第230話「天下の大悪人、梨壇の町の調査に向かう」
──同時刻、梁家の屋敷にて──
「やってくれたな。梁鉄!」
報告書を読んだ梁銀は吐き捨てた。
不安は的中した。
梁銀の気遣いも忠告も、すべて無駄になった。
それだけのことを、弟の梁鉄はしでかしたのだ。
「こともあろうに黄海亮の部隊を北臨周辺の町から排除するとは!」
梁鉄が黄家に反感を持っていることは知っていた。
だが、ここまでするとは思わなかった。
「愚物が! これでは敵を作るだけだと、どうしてわからぬ!?」
「ひっ」
梁銀の目の前で、少年が悲鳴を上げた。
それに気づいた梁銀は、すぐに声をひそめた。
「すまなかった。修耳。お前の前で大声を出すものではないな」
「い、いえ。梁銀さま」
少年──修耳は頭を垂れた。
彼は修三兄妹のひとりだ。
兄の修目が視覚に、妹の修香が嗅覚にすぐれているように、修耳は聴覚にすぐれている。
ささやき声を捕らえて、その内容を記憶することもできる。
伝令役にはうってつけの人材だった。
「報告役として……このようなことをお伝えすることを、心苦しく思います」
「お前の罪ではない。すべては、不肖の弟がしたことだ」
梁銀は書状を握りしめた。
修三兄妹の報告書には、弟の行いについて書かれていた。
その内容は、梁銀を激怒させるのに十分だった。
梁銀の役目は補給と支援だ。
現場の人間がどんな判断で動いているのかはわからない。
それでも、梁鉄のやり方は雑すぎた。
報告書を読んだ彼が青ざめ、その後、真っ赤になって書状を床にたたきつけるほどに。
「『蒼矢隊は国王陛下の許可を得ている』と言って海亮たちを追い払い、北臨周辺の町の情報を独占した……か。確かに、陛下の威光を振りかざせば大抵の言い分は通るであろうよ。だが、その先になにがある? 敵を増やし、梁家を窮地におちいらせるだけではないか」
梁鉄は手柄を立てて、出世するつもりなのだ。
そのために、王の権威を利用している。
それはうまくいくかもしれない。
首尾よく『金翅幇』を捕らえることができれば、梁鉄の名声は高まり、将軍にも手が届くようになるだろう。
だが、そのようにして手に入れた地位に、なんの価値があるのだ?
同時に梁家は、多くの者の反感と敵意を向けられることになるのだ。
仮に梁鉄が将軍になったとして……その後はどうなる?
戦の場で梁鉄を信じ、協力してくれる者がいるだろうか?
「梁鉄はあの少年を……黄天芳を見習えばよいのだ」
黄天芳には多くの味方がいる。
それは藍河国の者だけではない。
壬境族も、戊紅族も彼の味方だ。
彼は、戦うたびに味方を増やしてきた。
黄天芳には偏見も、先入観もない。
そんな人物が人望を集めるのは当然だ。
梁銀が会ったときもそうだった。
黄天芳は梁銀の話を聞いた上で、どうすれば『蒼矢隊』と協力できるかと聞いてきた。
梁鉄が黄家に反感を持っていることを知った上で、彼はそう言ったのだ。
その在り方は、弟の梁鉄とは真逆だ。
梁鉄は戦うたびに敵を作る。
それに対して黄天芳は、戦うたびに味方を増やしていくだろう。
「あのような人物と敵対してはならぬ。私は、そう思うよ」
「はい。私も、同感です」
「国王陛下はどうして、梁鉄に『蒼矢隊』を預けたのだろう? いや……陛下の思惑を臣下が推し量るのは無礼であるな。だが……陛下は、梁鉄にどのような命令を下したのだ? 私の知る命令以外のものがあったのか……?」
疲れたような表情で、梁銀は天を仰ぐ。
「それに、弟がここまであからさまな行動に出るのも不自然だ。修耳よ、弟の様子を聞かせてくれ。『蒼矢隊』の者以外で、梁鉄に近づく者はいたか?」
「近づく者は、いなかったと思います」
修耳は頭を振った。
「ただ、長兄の修目は、梁鉄さまが何度か書状を受け取っているのを見たと申しておりました」
「書状? 誰からだ?」
「わかりません。梁鉄さまはその書状を、人前で紐解くことはありませんでしたから」
「承知した。では、引き続き弟の監視を頼む」
修三兄妹を『蒼矢隊』に送り込んだのは梁銀だ。
文官として『蒼矢隊』を支える立場だから、それができた。
修三兄妹の役目はふたつある。
ひとつは国のために、『金翅幇』を追い詰めることに協力すること。
もうひとつは、梁銀の弟の梁鉄を監視することだ。
だから梁銀は修三兄妹を黄天芳に引き合わせた。
万が一のとき、修三兄妹を通して、黄家に情報を伝えるために。
黄天芳ならば梁銀からの情報を受け入れてくれると、信じて。
もちろん、保身もある。
弟の暴走で、兄の自分までもが罪を受けてはたまらないからだ。
だが──
「一生に一度くらいは、保身を忘れるのも……よいかもしれぬな」
梁銀の妻はすでに亡い。
子は成人し、文官として働いている。
後顧の憂いは、なにもない。
命をかけて、純粋に国のために動くのもいいだろう……そんなことを考えながら、梁銀は苦笑いする。
(どうも私は……黄天芳に毒気を抜かれたようだ。不思議な少年だな、彼は)
そして、梁銀は立ち上がり、修耳に視線を向けた。
「私も梨壇の町に行く。同行せよ」
梁銀は宣言した。
「弟の不始末は、兄の私が片付けよう。それにお主らに密命を下しておいて、高見の見物というわけにはいくまい。せめて、現場で見届けねばな」
「承知いたしました。梁銀さま」
修耳は拱手した。
「修三兄妹は、梁銀さまの手足となることをお約束いたします」
「よろしく頼む。弟の行いが、ただの不始末で済んでいるうちに、手を打つとしよう」
こうして梁銀は、弟のいる町へ向かうことにしたのだった。
──天芳視点──
数日後。俺と范琉さんは梨壇の町に来ていた。
梨壇は、大河のほとりにある町だ。
川べりには港があり、川船が停泊している。荷物を降ろす人々の姿も見える。
北臨に近いからか、豊かな町のようだ。
「町に入ったら、ぼくのことは朱陸宝と呼んでください」
俺は范琉さんに偽名を伝えた。
以前、壬境族の支配地域に行ったときに使った名前だ。
「『蒼矢隊』は海亮兄上のことを意識しています。その弟であるぼくの名前も知っているかもしれません。ですから、ぼくのことは陸宝と」
「承知いたしました。陸宝さま」
「それにしても……栄えている町ですね」
街道を通る人が多い。
商人や旅人の他に。妙に着飾っている人もいる。
これは──
「まもなく梨壇の町では、特別な祭りが行われるのです」
俺の疑問に気づいたのか、范琉さんが説明してくれる。
「河伯に供物を捧げるお祭りです。豊かな実りをくれる河に感謝して、河辺に壇を作って、旗を立てるのです。梨壇の町の出身の者は、お祭りに参加するために帰って来ると言われております。着飾った者たちがいるのは、そのためでしょう」
范琉さんは、そんなことを教えてくれた。
河伯というのは川の神様だ。
河は、時には水害をもたらすけれど、土地を潤し、恵みをくれる存在でもある。
だから人々は供物を捧げて河を鎮め、恵みを与えてくれるように祈る。
そういうお祭りが、これから行われるみたいだ。
「でも……ぼくはそんなお祭りのことを知りませんでした」
俺は范琉さんにたずねた。
「梨壇の人々にとっては重要なお祭りなんですよね? だったら、北臨にも話が伝わっていても不思議はないと思うのですが……」
「北臨の人たちが知らないのも無理はありませんよ」
范琉さんは、笑った。
「この祭りは、めったに行われることがありません。町にとってすごく良いことがあったときに、河伯に感謝の思いを伝えるために行われるものです。前回行われたのは……十数年前と聞いています」
「それじゃ知らないのも無理はありませんね」
「私も仕事がら、資料に目を通したから知っているだけです」
「でも、すごいですね。梨壇の町には最近、お祭りをするほど良いことがあったんですね……」
……あれ?
范琉さん、すごくびっくりした顔をしてるな。
『なにをおっしゃっているのでしょう。この方は』って顔だ。
俺……なにか変なことを言ったのか……?
「……そうですよね。黄……いえ、朱陸宝さまは祭りのことを知らなかったのです。梨壇の町におとずれた幸運には、思い至りませんよね」
「えっと。その幸運って……?」
「盗賊団『裏五神』が壊滅したことです」
…………なるほど。
どうりで范琉さんが変な顔をするわけだ。
だって、『裏五神』を倒したのは、俺と雷光師匠なんだから。
『裏五神』は北臨の東の町、東郭の町の近くで暗躍していた。
梨壇の町は北臨の南東だ。東郭からは、距離もそれほど遠くない。
『裏五神』の影響を受けていてもおかしくはない。
しかも盗賊団『裏五神』は、東郭だけは襲わないという裏取引をしていた。
つまり、それ以外の町が襲われていたということになる。
しかも梨壇の町は、川を使った交易が行われている。奴らが川船や、船からの荷を運ぶ商人を襲うことは十分にあり得る。
だから、この梨壇の町も『裏五神』の影響を受けていたわけで……。
それがなくなったから、河伯に感謝を捧げるお祭りが行われている……ってことか。
「皆がよろこんでいるのは、朱陸宝さまたちのおかげでもあるのです」
「そういうことになるんでしょうか……」
范琉さんの言葉が確かなら、俺が町の人たちに大きな影響を与えたってことになるんだけど……。
なんだか、実感がないな。
まあ、平和になったのはいいことだけど。
「ご覧ください。河辺に壇が作られています。お祭りの儀式に使われるものです。地味なものですし、他の町の方が見に来るようなものでもありませんよ」
俺は、范琉さんが指し示した場所を見た。
河の中州に土が盛られ、儀式を行うための壇が作られている。
壇の上には旗が並んでいる。
大きさはそれほどでもないけれど、数が多い。
藍河国にちなんでいるのか、濃い青色の旗が、風になびいて──
「……あれ?」
なにか……引っかかる。どこかで、
あの光景を見たような気がする?
でも、ありえない。俺が梨壇の町に来たのは初めてだ。
しかも前回の祭りが行われたのは十数年前。
俺があの光景を見ているわけがない。
なのに……どうして、中州に旗が並んでいる光景に覚えがあるんだ?
あ…………思い出した。
俺はあの光景を前世の……ゲームの画面で見たんだ。
それは『剣主大乱史伝』のエンディングの……スタッフロールが流れる場面だった。
そこに数秒、中州に旗が並んでいる光景が映るんだ。
ただし、旗の色は違っていた。
エンディングでは、藍河国はもう、ほろんでいる。
だから、青色は使われていなかった。
中州に並んでいた旗は、すべて純白だった。
介鷹月の名前にある『月』の色をなぞった、真っ白な旗。
悪王を倒した英雄をたたえるように、そんな旗が大量に、たなびいていたんだ。
それが映るのは数秒だけだ。
エンディングのスタッフロールでは小さな止め絵が、数秒ごとに変化するからな。
──勝ちどきをあげる英雄軍団。
──歓喜の叫びをとどろかせる人々。
──やがて、それぞれの土地に帰っていく英雄たち。
旗が並んでいる光景が映るのは、そのあとだ。
それから、稲穂が実った田畑が映り、咲き誇る花々が表示される。
あの風景は、平和になったことを象徴するイメージだと思っていた。
人々は英雄を讃えて、介鷹月の『月』にちなんだ旗を掲げる。
戦で踏み荒らされていた田畑が元にもどり、豊かな実りをもたらす。
平和を象徴するきれいな花々が咲き誇る。
そんな心象風景を現しているのだと思っていた。
というか、田畑も、花々が咲き誇る場所も、特定なんかできないし。
だけど、目の前には、青い旗がたなびく中州がある。
もしかしてあの風景は、英雄がエンディング後に見たものなのか?
たとえば……故郷に錦を飾るために、帰郷したあとで。
──ゲームの世界では今から10年後に、乱世が来る。
──英雄軍団は数年かけて狼炎王を倒して、解散する。
──英雄のひとりが故郷に帰り、梨壇の町の祭りを見る。
祭りでは、旗の色が青から白に変わっている。
それは町の人たちが、英雄軍団が藍河国を倒したことを知っているからだ。
人々はそれを良いことだと思って、めったにやらない祭りを開催した。
月を表す色……純白の旗を掲げて。
じゃあ……この町に帰ってくるのは、介鷹月なのか?
もしかして、ここはあいつの出身地ということになるのか?
介鷹月と、父親の介州雀はここからスタートして、『金翅幇』を作ったのか?
だとすると『金翅幇』が崩壊した今、介鷹月は故郷に帰っている可能性があるのでは……?
「……どうされましたか? 黄……いえ、朱陸宝さま」
気づくと、范琉さんが心配そうな顔で、俺を見ていた。
……いけない。思考に飲み込まれていた。
先入観にとらわれるのは危険だ。
ゲームの、たったひとつの光景と重なる景色があっただけだ。
偶然かもしれない。
藍河国は広いんだ。似たような風景は、他にもあるかもしれない。
それでも──
「失礼しました」
俺がこの光景を見たのは偶然だ。
俺と雷光師匠が運良く『裏五神』を倒して、それが梨壇の町の人たちの助けになった。
だから祭りが行われて……俺はこの光景を見ることになった。
その好機を活かしたい。
俺はこの町を、詳しく調べてみよう。
もちろん、予定された調査は行う。
でも、この地が介鷹月と介州雀の出身地だと仮定した上で、色々と調べてみたいんだ。
そして、もしも梨壇の町に介鷹月がいるとわかった、その時は……。
「まずは宿を取りましょう。鳩に餌をあげたいですから」
俺は布に包んだ鳥籠に触れた。
星怜にお願いして、鳩を借りてきたんだ。
緊急時のためだったけれど、意外と早く、伝令を頼むことになるかもしれない。
「宿で落ち着いたら調査をはじめましょう。この町でなにが起こっているのか、確認しないと」
「はい。太子殿下と、王弟殿下のためにも」
俺の言葉に、范琉さんはうなずいた。
そうして俺たちは、梨壇の町に足を踏み入れたのだった。
来週の更新はおやすみさせていただきます。
そのため、次のお話の更新は、再来週の週末を予定しています。
すみません。少しだけお待ちください……。




