第3話「オフィスの操り人形」
午後十一時を回ったオフィスは、空調の低い唸り声だけが響く巨大な墓場と化していた。
フロアの蛍光灯の大半は落とされ、非常口を示す緑色の誘導灯が、磨き上げられたリノリウムの床に細長い影を落としている。
役員会議室の重厚な防音扉が、内側から静かにロックされた。
カチリという微かな金属音に、デスクに手をついていた栗原課長の肩が跳ねるように強張った。
「……三島さん、本当にここでやるのかね? 警備員の見回りだってあるし、もし誰かに見られたら……」
「見回りなら、あと四十分は来ませんよ。課長が一番よくご存じでしょう?」
玲香は黒縁眼鏡を外してマホガニーの長机の上に置くと、地味な事務服のブラウスの第一ボタン、第二ボタンをゆっくりと指先で解いた。
薄暗がりの中に露わになる、抜けるように白いデコルテと、レースの下着を押し上げる豊満な双丘の谷間。昼間の従順な部下の面影を脱ぎ捨て、玲香の瞳には冷徹な愉悦が怪しく揺らめいていた。
「それとも……今ここで大声を上げて、警備員を呼びますか? 『人事総務課長が、深夜の会議室で部下の身体を無理やり弄んでいる』って」
「そ、それだけは勘弁してくれ……! 頼む、玲香さん……」
四十五歳、妻子持ち、次期部長の座を狙う栗原の顔が、恐怖と浅ましい情欲で醜く歪んだ。
玲香は冷笑を浮かべながら歩み寄り、栗原のネクタイを乱暴に引き寄せて唇を塞いだ。
「ん……っ、ふ……ちゅ……」
押し開かれた唇から、玲香の熱く湿った舌が侵入する。
課長の唾液を貪るように吸い上げ、絡め取るたび、栗原の荒い鼻息が玲香の頬を打った。怯えながらも、男の身体は玲香の肉体の魔力に逆らえない。震える栗原の手が、玲香のタイトスカートをまくり上げ、薄いストッキングに包まれた太ももへと伸びてくる。
「あっ……課長、手つきがいやらしい……ふふ、奥様にはこんな触り方、できないんでしょう?」
「玲香さん……君の身体が、頭から離れないんだ……」
栗原は理性をかなぐり捨て、玲香をマホガニーの机の上に抱え上げた。
玲香は背中を反らせ、自ら脚を大きく開いて男の腰を迎え入れた。引き裂かれるストッキングの破線、湿り気を帯びた下着が横にずらされ、熱く猛り狂った栗原の剛直が、濡れそぼる玲香の秘裂へと押し込まれる。
「あ……っ! んん……ッ!」
肉と肉がぶつかり合う、生々しく湿った音が密室に響き渡る。
きつく吸い付く玲香の膣腔に締め上げられ、栗原は獣のような喘ぎ声を漏らしながら狂乱のピストンを繰り返した。背徳の快楽。会社の心臓部である会議室で、自らの立場を脅かす悪女の身体に溺れ、魂まで買い取られていく快感。
玲香は乱れた呼吸の中で、栗原のワイシャツの胸元を引き裂くように爪を立てた。
皮膚に食い込む鋭い痛みに、栗原が息を呑む。
「課長……痛い? でも、ここからが本題ですよ」
玲香は耳元に顔を寄せ、甘く濡れた声で冷酷な命令を囁いた。
「今日の午後、システム開発部から上がってきたサーバーライセンスの更新申請書……私、発注ロットを一桁間違えて、三千万円分の過大発注を通しちゃったんです」
「なっ……!? さ、三千万円だと!? 取り消しは……」
「もう海外ベンダー側で決済が完了しています。取り消しなんてできません」
玲香は腰を揺らし、奥深くまで突き刺さる男根をぎゅうと強く締め上げた。
激痛に近い極上の快楽に、栗原の思考が白濁する。
「ひぃ……っ、そ、そんなの、会社に対する背任行為だ……! 懲戒免職どころじゃ済まないぞ!」
「ええ。だから……あの申請書の起票者ログ、木内くんのアカウントに書き換えておきました」
「木内……!? あいつは真面目一本槍で、今年の新卒指導係も務めている優秀な男だぞ! あいつに責任を擦り付けるなんて……!」
「あら、優秀だからこそ、責任を取って泥を被ってもらうのに相応しいんじゃないですか?」
玲香は妖艶に微笑み、栗原の頬を掌で優しく撫でた。
そして、ふいに下腹部に力を込め、絶頂へ向かおうとする栗原の肉茎を容赦なく絞り上げた。
「明日の朝一番で、課長の権限を使って木内くんの独断専行として役員会に報告してください。『真面目さゆえに手柄を焦り、承認プロセスを偽装した』って。……もし拒否するなら」
玲香の指先が、栗原の首筋を冷たく撫で下ろした。
「今夜のこの会議室の防犯ログと、私が持っている課長との『ベッドの記録』、すべて人事部長と奥様のスマホにプレゼントしてあげます。木内くんが左遷されるか、課長が全てを失って家庭も社会的信用もゴミのように散るか……選ばせてあげますよ」
「う……あぁ……っ、玲香、お前は……悪魔だ……!」
「ふふ、最高の褒め言葉。さあ、私の中に全部吐き出して、私の言う通りに動きなさい……!」
栗原は絶望の呻き声を上げながら、玲香の胎内へと熱い白濁を激しく注ぎ込んだ。
自らの保身のために無実の後輩を地獄へ叩き落とす罪悪感と、目の前の悪女に肉体も運命も支配される破滅的な悦楽。二つの感情に引き裂かれ、栗原は机に突っ伏して情けなく息を乱した。
玲香は事切れそうになっている課長の身体を無造作に押し退け、机から滑り降りた。
乱れた髪をかき上げ、ティッシュで下腹部を拭いながら、冷ややかな瞳で鏡に映る自分を見つめる。
明日には、真面目な木内が理不尽な叱責を受け、キャリアを粉々に砕かれて地方の子会社へと飛ばされるだろう。
満員電車でも、この巨大なオフィスでも、すべては自分の指先ひとつで思うがままに動く。
口元に冷酷な笑みを浮かべ、玲香は再び無害な黒縁眼鏡をかけ直すと、夜の静寂へと静かに足を踏み出した。




