第227話「星怜と凰花と冬里と千虹、天芳の今後について考える」
「兄さんは、太子殿下からお仕事をお願いされたそうです」
星怜は凰花と冬里、千虹を見回しながら、告げた。
決意に満ちた表情からは、迷いや弱さはまったく感じられない。
膝に置いた手を、ぎゅっと握りしめながら、星怜は語り続ける。
「わたしは夕璃さまから、いくつかのお話を聞いております。兄さんのお仕事の内容までは教えていただけませんでしたが、おそらくは例の組織──『金翅幇』に関わるものであることは、間違いないと思います」
星怜は、自分の言葉が皆に染み渡るのを確認するように、一呼吸おいた。
3人がうなずくのを見てから、星怜は、
「ただ、夕璃さまの表情からすると……危険なお仕事ではないと思います」
「天芳がそっちの仕事で怪我をすることはなさそうだね」
星怜の言葉を引き継いだのは、凰花だった。
彼女はいつものように男装している。
その凰花が女性らしく見えるのは、部屋に入ったあとで髪を整え、髪飾りをつけたからだろう。
凰花は『天芳の側にいる女性のひとり』として、 星怜たちとの会談に臨んでいるのだ。
「それでも天芳が危険な技の実験をしていたのは……たぶん、滴山で調べものをするためだと思うよ」
「滴山? 奏真国にある山ですね?」
「そうだよ星怜くん。天芳はそこで、仰雲師匠の足取りを追うつもりなんだ」
凰花は説明をはじめる。
──『金翅幇』の巫女が『神仙の記録』という言葉を口にしたこと。
──巫女が空を飛ぶほどの軽功を使ったこと。それは物語に出てくる仙人が使う技に似ていること。
──かつて、仰雲師匠が仙人をめざして、滴山から山の奥深くに入ったこと。
──仰雲師匠の足取りを追えば神仙の手がかりがつかめると、天芳が考えていること。
凰花は言葉を選びながら、ゆっくりと、自分が知っていることを話していく。
本当なら彼女にとって、これは隠しておくべき情報なのだろう。
そうすれば凰花だけが天芳と一緒に滴山に入ることができる。
彼とふたりだけで、旅をすることができたはずだ。
なのに、凰花が情報を公開したのは──
「僕がみんなにこのことを話したのは、天芳を守るためだよ」
凰花は落ち着いた口調で、そんな言葉を告げた。
「僕は……自分自身よりも、天芳を大切に想っている。彼を守るためにみんなの力を借りたいんだ。すべての問題が解決するまで、天芳をひとりじめするつもりはない。だから、この情報を話したんだ」
真っ赤になって視線を逸らす凰花。
「みんなには、この気持ちがわかってくれると……思うんだけど……」
「わかっておりますよ。凰花さま」
星怜は頬を染めて、うなずいた。
「ありがとうございます。凰花さまは、誰よりも……私の兄さんのことを考えてくださっているのですね」
「気にすることはないよ。僕と天芳は兄弟弟子なんだから。同じ師匠に使える弟子たちは家族よりも近い関係なんだからね。血縁よりも強い絆を持つ僕が、天芳を心配するのは当然のことだよ」
「わかります。だって、わたしは兄さんの義理の妹ですから。生まれながらの血縁で結ばれた兄妹よりも、自分の意思で家族になった者の方が、ずうううううっと強い絆で結ばれていますよね。わたしとほとんど同じくらい兄さんと強い絆で結ばれている凰花さまのことは、自分のことのようにわかります」
「さすがは星怜くんだね」
「凰花さまには負けられませんから」
「ははは」
「ふふっ……ふふふ」
笑みを交わす星怜と凰花。
その迫力に打たれたように、千虹は身を震わせる。
彼女は思わず、側にいる冬里に身を寄せる。
落ち着いた様子の後ろに隠れて、千虹がじっと様子をうかがっていると──
「では、冬里たちのやるべきことは、滴山の調査のお手伝いということですね」
張り詰めた空気を破るように、冬里が声をあげた。
彼女は強い威圧感を放つ星怜と凰花の前でも、まったく動揺していない。
それは幼いころに死地をくぐった者の強さなのだろう。
「天芳さまはいずれ、滴山の調査に行かれるでしょう。冬里たちはそれに同行して、一緒に仰雲さまの足取りをたどり、天芳さまをお助けすればいいのですね」
「冬里さまのおっしゃる通りだと思います」
「じゃあ、それまで僕たちは天芳の手助けを──」
「あの……提案してもいいです?」
不意に千虹が、おずおず、という感じで、立ち上がった。
彼女は星怜と凰花と冬里に向けて拱手してから、
「天芳さまが滴山を調査される前に、こちらで調査を進めておくのはどうでしょうか?」
千虹の言葉を聞いて、星怜たちが目を見開く。
予想外の提案だったのだろう。
「天芳さまは太子殿下からお仕事を任されているとのことなので、しばらくは身動きが取れないと思うのです。その間に、ここにいる皆さんで滴山の情報を集めておけば、のちのち天芳さまが楽になると思うのです」
千虹は説明を続ける。
「仙人がいるなら山の奥だと思われるです。踏み込むのは危険なのですが……天芳さまなら、きっと問答無用で踏み入ってしまうはずなのです。だったら虹は、道中の安全を確認してさしあげたいのです。そうすれば天芳さまが無茶をされることも、危ない目に遭うことも防げると思うのです」
一気に話し終えた千虹は、ため息をついた。
目を閉じているのは、星怜たちの反応をおそれているからだろう。
やがて、彼女がおそるおそる目を開けると──
「……確かに、千虹さまのおっしゃる通りです」
「……僕は……天芳と一緒に調査することばかり考えていたよ」
「……冬里もそうです。千虹さまは、新たな視点をくださいました」
星怜、凰花、冬里は、考え込むようにうなずいていた。
千虹の言葉は理路整然としていて、的確だった。
なにより人の心を動かす力がある。
未来の大軍師としての才能が、ここで発揮されたようだった。
「千虹さまのおっしゃる通りです。わたしたちの方で調査を進めておけば、兄さんが危ない目に遭わないようにできます」
星怜は立ち上がり、そんな言葉を口にした。
「山での調査なら、動物と話ができるわたしの出番ですね」
「滴山があるのは僕の故郷の奏真国だ。調べるのは任せてよ」
「冬里が住んでいた場所でもあります。ここは、土地勘のある冬里にお任せください」
凰花と冬里も勢いよく席を立つ。
「みなさんの協力があれば、まちがいなく、天芳さまをお助けできると思うのです」
そんな3人を見ながら、千虹は宣言した。
「凰花さまは奏真国のお姫さまです。滴山の情報を集めることも、奏真国を自由に動く許可を得ることもできるです。冬里さまは滴山を知っていらっしゃるご様子。でしたら、動物と話ができる星怜さまと一緒に滴山を歩けば、詳しい情報を得られるはずですっ!」
そう言ってから、千虹はふたたび拱手した。
「星怜さまと凰花さまと冬里さまが協力することが、もっとも天芳さまの利益になるのです。どうか、そのことを忘れないで欲しいのです」
「……わかりました。千虹さま」
星怜は千虹に拱手を返す。
「それに、千虹さまのすごさも理解いたしました」
「虹のすごさ……ですか?」
「ついつい忘れそうになりますが、千虹さまは、わたしたちの中でもっとも年上なのですよね。そして、桁違いの知識量と、深いお考えをお持ちです。それがはっきりとわかりました」
馮千虹は16歳。ここにいる4人の中で、もっとも年上だ。
見た目が幼いが、高い知性と、奥深い知恵を備えている。
星怜は改めて、そのことを確認したのだろう。
「わたしは、千虹さまのご助言に従います」
「僕も同じ気持ちだよ」
凰花は感動したような表情で、千虹を見ていた。
「僕は……天芳のことになると、つい暴走しそうになるからね。千虹くんが冷静な言葉をくれるのは、本当に助かるよ。ありがとう。千虹くん」
「冬里も感謝しているのです。千虹さま」
「そ、そんなこと言われると、照れるのです……」
真っ赤になった千虹は、顔をおおってうずくまる。
そうすると小さな身体が、さらに小さく見える。
それでも星怜たちは、千虹を尊敬しているのだろう。
人は見た目ではないのだ……と。
馮千虹は知恵と知性で、天芳を助けてくれる。
そのことに3人は、深く感謝しているようだった。
ただ、千虹は星怜たちに見つめられるのが恥ずかしいようで──
「で、でもでも……虹は身体も小さく、体力もないのです。皆さんのように山に入って調査したりはできないのです」
「それでも千虹さまは、わたしたちを助けてくださいます」
千虹に向かって一礼する星怜。
「どうか、わたしたちを導いてください」
「僕たちで天芳を助けるための部隊を作ろうよ。名前は……天芳を助ける部隊だから『天助隊』でどうかな?」
「いいですね。隊長は千虹さまにお願いしましょう」
凰花と冬里もまた、千虹に対して礼をする。
星怜も凰花も、冬里も千虹も、天芳を守りたいという想いで一致している。
そして、天芳は誇り高い人物だ。
誰かを助けるために、いつも危険な場所へと向かっていく。
たぶん、これからも。
そんな天芳を守るためには、4人で力を合わせる必要がある。
彼女たちは、その結論に達したのだった。
「……わ、わかったのです。天芳さまをお助けするために微力を尽くすことを誓うです! 虹がもつ知識はすべて、そのために使うです!」
千虹の決意に満ちた瞳で立ち上がる。
そして、彼女は大きく息を吸い込み、
「虹はいまから『天助会』の隊長で……軍師になるのです!」
馮千虹は小さな身体を震わせて、そんなことを宣言した。
星怜と凰花と冬里の言葉と、3人が示した礼節が、千虹を覚醒させたのだろう。
「まずは凰花さまにお願いするです!」
小さな身体に決意を込めて、千虹は凰花を見た。
「凰花さまはご実家に連絡を取り、滴山を調査する許可を取ってほしいです」
「う、うん。わかった!」
「そうすれば星怜さまと冬里さまの調査がやりやすくなるです。それと、案内役と護衛役も必要です。信用できる方を手配してくださいです!」
「了解だ。紫水姉さんに頼んでみるよ!」
凰花は即座にうなずいた。
「星怜さまは鳥を仲間にしてください。ただし、滴山にいるのと近い種類の鳥がいいのです。それは滴山に行ったとき、現地に棲む鳥との仲介役になってもらうためです。滴山の鳥を味方にするには、近い種類の鳥を間に挟んだ方がうまくいくと思うのです!」
「はい。わたしは千虹さまの指示に従います!」
星怜は拱手した。
「冬里さまは、お母上の玄秋翼さまから、滴山についてと、仰雲さまについてのお話を聞いてください。あらためて話を聞くことで、なにか気づくことがあるかもしれないです!」
「承知しました。虹さま」
冬里はうやうやしい口調で答える。
星怜も凰花も冬里も、千虹が隊長であり、軍師であることを認めている。
千虹を中心に『天助隊』は動き出す。
軍師に対する信頼と、天芳を助けたいという思いを胸に──
「滴山についてわかったことはすべて……虹が天芳さまにお伝えするです」
千虹は真っ赤な顔で宣言した。
「「「…………?」」」
首をかしげる星怜と凰花と冬里。
けれど、のぼせたような顔の千虹は、3人の様子に気づかない。
「こ、虹は、地図を頭に浮かべながら説明するのが得意なのです。皆さまのお話を統合して……滴山の簡易的な地図を作れるかもしれないです。そうすれば……天芳さまはとてもよろこんでくださるはずです」
千虹は夢見るような口調で、説明を続ける。
「虹は天芳さまが望まれるなら、一晩中だってお話をするです! きっと頭を使うはずですから……虹の身体は熱くなるかもしれません。でも、負けないです。この身は天芳さまのためにあるですから。だから天芳さまへの報告は、すべて虹に任せてほしいのです!!」
「……千虹さま」
「……千虹くん」
「…………せんこう……さま」
星怜たちが立ち上がる。
その圧力に気づいたのが、千虹の身体が、びくん、と震える。
照れたように頬を染めていた千虹は、3人を見て──
「あ……いえ、虹が報告役になることに、深い意味はないのです。ただ、皆さんは調査で大変なので、情報をお伝えするのは虹の役目だと思っただけです。い、いえ、天芳さまをひとりじめしたいわけではないのです! 偶然、長い時間を一緒に過ごすことになるだけで………………えっと」
「「「……お話をしましょう。馮千虹さま」」」
「はい」
こうして『天助隊』の少女たちは、あらためて話し合いをすることになったのだった。
「それではごあいさつします。『天助隊』の隊長を拝命しました。柳星怜です」
「ぐ、軍師の、馮千虹なのです」
結局『天助隊』の隊長は星怜に変更され、軍師はそのまま千虹がつとめることになった。
「隊長としての指示です。おたがいの情報は、きちんと共有することにしましょう」
星怜は宣言した。
「わたしたちの目的は兄さんをお助けすることです。隠し事はいけません。それぞれが知った情報は、それぞれが兄さんにお伝えすることにするべきです」
「そうだね。情報共有は大切だもんね。天芳とはみんなで話をしようね」
「隠し事はできるだけしないようにしましょう。ふ、不可抗力のときは仕方ないですが……」
「……了解なのです」
こうして『天助隊』の少女たちは、行動を開始したのだった。
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彼は冬里と、壬境族の少女シュクエイを連れて、壬境族の支配地域に向かいます。
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