七 出口のない人事
2025年12月。
小木は、総帥から受けた指示を実行するため、藤原の処遇について具体的に動き始めた。
まず取り組んだのは、藤原本人の異動先を探すことだった。
藤原を菱型製作所から外すという方針は決まっている。しかし、長年にわたって総括部長という立場にあり、相応の待遇を受けてきた藤原を、どこへ移すのか。これは簡単な問題ではなかった。
小木は、グループ企業内の各社の社長たちに相談を始めた。
グループ内であれば、これまでの経歴や待遇についても理解を得やすく、藤原を受け入れてもらえる可能性があると考えたのである。各社の社長とは、これまで経営者同士として付き合いがあり、小木自身も一定の関係を築いてきた。
しかし、打診の結果は芳しくなかった。
「申し訳ありませんが、今のところ受け入れられるポストがありません」
「うちも組織の見直しをしている最中で、新たに幹部を迎える余裕はありません」
「藤原さんの経験を生かせる仕事が、当社には見当たりませんね」
返ってくる答えは、どれも丁寧ではあったが、結論は同じだった。
誰も藤原を引き受けようとはしなかった。
小木は、別の社長にも連絡を入れた。事情を説明し、何とか受け入れ先を検討してもらえないかと頼んだが、結果は変わらなかった。
グループ企業の社長たちにとっても、藤原を受け入れることは簡単ではなかった。自社の組織に新たな幹部を迎える必要性がないうえ、藤原の性格や仕事の進め方について、少なからず情報を得ている者もいた。
小木は、次第に行き詰まりを感じ始めていた。
藤原を外すという方針は決まった。しかし、移動先がない。
このままでは、藤原を菱型製作所に残したままにせざるを得なくなる。それでは、総帥の指示に応えたことにはならない。
小木は、次に藤原の代わりとなる人材を探すことにした。
藤原を外すのであれば、その後を任せられる人間が必要だった。特に、製造部門と技術部門をまとめ、現場を理解したうえで会社を立て直せる人物が求められていた。
小木は、長年付き合いのある得意先の経営者や幹部に相談した。
「どなたか、製造と技術の両方を見られる経験者をご存じありませんか」
「管理職として、現場をまとめられる方がいれば、ぜひ紹介していただきたい」
また、かつて菱型製作所で働いていたOBたちにも声を掛けた。会社のことを知り、製造業の経験もある人間であれば、現在の状況を理解してもらいやすいと考えたからだった。
しかし、こちらも思うようには進まなかった。
得意先からは、適任者がいないという返事が続いた。紹介できる人間がいても、本人が現在の職場を離れる意思を持っていなかったり、菱型製作所の現状を聞いて難色を示したりした。
OBたちも同様だった。
「もう一度、あの会社で働くのは難しいですね」
「今の体制を立て直すのは、相当大変だと思います」
「申し訳ありませんが、今さら新しい環境に入る気持ちはありません」
かつて会社を支えていたOBたちからも、前向きな返事は得られなかった。
小木は、何人もの関係者に打診したが、結局、藤原の後任として迎えられる人材を見つけることはできなかった。
藤原の異動先も見つからない。藤原に代わる人間も見つからない。
二つの問題が同時に行き詰まったのである。
小木は、改めて会社の現状を考えた。
そもそも、なぜこれほど人材が見つからないのか。
その理由の一つは、菱型製作所の中に、長年にわたって人材が育ってこなかったことにあった。
藤原が権限を拡大していく過程で、自分の考えに反対する社員や、意見を述べる中堅社員が次々と会社を去っていった。十年ほどの間に、会社の将来を担うはずだった中堅社員は六十人以上も退職している。
残った社員の中にも、能力のある者はいた。しかし、藤原の意向を気にしながら仕事をするうちに、自分から判断して動くことを避けるようになった者も多かった。
小木は、外部から人材を迎えることをいったん断念せざるを得なかった。
残された選択肢は、社内の人材を見直すことだった。
これまで藤原の下で十分に力を発揮できなかった社員の中に、会社を立て直す力を持つ人間はいないのか。現場を理解し、周囲から一定の信頼を得ている人間はいないのか。
小木は、そうした視点で社内を見直し始めた。
その際、まず考えなければならなかったのは、菱型製作所の組織をどう組み立て直すかという問題だった。
菱型製作所には、大きく分けて製造部と業務部がある。
製造部には製造課があり、実際の製造現場を管理している。一方、業務部には総務、経理、営業、生産管理、技術の各機能が置かれていた。
これまで藤原は、総括部長として両部門に強い影響力を持ち、実質的に会社全体を動かしてきた。しかし、藤原を外すのであれば、その権限を一人の人間にそのまま引き継がせる必要はないのではないか。
小木は、部門ごとに責任者を配置し、それぞれの役割を明確にする方法を考え始めた。
そこで頭に浮かんだのが、安城と高田だった。
安城は、技術面で高い能力を持ち、現場の問題を見つけて改善する力もあった。藤原とは何度も衝突してきたが、だからこそ、今の組織の問題をよく理解しているはずだった。
小木は、安城に技術だけでなく、製造部門も見てもらうことができないかと考えた。
技術と製造は、切り離して考えることのできない部門である。技術的な知識を持つ安城が両方を担当すれば、現場の問題を技術面から改善し、製造の効率を高めることも期待できる。
ただし、製造部門には土沢がいる。
土沢は、製造現場のことをよく知っており、日々の仕事をこなすうえでも欠かせない存在だった。現場の社員との関係もあり、一定の役割を担っている。
しかし、小木は、土沢に製造部門全体を任せるのはまだ早いと考えていた。
製造課の日常的な管理と、製造部門全体の責任を負うことは、まったく違う。人員配置や生産計画、品質問題、設備投資など、判断しなければならない範囲は広い。さらに、藤原の影響が残る社員たちをまとめ、部門全体を立て直していかなければならない。
それを今の土沢に背負わせるのは、本人にとっても重荷になるだろう。
土沢には、まずこれまでどおり製造現場を支えてもらう。そのうえで、製造部門全体の責任は安城に持ってもらう方が現実的ではないか。
小木は、そう考えた。
一方、業務部については高田の顔が浮かんだ。
高田は、これまで会社の実務を見てきており、各部署の状況についても一定の理解があった。特に、総務、経理、生産管理といった管理系の業務をまとめる役割であれば、任せられるのではないかと考えたのである。
総務は社員の管理や社内規程など、会社運営の基盤となる仕事を担う。経理は資金や数字を管理し、生産管理は製造現場と連携しながら受注や生産の進捗を調整する。それぞれ性質の異なる仕事ではあるが、会社全体の運営を支えるという点では共通していた。
高田であれば、これらの部門を横断的に見ていくことができるのではないか。
小木の頭の中では、少しずつ新しい組織の形ができ始めていた。
技術と製造は安城に任せる。
業務部の総務、経理、生産管理は高田に任せる。
営業については、取引先との関係や営業活動の実態を踏まえ、別途検討する必要がある。現時点で無理に担当者を決めるよりも、まずは主要な部門の責任体制を整えることが先決だと考えた。
もちろん、これはまだ小木の頭の中で描いている構想にすぎなかった。
安城が製造と技術の両方を引き受けてくれるかどうかは分からない。高田についても、総務、経理、生産管理という複数の業務をまとめることができるのか、本人の意向を確認する必要がある。
そもそも、二人にそのような役割を任せることについて、社内の理解が得られるかどうかも分からなかった。
藤原が長年にわたって握ってきた権限を分けることになるのだから、簡単に進むはずもない。
それでも、小木は、ようやく一つの方向性を見いだしたような気がしていた。
外部から人材を迎える道が閉ざされた今、社内に残された人間に頼るしかなかったのである。
ただ、構想を描くことと、それを実行に移すことは別だった。
安城にどう話を切り出すか。高田にはどのように説明するか。二人が引き受けてくれなければ、また最初から考え直さなければならない。
小木は、すぐに動くべきだと思いながらも、なかなか具体的な行動に移せずにいた。
しかし、いつまでも考えているだけでは何も変わらない。
まずは安城と話をする機会をつくる必要がある。
小木は、安城に声を掛けるタイミングを探し始めた。
藤原の処遇も、後任の人事も、まだ何一つ決まっていない。
それでも、小木の頭の中では、少しずつ新しい組織の輪郭が見え始めていた。




