13.食事
「エレナ、ちょっと待って」
夕食の時間が近づき、そろそろレオン様を迎えに行こうと廊下を歩いていたところで、後ろからローラに呼び止められる。
振り返ってみれば、ローラになぜか私の頭から足元までをじっくりと眺め、ため息をついた。
何か仕事を忘れていただろうかと考えてみたけれど、特に思い当たるものはない。
「どうしたの?」
「エレナ……まさか、そのまま行くつもり?」
「そのままって?」
「旦那様とレオン様のお食事に行くんでしょう?」
「うん。だからレオン様をお迎えに行こうと思って」
そう答えると、ローラは一度黙り込み、それから何とも言えない顔をした。どうしてそんな顔をされるのか分からず、首をかしげていると、今度は深いため息まで吐かれてしまう。
「もしかしてエレナ、自分はずっと立ってるつもり?」
「えっ? そうだけど?」
「あなたの席も用意されてるわよ」
「…………私の?」
意味が分からなかった。なぜ私の席が用意されているという話になっているのだろうか?
確かにレオン様は私も一緒なら旦那様と食事をすると言っていた。でも私はてっきり、侍女として二人のそばに控えていればいいのだと思っていた。
「えっと……私も食べるの?」
「そう聞いてるけど」
「聞いてないよ!?」
「……今知ったんだからよかったんじゃない?」
「全然よくないよ!」
抗議する私を気にも留めず、ローラは私の腕を取りにっこりと笑った。その笑顔を見て逃げ出そうとしたけど、もう手遅れだった。
「ちゃんと着替えないとねー」
ガッチリと腕を掴まれたまま、私はそのまま近くの部屋へ連れていかれ、いつもの仕事着から着替えるよう言われてしまう。
「ちょっと待って。別に夜会に行くわけじゃないんだけど」
「分かってるわよ。旦那様と同じ食卓につくんだから、せめて仕事着のままはやめなさいってこと」
大げさに着飾らせるつもりではないことに少しほっとする。ローラは普段から客室の準備や身の回りの世話もしているため、こういうことには慣れているのだろう。
私が文句を言っている間にも淡々と仕事着からきちんとしたワンピースへ着替えさせられる。
派手な服ではないけれど、生地も仕立ても、実家で普段着ていたものよりずっと上等な物で、普通なら簡単に着られるようなものではない。
「……これ、本当に着ていいの?」
「侯爵家の備品なんだから気にしなくていいわよ」
侍女長にも許可は貰っているわと言われても、汚したらいくらするのだろうと考えてしまうあたり、我ながら貧乏性が抜けない。
そんな私をよそに、ローラは最後に髪を整えると、満足そうに一歩下がった。
「これでよし!」
「……本当に私も座るの?」
「まだ言ってるの?」
呆れたように返されてしまった。ここまで着替えさせられておいて今さら疑う方がおかしいのかもしれない。
それでも、ついさっきまで自分は二人のそばに控えるものだと思っていたのだから、すぐに頭を切り替えろという方が難しい。
とはいえ、もう食事の時間も近いので、私はまだ少し落ち着かない気持ちのままレオン様を迎えに向かった。
扉をノックして声をかけると、ほどなくして中から返事が返ってくる。
「レオン様、お迎えに来ました」
「……入って」
許可をもらって部屋へ入ると、レオン様はすでに支度を終えていたが、私の姿を見るなり、じっとこちらを見つめてくる。
「……どうかしましたか?」
「エレナ、なんか違う」
「? ああ、この服ですね。ローラに着替えさせられましたから」
「どうして?」
「……私も食べる側だとさっき知ったからです」
遠い目をしてそう答えると、レオン様が少しだけ目を丸くした。
「知らなかったの?」
「知りませんでしたよ。てっきりレオン様と旦那様のおそばに立っているものだと思っていました」
「でも、一緒にって言った」
「私は『その場に一緒にいる』という意味だと思っていたんです」
「……そうなの?」
少し困ったように首を傾げる姿を見ていると、レオン様の中では私は最初から食べる側だったらしい。
言いたい事は少しあるが、これから旦那様との食事なので、これ以上レオン様に心配をかける訳にはいかない。
「では、行きましょうか」
「……うん」
「今日のは借り物なので、いつもより優しくお願いしますね」
「わかった」
レオン様がワンピースの裾をゆっくりと掴むのを確認し、私たちは旦那様の待つ食堂へと歩き始めた。
私たちが食堂の前に着くと、使用人たちが待っていましたと言わんばかりに笑顔で扉を開ける。すると、すでに旦那様が席についているのが見えた。
実は用意されているのは二人分だけでした。そんな展開を期待したのだけれど、しっかりと三人分の席が用意されているのが見えてしまい、私の中でようやく諦めがついた。
同僚に椅子を引かれ、居心地の悪さを感じつつ、促されるまま椅子に座る。隣にはレオン様、向かいの正面には旦那様という、どう考えても私の配置がおかしい事に誰も何も言わない事に内心ため息をつく。
どうして旦那様とレオン様が対面じゃないんですか!?
心の中でそんな事を考えていると、先に座っていたレオン様が隣に座った私を見て、少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
そのほっとした顔を見てしまえば、引き受けてしまった後悔もなくなるというものである。
私が座ったのを合図に料理が運ばれてくる。普段からレオン様の食事を運ぶことはあるので、侯爵家の料理を見ること自体は珍しくない。それに使用人用の賄いだって、実家で食べていたものに比べれば十分すぎるほど豪華だった。
ただ、自分が食べる側としてこの席につくと、やはり少し違って感じる。
一口食べてみれば、肉は柔らかく、味付けも賄いとは少し違う。実家なら同じ肉でももっと薄く切って、野菜や芋を増やしながら家族みんなで分けていただろう。
これ一皿で実家なら何食分になるのだろうか。そんなことを考えかけ……やめる。どうにも食事だけに集中できる空気ではない。
誰もマナーが悪いわけでもないのに、食器の触れ合う音ばかりがやけに大きく聞こえてくる。
向かいにいる旦那様もレオン様もほとんど喋らず、チラチラとお互いに様子を見ているがそれだけで、発展することは無い。
この沈黙をどうにかした方がいいのだろうか。私から話題を振れば、少しは二人の緊張もほぐれるかもしれない。
けれど、レオン様が私を呼んだのは、会話を代わりにしてほしいからではないはずだ。せっかくの親子の時間なのだから、もう少しだけ様子を見てみる事にした。
「……食事はどうだ?」
しばらくして、旦那様がようやく口を開いた。その声に、レオン様の手が一瞬だけ止まる。
「……おいしい」
「そうか」
「……うん」
そして、また静かになった。
短い。あまりにも短い。そして気まずい。
けれど、昨日までまともに顔を合わせることすら少なかった二人。いきなり何事もなかったように話せることはできないのかもしれない。
私は余計な口を挟まず、目の前の料理をもう一口食べる。すると、隣から視線を感じた。
「……エレナ」
「はい?」
「おいしい?」
「はい。とてもおいしいですよ」
そう答えると、レオン様の口元がほんの少し緩んだ。その変化に気づいたのか、旦那様もレオン様へ目を向ける。けれど、視線が合いそうになった瞬間、レオン様はまた皿へ目線を落としてしまった。
旦那様はそんなレオン様をしばらく見つめたあと、何か話題を探すようにわずかに間を置いた。
「レオン」
「……?」
「最近、図書室にも行くようになったと聞いた」
まさかその話を振られると思っていなかったのか、レオン様の手がわずかに止まる。
それから少し迷うようにして、ゆっくりと顔を上げる。
「……うん」
「何を読んでいるんだ?」
「魔物の図鑑」
「そうか。私も子どもの頃によく読んだ」
「父上も?」
「ああ。子どもの頃は、図鑑に載っている魔物を全部倒せると思っていた」
「……倒せたの?」
「いや。さすがに全部は無理だった」
旦那様が笑ったことで、レオン様もつられて笑う。そのような会話がいくつか続き、食堂を包んでいた空気がゆっくりと柔らかくなっていくのを感じる。
これなら私が間に入らなくても、もう大丈夫そう。
そう思って黙っている間にも、二人の会話は途切れることなく続いていた。




