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第4話「噂を溶かす舌先」

 木内の処分は、驚くほど迅速に下された。

 三千万円の過大発注の全責任を負わされる形で、役員会での厳重注意、そして週明け付での北関東営業所への左遷。デスクを片付ける木内の青ざめた横顔と、悔しさに震える背中を、オフィスの誰もが腫れ物に触るような沈黙で見送っていた。


 だが、その不自然な幕引きに、ただ一人鋭い疑念の目を向ける男がいた。

 営業企画部の若手エース、蓮見誠はすみ まこと。入社四年目にして数々の大型案件を立ち上げ、社内でも次世代のリーダー候補と目される聡明な男だった。


「三島さん、少し時間ありますか」


 定時過ぎの給湯室。コーヒーを淹れていた玲香の背後に、蓮見が音もなく立った。

 玲香は黒縁眼鏡の奥で薄く目を細め、いつもの大人しい事務員の笑みを浮かべて振り返る。


「蓮見さん、お疲れ様です。何か総務への申請ですか?」


「いえ。木内さんの件です」

 蓮見の切れ長の瞳が、探るように玲香の表情を射抜いた。

「彼のアカウントから発注データが飛んだことになっていますが、あの日の木内さんは終日クライアント先に出ていた。社内端末からアクセスできるはずがない。……それに最近、三島さんと栗原課長が夜遅くまで密談しているのを何度か見かけました」


 確信に近い光を宿した視線。社内の誰もが気づかない違和感を、この男だけは正確に捉えていた。

 普通の女なら血の気を引かせるところだが、玲香の胸の奥で燻ったのは、冷たい興奮だった。


(優秀な男ほど、自分の正義感と頭の良さに溺れて足元をすくわれる……)


「……ここでお話しできることではありません。今夜、地下の古い書類保管庫でお待ちしています。あそこなら、誰も来ませんから」


 玲香は怯えたように視線を伏せ、頼りなげに呟いた。そのか弱き女の演技に、蓮見は自らの推理が当たったと誤認し、「分かりました。八時に」と短く頷いた。


 午後八時十分。地下二階、埃っぽい紙の匂いが立ち込める文書保管庫。

 蛍光灯の半分が切れた薄暗がりの中、スチールラックの列の最奥で、蓮見は腕を組んで待っていた。

 コツ、コツと微かなヒールの音が響き、玲香が姿を現す。

 だが、その装いは昼間の地味な姿とはかけ離れていた。スーツの上着は脱ぎ捨てられ、薄手のシルクブラウスの胸元は大きく開き、タイトスカートのスリットからは艶やかな太ももが覗いていた。


「三島さん、その格好は――」


「蓮見さん……怖かったんです。課長に逆らえなくて……」


 玲香は潤んだ瞳で駆け寄ると、蓮見の胸元へと自らの身体を飛び込ませた。

 柔らかな乳房の弾力と、甘く熟れた香水の香りが蓮見の感覚を狂わせる。男が戸惑い、身を引こうとした瞬間、玲香はすっと膝を折って床に跪いた。


「え……何をして――」


「全部、お話しします。だから……私を助けて……」


 玲香は懇願するような上目遣いで蓮見を見上げながら、細い指先で男のベルトに手をかけた。

 カチャリと外されるバックル。蓮見が制止の言葉を口にするよりも早く、玲香はスラックスのファスナーを下ろし、下着の中からすでに熱を帯び始めていた蓮見の男根を、惜しげもなく引きずり出した。


「三島さん、やめろ……っ! こんなことで誤魔化せると思うな!」


「誤魔化すなんて……そんなこと、思っていませんよ」


 玲香の唇が、妖艶な弧を描いた。

 次の瞬間、玲香は温かく湿った口腔で、蓮見の硬直した先端を根元まで一気に呑み込んだ。


「んむ……ッ!?」


 蓮見の喉から、押し殺した呻き声が漏れた。

 頭脳明晰なエリートの思考が、瞬間的に白く吹き飛ぶ。

 玲香の舌使いは、獲物を絞め殺す蛇のように巧みで執拗だった。先端の敏感な粘膜を舌先で転がし、裏筋を唇で吸い上げ、喉の奥深くで激しく圧迫を加える。じゅぷ、じゅるると、生々しい水音が狭い書庫に響き渡った。


「く……っ、あ……やめ……三島、さん……っ!」


 言葉とは裏腹に、蓮見の腰は無意識に玲香の口元へと押し付けられていた。

 玲香は蓮見の太ももを両手でしっかりと抱え込み、上目遣いで男の苦悶に歪む顔を見つめながら、吸い上げる速度をさらに加速させた。

 社内きっての清潔なエース社員が、地下の埃まみれの床で、女の舌先に理性を破壊され、情けなく息を乱している。その無様な屈服が、玲香に得も言われぬ悦楽をもたらした。


 ジュボッ、と音を立てて口を離すと、銀色の唾液の糸が先端から引いた。

 玲香は自らスカートをたくし上げ、濡れそぼる下着を横にずらすと、スチールラックに背を預けて脚を開いた。


「口だけじゃ、満足できないんでしょう? ……木内さんのことなんて、どうでもよくなっちゃった?」


「あ……あぁ……っ!」


 理性のタガが完全に外れた蓮見は、飢えた獣のように玲香の腰を掴み、猛り狂った剛直を濡れそぼる秘裂の最奥へと突き刺した。


「あっ……! んん……っ、すごい……蓮見さん、課長よりずっと激しい……ッ!」


 玲香の嬌声が狭い保管庫に木霊する。

 スチールラックが激しく軋み、書類の束がパラパラと床に落ちる。蓮見は我を忘れて腰を打ちつけ、社内の正義も疑惑の追及もすべてかなぐり捨てて、悪女の肉の蜜壺に溺れ狂っていた。


 だが、玲香の右腕は、蓮見の背中に回されたまま、指先に小さな四角い端末を握りしめていた。

 超小型の広角ピンホールカメラ。

 棚の隙間に設置されたレンズが、蓮見の快楽に狂った表情と、玲香の身体を犯す決定的瞬間を、余すところなく録画していた。


 蓮見が絶叫とともに玲香の奥深くへ熱いものを解き放ち、肩で息をしながら崩れ落ちた直後のことだった。


 カシャリ、と冷たい電子音が静寂を破った。


「……え?」

 息を整えようとしていた蓮見の目の前に、玲香のスマートフォンの画面が突きつけられた。

 そこには、今しがたの生々しい情事――蓮見が玲香の脚を広げ、獣のように腰を振る鮮明な映像が再生されていた。


「な……んだ、それは……!?」


「綺麗な画質でしょう? 顔も、社員証も、ばっちり映ってる」


 玲香は冷笑を浮かべながら立ち上がり、乱れた服を素早く整えた。

 眼鏡をかけ直した瞬間、その瞳には先ほどまでの淫らな熱情など欠片も残っていなかった。


「営業企画部のホープ、蓮見誠。木内さんの処分に異議を唱えるどころか、深夜の保管庫で総務部の女子社員を力づくで組み敷いて暴行した……この動画が役員会と全社員の社内チャットに流れたら、あなたの輝かしいキャリアはどうなるかしらね?」


「お、お前……最初から、これが目的で……ッ!」


 蓮見の顔から血の気が完全に引いた。膝が震え、その場にへたり込む。

 玲香は冷酷な笑みをたたえ、床に座り込む蓮見の顎先をヒールの爪先でくいと持ち上げた。


「木内さんの件は、これで終わり。……分かったわね? これからは私の可愛い共犯者として、大人しく私の言うことを聞きなさい。そうすれば、この動画は誰の目にも触れないわ」


 男の誇りも正義も粉々に打ち砕かれ、蓮見はただ震えながら「……はい」と屈辱の言葉を絞り出した。

 また一人、自分の意のままに動く操り人形が増えた。

 暗い書庫を後にする玲香の足取りは、完全な勝者としての愉悦に満ち溢れていた。


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