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訳あり侯爵令息のお世話をしていたら、なぜか旦那様に気に入られました  作者: 白キツネ


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5.小さな発見

 私が厨房へ戻る頃には、思っていたよりも時間が経っていたようだった。


 空になった食器を載せた盆を持って廊下を歩いていると、こちらを待っていたらしい侍女長が私の姿を見つけ、少し早足で近づいてくる。


「遅かったですけど、大丈夫でしたか?」

「はい! 6歳のわりには少し体格が小さいように見えましたけど、元気そうでした!」

「……そうではなくて、あなたが——」


 侍女長の言葉が途中で止まり、その視線が私の手元へ落ちる。盆の上には、朝食を載せていた皿がきれいに並んでいる。スープもパンも果物も、残っているものは一つもなかった。


「……食べていただけたのですか?」

「はい。残念ながら、食べているところを見たわけではありませんけど」


 レオン様は食事を終えたあと、皿をきちんと盆へ戻し、それをわざわざ扉の外まで押し出してくれた。


 少なくとも、どこかへ捨てて皿だけ返したようには思えない。きっと、全部食べてくれたのだろう。


「そう、ですか……」


 侍女長は空になった皿を見たまま、少し驚いたように呟いた。何か言おうとしたのか口を開きかけたので、その前に私は服のポケットへ手を入れ、預かっていた鍵を取り出す。


「あ、そうだ。これ、ありがとうございました」

「必要ありましたか?」


「はい! 脅……お話をするのに役立ちました!」


 侍女長の眉がわずかに上がった。


「今、脅すと言いませんでしたか?」

「ソンナワケナイジャナイデスカー」


 遠くの方を見て笑って誤魔化していると、侍女長は何とも言えない顔で私を見るが、すぐに空になった皿へもう一度視線を落とす。


 結局、私が差し出していた鍵を受け取らず、そのまま私の手元へ押し戻した。


「その鍵はあなたが持っていてください」

「いいんですか?」

「ええ。どう使ったのかは少々気になりますが……少なくとも、貴女が持っていた方がよさそうです」

「ありがとうございます!」


 私は素直に鍵を受け取り、もう一度ポケットへとしまう。こうして最初の朝食を無事に終え、その後はいつも通り午前中の仕事をこなした。


 昼食の時間になると、焼いた鶏肉とパン、それから温野菜サラダの載った盆を持ち、再び若様の部屋へ向かう。


「若様。昼食をお持ちしました」


 扉を叩いて声をかけると、少し間を置いて中から返事があった。


「……入らないで」

「はーい。では、置いたらすぐに出ますね」


 そう言って部屋に入った私に、レオン様は『なんなんだコイツは』といったような驚愕したような目を向ける。

 そして、何を言っても意味がないと思われたのか、私に聞かせるように大きくため息をつく。


「……終わったら、すぐ出てよ」

「分かっていますよ」


 レオン様はベッドの上に座り、こちらをじっと警戒しているが、今度はぬいぐるみが飛んでくることもなければ、腕を押さえ込んでもいなかった。


「昼食です。ちゃんと食べてくださいね」

「分かってる」

「では、失礼します」


 机の上へ盆を置き、それ以上は近づかずに部屋を出る。


 朝に食べてもらえたからといって、急に距離を詰める必要はない。今は私が部屋に入っても何も起こらないと分かってもらえれば十分だろう。


 しばらく別の仕事をしてから戻ってくると、レオン様の部屋の前にはすでに盆が置かれていた。


 これなら私が部屋に入る事はないと思ったのだろう。


「ありがとうございます、若様」


 扉越しに声をかけながら盆を持ち上げる。


 鶏肉はきれいになくなっている。パンも食べているし、食欲がないというわけではなさそうだ。ただ、一つだけ気になることがあった。


 サラダだけが、ほとんど手つかずで残っている。


「……若様」

「なに」


 ダメ元で声をかけると返事が返ってくる。なければ突入しようと思っていたが、口実がなくなってしまい少しがっかりする。


「お野菜……残していますが、嫌いなんですか?」

「……お腹いっぱいになっただけ」

「鶏肉とパンは全部なくなっていますけど」


 レオン様からの返事がなくなった。私は皿の上に残されたにんじんや豆を眺めながら、思わず口元を緩める。


 昨日まで食事そのものをほとんど取っていなかったと聞いていたのに、こうして好き嫌いをしているのを見ると、少し安心してしまう。


「好き嫌いをしていると、大きくなれませんよ」

「……父上くらいにはなる」

「旦那様はお野菜を残しませんよ」

「……」


 思っていたよりその一言は効いたらしい。たぶん、今頃、旦那様の姿を真似るのと野菜を食べること、両方を天秤にかけて葛藤しているに違いない。


「全部食べろとは言いませんけど、少しは食べましょうね」

「いやだ」

「では、食べやすくできないか厨房に相談してみます」

「そこまでしなくていい!」

「専属侍女なので」


 朝にも使った言葉を返すと、扉の向こうから小さなため息が聞こえた。嫌がってはいるけれど、本気で怒っているようには聞こえないのが可愛い。


「では、夕食までには戻ってきますね」

「来なくていい」

「はーい」


 盆を抱えて廊下を歩きながら、夕食は何が出るのだろうと考える。


 レオン様が何を好きで、何を嫌いなのか。まだ私はほとんど何も知らない。

 けれど、朝よりは一つ増えた。


 どうやらレオン様は野菜が嫌いらしく、そんな些細なことを知れただけなのに、嬉しくなった。

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