18話
久しぶりの部活を終え、学校を出るとあたりはすでに暗くなっていた。俺の他に帰ろうとする人もちらほらいるぐらいで、暗い学校特有の雰囲気がなんとなく心地良かった。
中学生の時なんかは珍しく帰りが遅くなったりして、真っ暗な学校を見ると幽霊でもいるんじゃないかと恐怖を感じたものだ。たった数年なのにこうも感じ方に違いが出るとは。こういうところで少しずつ大人になっていくことを実感していくのは嬉しいような寂しいような。
グラウンドの方では野球部らしき者たちが、大きな声で走っているのが見える。時間的にもそろそろ終わりだろうし、最後の締めに走っているのだろうか。
野球部は俺たちが登校してくるよりずっと早くから練習をして、夜も基本一番遅くまでやっている。
自分と同じ学年、もしくは一つ、二つ違いの者たちが己を高めるためにあんなにも頑張っている姿を見て、俺は少し情けない気持ちになってしまう。いつかあの姿を見ても堂々とできる時が来るのだろうか。
今はただ、そんな光景から目をそらしていくことしか出来なかった。
暗くなった帰り道を一人で帰るのは久しぶりに感じた。まだ季節は初夏だというのに虫の鳴き声がトンネルを潜るように聞こえてくるのはどこか新鮮だ。あまり虫そのものは好きではないが、彼等の鳴き声だけは心地良かった。
姿は見えないのに、声だけ聞こえてくるのは感じ方によっては怖いなんて感じる人もいるんじゃないだろうか。
虫の声が聞こえるのは日本人とポリネシア人だけらしい。そう考えると自然が奏でる音色を感じられることにもっと喜んだ方がいいのかもしれない。
咲綾と帰っていた時もお互いの部活があったりすると別々に帰ってはいたため、一人で帰ることは何度もあった。けど、今日はその時とは違うぽっかりと胸に穴が空いたような、そんな気分だった。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、ドタドタとこちらに早歩きで駆け寄ってくる音が聞こえてくる。
「おかえり、陽ちゃん」
ガチャっとリビングのドアが開く。母さんは俺の帰りが遅い時は、だいたい玄関まで満面の笑みで顔を出しにくる。暗い道を歩いてきた後、我が家に帰ってくると凄く明るく感じるのは照明のせいだけではないだろう。
「学校どうだった?」
「まあぼちぼちかな」
「何よそれ。もっと若者らしいこと言いなさいよ」
「例えば?」
「それは、あれよ。陽ちゃんだったら、数学の先生が話ばっかりでつまらなかったとか掃除の時間がめんどくさかったとか」
母さんは俺の話し方を真似したように喋る。
「…母さんの中で俺はそんなイメージなのかよ」
「違うの?」
「あながち間違ってはいない」
軽い雑談を交わしながら、リビングの扉を開けると温かくて良い匂いがほわっと漂っていた。
「めっちゃ良い匂い」
「でしょ! 今日はね、ハンバーグ作ったんだ。すぐ準備から待っててね」
そう言って母さんはキッチンの方へ行き、盛り付けを始めた。
俺は洗面所に向かい手洗いうがいをした後、自分の部屋で制服を脱ぎ部屋着へと着替る。着替え終わってすぐに出来たよーと叫ぶ母さんの声が聞こえてきたため、リビングへと戻る。
テーブルの上にはとろりとしたデミグラスソースのかかったハンバーグと横に添えられたマッシュポテト、そして湯気を立てたコーンスープが綺麗に盛り付けられていた。
「いかにも子供が喜びそうな感じだな」
「何言ってんのよ、陽ちゃんの好きなものづくしじゃない」
全く持ってその通りである。
「いただきます」
「どうぞー」
箸で簡単に切れるハンバーグを一口食べれば肉汁がじゅわっと溢れて、一気に口の中がハンバーグ一色に染められる。そのままハンバーグを食べ続けてもいいが、間にマッシュポテトを挟むことでそれぞれの味の良さを存分に感じることができる。
コーンスープといえば給食のイメージが強い。中学を卒業した今、学校で食べることはないがこうやって家で食べると改めて美味しさを感じられる。数少ない甘さを中心としたスープがじんわりと染み渡っていくのがわかる。
「ご馳走さま」
「はい。美味しかった?」
「凄く美味しかった」
「そう、良かった」
俺の言葉に嬉しそうな顔を向ける母さん。
食べ終わった食器をキッチンに持っていった後、俺は自分の部屋へと向かった。
美味しい食事を終え、このまま風呂に入って何も考えずに気持ちよく寝れたらどんなにいいものか。
しかし、今日ばっかりはそういうわけにもいかなかった。
ベッドに寝転がり、天井を見上げると今日あったことが自然と浮かび上がってくるようだった。山村さんと静音。二人の問題はなかなかに深刻なものだ。
あの場では俺に任せてくださいとは言ったものの、全く持って打開策を思いついていないのが現実である。
高校に入って初めて出来た友達のために俺が動かなければいけない! なんて勢いからこんなことになったわけだが、ぶっちゃけどうしたらいいやら。
もし俺がこんなことを考えてるなんて知ったら、あんな顔ですべてを託してくれた先輩はどんな気持ちになるのだろうか。がっかりするのかな? いや、あの人のことだからこれも全部わかった上なのかもしれない。
静音はどうしたいんだろうか。俺が山村さんの名前を出した時、彼女は複雑そうな表情をしていた。今考えればそうなるのも間違いないだろう。
明日、静音に話を切り出すにはまだ早いのかな。
何もまとまらないまま、刻一刻と時間だけが過ぎていった。




