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壬玖  作者: 丹午心月


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12/39

十、苦難の受験

 新暦一二五五年、虹介はじっ歳になり、五年に進級しても毎日変わりなく過ごしていた。夏休みに入って五日で宿題を済ませ、時間の捻出が容易になるとさとると遊ぶ事が増えていた。

 夏休みと言えば祥介の遠出に付いて行く約束だが、壬玖じんく村の北東にある深懐しんかい山から峻剣しゅんけん山、それと北西にある麓海れいかい山を含む北高ほっこう山脈の入山許可が得られる試験が毎年八月にある。山脈と言っても、深懐山と麓海山の一部と、二ほうの山間だけだが、それでも山の幸には十分有り付ける為、虹介はそれに挑戦する事になっていた。

 今年の試験は八月八日から三日間で、祥介は何かがあった時の為に事前から遠出の仕事は断っていた。

 そして、二泊三日の準備は二人でし、受験者は川下の住人が多い事を郡司から聞いた祥介は、背嚢を常に背負っているように言い含めていた。


 受験の初日、炎天下に隊舎の北にある山門の前に、試験官と受験者が集まっていた。試験官は警備隊隊員の五人で、虹介の知った顔ばかりだった。受験者は虹介を含めて八人、その内の一人である湯浅は虹介を睨み付けている。虹介はそれよりも、色付きの防護眼鏡を掛けた奥村と、眼帯の代わりに布で覆って右目を隠している上、色付きの防護眼鏡を掛けた四宮が気になった。四宮は虹介と同学年だ。

「注目! それでは入山するが、先刻話した通り、注意しながら進むように。では私が先頭を行く」

 花岡が注目を集める為に挙手して言うと、扉が開かれている門をくぐった。受験者は年齢順に潜り、虹介は最後でその後ろの殿しんがりには試験官の佐藤がいた。虹介は振り返って微笑む。

「きちんと前を向いて歩けよ」

 佐藤は笑顔で注意をし、虹介はすぐに前を向いた。

 入山は大穴熊のような獣の巣窟に入って行くという事だ。当然ながら全員が得物を持っている。虹介の持つ一本は大介が拵えた物で、短刀だったがこう製である為、虹介が本気を出して使用すれば、九分九厘折れるだろう。それとは別に、旅の際に持ち歩いている小刀も持って来ていた。これは青鉄あおがね製でそこそこ切れるが色が薄めの為、丸賀二八にはちの含有量が多い獣の骨までは切れない。


 一行は、先ず平坦な山間を西寄りに進み、高木の森を通り抜ける。その先にある別の森の中から獣道に入って獣の痕跡を注意深く探して行く。獣道は東へと進み出し、滝壷へ流れる深麓しんれい川を渡る。その傍で休憩を取った。ちなみに、名は深懐山と麓海山の境目とした事が由来となっているが、滝がある為に滝川と呼称された過去がある。

「虹介はもう入山試験を受けるんだなぁ」

 佐藤が何気なく言うと、虹介が大きく頷く。

「うん。週末にはおかずを取りに入りたいんだよな」

「そんな理由かよ……」

 気の抜けた佐藤は虹介の防護帽を軽く叩いた。それを聞いていた試験官と受験者は、眉を寄せたり、笑いを堪えたり、様々な反応をしていた。


 探索を再開した一行は、最近付いたであろう大きな獣の痕跡を見付けた。足跡は北へ向かっていたが、それは大穴熊の物の為、追跡はせずに東へ進む。

 道中、傍にいる試験官から薬草や獣の縄張りの痕跡を教えてもらいつつ進み、実際に幾つかの罠を仕掛けた。最後に仕掛けた虹介の二つの罠は、佐藤のみならず、鳥村とすな村も確認していた。そして少し先へ進んだ後、受験者の岡と三村が小用に行くと言い出し、意図的に虹介の罠を使用不可にしていた。


 昼食の為、水場の近くまで行き、そこで各々が準備していた物を食べた。虹介は祥介が拵えてくれた焼きお握りを食べていた。虹介が気になった二人は、食事中でも防護眼鏡を掛けたままだった。

(あれはもう色目ってバラしているようなものだな。……当たっているよな? ちがうのか?)

 泉で汲んだ水を沸騰させ、それを木製のカップに入れて飲んでいると、川下の住人が徒党を組んでやって来た。

「戸二谷、受験やめて帰れよ」

 湯浅が言うと、後ろの三人は嫌らしい笑顔をして見ているだけだった。虹介は一瞥しただけで相手にしない。

「色目が山に入って、山を汚すんじゃねえよ。おい、聞いてるのか!」

 湯浅は虹介の態度が気に食わず、声を荒らげた。

「いやぁ、壬玖村って色目差別がひどいんですねぇ……。こういうヤツの方が山を汚しているというのに……」

 四人の後ろから声がしたと思えば、四宮だった。振り向いた四人が四宮を見る。

「山の中で色付き防護眼鏡を掛けてるんじゃねえよ、ボケが」

 そう言ったのは沢村だった。

「おやおやぁ~? オレにそういう口をきいて、大丈夫ぅ~? お・ば・か・さ・ん♪」

「それはお前だろ!」

 四宮の挑発にまんまと乗った我慢が出来ない沢村が殴り掛かった。腕が伸び切る前に拳を握られた上、力を入れられて一歩詰め寄られる。

「いっ、痛い痛い! 放せっ!」

 言われた通りに放すと、沢村は歪めた顔のままで四宮を見ながら拳を左手で撫でた。その足が一直線に並んでいて、四宮は透かさず足で薙いで転倒させて見下ろす。

「フン、六つ下に負ける雑魚が」

 四宮が吐き捨てるように言うと、青めた三人が沢村に近寄って立ち上らせて、更に捨て台詞を吐き捨てながら遠ざかった。


 四人を撃退させて四宮が得意満面になると、虹介に顔を向けた。

「戸二谷だったよな? お前、強いのにどうして反げきしないんだ?」

「川下のヤツらをやっつけても仕方がないからな」

 屈んで虹介に顔を近付ける。

「大アナグマをやっつけたんだろ? 試しにオレと力比べしてみねぇか?」

「やって、オレが勝ったら、その防ご眼鏡と頭の布を外してくれるか?」

「いいぜ」

 返事をした瞬間に虹介の拳が四宮の顎先をかすった。四宮は尻餅をき、そのまま勢い良く手を突いて後転しながら手を跳ねようとしたが、跳ねられずに転がった。

「あー、クッ…ソ、あれだけしかかすってないのに、このザマかよ……」

「約束な」

「少し待てよ……」

 掠っただけでも結構な痛手を被っているようで動けずにいた。虹介は湯を啜ってゆっくりと待つ。

 動けるようになった四宮が虹介の前で屈み、溜息を吐きながら保護眼鏡を外して、巻いていた布も外した。

「やっぱり色目か」

 四宮の撫子色をした目を真っ直ぐ見据えて言った。気になる事はあったが、それには触れなかった。

「だれにも言うなよ。……はぁ。新聞で大きく扱われていただけあって、本当に強いんだな」

 布を右目を隠すように覆って巻き直す。

「色目がいっぱん人に手を出すとイジメだってさわがれるから、止めておけよ」

「普通はさわがねぇよ。壬玖村がおかしいだけだ」

 後頭部で結び、保護眼鏡を掛けると虹介を見た。虹介は目を丸くしている。

「え? そうなのか?」

「壬玖村で生まれた色目は、早々に出て行くって話だからな。お前だってそうしたいんじゃねぇのか?」

 虹介が何も答えずにいると、四宮は笑顔になって立ち上がった。

「それが答えだろ」

 虹介は眉を顰めた。

「……どうして防ご眼鏡は色付きなんだ?」

「今は色付きが流行してるんだぞ。知らねぇのか?」

「そんな事、知らない」

 四宮は含み笑いをした。

「本当はしも係のハネのせいだよ。色付きが増えてるって話で、透明は値上がり中だぞ」

「へぇ、そうなんだな。ありがとう」

 素直に感謝する虹介を見た四宮が鼻で笑う。

「まぁ同じ学年なんだから、仲良くしようぜ」

 虹介の返事を聞かず、置いてある荷物の方へ向かった。

 後ろ姿を見ている虹介は、滝田とやり合う程度に抑えて四宮を殴ろうとしたが、意外にも避けられてしまって少しばかり嬉しく思った。それでも物足りなさの方が心を大きく占め、残念にも思った。


 午後は罠を張りながら移動し、紐と釣り糸が随分と減ったが、まだ余裕はある。帰りはこの罠を回収しながら帰るのだが、獲物が掛かっているかどうかが問題だった。

 深懐山の南側の山腹へ向かって歩き、先頭を歩いている花岡が立ち止まった。全員がその場に屈む。花岡は手信号で何かを知らせる。

かぶと虫がいるってよ」

 後ろにいる佐藤が小声で言った。

「幼虫がその下にいる可能性があるから、あれがいなくなったら掘る」

 虹介は少し顔を横に向けた。

「幼虫は食べられるのか?」

「旨いんだぞ。とろっとしていて濃厚で、栄養豊富だぞ」

「へぇ、楽しみ」

 日が暮れ掛けていて視界が良くない。それでも待ち続け、甲虫が去った後、留まっていた木の下を携帯用のスコップを持っている隊員で掘る。暫く掘ると幼虫が一匹出て来た。人数的には一匹で十分だった為、掘り返した土は戻した。

「今夜はご馳走だな」

 戻って来た佐藤の声が弾んでいた。隊員が角灯に火を点け、宿泊する場所を目指す。


 到着した休泊所は水場の側に有り、先ずは夕食を摂って、その後に罠を周囲に張り巡らせた。

 樹上の枝に板が打ち付けられ、且つ綱でも固定されていてそこで休む。縄梯子はしごで上れるようになっていた。それがじっヶ所あり、虹介は約十メートルを上って一人でいると、後から奥村が来た。

「今夜は一緒だな。宜しく」

「よろしく」

 奥村は虹介の三歳上だ。虹介に顔を向ける。

「宜しくお願いします、だろう。目上には敬意を払えと教わっていないのか?」

 その口調がきつく、虹介は苛立ちを覚えた。

「口が悪くても尊敬していたらそれでいいって言われているからな」

「へぇ、ぬるいんだな」

「そういう事が言える自分も敬意がないな」

「お前は目上ではないからな」

 そう言って背嚢を降ろしながら胡坐を掻いた。

「寝袋を出してもう寝ろ」

 虹介は素気すげない物言いの奥村を見ると、背嚢を降ろして寝袋を外した。再度背嚢を背負い、その寝袋に土足で入る。

「背嚢は置いておけ」

「父さんの言い付けだからそれは出来ない」

 自分の角灯の火を消し、寝袋を閉じた。

「お先」

「ゆっくり休めよ。おやすみ」

 打って変わって優しい口調で言われ、閉じた目を開いたが、再度すぐに閉じた。奥村はそれを見ていて、口元を些か綻ばせた。角灯が照らす虹介の顔を暫く眺めてから寝袋に入り、角灯の火を消した。

(いつ話そうか……。出来れば帰り際に捕まえて話したいが、明日の夜か、明後日の朝早く起こすか、どうするか……)

 思案をしていると、にわかに羽音がして鳥が飛び込んで来た。奥村は跳び起きて寝袋を慌てて外した。

「キュールルルルル」

「あーあ、来たのか。ダメだって言ったのに……」

 そう言いながら上体を起こして寝袋を腰まで下ろすと、キュウが膝に乗って来た。背嚢を降ろし、かぶせを外さないままで中に手を突っ込む。手探りで何かを探していると、ふと目が奥村に行った。

「驚かせて悪い。これは俺が飼っている鳥なんだよ。キュウって言うんだ」

 得物を手にして固まっていた奥村は、脱力してそれを仕舞った。

「そうか」

 虹介は取り出した物を食い千切り、キュウに与える。

「何を食わせているんだ?」

「干し肉。肉は牛のだけどな」

 この星に順応した牛は良く育つが、地球にいた頃より一回り小さい。

「へぇ……」

「こいつは魚の方が好きなんだよ」

「キュルキュルルルル」

「分かったから、静かにしろよ。肉しかないからガマンしろよ?」

 そう言い、再度食い千切って与えた。虹介は暗がりに慣れ、少しばかりの月明りで大概の輪郭が見えていた。さすがに影の部分は見えなかったが、奥村が防護眼鏡を外している事を確認する。しかし、このような状況では、色目かどうかは判明しなかった。

「虹介」

「ん?」

 思わず反応をしたが、呼び捨てにされる覚えはない。そして眉が寄った。

「虹介は俺の、血を分けた実の弟だ」

 開いた口が塞がらず、声が出ない。

「……な、……何て言った?」

 漸く声は出たが、俄かに信じられない言を耳にしたような気がした。

「虹介は、俺の実の弟だ」

「……は?」

 キュウは動かなくなった虹介の右手をつついて干し肉を催促した。反射的に干し肉を食い千切り、再度与える。衝撃で頭が真っ白になった虹介は、言葉が思い浮かばなかった。食い千切った干し肉をキュウに与え、顔を奥村に向けた。

「ウソ、だよな?」

 虹介の顔は悲愴でしかなく、微かに届く月明りがそれを強調していた。

「本当だ。俺とお前を捨てた母親は、俺が始末した。俺がそういう仕事をしているからな」

「へぇ……。へぇ、そうなんだ」

 虹介は奥村を見る事が出来なくなった。キュウに手を突かれても、干し肉を食い千切る気にもなれない。

「俺にも親父がいる。色目の俺を拾って、ここまで育ててくれた色目の親父がな。その親父の仕事を手伝って、俺もその道に入った。子捨てを犯した親に、捨て子が恨みを晴らせるようになっている。だから始末した。一応お前の母親でもあるから知らせておくぞ」

 催促するキュウの嘴が痛く感じ、干し肉を食い千切って与えた。

「わ、かった……」

 搾り出した声で返事をする。奥村は寝袋を戻して寝転んだ。

「生みの親より育ての親だな。俺もお前と同じだから分かる。……だが、俺はお前の実の兄だ。何かあったら頼れよ。ではおやすみ」

 虹介は頭の中が混乱して、今、自分が何をしているのかも分からなかったが、それでもキュウに手を突かれると食い千切って干し肉を与えた。キュウは小さな肉塊を食べ尽くし、臭いがせずになくなった事を理解したのか、もう突く事はなかった。

 虹介はそのままキュウを寝袋の中に入れ、背嚢は置きっぱなしにして横になった。


 当然ながら寝不足の虹介は、祥介の言い付けを破って置いていた背嚢を背負って地面に下りた。キュウも下り、背嚢に留まった。

「おはよう。キュウが来てるのか」

 花岡が笑顔で言うと、虹介は疲れた顔で微笑んだ。

「昨夜来たんだよ……」

「そうか」

 虹介はキュウを退かして背嚢を降ろし、必要な物を取り出した。木屑を盛った上に小枝を置き、その上に四個の炭を置くとマッチに火を点け、木屑の側へ突っ込む。再度背嚢に手を突っ込んで火吹き棒を取り出すと、様子を見て火種に空気を送り込んだ。火がおこると五徳の脚を立てて上に置く。

「キュウ、荷物を見ていてくれよな」

 虹介の側にいたキュウは背嚢の上に跳び乗った。それを見て鍋を持ち、湧水を汲みに行くと俄にキュウの騒ぐ声が聞こえる。振り返ったら三人が虹介の荷物の所にいて、キュウが翼を広げて騒いでいた。虹介の中で何かが切れ、全速力で戻った。しかし、その前に花岡が立ちはだかる。

「冷静じゃないぞ! 止ま…」

 叫んでいる途中で前方宙返りをして花岡を軽く跳び越えたが、四宮が三人を失神させてしまって出番はなかった。それでもキュウの下へ行って抱き上げ、四宮に礼を言う。

「ありがとう」

「おう。気を付けろよ」

 その場から去る四宮の後ろ姿を見る。

(背のうを背負っておけば良かったなぁ)

 虹介は後悔で更に落胆し、二日目は散々な始まりとなってしまった。

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