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訳あり侯爵令息のお世話をしていたら、なぜか旦那様に気に入られました  作者: 白キツネ


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10.変わったこと

 レオン様をお庭に連れ出し……案内してもらってからというもの、レオン様は週に一度くらいの頻度で部屋の外へ出るようになった。


 最初はお庭へ行くだけだったけれど、最近では人払いをしてもらえば、お屋敷の図書室まで足を運ぶことができるようになった。

 まだ誰かとすれ違いそうになると私の後ろへ隠れてしまうけれど、それでも以前と比べれば大きな変化だと思う。


 中でも一番驚いたのは、掃除のために入ろうとしたローラを見て自分から声をかけた事だろうか。


「……いつもありがとう」


 私のスカートをクイッと引っ張るので、何かあったのかと立ち止まると、ローラに向かって小さな声で話しかけた。


 ローラは一瞬固まり、そのあと満面の笑みになってレオン様の部屋に入って行った。そんな彼女の行動に戸惑っていたレオン様はふと我に帰り、顔を赤らめながら誤魔化すように私のスカートを引っ張るように歩き始めた。


 そんなレオン様の日々の成長を感じていたある日——


「エレナ、少しいいですか?」


 仕事の途中で侍女長に呼ばれ、私は侍女長の待つ部室へと向かった。


「失礼いたします」


 部屋の中へ入ると、侍女長が机の向こうに座っている。その部屋の奥にも人影があったけれど、侍女長が何も触れないので、私は何も見ていないことにした。


「こちらを」


 侍女長から差し出されたのは給金が入れられている袋だった。普段なら周りと同じように渡されるが、今回はレオン様の専属となった事もあり、別で用意してくれたのだろうと推測する。

 袋を受け取った瞬間、ずしりとした重みが手に伝わった。


「おお……これが2.5倍の重み……」


 思わず感動しかけたところで手を止め、何度か置いたり持ち上げたりを繰り返す。


「……ん?」

「どうしました?」

「これ、2.5倍より多く入っていませんか?」


 たぶん、いつもの4倍はある気がする。そう思って尋ねると、侍女長は呆れたようにため息をつく。


「分かるのですか?」

「分かりますよ。大事な給金ですから」


 重さだけで正確な金額まで当てられるわけではない。けれど、以前までの給金と比べれば明らかに多い。それに、2.5倍なら大体これくらいだろうと頭の中で何度も計算していたので、違和感くらいは分かる。


「多く入っているのは間違いではありません」

「やっぱり」

「旦那様からの特別報奨です」

「特別報奨ですか?」


 思わず袋と侍女長の顔を交互に見る。


「レオン様に食事を召し上がっていただけるようになったこと。それに加え、週に一度とはいえ部屋の外へ出るきっかけを作ったこと。その働きを評価してのものです」

「……なるほど」


 それを聞いて、もう一度袋へと視線を落とす。いつもの私なら、迷わずありがたく受け取るところだろう。なにせ、お金はいくらあっても困らないのだから。


 弟の学費も必要だし、実家へ渡す分だって少しでも多い方がいい。けれど——


「では、この上乗せ分は無しにしてください」

「……はい?」


 侍女長が目を瞬いた。彼女は本当に意外そうな顔をして私を見ている。私はそんなにおかしなことを言ったつもりはないのだけれど、侍女長にとっては予想外だったみたいだ。


「聞き間違いでしょうか?」

「いいえ。約束していた2.5倍のお給金はしっかりいただきます。でも、それ以上の分はいりません」

「……どうしてです?」


 不思議そうに聞かれ、私は少し考えてから、素直に思った事を話す。


「確かに、部屋の外へ出るきっかけを作ったのは私かもしれません」


 最初に庭へ連れ出したのも私だし、食事を食べるよう押しかけたのも私。けれど、それはただのきっかけであり、それを受け入れたのは紛れもなくレオン様自身だ。


「食事を食べたのも、部屋から出たのも、レオン様自身です」


 怖くても外へ出た。人が近くにいれば緊張しながらも、自分で歩いた。ローラにも自分からありがとうと言った。


「レオン様が頑張った分まで、私が給金としていただくのは違うと思います」


 そう言って袋を差し出す。それに、そんなものを受け取ってしまったら、まるで私がお金のためにレオン様と関わっているみたいではないか。


 ……ん?


 そこまで考えて、自分で少し引っかかってしまう。最初は完全にお金のためだった気がする。むしろ2.5倍と聞いて即答した。


 けれど、なぜか今ここでお金として受け取ってしまうのは嫌だと思った。


「……面白いことを言うな」


 突然、部屋の奥から低い声がし、声の方へと視線を向ける。そこにいたのは、この家の当主――セドリック様だった。


「旦那様」

「気づいていたな」

「はい」

「なぜ何も言わない」

「侍女長が何もおっしゃらなかったので、そういうものかと……」


 正直に答えたのに、いつのまにか旦那様の後ろに移動していた侍女長が額を押さえ、旦那様は少しだけ眉を寄せている。


「まあいい、単刀直入に聞く」

「? はい」

「レオンに何をした」

「……何もしていませんが?」


 そう答えるとセドリック様の眉間の皺が深くなる。何をしたと聞かれても、私は別に何もしていないのだから、答えようが無いのだけれど……


「何もしていないはずがない。あれほど部屋から出ることを嫌がっていたレオンが、今では庭だけでなく図書室にも行くようになった」

「それはレオン様がお庭ばかりは飽きたとおっしゃるものですから」

「だから、なぜそうなったと聞いている」


 少し苛立ったような声。どう答えようか迷ってから、私は一つ思い当たった事を告げる。


「私はレオン様に選んでいただくようにしていました」

「選ぶ? レオンが?」

「はい。ご飯を食べるのも、部屋の外に出る事も、レオン様に選択していだきました」


 ただ、拒否される方の道をほんのちょっぴり狭めはしていたけれど、選択したのはレオン様だというのは間違いない。


「それで、あそこまで変わったと?」

「……変わった?」


 思わずその言葉を繰り返してしまったのを、旦那様が不思議そうにこちらを見る。それでも『変わった』という表現の方が私には不思議だった。


 もちろん、部屋の外へ出るようになったことやローラにお礼を言えたことは大きな変化だと思う。

 けれど、レオン様がこれまで努力してきた事は何も変わってなどいないのに——と。


 私が初めて部屋へ入った日から、レオン様はずっと自分の力を抑えようとしていた。一体、どう言えば旦那様に気づいてもらえるのだろう?


 そう頭を悩ませていると、レオン様の食器が木製だったことを思い出した。


「レオン様は以前、食器を壊してしまうことが多かったから、木製のものに変えたと聞いています」

「ああ」


 私の唐突な質問に旦那様が戸惑ったように答え、少し安堵する。これならきっと伝わるはずだと。


 私はわざとらしく首を傾げ——


「木製の食器に変えてすぐ、壊れなくなったんですか?」


 旦那様にそう尋ねた。

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