第228話「天下の大悪人、使者と面会する」
──天芳視点──
「夕璃さまの使いとして参りました。范琉と申します。黄天芳さまにお取り次ぎをお願いします」
俺が雷光師匠の屋敷で修行をしてから、十数日後。
ひとりの少女が、黄家を訪ねてきた。
淡い色の髪に、細い身体。背は俺より少し高いくらい。
夕璃さまの使者という立場だからか、きらびやかな衣を身につけている。
けれど、動きを見るとわかる。彼女は武術を身につけている。
足音は、ほとんどしない。歩くときも、体幹がぶれない。
武術や歩法の使い手なのは間違いない。
彼女は、俺と太子狼炎の間を取り持つ連絡役だ。
名前は本人が名乗った通り、范琉。
彼女の兄の范圭さんは太子狼炎の腹心で『狼騎隊』の重要人物でもある。
だからだろう。范琉さんは拱手したあとで、何回か背後を振り返った。
尾行や監視を気にしているのだろう。
ただ、少し気を張りすぎのような気がする。
表情が険しいせいで、侍女っぽく見えないから。
それでも、優秀な人なのは間違いない。
太子狼炎と夕璃さまが選んだ人物だから、信用できる。
彼女なら、確実に連絡役を務めてくれるだろう。
「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」
俺は范琉さんを招き入れた。
そうして俺は、太子狼炎の伝言を受け取ることになったのだった。
「狼炎殿下は黄天芳さまに、梨壇という町に行っていただきたいとのことです」
范梨さんは拱手して、そんなことを言った。
ここは、黄家の応接間。
父上と海亮兄上が事の打ち合わせをする場所でもある。
許可がない限り、家族が近づくことはない。
安心して重要な話ができるんだ。
部屋に入ったあとも范琉さんは立ったままだ。
俺が何回か椅子を勧めたら、やっと座ってくれた。
堅苦しい……いや、真面目な人だ。
「これは命令ではなく依頼であると、狼炎殿下はおっしゃっていました」
范琉さんは説明を続ける。
「黄天芳さまには自由を許すと、太子殿下はおっしゃっています。ですから、強制ではなく、お願いとのことです。その上で、梨壇の町では自由に動いていただきたい、と」
「梨壇というのは、北臨の南東にある町ですよね?」
「はい。その町で行われている……例の調査の状況を見てきていただきたいとのことです」
例の調査というのは、もちろん『金翅幇』に関わるものだ。
今は兄上の部隊が各地をまわって、あの組織についての情報を集めている。
巫女と円烏の人相書きも配っていると聞いている。
調査の結果は、これから出てくると思うんだけど……。
「梨壇に行く必要があるということは……兄上の部隊に問題が起きているのですか?」
「現在、あの町に黄海亮さまの部隊はいらっしゃいません」
「いないんですか?」
「『金翅幇』の者の人相書きと、手配書は配られました。ですがその後、問題が起きたそうです」
「……問題?」
「『蒼矢隊』の者たちが、黄海亮さまの部隊に抗議をしたのです。北臨の近くの町の調査は、『蒼矢隊』に優先権があると言って。その結果、海亮さまの部下たちは、あの町から引き上げることになったそうです」
范琉さんは目を伏せた。
気まずそうな表情だった。
『蒼矢隊』というのは、『金翅幇』対策のために新設された部隊の名前だ。
部隊の編成を命じた……というか、許可したのは藍河国の国王陛下。
部隊の中心人物は武官の梁鉄。
それを支える立場にいるのが、文官の梁銀だ。
構成員には修目、修耳、修香という名前の、五感にすぐれた人間がそろっている。
その『蒼矢隊』が梨壇の町の調査権を主張したのか?
そのために海亮兄上の部隊に抗議した……って、なんでだ?
「『蒼矢隊』は、なにか情報をつかんでいるのですか?」
俺は范琉さんにたずねた。
「北臨近くの町に『金翅幇』が潜んでいるという情報を手にしていて……それで調査の優先権を主張しているということでしょうか?」
「わかりません。現状では『蒼矢隊』の調査状況を知るのも、彼らに抗議するのも難しいのです」
范琉さんは首を横に振った。
「『蒼矢隊』は国王陛下の許可を得て創設された部隊です。そのため、海亮さまの部隊の者たちは、『蒼矢隊』に対して、一歩引いていらっしゃるとのことです」
「海亮兄上の部隊は梨壇の町から引き上げたわけですからね……」
「同じことは他の町でも起きております。そのため、北臨周辺の町で行われている調査の状況が、狼炎殿下や王弟殿下に伝わらなくなっているのです」
「范琉さんに申し上げます」
俺は姿勢を正して、范琉さんを見た。
「ぼくは以前、文官の梁銀さまとお話をしました。あの方はぼくに『蒼矢隊』のことを教えてくださったんです。あの方に、間にはいってもらうことはできないでしょうか」
「……難しいと思います」
范琉さんはうなずいた。
「あの方は善意で動いているわけではないと思います。梁銀さまが黄天芳さまに近づいたのは、保身のためですよね?」
「それは……あると思います」
「本心から海亮さまとの対立を望まないのであれば、なにか手を打ってくださるはずです。狼炎殿下や夕璃さまに書状を送ることもできるはず。なのに、梁銀さまはまったく動いておりません。そのような方は信用に値しないと思います」
「それが夕璃さまのご意見ですか?」
「……申し訳ありません。これは私の個人的な意見になります」
気まずそうに視線を逸らす范琉さん。
范琉さんは『蒼矢隊』のやり方に頭にきているみたいだ。
彼女は『狼騎隊』の范圭さんの妹だからな。太子狼炎への忠誠心が強いんだろう。
「夕璃さまは『今は梁銀さまと接触するべきではありません』とおっしゃっていました。あちらの意図がわからなければ、交渉のしようもない、と」
「……そうですか」
夕璃さまの意見もわかる。
そもそも、どうして『蒼矢隊』が北臨近くの町にこだわっているのか、俺たちにはわからないんだ。なのに「こちらにも調査をさせろ」と言ったところで、向こうが応じることはないだろう。
武官の梁鉄は、黄家に対抗心を持っている。
彼が『金翅幇』の手がかりをつかんでいるのだとしても、それを海亮兄上たちに伝えるとは思えない。
むしろ情報を独占して、手柄を立てようとするだろう。
そんな状況じゃ、梁銀に間に入ってもらっても、交渉のしようがないんだ。
「もしも、梁銀さまに取りなしを依頼して……断られてしまったら、部隊同士の不和がはっきりと表に出てしまいます。それは、得策ではありません」
范琉さんは説明を続ける。
「先ほども申し上げましたが、私は梁銀という人を信用していません。あの人が黄天芳さまに情報を伝えたのも……どっちつかずの態度としか思えません。『蒼矢隊』が失敗したら梁鉄という人を切り捨てて、最初から海亮さまの味方であったような顔をするに決まっています。そういう保身ばっかりの人なんか……」
「落ち着いてください。范琉さん」
「……あ」
范琉さんが、はっとした顔になる。
あわてた様子で俺の方を見て、頭を下げる。
「も、申し訳ありません。つい……」
「いいんですよ。気にしないでください」
范琉さんは正義感の強い人なんだろうな。
だからこそ信頼できる。この人が、連絡役になってくれてよかった。
「でも……『蒼矢隊』への対応は難しいですね」
「はい。あちらは、国王陛下がお認めになった部隊ですから」
力関係では兄上の部隊より、『蒼矢隊』の方が強い。
かたちだけとはいえ、『蒼矢隊』は国王が後ろ盾になっている。
対して、兄上の後ろにいるのは太子狼炎だ。
太子狼炎の直属の部下である海亮兄上は、国王の力を背景にした『蒼矢隊』とは対立できない。太子狼炎と国王との対立に繋がりかねないからだ。
もちろん、本人同士の争いにはならないだろう。
けれど……部下同士の反目は起こるかもしれない。
そうなったら面倒なことになる。『金翅幇』を倒して国内を落ち着かせようとして、国内で政治対立を生み出してしまったら意味がない。
燎原君は太子狼炎の味方になってくれるだろうけど……それだと、今度は国王を支持する勢力と、太子狼炎と燎原君を支持する勢力の対立になるかもしれないんだよな……。
まあ、それは事態が悪化した場合だけど。
今は大丈夫だと思う。兄上の部隊は、『蒼矢隊』と対立してはいない。むしろ相手に対して譲っている。だから、向こうは文句のつけようがない。
向こうが挑発してきたとしても、海亮兄上が応じることはない。
大きな対立にはならないはずだ。
問題は……『蒼矢隊』の調査内容についての情報が入ってこないことだ。
最終的には国王に報告されるとしても、それまでは太子狼炎にも、燎原君にも情報が伝わらない可能性がある。
それを防ぎ、現地の情報を得るためには──
「だからこそ太子殿下は、ぼくに現場の状況を見てくることを依頼されているのですね。『蒼矢隊』が兄上の部隊に意識を向けている間なら、ぼくが情報を集めやすいですから」
「…………黄天芳さま」
俺の言葉を聞いた范琉さんが、おどろいたような顔になる。
「『蒼矢隊』は兄上の部隊に手柄をうばわれないように、警戒しているのだと思われます。だとすると、彼らは兄上の部隊のことしか目に入っていないわけです。ぼくが変装して町に入ったとしても、気づかないでしょう。ぼくは、その隙に町の状況を調べることができます。もしかしたら、独自に『金翅幇』の情報を集められるかもしれません」
「……お見事です。黄天芳さま」
范琉さんは笑った。
彼女が見せる、はじめての笑顔だった。
「それこそ、太子殿下が黄天芳さまを指名された理由です」
「やっぱり」
「このことについては、太子殿下と夕璃さま、そして王弟殿下が話し合って決められました。それに加えて……小さなお客人の意見も取り入れられたそうです」
小さなお客人……たぶん、千虹のことだな。
彼女は燎原君の屋敷で、すでにアドバイザーとして活躍しているみたいだ。
「もっとも、小さなお客人には、黄天芳さまが梨壇に潜入されることはお伝えしておりませんけれど」
「そうなんですか?」
「夕璃さまは『黄天芳さまのことになると、千虹さまは冷静に判断ができなくなるので、内緒にします』とおっしゃっていました」
「さすが夕璃さまですね……」
策を立てることでは、夕璃さまは千虹に敵わない。
でも、人を使うことでは、千虹は夕璃さまには敵わないってことか。
「わかりました。ぼくは梨壇の町に行くことにします」
俺は范琉さまに拱手した。
「ありがとうございます、黄天芳さま」
范琉さんはすぐに、俺に拱手を返してくれる。
「梨壇の町には私も同行いたします」
「助かります。ただ、目立たないように、ぼくは徒歩で行くことになりますけど……范琉さんはどうしますか?」
「私も徒歩です。足手まといにはなりません。私も、歩法と軽功が使えますから」
「それなら安心ですね」
俺は、人目がなくなったら『五神歩法』で高速移動するつもりだからな。
范琉さんがついてこれるか心配だったんだ。
彼女も歩法と軽功が使えるなら、大丈夫だろう。
「ちなみに、范琉さんはどんな技を修めていらっしゃるのですか?」
「『白沢歩法』というものです」
范琉さんは、小さな声で答えた。
まるで、内緒話をするような感じだ。
「有名なものではありません。祖父から教わった地味なものです。『瑞獣である白沢のように、高徳の者の側に駆けつけ、さいわいをもたらす』──そんな意味で生み出された、ただ、長く走れるだけの歩法です」
「そんな技があるんですね……」
『白沢歩法』は、ゲーム『剣主大乱史伝』には登場しない。
范琉さんの言う通り、マイナーなものなんだろう。
だからこそ貴重だ。
ぜひ、詳しく話を聞きたいんだけど……。
「よろしかったら道中に、その『白沢歩法』のことを教えてください」
俺は范琉さんに、深々と頭を下げた。
「ぼくは藍河国の敵を倒すために、さまざまな武術のことを知りたいんです。時間があるときでいいので、『白沢歩法』について、詳しい話を聞かせていただけたらうれしいです」
そんなことを、俺は范琉さんにお願いしたのだった。
※ 2026.03.13 23:00
町の名前を「梨巽」から「梨壇」に変更しました。
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