第231話「天下の大悪人、梨壇の町の調査に向かう(2)」
この梨壇の町が、ゲーム世界の介鷹月の故郷だと仮定して考えてみよう。
故郷といっても、いくつかの意味がある。
たとえば、これから介鷹月がこの町にやってきて、住み着く場合だ。
あいつは乱世が始まるまでこの町に住んでいて、ここを故郷だと考えるようになったのかもしれない。
もうひとつは、介鷹月がこの町で生まれ育った場合だ。
その場合は間違いなく、梨壇の町があいつの故郷ということになる。
仮に後者だと考えてみよう。
そうすると……現在の梨壇の町には、介鷹月を知る人間がいてもおかしくない。
今はゲーム開始の10年前で、介鷹月は10代前半の子どもだ。
ここがあいつの生まれ故郷なら、仲のいい友だちやご近所さんがいるかもしれない。少なくとも介鷹月の父親、介州雀を知る人間くらいはいるだろう。
調べてみる価値はあると思う。
仮にハズレでも、まあ、それはそれ。
太子狼炎に依頼された「町の様子を探る」という役目は果たせるわけだし。
でも、今の介鷹月は、まだ10代前半の子どもなんだよな……。
なのに『金翅幇』の一員になっているとしたら……それは本人の意思なんだろうか? それほど強く、『藍河国を滅ぼす』と考えるようになった理由はなんだ?
家族を殺されたのか?
それとも、別の理由があるのか。それとも──
介鷹月は俺と同じように、異世界から来た人間なのか……?
「陸宝さま。どうなさいました?」
不意に、范琉さんが俺の肩を叩いた。
町中で突っ立っていたことに気づいて、俺はあわてて頭を振る。
いけない。考えに沈み込んでいた。
まずは、この町でやるべきことを決めよう。
太子狼炎は俺に自由行動を許してくれた。彼の目的は『蒼矢隊』がどんな調査をしているかを知ることだ。
やり方は、俺に一任してくれている。
だったら、俺は町の人から話を聞くことにしよう。
そうすれば『蒼矢隊』がなにをしているのかを知ることができる。
ついでに、町の情報も集めることができるはずだ。
梨壇の町に、介親子が住んでいたかどうかも。
「范琉さん。この町の父老に会うことはできますか?」
俺は范琉さんにたずねた。
この世界は民主国家じゃないけれど、民の意見をまったく無視することはできないからな。上の人間が無茶を言えば、反乱が起こることもあるんだから。
そうならないように、人々の意見をまとめて、上に伝える人たちがいるんだ。
それが父老だ。
父老は町のまとめ役で、長老や年を取って引退した兵士など、皆の尊敬を集める人たちが担当している。
父老は町のことに詳しい。
彼らと話をすれば、梨壇の町の状況もわかるだろう。
もしかしたら、介親子の情報も手に入るかもしれない。
「父老の話を聞くことは……できると思います」
うなずきながら、范琉さんは懐に手を入れた。
「切り札があります。これを使えば簡単です」
「切り札ですか?」
「そうです。狼炎殿下から黄天──いえ、朱陸宝さまにお渡しするように言われたものがあるのです」
そう言って、范琉さんは俺の手に、自分の手を重ねた。
手のひらに重みを感じた。
ひんやりと固い感触。これって──
「……狼炎殿下の佩玉じゃないですか」
佩玉とは、玉で作られた飾り物だ。
俺が太子狼炎の代理人だということを表すものでもある。
前にも預かったことがあるけど……今回も貸してくれたのか。
「殿下は『いざというときに使うがよい』とおっしゃっていました」
「だからって、簡単に佩玉を渡されても困りますよ……」
「信用されていらっしゃるのですね」
「それはうれしいです。でも、これを使うのは最後の手段ですね」
佩玉を使ったら、俺が太子狼炎の指示でここに来ていることがばれてしまう。この町にいる『蒼矢隊』にも、たぶん。
『蒼矢隊』は国王の意を受けて動いている。
彼らにないしょで、太子狼炎の部下が調査をしていることが明るみに出たら……王は気分を害するだろう。
下手をしたら、王と太子の対立に繋がるかもしれない。
それは避けたい。
「旅の商人として、父老に祭りの話を聞くのはどうでしょう? 祭りに居合わせた商人が寄付をして、ついでに話を聞く。それなら自然だと思います」
「……なるほど」
「そうすれば、今の町がどんな状態なのかを聞き出すことができますよね?」
そのまま『金翅幇』の話題に持っていくこともできる。
うまくいけば、介親子のことも聞き出すことができると思うんだ。
「名案だと思います」
范琉さんは目を輝かせた。
「殿下が……あなたに信頼を寄せていらっしゃる理由がわかりました」
「それほどたいしたことじゃないですよ」
「いいえ。あなたは、民の目線で物事を見ていらっしゃいます」
何度もうなずく范琉さん。
「寄付をすることで祭りに敬意を払う。そのあとで情報を聞き出す。これはたぶん『蒼矢隊』にはできないことです」
「そういうものですか?」
「陛下の権威を使い、黄海亮さまの部隊を追い出すような者たちには無理でしょうね」
確かに。
『蒼矢隊』が町の人と対等の立場で話を聞く……なんてことはしそうにないな。
いや……梁銀さんは別か。あの人は俺と正面から向き合って、話をしてくれたわけだし。
そういえば、梁銀さんの部下の修三兄妹も、この町にいるんだっけ。
彼らが梁銀さんの直属の部下なら、いざというとき、話ができるかもしれない。
少なくとも、俺の言葉を梁銀さんに伝えてもらうくらいはできるだろう。
まあ、それは本当に緊急時の手段になるんだけど。
そんなことを考えながら、俺と范琉さんは町の中心部に向かうのだった。
父老たちは大喜びで寄付を受け取ってくれた。
手の空いた人を紹介してもらうこともできた。
この町に店を構える商人さんの祖父で、いわゆるご隠居さんだ。
生まれたときから梨壇の町に住んでいるそうだ。
その後、俺はご老人がいる店に向かった。
そして、店の奥の部屋で、俺と范琉さんは話を聞くことになったのだった。
「まずは、祭りについて教えていただけますか?」
范琉さんは言った。
ご老人は俺たちの正面に座り、お茶を飲んでいる。
話の進め方については、范琉さんと打ち合わせた。
まずは祭りの話題から始める。
それから少しずつ、『蒼矢隊』のことを聞き出す予定だ。
話をするのは范琉さんに任せることにした。
俺は気づいたときに口を挟む。
そのときに介親子のことを、さりげなく聞いてみよう。
「祭りの由来を……お教えすればよろしいいのですかな?」
「そうです。お願いできますか?」
「ふむ。そうですな……ご存じの通り、この町は碧河に面しております」
ご老人はお茶で口を湿らせながら、話し始めた。
「川幅は広く、水深もあります。多くの船が停泊できるため、川運が盛んです。魚も多く獲れます。ですが、恵みをもたらす河も、ときには暴れ回ることがあります」
「……想像はできます」
「長雨が続けば、川があふれることもあります。ひとたび氾濫した川は、容易には鎮まりません。田畑を荒らし……ときには町に押し寄せ、防壁を破壊することもあるのです」
「そうならないように、町では河伯 (川の神)を祀っているのですね?」
「そうです」
ご老人はうなずいた。
「町の者は、良いことがあったときに祭りを行うことにしております。良いことは河伯のおかげだと考え、末永く、それが続くように祈ります。そうすれば河伯は鎮まり、実りだけをもたらしてくれると、町の者は信じているのです」
「だから盗賊団『裏五神』が消えたことについても、河伯に感謝しているのですね」
「はい。昔から……この町は盗賊団に悩まされていました。町を荒らされることもありました。その心配がなくなったのは、よろこばしいことです」
……ん?
今の言葉に、引っかかりを感じた。
盗賊団『裏五神』は、町の外にいる商隊を襲っていたはずだ。
あいつらが町を襲ったという話は聞いていない。
なのに、梨壇の町が盗賊団に悩まされていたというのは……?
「お聞きしてもいいですか?」
俺はご老人にたずねた。
「この町は直接、盗賊団の攻撃を受けたことがあるのですか?」
「はい。あれは……3年前のことです」
老人は苦々しい口調で、語り始めた。
「あのころは長雨が続いておりましてな、川があふれ、町の外まで押し寄せてきたのです。それでも雨は降り止まず……そのせいで、町の防壁の一部が崩れてしまいました。そこから、盗賊団が町に入り込んだのですよ」
盗賊団は町の中で暴れ回った。
食料や金品を奪った。人をさらっていくこともあった。
そのせいで、多くの者が犠牲になった。
そうして、奪うだけ奪った盗賊団は、そのまま立ち去ったそうだ。
「その後、盗賊団は討ち滅ぼされました」
事態を知った藍河国は、すぐに動いた。
当然だ。
北臨の近くにある町が襲撃を受けたんだ。国が放っておくわけがない。
『奉騎将軍』兆石鳴の部隊によって、盗賊団は討伐された。
「討伐に参加されたのは兆石鳴さまと、末のご子息……兆巽丘さまでした。おふたりは、町の者の話を聞いてくださいましたよ」
盗賊団は倒されたけれど、問題がすべて解決したわけじゃない。
逃げ延びた盗賊もいたそうだ。
しかも、その後『裏五神』を名乗る盗賊団が現れて、商隊を襲うようになった。
町の人が安心して暮らせるようになったのは、『裏五神』が消えてからだ。
「だから『裏五神』がいなくなるまで、祭りは行われなかったのです」
ご老人は、そんなことを言った。
「3年前の襲撃では、多くの者が命を落としました。行方不明になった者もおります。きっと、盗賊団に連れ去られ……売られてしまったのでしょうね」
「今回のお祭りは、そのとき亡くなった者たちへの、鎮魂の意味もあるのでしょうか?」
「……そうです」
俺の言葉に、ご老人はうなずいた。
「家族や隣人を亡くした者の中には、墓地で祈りを捧げている者もおりますよ」
「長老さまにうかがいます」
俺は立ち上がり、拱手した。
「3年前の事件で亡くなった方や、行方不明になった方の中に、灰色の髪の親子はいませんでしたか?」
灰色の髪の親子というのは、介州雀と介鷹月のことだ。
俺は彼らがこの町の出身者だと思っている。
仮にそうだとしたら、3年前の事件にも、彼らは関わっているのかもしれない。
あるいは、盗賊たちに襲撃を受けたことを利用して、自分たちの存在を消した可能性も……。
「わかりません。あの事件での死者と行方不明者は、数十名はおりましたから」
老人はため息をついた。
「灰色の髪の者も……いたかもしれませんが、確たることは言えません」
「現在のこの町にはどうですか? 灰色の髪の親子はいますか?」
「……いいえ」
静かに、頭を振るご老人。
「そのような者は存じ上げません。少なくとも、私の知り合いにはいないようです」
「そうですか。変なことを聞いてすみません」
「その方々は、あなたのお知り合いですかな?」
「知人のようなものです」
「なるほど。ですから……祭りに興味を持ってくださったのですね。お知り合いが盗賊団に害されたのなら、あなたも祭りには無関係ではありませんから」
老人はそう言って、笑った。
「ですが、盗賊たちはもういません。町を襲った盗賊団はほろぼされ、『裏五神』も消滅しました。少しずつ、世の中はよくなっていくのでしょう」
「そうですね」
「王家の方々も、この土地を守ってくださいます。王陛下みずから、精鋭部隊を派遣してくださったのですからな。どんなご依頼であろうと……我々は全力で協力するまでです」
「『蒼矢隊』のことですね?」
「そうです」
「その件についてなのですが……」
それから、俺たちは老人から『蒼矢隊』のことを聞き出した。
ただ、あまり情報は得られなかった。
老人の口が、予想外に重かったからだ。
無理もない。
『蒼矢隊』は国王の肝いりで派遣されたんだから。
あれこれ言うのは難しいんだろうな。
結局、わかったのは、夕方の大通りに『蒼矢隊』が現れるということだけだった。
その後、俺はまた話を戻した。
墓地の場所と、3年前に、盗賊団の襲撃を受けた場所を聞き出すことができた。
それで、面会は終わりになったのだった。
「墓地に行ってみたいのですが。いいですか?」
商店を出たあとで、俺は范琉さんに言った。
「あの場所には、町の人が集まっているそうです。そこで人々の話に耳を傾けてみたいのです」
「構いません。それより、朱陸宝さま」
「はい」
「さきほどおっしゃっていた、灰色の髪の親子というのは……」
「介州雀と、その子どものことです」
俺は正直に伝えることにした。
「介州雀は戊紅族を襲ったあとで捕らわれ、その後、自害した男性です。あいつも『金翅幇』の一員でした。この町で『金翅幇』の調査が行われているなら、あいつのことも聞いておくべきだと思ったんです」
「それはわかります。では、親子というのは……?」
「あいつに子どもがいるという情報があったからですね」
苦しい言い訳だった。
でも、范琉さんは、それ以上は質問しなかった。
太子狼炎が、俺に自由な調査を許してくれているからだろう。細かいことは聞かない、というスタンスみたいだ。助かる。
「承知しました。それでは──」
「そろそろ時間です。隠れた方がいいですね」
俺と范琉さんは商店の前から、裏通りに移動した。
兵士たちの一団がやってくるのが見えたからだ。
それと、白地に青い文字で『矢』と書かれた旗も。
町に駐留する『蒼矢隊』が、やってくるところだった。
先頭には馬に乗った武官がいる。
顔は覚えている。梁鉄だ。
彼は町の者を見回しながら、ゆっくりと馬を進めている。
馬上から、怪しいものを探しているみたいだ。
彼の後ろには旗を持った兵士がいる。
さらにその後方にいる兵士は竿を掲げている。竿の先にあるのは手配書だ。描かれているのは『金翅幇』の巫女と円烏の似顔絵。
その下に『当人を捕らえた者には「金 二千」。情報を伝えた者には「銀 百五十」』と記されている。
『青矢隊』はこのやり方で、『金翅幇』の情報を集めているらしい。
行列の最後尾に視線を向けると……長身の男性と、背の低い少女がいた。
修三兄妹の修目と、修香だ。
俺と范琉さんは視線を交わしてから、大通りに背中を向けた。
おおやけの調査は『蒼矢隊』に任せよう。
俺たちがやるべきなのは、彼らが視線を向けない場所の調査だ。
町の人に紛れて、町の人が口にしている言葉に耳を傾ける。
俺にはそういう調査が向いていると思うんだ。
そうして、俺たちは梨壇の町の墓地へ向かうことにしたのだった。
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