている。クロは鳴きながら虹介に纏わり付いていた。
「尻尾は三本もあったか?」
「へぇ、目は濃い青なんだな。それでアオか? 鳴き声からかと思ったけど、目だな。クロは毛の色だし、うちの名付けは本当に単純だなぁ」
一度しか見た事のなかった竜次郎に続いて大介が言うと、虹介を苛立たせた。
「父さんは覚え易くていい名だってほめていたぞ」
「キュウはどうした?」
「こいつ等を連れて来ないといけなかったから、父さんが見てくれているんだけど、会いたかったか?」
「そうか。まぁ帰った時に会うよ」
「あ、竜爺、今日から二日以内に帰らないといけないから、手紙の返事を書いてよ。もらって来いって言われているんだよな」
クロに手を差し出していた竜次郎は虹介を見た。
「ゆっくり出来ないのか」
「うん。父さんが一日泊まってゆっくりして、一日で帰れって言ていたんだけど、二日かけてゆっくり帰る事にしたんだよ。その方が楽だからな」
「分かった。それじゃあ読むわ」
手にしていた書簡の封を切り、便箋を取り出すと大介に渡した。
「頼む」
「はい。えーっと、平素より便宜を賜り、ご幸甚に存じます。さて、また青鉄を手掛けているご様子との一報を受け、お願いすべく、こうしてお手紙を認めております。誠に厚かましい事ですが、見事な一刀と成りました暁には是非お譲り下さい。ご快諾のお返事を心待ちに致しております。葵拾市長老会会長、名井燦矢……以上です」
「青鉄の刀を寄越せ、承諾以外は受け付けない、とはなぁ。葵拾は本当に己等の事しか考えておらんなぁ」
戸井が引っ繰り返したアオの口吻を掴みながら言った。
「それにしてもまだ青鉄を集めているんだな。何に使うんだか」
杉村は眉を顰めたが、それ以上に険しい顔をした竜次郎が口を開いた。
「それよりどうして葵拾の上層部が知っているんだ? わしは誰にも言っていないぞ?」
「わしも言っておらんぞ」
透かさず杉村が言うと、戸井が微笑んだ。
「わしが言うたと思うわ」
「仁さん、勘弁して下さいよ……」
「いや、何、その、最近家が賑やかだなと言われて、つい……な。済まん」
竜次郎に向かって、極まりが悪気に後頭部を掻いた。大介が虹介に近寄って来て膝を折ると耳打ちをする。
「仁爺はああ見えて九十五を超えているんだよ」
虹介は思わず瞠って大介に顔を向けた。大介は苦笑して頷く。杉村と大差ない年齢にしか見えないのだから、驚く事は至極当然だった。その杉村も七十を越しているが、虹介は六十二歳の竜次郎と大差ないと思っていて、後で再度驚く事になる。
「それで、こいつ等は大きくなっていないように思うんだけど、どうなんだ?」
「ああ、それなんだよ。父さんが砂漠獅子は成獣の大きさになるまで十年前後かかるって言っていたから、それに似て成長が遅いんだと思う」
「ええ、そんなに掛かるものなのか……。果てしなく難儀だな……」
クロが大介の足の臭いを嗅いでいる。
「昼飯は食ったのか?」
「まだ」
「それじゃあ出すから食えよ」
「ありがとう」
居間と隣接している台所へ向かう大介を見て、虹介は漸く尻を落ち着かせた。戸井の手から逃げて来たアオが股座を陣取る。それをクロが尻尾で叩いた。
虹介が昼食を頂いている間、大介が代筆をして返事を書いてくれ、背嚢に入れてくれた。その間に戸井が風呂を沸かし、食後にすぐ入る事になったが笑顔で遠慮なく入った。入浴中は脱衣所でクロとアオが鳴き続け、虹介を急かす。虹介はいつもの事で、気にせずのんびりと湯船に浸かった。
そして玄関先に、全員が虹介を見送っていた。
「虹介、当分帰れないからまた来いよ。待っているぞ。それと父さんに宜しくな」
「分かった、また来るよ。それじゃあ竜爺、手紙は役場に渡しておくから」
「おう。頼むよ。気を付けて帰れよ」
「うん、ありがとう。仁爺も風呂をありがとう」
「また来いや。気ぃ付けてな」
「次に来る時は鷹を連れて来いよ」
最後に杉村が笑顔で言うと、虹介は苦笑する。
「連れて来られたらそうするよ。真爺もありがとう。ご馳走さまでした」
深々と辞儀をして、くじやに跳び乗った。皆の方に向いて小さく挙手をすると駆けた。坂道ですぐに見えなくなったが、大介は暫くその場にいた。
帰路の食料を仕入れに庚漆村へ寄り、商店街の中にあるカルカル置き場で降りると、荷物を全て持って歩いた。
道中の五度の食事はおじやの予定で、乾燥野菜と塩分少なめの干し肉、それに祥介と尋子に土産を買い、来た道を戻っていた。そこでふと耳に入った言が「この赤毛も白も黒も俺が倒したんだよ」という自慢だった。
(毛色が同じだな……)
声のした方に顔を向けると毛皮屋の戸が開いていて、中には三人の客がいた。虹介は足を止める。
「お客さん、さすが色目だねぇ。凄いよ!」
「そうだろう、そうだろう。五頭も現れたが、こちとら三人よ。この通りやっつけてやったわ。あはははは!」
虹介は同じ色目として許せなかった。戸を更に開けた。
「おい、おっさん! その野犬、おっさんの手柄じゃないだろうが! 嘘を吐くんじゃないぞ!」
三人が振り返り、虹介を見る。
「はあ? ふざけんじゃねえぞ。知らねえ癖に何を言ってるんだ!」
中年男が虹介に向かって凄み、中黄色の虹彩が近付いてくる。
「嘘を吐くなよ。同じ色目として恥ずかしいわ。赤と白には俺の足跡があるんだからな」
「そんなもん、見付けた時に付いてなかったわ! お前こそ、嘘吐きじゃねえか!」
「ともやん!」
「ともやん……」
二人が郷田智靖を渾名で呼ぶと、中年の色目は足を止め、口を押えた。
「速達の道中だから毛皮は剥がず、帰りに剥ぐつもりだったけど、こういう盗人がいるなら、これから離れる時は毛皮を傷付ける事にするわ。勉強させてくれて、どうもありがとう。黄色の目に、ともやんな。言い触らそう」
そう言って戸を閉め、歩き始めた途端に勢い良く戸の開く音が聞こえた。
「おい! 待てや、コラ! 人を盗人呼ばわりしてんじゃねえぞ!」
駆け寄って虹介の担いでいる荷物を引っ張った。しかし、逆に引っ張られて思わず手を離した。
(こいつ……)
郷田が険しい顔をしていると、虹介は踵を返した。
「いい大人が少年に喧嘩を売るのかよ? いいぜ? 買ってやるよ」
静かに荷物を地面に置いた。郷田の連れの二人が駆け寄り、郷田を止める。
「子供でもあの野犬をやった程の奴だぞ。やめとけって」
「そうだよ。ともやんでもあの数は一人で無理だろ……」
「ケンカだー! ケンカだぞー!」
二人を余所に、一部始終を見ていた通行人が声を上げると野次馬が集まってくる。郷田は舌打ちをして虹介を睨んだ。
「俺は年上だからお前の拳を受けてやる! 殴って来いよ!」
「後悔するなよ? それと……、野犬の数は五頭じゃなく! 大きい奴が一頭と小さい奴が六頭いたんだよ!」
身長差が三十センチメートル以上あり、郷田は祥介よりも大きい。虹介は顎を狙う気でいたが、腰を落として腹に一発食らわせた。三メートル後方に飛んで後頭部から倒れた。
「ともやん!!」
一人が駆け寄ると、もう一人は立ち尽くしていた。野次馬は見応えのない喧嘩で拍子抜けしたのか、すぐに立ち去った。虹介は立ち尽くしている男の肩を叩く。
「黄色の目のともやんがやった事は、言った通りに言い触らすって言っておいてくれよ」
我に返った男は即座に土下座した。
「すんませんでした! でも吹聴するのだけは勘弁して下さい!」
「おっさんも一緒にいる相手は選んだ方がいいぞ。じゃあな」
「毛皮の金は全部渡すので、本当に勘弁して下さい!」
「いらないよ。放置してしまったんだから、盗られても仕方がない」
虹介は荷物を担ぐ。土下座した男が叫んでいたが、振り返らずに去った。
そして、郷田が野犬の討伐を自分の手柄にして毛皮を売ろうとした事は、虹介ではなく、毛皮を買い取った店主の口から広まった。しかし、それよりも虹介が野犬を一人で七頭も相手にし、挙句に五頭を討伐した事の方が話題になり、壬玖村では虹介を悪く言う者が激減した。
帰路に約二日掛けられるが、その分距離があり、終始最高時速で走行しなくてはならない。それでも村を出発した時間が十六時を過ぎていて、走れても精々三時間、その後は安全であろう場所を探して一人で天幕を張り、カルカル等の餌を探し、夕食も拵えて、と遣る事は沢山あったが、水は杉村の家の裏にある湧き水を汲んでいて、その点は心配せずに済み、気が少し楽だった。
最高速度で野犬と遣りあった場所を通り過ぎ、野犬の森から離れている安全地帯で荷物を降ろし、やる事をやってしまうとゆっくりと食事をした。仔等が戯れているのを見ながら、起きてからの手順と道順を熟考している内に、郷田の事は忘れていた。
仔等を連れて天幕の中へ入り、再度外へ出て角灯を持って戻ると仔等が戯れていた。懐の中で良く眠った所為だろう。元気過ぎて困っていたが、角灯の灯りを消して寝袋に入ってしまうと、いつの間にやら就寝していた。
一人なのに熟睡してしまい、気付くと明るくなっているようだった。慌てて起き上がり、寝袋から出ると天幕の外へ出た。幸い日はまだ低い。季節と日の傾きから七時頃と見た。
最高時速で約十七時間も走れば壬玖村に到着する。明日の十六時、役場が閉まる一時間前までに竜次郎の書簡を届ければ終わりの為、十六時間の余裕がある。
天候次第では速度を落とし、小休憩だけで帰村する事に決めていた虹介は空が白む頃に目覚めたかったのだが、寝坊助な自分に落胆すると大きな溜息を吐き、それから汲んでいた湧水を沸かし始めた。その間に、荷物の中から出した懐中時計で時間を確認する。
(うーん、予定が狂ったな。二時間もずれたから休憩を増やして、その分最高速を増やすか。時間に余裕があると思ってしまうと、気が抜けてダメだなぁ……)
そう決断すると急いていた気も落ち着き、沸いた湯を玉杓子で水筒へ入れ、次におじやを拵え始めた。
指差し確認をして頷く。
「うん、忘れ物はなし、だな」
荷物をカルカル等に積み、後は戯れている仔等を上着の中に入れるだけだった。
「あーあ、せっかく毛づくろいをしたのに……」
再度土塗れになっている仔等を、一頭ずつ土を叩いてから上着に入れる。くやじに跳び乗り、くわいつの手綱がくやじの鞍に確と繋がっているかを確認する。
「よし、それじゃあ頑張って行こうか! くやじ、くわいつ、頼むぞ!」
カルカル等が鳴いて返事をすると、仔等も鳴いていた。
夜間以外は最高時速で移動し、昼過ぎには見慣れた景色が目に映った。役場へ行き、竜次郎からの書簡を受付に渡すと家を目指す。東通りを上って行く。覚の家の近所でふと最近立ち寄っていない事を思い出した。
(当分は会えないなぁ……)
そう思いながらも、もう直到着すると思うと、くやじの速度を自然と上げていた。警備隊隊舎の前には家が二軒しかない。東側が澤川家、西側が戸二谷家となっている。カル舎の入り口は西通り沿いにあり、回り込んで中へ入った。鶏は羽ばたかせて逃げていたが、カルカル等が鳴きながら寄って来た。
「カーッ!」
虹介が即座に威嚇をするとカルカル等は背を向けた。くやじから降りて先ずやった事は、仔等を外に出す事だった。二頭共がカルカルの足を嗅ぎ回っている。虹介はくわいつの荷物から降ろした。樽の中に入っている水はカルカル用の水桶に出し、桶を掛ける場所へ持って行く。それ以外の荷物は何度も往復して縁側へ運んだ。
「クロ、アオ、行くぞ。来ないと知らないからな」
扉の前に立って二頭を待ったが、アオが来なかった。そのままにして扉を閉め、アオが鳴き出してもそのまま放置して玄関へ回り込んだ。戸を開けると祥介がいた。
「おかえり。もう一頭はどうした?」
「ただいま。疲れたわ……。アオはカル舎に置いて来た」
「そうか」
背負っていた背嚢を祥介に渡した。
「竜爺から手紙を預かって来たから読んで」
「おう、ありがとう」
いつもとは逆に、虹介が祥介の横を擦り抜けて行った。こうして速達の試験は合格し、学校を休む口実を得る事となった。




