17話
「何とは言わないが、想像以上だったな」
「そうですね」
あの後、山村さんは少し話して今日はひとまず帰ってもらうことにした。こっちとしてもそんなすぐにはどうにかできる悩みではないのだ。
今はひとまず椅子に座ったまま、先ほどの話を思い出すように何度も頭の中で繰り返すしかなかった。先輩は窓の方で立ったまま何かを考えるように外を眺めている。
先輩がどう思っているのかはわからないが、俺にとっては想像していたよりも重い話に、唐突すぎた展開。いまだに頭が追いついていないのが現状だった。
そんな中、先に切り込んできたのは先輩の方だった。
「例の相手というのが、同じ一年の荒木 静音と言っていたな。神崎は知っているか?」
「まあ、はい」
いきなり核心をついてくる質問。正直いろいろと知っている身からしたら、なんと答えるか迷ったがここで嘘を言ってもしょうがないので素直に答えることにした。
「なんでもっと早く言わなかったんだ?」
「下手に口出さなかったんですよ。というか出せなかったって言った方が正しいか。…色々あるし」
山村さんには静音のことは知らないって言ってしまったし、なによりもまだ俺の中で整理ができていなかった。
後ろめたいことがあるわけではないが、先輩の方を見ることができず俯いてしまう。
「…そうか。君がそう言うならしょうがないか」
先輩の声はどこか納得の言ってないようだったが、これ以上言わなかったことに対して追求してくることはなかった。
それから、俺は簡潔に静音とのことを先輩に説明した。無駄なことを省き、最低限俺たちの関係や今まであったことについて。
「なるほど。君はこの部活に入った当初から友達が少ないと自称していたのにもかかわらず、きっちりと女の子の友達はいたのだな」
「そこは触れなくていいですよ」
しかし、人に友達ですって言うのはすごく恥ずかしいものだった。静音だからまだマシな方かもしれないが、なぜこんなにも抵抗があるんだろうか。
「神崎は彼女が言っていたことについて、どう感じたんだ?」
「それは、謝りたいって言っていたことですよね?」
「そうだな」
山村さんは静音に仲直りはできなくても、謝りたいと言っていた。側から見ればそれは、時が過ぎた後に然るべき償いを行う様なのかもしれない。けど、俺にはそれだけのようには思えなかった。
「正直、俺は言葉は悪いですけど謝りたいのは山村さんの自己満なんじゃないかって思ってます。自分が犯した罪から少しでも逃れたいがための行動だと」
謝りたいなんてのは建前で、それをすることによって自分自身がいじめたという現実から解放されたいんだ。
いじめた方はすぐ忘れても、いじめられた方はずっと覚えているなんてのはよく聞く話だ。だとしたら引きずり続けている山村さんはマシなのかと聞かれると俺はそうじゃないと思っている。
「ほう、それはまた辛辣な意見だな」
今、先輩はどんな顔をしているのだろう。少し力の入った俺の言葉にふふっと笑ったような声で返される。
「…先輩は違うんですか?」
「神崎の言いたいことも勿論わかるさ。その意見が間違っているとも言わない。ただ、それだけがすべてだと決めつけるのはよくないと私は思っているよ」
それは教師が教育を教えるのとはちょっと違う、どちらかといえば親が子供をあやすような話し方だった。
どうやら先輩の中には違う考えもあるらしい。真っ先にこれしか浮かんでこなかった俺はやはり捻くれているのだろうか。
「それで、あの今回のことなんですけど」
「わかってるよ。今回の件は君に任せよう」
「えっ」
俺が全てを言い切る前に、まるですべてを知っていたかのような口ぶりに不意をつかれ、思わず顔を上げて先輩の方を見てしまった。
「ん? 違ったかい?」
「いっいや」
窓の方を見ていたであろう顔を、こちらに向け問いかけるように言った彼女の言葉は俺にとって意外なものだった。
「もし久しぶりの生徒からの相談だったことが頭にあるならそれは気にしなくていい。さっきから君の話を聞いていればわかる。私としても君が彼女の悩みを解決する方が賢明だと思っているよ」
「…先輩」
「ただ、心配しなくてもいい。とりあえずは君に任せるだけだ。もし君が迷った時は、いつでも私を頼ってきてくれ。部長だからな」
そう言ってこちらを見ながら、窓から差し込む日の光に照らされた先輩の笑顔を見ると、空いているはずのない窓から温かい風が俺を包み込んでくるかのようで、今すぐにでも頼ってしまいたくなる物だった。
「わかりました。その時はお願いします」
「ああ、任せとけ。私は草むしりでもして君の報告を気長に待っているよ」
どうしてこの人の言葉と表情は、こんなにも魅かれるものがあるんだろう。気を抜いたらつい何でも話してしまいそうになる。
これは決して年上だからとかではない。
気づいたらさっきまでのモヤモヤとした気持ちが次第に薄れていくのがわかった。




