16話
「ん?」
「えっああ!」
俺は見覚えのある顔の登場に思わず声が出てしまう。
どうやらあちらもこっちの存在に気づいたようで、軽く目を見開いている。
「神崎さん、どうしてここに?」
彼女は扉の前でたったまま、俺の方を見ている。その姿は昨日と何も変わらない。
「俺はここの部員だよ。一応」
「なんだ、君たち知り合いだったのか? それより神崎、一応はいらない。君はれっきとしたここの部員だ」
「知り合いって言っていいレベルなのかは微妙なところですけど」
「まあいい。とりあえずこの椅子に座ってくれ。今日は悩みがあって来たんだろう」
そう言って先輩は部室の端に置いてある、座り心地の悪そうな椅子を中央に寄せてくる。
けっして先輩が意地悪をしているわけではない。この部室には椅子がいくつもあるが、残念なことに座り心地の良いものは一つもないのだ。
かつてはこの教室にも机やもっといい椅子があったらしいのだが、部活が衰退化していくうちに周りに移されていったとか。
俺の隣には先輩。正面には悩みがあるらしい山村さん。椅子しかない殺風景な部屋に向き合う人たち、まるで面接のような形になぜか少し緊張してしまう。
心なしか山村さんも緊張しているみたいだ。隣の人はなぜか少しテンションが高いように見えるが。
「それで、まずは名前を教えてもらってもいいかな?」
「はい。1年の山村 桃菜です」
「ありがとう。私はこのボランティア部の部長、佐伯だ。隣にいるのは知っているようだがこの部の一人で、君と同じ一年の神崎だ」
ぽんぽんと先輩が進めてくれるため、俺は何も言わずにただぼーっと目の前の山村さんを見つめていた。
「えっと、よろしくお願いします」
どうやら山村さんも先輩に圧倒されているようだ。無理もない、喋り方はもちろんこの人は見た目も少し威圧感を持っている。もしこの部活じゃなかったら俺は関わりたくないタイプの一人である。
「じゃあさっそく悩みがあるって聞いたのだがその内容を聞いてもいいかい?」
「はい。その、高校生にもなって何言ってんだって話なんですけど、仲直りがしたい人がいて」
彼女は自分で言っておいて恥ずかしそうに俯いている。
「恥ずかしがらなくてもいい。大抵の人は人から意見をもらった方が動きやすいものだ。そのためにこの部活があるのだからね。それで、仲直りというと喧嘩でもしたのかい?」
「喧嘩…よりも深いものだと思います」
「詳しく聞いても?」
「私が中学生の頃、凄く仲の良かった子がいたんです。けど、彼女は何でもはっきり言う子でそれが気にくわないクラスの女子が彼女をイジメ始めたんです」
「ふむ、よく聞くような話だな」
「でも、彼女はイジメにも耐えていつも気丈に振る舞っていました。それがますます気に食わなかった女子たちが今度は私に彼女を省くように言って来たんです」
「…それで、君はどうしたんだ?」
「私は自分に標的が来るのが怖くて、彼女と距離を置きました。話しかけられても素っ気なくしたり、酷い時は無視もしました」
一言一言話すうちに、山村さんの声がだんだんと震えて来てるのがわかる。室内のはずなのに、彼女の周りだけ小雨が降っているようだった。
「そしたら、何をされても笑っていた彼女がいつのまにかあまり笑わなくなっていました。表面上はあまり変わっていないんです。でも、私には彼女が何をするにもどこか怖がっているように見えました」
話しながら、ついには目から涙をこぼし始める彼女。隣の先輩がどういう顔をしているのかわからないが俺はそんな彼女を見ていられず、自分の膝を見つめることしか出来なかった。
「そのまま、中学を卒業して高校生になりました。そしたら最近になって彼女がこの学校にいることがわかったんです」
「…だから仲直りがしたいということか?」
隣から聞こえる先輩の声は、明らかに怒気を含んでいるのがわかった。自分に言われているわけでもないのにその声は非常に怖い。それが向けられている目の前の彼女は大丈夫なのだろうか。
「…そうですね。言葉を間違えました。仲直りがしたいとは言いません。私はただ、彼女に謝りたいんです」
「だったら謝ればいいんじゃないか?」
「私がそのまま行っても彼女は話を聞いてくれないと思うんです」
たしかに彼女が言っていることはあながち間違ってはいないだろう。おそらく、彼女が言っているのは静音のことだ。
静音は今、裏切られることを凄く恐れている。これは付き合いが長くない俺にもわかることだ。
その元凶の一つが彼女だとしたら、話なんか聞きたくもないはずだ。
「そうか。話はわかった。…それで君は私たちにどうして欲しいんだ?」
「…私が彼女に謝る場を作って欲しいんです。もちろん自分でも厚かましいことだってのはわかってます」
はじめてのちゃんとした活動がこんなことになるとは。まあ現状完全に空気と化しているが。
思わぬ形で静音の過去を知ってしまった俺は、自然と顔を上に向け何もない天井を見つめ、今にも出そうなため息を押し込むことしかできなかった。




