第232話「天下の大悪人、梨壇の町の調査に向かう(3)」
墓地は、町の敷地の外にあった。
川と町を見下ろす高台だ。そこに多くの人たちが集まっている。
この世界の墓は土を少しだけ盛ったかたちをしている。
それを見つめながら、町の人たちは静かに頭を下げていた。
墓の数は二十個以上。
3年前の襲撃では、それだけ多くの人たちが犠牲になったのだろう。
俺と范琉さんは墓地から少し離れたところにいた。
人々の墓参りが終わってから、話を聞くつもりだったからだ。
でも……よそものがいるのが目立っていたようで──
「……あなた方は?」
町の人たちの最後尾にいた女性が、俺たちのところにやってきた。
年齢は20代後半から、30代前半くらいだろう。
不思議そうな顔で、首をかしげて、俺たちを見ている。
「旅の方のようですが、私たちになにかご用でしょうか?」
「ぼくたちは、梨壇の町の父老の紹介で参りました」
俺は素早く拱手して、告げた。
「この町の祭りのことを聞いて、寄付をさせていただいたのです。そのときに、今回の祭りの由来をうかがいました。これもなにかのご縁だと思い、お参りに来たのです」
「そうですか……ご丁寧にありがとうございます」
女性は俺たちに拱手を返した。
彼女の首筋に傷跡がある。
范琉さんがそれに視線を向けると、彼女は微笑んで、
「これは3年前の事件で受けた傷です。私も盗賊団の襲撃で……夫と娘を失いました」
「……そうだったのですか」
「娘が生きていれば、あなたと同じ年頃だったでしょう。それで、あなたのことが気になって、声をかけてしまったのです」
「盗賊団の襲撃は……ひどいものだったと聞いています。心から……お悔やみを申し上げます」
思わず、本音が出た。
星怜の両親が盗賊団に襲われたときのことを思い出したからだ。
あの事件を起こしたのは、北の地に住む盗賊団だった。
奴らの襲撃によって、星怜の両親は殺された。
星怜も、心に深い傷を負った。
ゲーム『剣主大乱史伝』の世界では、傾国の悪女になるくらいに。
この世界は治安がよくない。
領主や、兵士の目が届かない場所もある。
梨壇の町のように、災害時の隙をついて盗賊団が襲ってくることもある。いわゆる、火事場泥棒の凶悪版だ。
この町を襲った盗賊団は討伐されたそうだけれど、死んだ人たちは帰ってこない。
だから町の人々は、亡くなった人たちを悼んでいるんだ。
そんな人から話を聞くのは気が進まないけど……。
「実は……ぼくの知っている人が、以前、この町に住んでいた可能性があるんです」
俺はぎりぎり、嘘にならない言葉を口にした。
「灰色の髪で、『介』という姓の人です。3年前はまだ子どもだったと思うのですが……」
「灰色の髪?」
女性が目を見開いた。
びくり、と肩をふるわせる。
「……介という子どもは知りません。でも、灰色の髪の少年といえば……」
「ご存じなのですか?」
「ええ……死んだ娘の友だちでしたから」
女性は目を伏せて、うなずいた。
「父親が商人の護衛をしていたそうで、あちこち移動していたそうです。ただ、あの子は別の姓を名乗っていました。それに──」
「……それに?」
「その子はもう死んでいるはずです。3年前の事件のときに」
女性がゆっくりと、後ろにさがっていく。
気づくと、まわりいる人々が俺たちを見ていた。
警戒するような顔で、遠巻きにして。
「……その話はやめた方がいい」
「……あまりにも荒唐無稽だ。現実にはありえないよ」
「……落ち着きなさい。家族を失って傷ついているのは、あなただけではないのだ」
町の人たちがつぶやく。
「いいえ、私は確かに見たのです。あの子どもがしたことを」
けれど、女性は首を横に振った、
「娘も同じ光景を見ていました。だからあの子は……死ぬ間際に言ったのです。『回くんが妖孽に憑かれちゃった』と」
「妖孽……?」
妖孽とは、怪しい兆しや前兆を指す。
また、妖怪の一種を現す言葉でもある。
この世界で『妖孽に憑かれた』と言えば、魔物や妖怪に取り憑かれたという意味になるんだ。
「私が見たもののことを……お話ししてもいいですか?」
「……お願いします」
女性の言葉に、俺はうなずく。
やがて、女性はゆっくりとした口調で、話し始めた。
「あのときのことは……よく覚えています。盗賊団は私たちを、町の一画に集めていました。私たちが逃げないようにするためと、金目のものを集めるためでしょう。私と娘もその場にいました」
はっきりとした口調だった。
夢やまぼろしについて語っているようには、見えなかった。
「そのとき急に……灰色の髪の子どもが暴れ出したのです。『天命に覚醒めた』と言って」
「天命!?
「陸宝さま。その言葉は……」
范琉さんが俺の方を見た。
俺はうなずく。
『天命』というのは、ゲーム『剣主大乱史伝』に登場する介鷹月の口癖だ。
そして、この世界の『金翅幇』が使う言葉でもある。
「……あなたは、娘さんを亡くして混乱しているのだよ」
「……子どもが盗賊を打ち倒すなど、あるはずがないだろう?」
「……3年も経ったのだ。もう、忘れなさい……」
町の人々は、女性のまわりに集まりはじめる。
彼らの話を聞いていると、わかったことがある。
事件のとき、盗賊団は十数名の人々を、町の一角に集めた。
その人々の中でたったひとり生き残ったのが、目の前にいる女性だ。
他の者は……女性の子どもも含めて、死ぬか、行方不明になったらしい。
町の人々は女性の言葉を信じていない。
悲惨なできごとのせいで混乱して、ありえないものを見たと思っているみたいだ。
「梨壇の町の方々に申し上げます」
俺は呼吸を整え、町の人々に向かって、拱手した。
「ぼくは、朱陸宝と申します。ぼくは……個人的な理由で、とある組織について調べるために、この町に来ました」
言葉が、染み渡るのを待つ。
渾沌の『万影鏡』をマスターしたからか、俺の言葉に人々がどんなふうに反応しているのかが、よくわかる。
みんなおどろいているけれど、こちらを警戒はしていない。
彼らが落ち着くのを待って、俺は説明を続ける。
「その組織は『裏五神』という盗賊団と関わりがありました。ぼくが探している灰色の髪の人物も、その組織の関係者です」
言葉を選びながら、俺は説明を続ける。
「ぼくはその人物の情報を集めています。それで……以前に、この町が盗賊団に襲われたことを聞いて、なにか手がかりがないかと思い、ここに来たのです」
「……そういうことでしたか」
女性はため息をついた。
「灰色の髪の子どもの血縁者というわけでは……ないのですね」
「そうです。とちらかというと……敵対しています」
「お話ししましょう。それは、事件で亡くなった人たちへの弔いになると思います」
女性はまわりの人たちを見回しながら、告げた。
「私の見た光景は……皆さまのおっしゃる通り、気を失う前のまぼろしなのかもしれません。いつか……自分でも記憶を信じることができなくなって、忘れてしまうこともあるでしょう。そうなる前に、この方たちに聞いていただきたいのです」
そう宣言した女性に、町の人たちはとまどうような表情になる。
たぶん、彼女は自分で見たもののことを、ずっと信じてもらえなかったんだろう。
「ぼくは信じます。聞かせてください」
俺は女性に向かって、うなずいた。
そうして、彼女は話し始めた。
3年前の事件のとき、突然『天命』に覚醒めた少年のことを。
少年の姓は『回』と言った。
本名かどうかは、誰も知らない。
いつの間にかこの町に流れ着き、住み着いた少年だったからだ。
父親は商人の護衛をしていたそうだ。
母親はいなかった。少なくとも、誰もそれらしい人物を見ていない。
だから、少年は陋屋の中で、ひとりで暮らしていたそうだ。
食事などは、近所の人々が面倒を見た。
それは珍しいことではなかった。
梨壇の町は船運のおかげで豊かだった。
皆で、子どもひとりを食わせるくらいはできた。
けれど……3年前の長雨のときに、この町は盗賊団の襲撃を受けた。
奴らは防壁がくずれたところから、町の中に入り込んだ。
そして、近くに住んでいた人々を一カ所に集めた。金目のものを渡せば殺さない、と言って。
人々は、それに従うしかなかった。
梨壇の町の領主は優秀だ。
すぐに盗賊が町に入り込んだことに気づいて、兵士を派遣してくれる。それまで時間を稼げばいい。
人々が金や食料を集めているうちに、きっと、助けがくるはず。
だから、ここは盗賊の命令に従うふりをするべきだと、人々は考えていたのだ。
だが、そのとき、回少年が突然立ち上がり、盗賊のひとりを襲った。
「俺は天命に覚醒めた」
「俺は、お前たちが知らない真実を知っている」
「志があるなら従え!」
「そうすれば、命を全うする方法を教えてやる!」
そんな言葉を口にしながら。
少年はすばやく、ひとりの盗賊から武器を奪った。
そして、その盗賊を斬り殺した。
けれど、それだけだった。
少年はあっさりと取り押さえられて、首領のもとに引きずられていった。
彼は首領に向かって「従うなら命を全うする方法を教える」と語り続けていた。
盗賊団の首領は、そんな少年を殴り倒し、馬の後ろにくくりつけた。
拠点に帰ったら八つ裂きにしてやる、と息巻いて。
その後……盗賊団は怒りにまかせて、人々を殺しはじめた。
仲間を斬り殺された盗賊団は、住民を殺すことで、自分たちの力を誇示しようとしたのだろう。
女性は、娘を連れて逃げようとした。
けれど、逃げ切れなかった。彼女は背後から斬られて、倒れた。
彼女はそのまま意識を失った。
とどめは、刺されなかった。
出血がひどかったから、死んだと思われたのだろう。
しばらくして目を覚ますと、まわりの者はみんな死んでいた。
彼女の腕の中にいたはずの娘も。
近所に住んでいた者たちも、みんな。
連れ去られた者もいた。
おそらくは、回少年もその中にいたのだろう。
彼らの死体は、見つからなかった。
やはり、梨壇の町の兵士たちは優秀だった。
彼らは盗賊団が町に入り込んだことを知り、駆けつけた。
すぐさま盗賊たちは町の外に逃げていったそうだ。
追うことができなかったのは、町の外には水があふれていたからだ。
盗賊団は船を用意していた。
増水した川を渡って、すばやく逃げた。
兵士たちには、その用意はなかったのだ。
その後、事件は藍河国の高官たちの知るところとなり、討伐隊が派遣された。
盗賊団は捕らえられ、その場で斬られた。
けれど、連れ去られた者たちは戻らなかった。
人買いに売られたのではないかと言われている。
回少年の父は、町に戻ってこなかった。
どこに行ったのかは誰も知らない。
事件のことを知り、少年を探しに行ったのかもしれない。
娘を失った女性は、自分が見たもののことを父老と領主に伝えた。
信じてはもらえなかった。
年端もいかない子どもが盗賊の武器を奪うなど……しかも、盗賊を斬り殺すなど、ありえないからだ。
仮にそうだとしても、回少年はもう、死んでいるはずだ。
盗賊たちが、仲間を殺した者を許すはずがないのだから。
目撃者は彼女だけ。
その場にいた者は、みんな死ぬか、行方知れずになってしまった。
それでも、彼女は自分の見たのは現実だと、信じ続けた。
それから3年の間、梨壇の人々は悲しみにくれて過ごした。
祭りも、行われなかった。
その後──盗賊団の『裏五神』が倒され、街道に盗賊が現れることはなくなり──
町の人々は、事件の犠牲者をとむらい、河伯をあがめる祭りを行うことにした。
それが、梨壇の町で起きたできごとだった。




