第10話「壊れゆく共犯者たち」
午後三時、特別役員応接室。
重厚な防音扉に閉ざされた室内には、冷房が効きすぎているにもかかわらず、男たちの重苦しい脂汗の臭いが立ち込めていた。
「な……何を馬鹿なことを言っているんだ、三島さん! 海外ペーパーカンパニーへの架空コンサル料名目で五億円を送金しろだと!? そんなもの、一発で国税と監査法人に引っかかる! 背任どころか、完全な横領詐欺だぞ!」
栗原課長が机に両手を突き、血走った目で叫んだ。その隣で、若手エースの蓮見も青白い顔を硬直させ、喉を小刻みに震わせている。
「三島さん……僕に営業企画の稟議システムを改ざんさせ、承認ルートを偽装させろと言うんですか? そんなことをしたら、僕のこれまでの実績も人生も、すべて灰になってしまう……!」
二人の男たちの悲鳴を、玲香は正面のレザーチェアから冷ややかに見つめていた。
だが、その瞳の奥は、恐怖と混乱で激しく波打っていた。
(狂ってる……こんなの、破滅するための罠そのものじゃない……!)
これは玲香自身の計画ではなかった。
すべては、玲香の真横にちょこんと腰掛け、神妙な顔で議事録用のノートパソコンを開いている女――有村詩織が書いた筋書きだった。
詩織は社内用のカーディガンを羽織り、地味な眼鏡をかけて「先輩に指示された通りに記録を取る無能な後輩」を完璧に演じている。
しかし――テーブルの重厚な天板の下では、まったく別の現実が進行していた。
「ひ……っ」
玲香の喉から、小さく掠れた息が漏れた。
テーブルの暗がりの中で、詩織の革靴を脱いだストッキングの足先が、玲香のタイトスカートの裾を器用に捲り上げていたのだ。
朝の満員電車で引き裂かれたストッキングの割れ目。その無防備な素肌の内ももを、詩織の滑らかな足先が、下から上へと執拗に撫でさすっていた。
(やめて……っ、お願いだから……動かないで……!)
玲香は必死で表情を殺し、爪が手のひらに食い込むほど拳を握り締めた。
だが、詩織の足指は、すでに蜜で濡れそぼる玲香の秘裂の先端を、靴下越しにぐにゅりと押し潰すように擦り上げていた。
栗原と蓮見の必死の抗議を聞きながら、下半身では年下の女の足先で弄ばれるという極限の倒錯。電撃のような快楽が、玲香の背骨を駆け抜ける。
「……五億円の稟議を通しなさい」
玲香は震えそうになる唇をなんとか引き締め、冷徹な仮面を貼り付けて言い放った。
「断れば、どうなるか分かっていますよね? 栗原課長、木内さんの不正をでっち上げたログと、私との情事の記録。蓮見さん、深夜の書類保管庫で私を押し倒したあの生々しい映像……いま私の手元のスマホ一つで、役員全員と警察に送信できますよ」
「う……っ、ぐ……!」
二人の男が呻き声を上げ、絶望に顔を歪めた。
玲香が彼らを支配しているように見える。だが実際は、玲香の脇腹に詩織の冷たい視線が突き刺さり、テーブルの下の足先が玲香の急所を抉るように蠢くたび、玲香自身が詩織の操り人形として痙攣しているに過ぎなかった。
「今日中に最終承認の電子署名を済ませてください。……それで、あなたたちの罪はすべて不問にしてあげますから」
嘘だった。こんな巨額の不正、隠し通せるはずがない。
二人を破滅の奈落へ突き落とすための、完全な自爆スイッチ。詩織は最初から、この会社を、そして関わったすべての人間を焼き尽くすつもりなのだ。
「わ、分かった……やればいいんだろう、やれば……!」
栗原が狂乱状態で承認端末に指を押し当て、蓮見が絶望の涙を浮かべながら認証パスコードを打ち込んだ。
エンターキーの鈍い音が、二人の男の社会的な死刑台の引き金を引いた瞬間だった。
「ご苦労様でした。これで終わりです。……出ていって」
玲香が告げると、抜け殻のようになった栗原と蓮見は、ふらつく足取りで部屋を出ていった。重い防音扉が閉まり、再び訪れた静寂。
カチャリ、と詩織が立ち上がり、音もなくドアの鍵を閉めた。
「……あはっ。完璧でしたよ、三島先輩」
詩織は眼鏡を外してテーブルの上に放り出し、少女のような無垢な笑みを浮かべた。
その豹変に、玲香は椅子の上で小さく震え上がった。
「あ、有村さん……もういいでしょう? 言われた通り、あの二人を完全に追い詰めたわ……。もう警察も会社も誤魔化せない……私も、あの二人も、全員破滅よ……っ!」
「ええ、そうですよ。全員、綺麗にお掃除されなきゃいけません」
詩織は玲香の膝の上に跨がるようにして、正面から抱きついてきた。
玲香の胸元を乱暴に押し広げ、白い首筋に自らの唇を強く吸い付かせる。
「ん……っ、ちゅ……っ、先輩は本当に最高の獲物。男たちをあんなに惨めに脅して、破滅のサインを書かせる姿……濡れちゃいましたよ、私」
「やめ……触らないで……っ!」
「嘘ばっかり。ここ、ずっとビクビク震えて、溢れっぱなしじゃないですか」
詩織の手が玲香のスカートの中に潜り込み、濡れそぼる秘裂へ二本の指を一気に突き入れた。
「ひゃあぁっ――!?」
玲香の腰が跳ね上がった。
恐怖と屈辱で胸が張り裂けそうなのに、詩織の細い指が奥の敏感な肉襞を擦り上げるたび、脳内が真っ白な快楽で塗り潰されていく。
かつて男たちを騙し、奪い、支配していたはずの自分が、いまや一人の女の指先一つで喘ぎ狂うただの雌へと成り下がっている。その残酷な事実が、玲香の壊れかけた精神を甘美に痺れさせた。
「あ……っ、いや……こんなの、おかしい……っ! わたし……壊れちゃう……ッ!」
「壊れてください。傲慢な魔女の心なんて、全部粉々になってしまえばいい……」
詩織は恍惚の表情で玲香の唇を塞ぎ、舌を絡ませながら、指先を激しく出し入れした。
ぐちゅぐちゅと鳴り響く淫らな水音。
男たちの人生を破壊した直後の密室で、玲香は後輩の腕に抱かれながら、声にならない叫びを上げて無残に絶頂へと叩き落とされた。
「ふふ……明日が楽しみですね、先輩」
事切れたように息を乱す玲香の耳元で、怪物は甘く残酷に囁いた。
「いよいよ、カーテンコールの時間です」




