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訳あり侯爵令息のお世話をしていたら、なぜか旦那様に気に入られました  作者: 白キツネ


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9/11

9.スカートの端をつまんで

 昼食後、レオン様はいかにも不機嫌ですと言いたげに、ムスッとしている。


 その原因は綺麗に平らげられたお皿にある。昼食後と約束したので、レオン様は決して食べないようにするだろうと思っていたので、先に手を打っていたのです。


「……野菜がなかった」

「はい。今日はレオン様のために無しにしてもらいました!」

「僕の好物ばかりだった……」

「それも私から料理長にお願いして来ました!」

「くっ……」


 昼食後というだけであって、例え残していたとしても実際に関係している訳ではない。けれど、できればレオン様が無理やり外に出るわけではなく、自ら外に出る事を選んだのだと、そう考えられるきっかけになってほしい。

 

 そう思ってのことだった。


 きっと、レオン様は部屋の外に出ること自体が嫌なのではなく、その先に誰かがいることが怖いのだと思う。

 その誰かを自分が傷つけてしまうかもしれないと、どうしても考えてしまっていると私は推測している。


「ずるい……」

「はて、なんのことでしょう?」


 そんな私の考えをよそに、レオン様は渋るように席を立たず、ただ目の前のお皿を見ながら、ずるい、ずるいと嘆いている。


「さて、ではレオン様。私にお庭を案内してくださるんですよね?」

「うっ……」


 私の言葉にレオン様は少し怯えた様子を見せる。どうしてもこうなる事わかっていた。だから——


 私は自分のスカートの端をつまんでみせた。


「では、レオン様。ここを持ってください」

「……どうして?」


 レオン様は何を言われたのか分からず、首を傾ける。その様子には先ほどの怯えた様子は見えない。


「だって、ここならレオン様が転んでも私には影響ありませんから」

「なっ、僕は転ばない!」

「ふふっ、なら、なおさら問題ありませんね」

「何が問題ないんだよ……」

「これなら手をつながなくても一緒に歩けますね」


 その言葉を聞いてレオン様が黙ってしまう。私の手を握ってと言われればきっと、お庭に行く事も嫌がるに違いない。

 それどころか、今の関係も崩れてしまいそうな気がする。


「強く握っても大丈夫ですよ。布ですから」

「……破れたら?」

「その時は新しい物を用意していただきます」

「僕が?」

「もちろん、旦那様にです」


 レオン様は少しポカンとしてから、クスッと笑う。そして、差し出していたスカートに恐る恐る手を伸ばす。


 つまんだのは、本当に端の方だけだった。


 力もほとんど入っていない。まるで、布ですら壊してしまうことを恐れているようだった。


「……これでいい?」

「はい。完璧です。これで転んでも平気ですね」

「だから、僕は転ばない!」

「分かってますよー」


 私は笑いながら扉へ向かう。スカートの端をつまんだ手が、少し遅れてついてきた。


 扉の前まで来るとレオン様の足が止まるが、私は振り返らなかった。


 声をかければきっと焦ってしまう。だからそっとレオン様の準備が整うのを待つ。

 少し経って、スカートがほんのわずかに引っぱられる。私はそれを合図にゆっくりと一歩を踏み出した。


「……」


 レオン様は何も言わないけれど、背後からもう一つ足音が続いているのが聞こえ、ちゃんと着いて来てくれているのが分かった。

 

 外へ出ると、柔らかな風が頬を撫でる。


 天気もよく、庭には朝の光が差し込んでいた。侍女長に相談していたおかげか、お庭だけでなくそこに着くまでにも人と会う事はなかった。


「ずいぶん広いですね」

「こっちはまだ狭い方だよ」

「これでですか?」

「向こうにも庭があるから」


 レオン様が少し離れた場所を指さした。その先には整えられた生垣が続き、さらに奥にも道が伸びている。


「昔は向こうまで行ってたの」

「そうなんですね」

「池もあって、魚もいるけど、餌をやりすぎると父上に怒られる」

「経験がおありで?」

「……ちょっとだけ」


 この言い方からすると、たぶん何回かは怒られているのだと分かり、思わず笑ってしまう。


 そんな私を不満に思ったのか、抗議するようにスカートをクイクイと引っ張られる。また笑ってしまいそうになるのを堪えて奥へと進むと、レオン様が立ち止まって指を指した。


「……向こうに、大きい木がある」

「大きい木?」

「うん。僕が小さい頃からあるんだ」


 それだけ言って、指を指した方へと歩き始める。スカートをつままれているので、自然と私はレオン様のすぐ後ろを歩く形になった。

 時々、振り返りながら庭のことを話しながら楽しそうにするレオン様を見て、ほんの少し前まで部屋から出ることすら怖がっていたことを思い出し、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

 きっとレオン様は、自分が私を引っ張るように歩いていることにも気づいていない。だから私も何も言わず、ただそのままレオン様の後についていった。



 エレナ達とは少し離れた場所。


 屋敷から庭へ続く回廊の陰に、二人の人影が立っていた。


「……あれは、レオンか?」


 低い声で呟いたのは、この屋敷の主人である侯爵家当主——セドリックだった。隣に立つ侍女長のサーシャもまた、庭を歩く二人へ視線を向けている。


「はい。レオン様でございます」

「部屋の外に出ているな」

「先ほどお伝えさせていただいた通りに」


 セドリックは何も言わず、息子の姿を見つめる。レオンが屋敷の外へ出ること自体、最近ではほとんどなかった。

 それなのに今は、若い侍女のスカートをつまみながら庭を歩いている。しかも、ただ歩いているだけではなく、時折レオンが顔を上げて、侍女へ何か言っているのが見えた。


「……笑っているのか?」

「そのようですね」


 二人が見ている先でエレナが何かを言ったらしく、レオンがむっとしたように言い返し、それから少しだけ笑う。部屋へ閉じこもるようになってから、見ることができなくなった表情だった。


「隣にいるのは?」

「エレナです。先日からレオン様の専属侍女を任せております」


 セドリックは初めて、エレナを意識して見る。


 伯爵令嬢が働きに来るというのは聞いていた。どうせ私に関わるきっかけのつもりだろうと、裏を調べさせるも、ただの給金目当てだとしか報告しが上がってこない。

 それならと、一番関わりそうにない役職で雇ってみたのだが……周りどころかサーシャの評判もよく、レオンの専属まで登り詰めた。


「……あれが」

 

 息子の手を引いているわけでもなければ、無理に励ましている様子もない。ただ隣を歩き、時々何かを話しているだけだ。それなのにレオンは彼女について外へ出ている。


「どうやって連れ出した?」

「申し訳ありません。私もそこまでは……」


 サーシャも首を横に振り、少し困ったように答える。私は再び二人に視線を戻した。


「レオンに無理をさせてはいないのか?」

「少なくとも、私が見る限りでは」

「問題のある者ではないのだな」

「今のところそのような話はございません。むしろ、エレナが専属になってから、レオン様は以前より食事を召し上がるようになっています」


 近づいて話を聞きたい気持ちはあった。けれど、私が姿を見せればレオンが意識してしまうかもしれない。自然に外へ出ているのなら、今は邪魔をしない方がいいだろう。


「……しばらく様子を見てくれ」

「かしこまりました」

「何かあればすぐに報告を」

「はい」


 セドリックはそれだけ言ってすぐにその場を離れる——ことはなかった。


 もう一度、今の光景を目に焼き付ける。自分の息子が庭を歩いている。たったそれだけの光景を懐かしむように。


  しばらくしてから、セドリックは歩き出す。


「エレナ……だったな」


 レオンの側に居た侍女の名前を確かめるように呟きながら。


 誰も近づけなかった息子の隣を、なぜあの娘だけが当たり前のように歩いているのか。


 その疑問だけがセドリックの中に強く残った。

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