03 食後
翌朝。
あの惨劇のことなどなにも知らないまま、ぽつぽつと目が覚めていく。
同時に二つの扉が開いた。花村と村重だ。
一瞬、間があった。なぜなら花村は、森田が村重に気があったことを知っていたからだ。
友達ではあるが二人きりになると気まずい。そんな空気を裂くように村重はあくびをする。
「おファぁよ。よく寝れた?」
「ま、まぁ。埃っぽかったから森田は多分目ぇ真っ赤だろうなぁ」
「ああ、アレルギーだっけ?ハウスダスト」
「うん」
「朝ごはんは済んだ?よかったら食堂行こうよ」
何故自分を誘う?花村は内心戸惑いはしたが平静を装う。
「いいよ。部屋から乾パン持ってくる」
エレベータが一階に降りていく。先ほどよりも距離が近くなってなんだか落ち着かない。
扉が開く。と、二人は揃って鼻をつまんだ。
異臭。生臭くて不快なにおいが一階には充満していた。
「なにこれ…。昨日はこんなにおいなかったよね?」
恐る恐る前に進む。花村は自分の袖がきゅっと引かれたような気がしたが、目はむけなかった。
食堂の前まで来ると、臭いはさらに強烈になっていた。常に片手がふさがっている。
花村はポケットから充電の少ないスマホを取り出し、ライトをつけた。暗闇には目が慣れていたが、少し怖かったのだ。
厨房の調理台の上に大きな塊がある。昨日はそんなものはなかった。
「あれか…。なんだあれは。」
花村が一歩踏み出そうとした瞬間、甲高い悲鳴が響き渡った。
「も、森田…?」
花村の首筋から搾ったスポンジのように汗が噴き出す。間違いない、これは森田龍太だ。
上半身の服を裂かれ、両腕が丸ごと消えている。腹筋のあたりもほとんどが削がれているようだ。臓器たちは守ってくれる外壁を奪われ、呆然と空気に晒されている。
村重が堪えきれず、こちらも吐いてしまうような声でえづく。
「森田…!森田!!!」
昨晩まで騒がしく枕投げをしていた森田が、死んでいる。
花村は我を忘れる直前に、横で必死に何かを我慢している村重の姿をとらえた。お陰で何とか踏みとどまった。
「森田くん......っっ」
死体を見るなんて初めてだ。初めての割にはあまりにも刺激が強すぎる。
深呼吸をする。肺に入ってくる濁った空気を肺の細胞たちが手荒く歓迎した。
「......いったん上に戻ろう。みんなに伝えないと」
「そうだね…」
半ば這いつくばるようにして二人は食堂を後にした。エレベータに乗り込み、村重は瞼の裏に焼き付いた光景を振り払おうと頭を振る。長い髪が花村の顔を撫ぜる。
扉が左右に開く。二人は廊下に転がるように出、深く息を吸った。決してきれいな空気ではなかったが、二人にとっては山頂よりも澄んでいるように感じられた。
花村は金田の部屋のドアノブに手を伸ばす。開いているようだ。村重のほうは両手を伸ばして二枚の扉を同時にたたいていた。
金田の部屋は予想どおり自分が寝ていた部屋と同じ構造だった。ベッドまで一直線に向かい、たたき起こすため手を振り上げる。
数分後、五人全員がそろった。古村はまだ目が開ききっていない。
「森田が殺された。両腕と腹の肉が削り取られてる」
三人が同じタイミングで息を吸う。花村は合唱コンクールを思い出した。
絶望、不安、怒り、様々な感情が三つのディスプレイの上で移り変わっていく。
そして先ほど、花村は気づきたくないことに気づいた。
こんなことが本当にあるのか。身内を疑いたくない。こんなことは言いたくないが言うしかない。
花村は、覚悟を決めた。
ありきたりだが、事実だから。
「犯人は、この中にいる」




