第十三話 神と従者と
あれから僕たちは麓の周りをぐるっと一周する。
悟空さん曰く、猿にとって餌が少ない
山の上よりも麓の方が住み易いだろうという事だった。
一周してもその姿は見つけられなかったのだが、痕跡を見つけた。
足跡があり鹿が倒れている。
だがどうも可笑しい。
普通なら骨のみ残っているはずなのに、
そこにあった亡骸は痩せこけていた。
顔を見合わせる悟空さんと僕。
あまり手で触りたくないが事件を知る為には仕方ないと思い、
触ろうとすると悟空さんが僕の腕を掴んで引き戻す。
そして悟空さんが亡骸の傍に膝を付いて屈み、
両掌を合わせて一礼してから触る。
多分悟空さんの言う通り、僕は嫌だという感情をどこ
からか出してしまったのだろう。
自分は同じ立場にはなりたくないが、
いつか死を迎えるだろう。
その時今のような感じで誰かに触られたらとても悲しいと思う。
僕は一つ大きく息を吐いて悟空さんの横に、
悟空さんと同じように膝を着き手を合わせてから亡骸に触った。
「……な、なんだ!?」
その亡骸を持つと、まるで紙の様になっていた。
どういうことだ……どこかに穴が開いていないか確認したが、
開いていなかった。
「こいつは妙だな」
「はい。でもこれって吸血鬼とかの手口ですよね。
人間の血を吸って干からびさせるっていう」
「だな。確か俺たちは猿のでかいのを探していた筈だよな」
「です。ていうか嫌な予感しかしません」
「同じくだ。急ぐぞ!」
「はい!」
悟空さんと僕は同時に立ち上がると、
体を前に倒し地面を抉る様に駆け出した。
前の戦闘で思い知ったけど、改めて冷静に見てみると
あれでも手加減されてたと思う。
今は倍早い。
措いてかれないように必死に付いて行くのがやっとだ。
「そういえばまだ名を聞いてなかった!」
「コウです! 芥川コウ!」
「何!? たくあんがこう?」
「あ・く・た・が・わ!」
「……何言ってるか解らん。取り敢えずコウと呼ぶ」
動物で神様なのに聞こえないとかどういう事なんだ。
まぁ僕も若干というか、かなり口篭ったような喋り方で
聞き辛いとは言われるが。
こういう時、下の名前がコウというカナ字で良かったと思う。
それにしても何言ってるか解らんって親父みたいに言いやがって。
いつか腕を上げてボコボコにしてやる。
「おい」
「あ、はい!?」
「俺たちはツイてる」
多分悪い顔をしていたであろう僕は急に声を掛けられ、
すっとんきょうな声で返事をしてしまった。
もしやそれがばれて怒られるのかと思いきや、
ぴったりと悟空さんの背中を追いかけていたので顔を横にずらすと、
そこには猿ではなくでかい人間が居る。
「……これはただの猿の突然変異とかじゃないですよね……」
「まぁ御前も似たようなもんだろう?
急に姿形が変わるなんて、妖怪変化みたいだ」
「それを言うなら悟空さんだって妖怪変化じゃないっすか」
「何だと!? 俺をあんな妙ちくりんな生き物と一緒にすんな!
神様だぞ! 神様!」
「僕だってそうですよ失敬な!
それにね、神様は自分で神様神様連呼しないですよ?」
「御前がどこの神を知ってるか知らんが、
神だって十神十色なの! 罰当てるぞこら!」
「そんな横暴が許されてたまるか!
横暴だ!
残虐だ!
神というなの独裁者だ!」
「貴様! 言うに事欠いて独裁者とはなんだ独裁者とは!
御前みたいな根性ひん曲がったやつを救ってやろうという
慈悲を受ける身でありながら何たる不義不忠!」
「その救ってやろうっていう言葉にこそ真が隠されてるんですよ!
傲慢改めるべし!」
「己! やるか!」
「やらいでか!」
お互いを睨み合い、互いの右拳が互いの左頬に食い込むという
似たような展開があったような事をした直ぐ後に、
何者かによって襟首を掴まれ猫のように持ち上げられた。
そして僕らはその手の持ち主の顔と見合う。
「ノンノンノンノン。
美しくない。
猿同士がどれだけ醜い言葉で互いを罵ろうが構わんが
私の食事を邪魔をしないでくれるかね?
生憎と猿はもう食い飽きた」
その巨大な顔に長い先がくるんと丸まったちょび髭を生やし、
口は口紅でも塗っているかのような赤で長い八重歯が二本出ている。
そして髪はオールバックで服はタキシード。
何ていうか定番を絵に描いたようなやつである。
「……貴様、同族を喰ったな……!?」
悟空さんは睨みながらそうちょび髭に向かってそう言った。
「フフッ。思い出したくも無いがな。非常に不味かった。
道理で人は猿を食わんわけだよ不味すぎる」
「動物の法を犯したのか」
「別に不思議でもあるまい。人にもそういうのはいると情報を得ている。
この姿をした人間の脳味噌からな」
「人も喰うたのか」
「当たり前だろう? 都会でこれをやると人が大勢来て面倒なのでな。
こんな山里まで来た次第だ。さ、解ったらとっとと消えたまえよ。
君たちはとても不味そうだ」
まるでちり紙でも捨てるように僕たち二人を投げ捨てた。
「良いだろうこの悪魔め。コウ、御前の寿命が延びて良かったじゃないか」
「この糞野郎の所為で反吐が出そうで喧嘩どころじゃないですね。良いでしょう。
ここはこれを片付けるのを先にしますよ」
僕たちはゆらりと立ち上がり、化け物の前へと歩を進める。
「フゥ……理解に苦しむね。私も元は猿だが少なくとも君たちよりは賢かったよ」
「その口を閉じろ糞野郎」
「まったくもって不愉快極まりない猿野郎ですね」
僕と悟空さんは顔を見合わせにこりと笑うと、
次の瞬間化け物の顎を蹴り上げるべく、
飛び上がっていた。
「ホホゥ、これは芸達者な猿だ。少し可愛がってやろう」
その巨体に似合わず素早く僕たちの蹴りを、
顎の手前で腕で防いでそう言った。
僕たちを払おうと腕を横へ素早く動かす。
勿論それは計算済み。
僕と悟空さんは、改めて顎を狙う。
「同じ手を喰うか」
「どうかな!」
化け物は上体を反らして僕たちの蹴りを避けた。
だが僕たちの狙いは他にあった。
「はあっ!」
悟空さんは僕の腕を蹴って化け物の顔面に飛び、右の一撃を叩き込んだ。
「ぐあっ」
それをもろに受けて転倒する化け物。僕たちは元の位置に戻ると、
ハイタッチを交わした。
顔を抑えて立ち上がろうとする化け物に
「あらら、綺麗なおべべが台無しですね」
「顔に似合わず服は上品だったな。今度はその汚い顔が地面に先に着くようにねじ伏せて
やる」
そう吐き捨てた。




