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訳あり侯爵令息のお世話をしていたら、なぜか旦那様に気に入られました  作者: 白キツネ


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12/14

12.想定外の出来事

 どうしてこうなってしまったのだろうか。


 目の前には見るからに手の込んだ料理が並んでいる。隣にはレオン様、向かいには旦那様。そしてなぜか、その二人と同じように私の前にもきちんと食器が用意されている。


 ほんの少し前まで、こんな場所に座る予定などなかったはずなのに——


 そもそもの始まりは、旦那様が侍女長の部屋を出ていった直後だった。


「……本当に行ってしまいましたね」


 閉じられた扉を見ながらそう呟くと、隣にいた侍女長も珍しく少し驚いた顔をしていた。


 旦那様にレオン様に直接聞いてみてはどうかと話したのは私だ。けれど、まさかその場ですぐに向かうとは思っていなかった。


「大丈夫でしょうか」

「エレナがそれを言うのですか?」

「レオン様に聞いてくださいとは言いましたが……」

「今すぐに向かうとは思っていませんよね」

「そうなんです」


 思わず頷いたものの、よく考えれば行動が早いのは悪いことではない……と思う。


 旦那様だって、レオン様と話したくないから今まで距離を取っていたわけではない。そのことは先ほどの話で分かったし、レオン様も旦那様のことを嫌っているようには見えなかった。


 なら、きっと大丈夫。そう自分に言い聞かせ、あとは親子二人の問題だろうと私は仕事へ戻ることにした。


 それから、しばらく経った頃——


「エレナ」


 聞き慣れた声に振り返ると、廊下の向こうからレオン様がこちらへ歩いてくる。

 

 今日は外へ出る予定ではなかったため人払いも済んでおらず、周囲にはまだ何人もの使用人がいる。そんな中、突然姿を見せたレオン様に気づいた者たちが揃って動きを止める。

 

 レオン様も人がいることに気づいて少し身体を強張らせるが、部屋へ引き返すことなく私の元へと足を止めずに向かってくる。

 そんなレオン様の様子に周りの使用人たちは止まっていた方がいいのか、離れた方がいいのか分からないらしく、窓を拭いていた使用人など、タオルを窓に当てたまま固まっている。

 

 私はその様子を見ているうちに、少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。


「レオン様? どうされたんですか?」


 私はレオン様の視線に合わせるよう、しゃがみ込んで尋ねる。すると、それを合図にしたかのように周囲にいた使用人たちがそっと距離を取り始めた。大げさに逃げるのではなく、できるだけレオン様を刺激しないように自然を装いながらその場を離れていく。


「……父上が来たの」


 ぽつりと告げられた言葉に、思わず頬が緩む。わざわざ私を探して、最初にそれを伝えに来てくれたのだろうか。そう思うと、少し照れくさそうにしている表情まで、とても可愛らしく見えてしまう。


「よかったですね」

「うん……」

 

 レオン様は小さく頷き、何か言いたそうに私を見たあとにもう一度視線を落とす。


「それで、父上が一緒にご飯を食べないかって」

 

 ちゃんと旦那様が伝えられたのだと分かり、胸を撫で下ろす。けれど、レオン様の表情を見ていると、単純に喜んでいるだけでもなさそうだった。


 旦那様と食事ができることを嫌がっているようには見えない。むしろ声は少し弾んでいるのに、それと同じくらい緊張しているようで、指先が落ち着かない様子で服の裾を触っている。


「それで、どうされたんですか?」

「……いいって言った」

「それならよかったじゃないですか」

「うん。でも……」


 そこでレオン様は口を閉じた。今度は先ほどより長く迷ったあと、私の服の裾へ視線を落とす。言い出しにくそうにしているので、そのまま急かさず待っていると、ようやく小さな声が聞こえた。


「エレナも一緒ならって言った」

「えっ……私も?」

 

 レオン様の言葉に驚き、思わず自分を呼び指す。レオン様はこくりと頷いたものの、すぐにこちらの顔色を窺うような目を向けてきた。


「だめ?」


 そう言って、レオン様はこてんと首を傾げる。

 

 ……そんな聞き方をされて、駄目だと言えるはずがない。

 きっと、二人きりで向かい合うにはまだ少しだけ勇気が足りないのだろう。私が一緒にいて気が紛れるのかはわからないが、レオン様が一緒にと言うのであれば構わないと思った。

 

 だけど、レオン様がそう言ったからといって、勝手に混ざるわけにもいかない。


「私は構いませんが……旦那様は何か仰っていましたか?」

「父上はいいって言ってた」

「いいんですか!?」


 思わず声が大きくなる。どうやらレオン様がそう条件を出したところ、旦那様はほとんど迷わず了承したらしい。でも確かに、旦那様とレオン様が食事をしている間、侍女の私がそばに控えるくらいなら、そこまでおかしなことではないのかもしれない。

 

 それに、レオン様が少しでも落ち着いて食事をできるのなら私が一緒にいる意味もあるだろう。


 チラッとレオン様の顔を見る。レオン様の口元はほんの少し緩んでいた。レオン様のこんな表情が見れるのならば私が断る理由はない。


「分かりました。では、本日の夕食の前にレオン様のお部屋へお迎えに伺いますね」

「うん」


 レオン様がほっとしたように頷き、笑った。


 しかし、その時の私は大きな勘違いをしていた。


 てっきり私はいつも通り侍女として二人のそばに控えるものだと思っていた。

 それなのに、まさか自分まで食べる側だとは少しも思っていなかったのだ。

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