九、待望の再会
新暦一二五三年、虹介は十二月二十四日が近付くに連れ、頭の中が大介の事で一杯になって行った。
(もうすぐ兄ちゃんに会える。そうしたら兄ちゃんが家に帰って来る)
そう思うと心が躍った。しかし、その所為で仕事が手に付かなかったり、不手際を起こしたりして、その都度祥介に指摘をされた。
「目の前の事がきちんと出来ないなら、布団に入って寝ろ」
「ごめんなさい……」
その場で反省をして乗り切るのだが、時間が過ぎると同じ事の繰り返しだった。
浮付いている虹介に感化されたカルカル等も落ち着かなったが、キュウが一番感化されていて、板の間になった居間を、鳴きながら首を上下に振って歩き回っていた。虹介は叱る所か、キュウの鳴き声に合わせて口笛を吹きながら勉強をしている。
(これは大介と会うまで我慢をするしかないな……)
約一年八ヶ月振りに再会する兄弟を思い、祥介は不本意ながら受け入れていた。
そして庚漆村へ出発する二十四日になり、興奮頻りの虹介は早い目覚めで三時に起きた。
何かをせずにはいられない虹介は、月明りの中、カルカル等を早めの散歩へ連れ出す。月は暈を被っていて、天候の崩れを兆候を見せたが、壬玖村で雨が降ろうがどうでも良かった。ちなみに、この星の月は二つあり、どちらかが必ず出ている。
時間がある為、いつもよりゆっくり走らせたが、それでも虹介の体も早い内に温まり、冷たい空気が気持ち良く感じた。
カル舎の掃除も終え、まだ白まない空を見上げながら角灯を片手に畑へ移動する。ちなみに、角灯と言ってもガラスが存在しないこの星では、昆虫の翅が使用されている。
立派な大根を一本抜いた虹介は、それの一部を朝食にして、残りは持って行く事にした。井戸で土を洗い流し、台所へ行く。
祥介が起きて来た六時過ぎには、朝食がすっかり出来上がっていた。
「大根の煮付けを作ったのか」
「上手に出来ているといいんだけど」
二人は合掌をして挨拶をし、食べ始めた。祥介は大根に手が伸び、取り皿に置くと切り分けて頬張った。
「うん、俺好みだな。旨い」
そう言われて食べてみると、虹介は首を傾げた。
「オレはもう少しやわらかい方がいいな……。味ももう少ししみている方がいい」
「大介の味がいいって事だな」
虹介は小さく頷き、祥介は微笑んだ。
食後、祥介は余った白飯を焼きお握りにして網代弁当に詰め、虹介が置いてあった大根の残りも油紙に包んで荷物に入れた。
裏庭から澤川家へ行き、二人で挨拶をしてから出発した。留守の間、畑は尋子に様子を見てもらい、クルーの世話は郡司が、カルカル等の世話は川下から牧童が来てくれる。
二人はカルカルを一頭ずつ引いて出発する。時刻は七時を過ぎていた。
川下の村を過ぎるまでは空を飛んでいたキュウが、口笛で呼んだ虹介の下へ戻って来た。カルカルを最高時速で走らせるとキュウは付いて来られない。付いて来られない場合は虹介が必ず懐に入れていた。
二日で庚漆村に到着する事を確実にさせる為、今度は近道をする。やや危険を冒す事になるが、森の開けた場所を突っ切って行く。獣が狙って来たとしても、カルカルの本能で回避は出来る見込みだ。
森へ入る前には十分に休憩を取った。二人はカルカルにもたれ掛かり、少しでも冷えないようにしながら干し肉を頬張った。キュウは休憩をせずに空を飛んでいる。近場に獣はいないようだった。
命潭湖の南側にある森を棲み処にしている獣は、地球人が連れて来た犬や猫だった。深い場所に逃げられると如何ともし難く、繁殖を許すしかなかった。今では森の頂点に君臨している。
キュウが戻り、二人はカルカルに乗って森へ入った。カルカルの大きな足が、背の低い植物を踏み倒して行く。木々の間が広い理由は、こうしてカルカルが木の芽を潰してくれるお陰と、それに加えて直線で走り抜けられる理由は、引退して暇になった色目がこういった森の切れ目を整備しているからだった。
小一時間走って森を抜けるといつも通っている安全な場所の付近まで行き、そこで再度休憩を取る。緊張もカルカルに伝わり、今度は水場の側で半時間の休憩を取った。
湯を沸かし、それを飲んで腹から温まる。
「疲れたか?」
「まだ平気」
そう言って微笑んだ虹介の顔色は白かったが、湯を飲む内に血色が戻って行った。それを見た祥介は、直に日は暮れるが更に最高時速で二時間程度を走る事に決めた。
角灯に火を点け、祥介が天幕を張っている間、虹介は持参している水で、大根が沢山入ったおじやの下拵えをした。
それを炊いている間にカルカルの鞍を外す。カルカルはこういう時の為に、餌を一週間抜いても大丈夫なように常日頃から過剰に餌を与えられていた。天幕を張り終えた祥介が来て、最高時速で走ったカルカル等を労いながら寝かし付ける。
おじやが炊けて食べ始めると、キュウが夕食の催促をして来た。虹介はいつものように干し肉を食い千切って食べさせ、自分はその合間に食事を摂る。
食後、キュウは元気一杯だったが、目を開けていられない虹介は早々に天幕へ入った。祥介はまだ燃えている炭を前に、一人で白湯を飲んでいた。キュウは夜間飛行を楽しんでいて、戻って来るまでの間に後片付けが出来てしまい、更には炭が燃え尽き、体は冷え切ってしまった。
翌朝、やはり早起きした虹介によって朝食が出来上がっていた。二人はそれを平らげ、汚れた鍋に水を入れて沸かし、茶の代わりに飲んだ。残りは小さな桶に捨て、再度鍋に水を入れて棒束子で擦って桶へ、次は濯ぎ、更に汁椀へ移して箸と一緒に濯ぎ、それを桶へ入れた。最後に鍋へ入れた水に炭を浸した。
祥介は桶を持ってカルカルの下へ行き、四頭に分けて飲ませ、沸いた湯は少し冷まして布巾に掛け、虹介は顔を拭いた。祥介は剃った頭も拭いた。
水に浸した炭を水ごと捨て、水筒の湯が温くなると蓋をして鍋と一緒に荷物に入れてカルカルに積んだ。濡れ布巾は防護帽に巻き付け、取れないように網を被せる。
今日は庚漆村を目指して走るが、昨日は近道をして最高時速で走る約五時間分を短縮出来たお陰で、約七時間走って到着する予定だ。この辺りの天気は悪くないが、良くもない曇り空だった。
虹介の気が急いているようで休憩は少ない上に短かった。そのお陰で庚漆村に到着した時間は十六時前で、カルカル等を牧場に預け、近くの乗り場から乗り合いカル車に乗って野村屋の近くまで移動する。そこには大介を送った時にも宿泊した。
宿に到着すると記帳をして、二十六日は三人での宿泊にした。二人は早々に入浴し、夕食後にも入浴し、二人して温まっている内に早寝をした。キュウは十六時から二十時まで飛んだが疲れてはおらず、主人が就寝してしまった為に仕方なく眠る事にした。
二十六日はいよいよ大介との再会で、落ち着きのない虹介は先に一人でカルカル牧場へ行き、カルカル等の様子を見てから商店街へ行った。土産だけを買って宿へ戻り、入れ違いに祥介が出掛け、明日からの食糧と昼食を買って戻る。
食後に茶を飲んでいると、祥介が上の空の虹介を呼んだ。
「虹介、虹介、俺はもう一度出掛けるからな」
顔を向けた虹介が眉を顰める。
「え? どこへ行くんだ?」
「牧場に行っていないからな。ここも掃除をしてもらわないといけないから、ここの人がいいって言うまで部屋から出ていろよ」
「分かった」
頷くと再度上の空になった。祥介は心配になったが、カルカルが十二分に餌を食べているのかを自分の目で確かめたいが為に出掛ける。
虹介は、祥介が出掛けた十三時過ぎから玄関側の広間に居座っていたが、椅子に座って玄関を見詰めているだけだった。玄関の戸は格子に翅が嵌っていて外が見える。虹介は戸を開けようとした者を見て腰を浮かせた。今まではすぐに腰を下ろしていたが、俄に口元が綻んで駆け寄った。
「兄ちゃん!」
大介は持っていた荷物を落とし、ご丁寧にスリッパを脱いでから跳び付いて来た虹介を抱えた。
「元気にしていたか? それにしても大きくなったな? 重いぞ」
受付にいた男が笑顔で見ている。
「ずっと待っていたんですよ。虹介君、良かったねぇ」
「うん!」
「ほら、下りろよ」
土間にいた大介は廊下の傍へ行ったが、虹介は下りなかった。
「荷物はお持ちいたしますよ。お部屋は梅の間で、右手をまっすぐ行って五室目のお部屋です」
「分かりました。それでは荷物をお願いします」
辞儀をして靴を脱ぐと部屋へ向かい、梅の間の襖を開けた。疾うに帰って来ていた祥介が顔を向ける。
「久し振りだな。元気そうで何より、か?」
「俺は元気だよ。父さんこそ、元気そうで何より」
「荷物はどうした?」
抱き付いたままの虹介も目に入ったが、それには触れなかった。
「この大きな荷物の所為で落としたんだよ。宿の人が持って来てくれる」
「そうか」
苦笑しながら頷いた。そして改めて大介を凝視する。
「それにしても大きくなったな」
「十五センチは伸びたよ」
そう言いながら祥介の対面に座った。
「虹介もそれくらい伸びているから、目線は変わらなそうだな」
「それでも重くなっているな」
「梅の間様、失礼します」
襖の外から声が聞こえる。
「はい、どうぞ」
返事をしたのは祥介だった。襖が開き、荷物を抱えた男が辞儀をする。
「お荷物をお持ちしましたので、こちらに置いておきますね」
「すみません。ありがとうございます」
大介が虹介を抱えて辞儀をした。
「虹介君、本当に良かったね」
男がそう言うと、虹介が「うん!」と大きな声で返事をして、笑顔で頷いた後に「それでは失礼します」と男が襖が閉めた。
「虹介、そろそろ離れないか?」
「ええ? もう少しいいだろ?」
大介は思わず笑顔になった。相変わらず甘えん坊な弟が可愛かった。
「歩いて来たんだろう? 茶を入れようか。二番煎じだがな」
「頼むよ」
立ち上がる祥介を見上げて言うと、祥介は火鉢の五徳に置かれている鉄瓶の弦を、袖を使って持った。急須に湯を入れるとそれを火鉢へ戻し、座卓に置かれた盆に載った湯呑みを引っ繰り返し、急須の傍に置く。
「食事は十七時な」
不意に言うと、大介が頷いた。
「分かった。腹も減っているんだよな……」
「何、後十分少々だ」
大介は祥介の視線の先を見て、時間を確認した。
「そうだな」
頷いて祥介を見る。言いたい事は山程あったが、言葉が全く出て来なかった。祥介はいつも通りで、特に何かを言う事もなかった。静かに茶を飲んでいると夕食が運ばれ、漸く虹介が大介から離れた。
夕食後にも茶を飲んで、暫く三人でたわいない話をし、一時間経った頃に入浴した。
入浴後、三人が部屋へ戻ると座卓が脇に寄せられ、布団が頭を窓に向けて三組並べられていた。
「オレはここ!」
虹介は入り口から見て右側を選んだ。
「それじゃあ俺はここだな」
大介が真ん中を取り、左側に祥介が横になった。
翌朝、大介が目を覚ますと虹介が同じ布団で眠っていた。
(何か温かいと思ったら……いつの間に入って来たんだ?)
大介は毎朝五時起きだった為にそれが身に付いていた。虹介を起こすのは忍びないと思い、起きるまでそのままでいた。しかし、虹介が思いの外早く起きた。天井を見上げている大介を見て微笑む。
「おはよう」
声を聞いて横を向くと目が合った。
「おはよう。もう起きたのか」
「うん」
「それじゃあ起きるか」
「うん」
大介は掛け布団に掛けていた丹前を取ると、起き上がって急いで着る。それも空気も冷たくて震え上がった。虹介は自分の布団に起いたままで、這ってそこまで行って着ていた。
「しっこ……」
急に冷えたようで、走って部屋を出て行った。急いだ所為で襖が綺麗に閉まっておらず、大介は廊下に出てスリッパを履き、それから閉めた。
祥介は物音で目が覚めたが、襖の上にある振り子時計を見ると頭まで布団を被った。まだ五時半にもなっていない。
朝食は食堂へ行く事になっている。三人は七時少し前に行ったが、宿泊客が十組で二十五人いて大盛況だった。三人は梅の間と書かれた立札のある席へ行く。二人掛けに虹介と大介が座り、虹介の正面に祥介が座った。
品目は白飯、焼き魚、出汁巻き玉子、紅白膾、法蓮草と人参の白和え、白菜と油揚げと葱の味噌汁、白菜の浅漬け。
祥介が合掌すると、二人も同様にして三人で挨拶をして箸を取った。大介は出汁巻き玉子に手が伸びる。そして美味し気に咀嚼をした。
「人様に作ってもらう飯は格別に旨いなぁ……」
「ゆうべも言っていたぞ」
一部始終を見ていた虹介が笑った。そして白和えを頬張る。祥介は魚の骨を取りながら身を解していた。
「こういう飯は、こういう所に泊まらないと食えないからなぁ」
大介は頷いた。
「俺等じゃ、ちょっと作れないよな」
「尋子さんに言えば作ってもらえる?」
二人は虹介を見て微笑んだ。
「この出汁巻き玉子は無理だと思うぞ。味に文句がなくても、卵は売っている所が少なくて高いんだよな」
大介が虹介を撃沈させた。
「焼き魚なら出してくれる事もあるだろうが、これなら俺も作れるぞ。焼くだけだからな。煮魚より簡単だが、やはり煮魚の方がいいな」
祥介が浮き上がらせたが、次の言でそれを阻止する。
「壬玖村には豆腐がないから白和えは無理だな」
「ああ……」
虹介は浮上する事が出来なくなった。
「鶏を飼うか」
祥介はそう言って魚の身を頬張り、続いて白飯を頬張った。大介は渋い顔をして膾を頬張り、虹介は目を輝かせて祥介を見ていた。
「父さん、鶏は畑を駄目にするだろうから止めておいた方が無難だと思うけどな」
「餌を存分にやっていたら大丈夫だと思うんだが、どうだろうな?」
虹介は気持ちの浮き沈みが激しくなり、精神的に疲れて聞く気になれず、食べる事に集中した。
祥介が言い出した鶏は、本当に余所の村のどこかから購入し、傷付けないように時間を掛けて持ち帰った。カル舎内に鶏舎を拵え、カルカルと鶏は仲良くなった。
そして、卵の大きさの問題で食べ切れずに孵化させていた所、一年後には増えに増えすぎて、食卓に肉が並ぶ日が増えた。ちなみに、鶏は順応する内に進化し、雌鶏は全長九十センチメートルはある。
祥介の決断が一番絶賛された時だったかも知れない。




