第70話 燻る殺意(レオンハルト視点1)
アイシャが寝不足になって数日が経っていた。
原因は悪夢だという。だがそれ以外にも不安ごとがあるのか、どこか思いつめた表情をしていた。いつもならナナシかロロに相談するらしいが、今回はどちらにも声がかかっていないそうだ。教皇または伯父である皇帝に相談するのかもしれないが、今のところその動きはない。
何かを一人で悩んでいる姿は見ていて痛々しく、彼女の楽しそうな笑みを見たのはいつが最後だっただろうか。
なぜ、私には頼ってくれないのだろう。相談をしてくれないのだろうか。
声をかけようにも、アイシャは困ったように笑うので深入りできなかった。気のせいか目が合う頻度も少なくなった気がする。私の殺意に勘付いて距離を取っているのかもしれない。それとも少しずつ距離を縮めているルークへの嫉妬と苛立ちに気取られたのだろうか。
こんなに近くに居るのに、アイシャの存在が遠く感じる。
もう近くにいることだけで満足できなくなってしまったのだろう。愛おしい想いとキャベンディッシュ家への憎悪が日に日に増していく。
『いっそ、あの聖女を殺してしまえば、永遠に自分のものになるぞ』
最初は幻聴だと思っていたが、その声はあまりにも生々しくリアルなものだった。そして恐ろしいことにそれを望む自分が居るのも確かだった。
(なにを馬鹿な……)
そう頭では分かっていても、まるで自分ではない何かが心を黒く塗り潰していった。「愛するものを殺すことが正しい」それが正しいと想う気持ちが蓄積していく。
だからだろうか。
体調もすぐれないというのに、お茶会に行くと言い出した時、私には嫌な予感があった。
断ればよいものを、つくづく貴族社会は面倒なところだった。面子を何よりも大事にして、昼間から享楽に耽るろくでもない人種だと思っていたのだが──。
「アイシャ様、南の領土の情報ですけど」
「ああ、クラーク夫妻。城砦を築いているから、そちらの様子はどうですか?」
「迎撃式魔法陣のおかげで被害は最小限にすんでいるよ。南は領土が広い分、守備にはいろいろと人員が足りてなくて困るけれどね」
アイシャに挨拶をしていく者たちは世間話を織り交ぜながら、国の内情などの情報交換を行っていた。解決策や助言などを素早く答える少女に、私は改めて彼女の強みを見せつけられた気がした。いや魔物討伐から今の今まで、彼女は次々に素晴らしい一面を見せる。
それに比べて私はどうだろうか。
傍に居るだけで別段、彼女の力にもなっていない。復讐に利用しなくても、彼女は自発的にキャベンディッシュ家を潰す気なのだ。
しかしそれは復讐心からではない。
国家転覆を阻止するため。
彼女は復讐に意味がないことを知っていたのだろう。仮に復讐を終えて残るものと、復讐を手放して得られるものを天秤にかけたのだ。そして彼女は後者を選んだ。
(私が隣に居るにはあまりにも眩しすぎる。それでも傍に居たいと願ってもいいのだろうか……)
そんな事を考えていた矢先。
キャベンディッシュ家の血を引いた少女を前に、殺意がどっと噴き出す。何よりもアイシャを馬鹿にした態度が我慢できず、気づけば体が動いていた。
しかしそれも結局、彼女の為を想いながらも足を引っ張る結果となった。赤ワインを自分にかけて赤く染まる彼女に、思わず魅入ってしまった。
たった十二歳の少女で、これなのだ。成長したらどれだけの異性を虜にするのだろう。
風呂を用意するといいながら、案内された屋敷はずいぶんときな臭い。少なくとも屋敷を取り囲む気配が二十はあるのだ。誘い込まれたのだろう。
もしあの時、私が感情的にならなければ、こうはならなかったはずだ。案の定、アイシャが手にしていたメモには「屋敷からすぐに逃げて」と走り書きが書かれていた。
あの皇女はアイシャをおびき出すための餌だったのかもしれない。




