第十二話 聖典大聖
「よう、目が覚めたか」
意識が回復して上半身だけ起こすと、
目の前で猿が地べたに胡坐を掻きながら鍋の中を
棒で掻き混ぜていた。まさかこの猿、僕を食べようとしているのか!?
「阿呆。御前を食べてどうする。まだ俺が化け物だと思っているらしいな」
「な、何で解ったんだ……?」
「読心術だ。まぁもっとも御前の場合は解り易過ぎる。嫌な時が特に出ているぞ?」
ぐうの音も出ない。
よく親にも言われていた。
だけどそれは親に嫌でもはいと言え、親の言う事に頷いていればいいと
いわれた事が切欠でそうなったわけで。誰も好き好んでそうしてるわけじゃない。
「なぁ小僧。御前は幾つだ」
「じゅ、十六だ」
「そうか。御前がどこから来たか知らんが、この国では十五から新兵試験が
受けられる。何が言いたいか解るか?」
「はいはい。どうせ僕が悪いんですよ」
「解ってないな。御前は命に責任がもてるのか?
他者の命を奪うという事は、
ずっと消えない命を背負うという事。
俺たち肉食は特に他者からの命を奪う事で生きているのだ。
自分の命を護る為ならいざ知らず、関係無い命まで無駄に散らして
それらが納得出来る理由があるのか?
御前に殺された者たちは浮ばれないな。
塵芥を散らすように殺されたのだからな」
猿は低い声でゆっくり静かに非難してきた。
僕は言葉を失う。
海では蚊人間を倒す時も躊躇したのに、今回は自分自身の情けなさに
苛立ちそれをぶつけてしまった。
「思い当たる節があるようだな。だが道はまだ長い。
御前がこれからも無意味な殺戮を繰り返すか、
それとも命に責任を負っても護る為に絶つのか。それ全て御前次第だ」
猿は鍋の中に無造作に御椀を突っ込むと、僕の方にそれを差し出してきた。
「有り難く頂け。そしてその力を正しき事にのみ使え。それが供養になる」
「……頂きます……」
僕はそう言って御椀を口に運んでゆっくりと飲む。
豚汁のような味がした。
この中には幾つの命が入っているのだろうか。
今まで何も考えず要らなければ捨てていた食べ物。
僕は命を幾つ無意味にしたのか。
一つ一つ噛み締めて飲み込む。
とても美味しく料理されたそれは
僕が食べてどう生きるかによって意味を持つ。
だとしたらこれではいけない。
それは解っている。
だけどそんな風に気持ちを切り替えて行けるなら、
引篭もりになんてなっていない。
どうしたらこの渦から抜け出せるのだろうか。
どうしたら……。
「小僧、さっきも言った通り。芯があれば切り株からでも新たな芽がでる。
そして何かの縁だ。もし御前にその気があるのなら、
弟子にしてやってもかまわない」
「弟子?」
「ああ、名乗るのを忘れていたな。俺の名前は聖典大聖尊悟空だ」
それを聞いて咽そうになる。
ソンゴクウといえば三蔵法師と共に旅をした物語の主人公にして、
道教の神様。別名ハヌマーン。
「あ、あの、字はどう書くんですか?」
「ん? こうだ」
その書いた字を見るとまんまそれではないらしい。
確かにハヌマーンであるなら金色の毛を、
孫悟空であるなら茶色毛のはず。
聖典……さっき僕が喰らった技にも付いていた。
「神様なら僕の性格くらい直せるんじゃないんですか?」
「……直せたとして何の意味がある?」
「命がその分助かりますよ?」
「御前は?」
「それは……」
「他者も御前も命の一つ。やがて殺戮を繰り返せば御前が死ぬ。
それでは意味が無い。俺はそもそも悟りを開けるならば
その手伝いをしてやるのが定めだ。俺は少なからず御前の中に
可能性が残っていると踏んだ。どうだ? 御前の意思で変わらんか?」
「変われるものなら……」
「そう来なくてはな。最初から自信たっぷりに変わるといわれても胡散臭い。
まぁ任せておけ」
そういうと尊悟空さんは僕の御椀を引ったくり、もう一杯注ぐ。
それを受け取り、ゆっくりと口に入れ喉を通り胃から体を温める。
「で、御前はここに何をしに来たんだ?」
「実は麓の村からの依頼で、猿の化け物が山に住み着いて
山菜取りなどしたくても出来ないからどうにかして欲しいと言われて」
「う……。それはすまんかった。だが俺は道を塞いだ覚えも無いし、
なんと言ってもここへ来たのが昨日だ。幾らなんでも昨日来て
討伐依頼などださんだろうし……」
そう言うと悟空さんは顎に手を当て唸った。
取り敢えずそれが終わるまで待ってみる。
「良し、俺もその猿の化け物とやらを見たくなった! 協力しよう!」
そう言って顔を輝かせ手を打った。
「でも良いんですか? 神様がそんな事して」
「まぁな。本来は駄目だが、今はな。神と言ったところで全てが可能ではない。
それぞれその神に合った守護があるのだ。俺の場合は大きく括った武術を
守護している。今こうして下界に下りたのも武術を伝える為らしい」
「らしいって曖昧ですね」
「仕方あるまい。それ以上は教えてもらえなかった。
俺もまた石に封じ込められるのはしんどいからな。
それに武術を教えるなら得意分野だ! 俺が適役なのは間違いない」
「要するに下りられれば何でも良かったんじゃ……」
「……うるさいなー。ほら、さっさと全部飲んで!
その化け物とやらを退治しに行こうか!」
「なんか不安だなぁ……」
そうして悟空さんは鍋を両手で持ち上げると、
一気に口に流し込んで頬張り飲み込み、器を洗いに川へ行くというので
手伝うことにした。
しかし不安だ。ゲームの中のキャラに鍛えられるというのは。
というよりそろそろこれをただのゲームだと考えるのは止めた方が良さそうだ。
NPCなど居ない。
全て意思があると考えて間違いないだろう。
となると最悪自分のHPがゼロになったらマジで御終いの可能性はある。
誰がこんなものを考えたんだが。
どちらにしろ危険がある。
そして神というものはステータスを無効にする桁違いの
クラスだということが解った。今後は慎重に行こう。
そしてこの悟空という神様に鍛えて貰って
名実共に最強になってやろうじゃないの。
僕は悟空さんの後ろでそう考えて、にやりと笑う。
神様が出て来た位で引篭もりが改心するほど甘くは無いのだ。
取り敢えず生きる為にここは一つお利口さんにしておこうと思ったのだった。




