第九話:四次元コインロッカー
「人はランダム性に惹かれたりするよなぁ。」
コアラのマーチを頬張りながら、僕はデビ子に言った。
彼女は女性誌を読みながら「そうね」と素っ気なく返した。
「ほら、例えばこのコアラのマーチ、色んな可愛いコアラがある。
一箱の中に全てのコアラが入っているとは限らない。
こうしたランダム性により、人は全種類のコアラが揃えたくて、
またコアラのマーチを買ってしまう。」
でび子
「いやいやいやいや、
別にそんな理由でコアラのマーチをまた買わないでしょ!?
普通に美味しいから、また買うのよ。
大体、全種類のコアラを揃えた所で神龍が現れて願いを叶えるワケでも、
次のゲートへの扉が開くわけでも無いのよ”?」
キミは大げさだなぁ、なんて言って僕はデビ子をからかう。
彼女はサタンよりも古い最古の悪魔の割に、意外とこういう事には
普通の反応を返したりするから面白い。
でび子
「それで、今回は何が言いたいワケ?
別に本気でコアラのマーチの話がしたかったワケじゃないでしょう?」
みぎゃー
「そうなんだ。次に思い付いた話はね、四次元コインロッカー。
一回100万円で預けたモノが一日後に引き取りに行くと、
ランダムで全く違う何かになっているんだ。」
でび子
「某青タヌキの話に出て来そうな感じね。
だけどそれ、シッカリ設定を練らないと、単なる妄想よ。
一回100万円で、リターンはどのくらい期待出来るのかしら?」
みぎゃー
「そこがミソなんだよ。期待値なんて儲けちゃうと、単なるギャンブルだ。
だけどコレはあくまで夢を買う値段なんだ。
だからあえて、リターンは明記しない。」
でび子
「そんなもの、リスクを冒してまで預ける人間いるかしら?
あぁ、経費で動画に挙げるYoutuberならいるかしら。」
みぎゃー
「無理だよ。だって領収書出ないから。
完全にポケットマネーの現金でしか対応していないんだ。」
でび子
「中々に厄介な縛りね。
でもそれ、口コミが出てからでも遅くないんじゃない?」
みぎゃー
「ちょうど現金で100万円を持っている人の前にしか現れないんだ。
そして、『明日の午後には撤去します』と書いてある。」
でび子
「色んな縛りを設けて来たわね・・・。
まぁ良いわ、それの設置者の信頼度にも寄ると思うけれど、
その物語、食べさせてもらうわね。」
そう言うとでび子は、僕の肘の内側に噛み付いた。
噛む場所、ドンドンとマニアックになってるなぁ。
目を覚ますとそこは、駅の構内だった。
たくさんのコインロッカーが並んでいる。
そこにひと際大きく、輝くコインロッカーがあった。
でび子
「ねぇ、だけどどうせ物語の中なんだし、
もし100万円持っていたら、ノーリスクで試せるんじゃない?」
みぎゃー
「いや、僕は100万円持っていないよ。
おそらく、誰かがこれをやるのを、見る側なのさ今回は。」
そうしていると、黒いスーツにサングラスの男性が現れた。
みぎゃー
「お、来た来た。きっとあの人が四次元ロッカーを使うんだ。
ノーリスクで結果だけ、楽しませてもらおう。」
まさに気分は青いタヌキとダメ小学生の気分だった。
しかし、男性が何やら電話を始めた。
「えぇ、何かワケのわからないロッカーがありまして、
おそらく怪しいモノなのですが、この金を捨てるには、
丁度良い機会かも知れません。
山奥に持って行くには時間も見つかるリスクもある。
このロッカーなら、超常現象の類なら金は無くなる。
もう警察の追跡も出来ません。丁度良いかと。」
どうやら男性の持っている100万円は違法性があるようだ。
通常ならこうした金は山奥に埋めたり隠したりして
市場に出回る事無く無かったものとされる。
しかし今回はその処理に四次元ロッカーが使われようとしている。
でび子
「止めなくて良いのか?
コレは原作者としても、想定外の使われ方じゃないか?
いくら創作の中の世界とは言え、この世界自体はパラレルとして
宇宙の中には存在し続けるんだぞ。」
みぎゃー
「うん、そうだよね・・・。
だけど、勇気が出ないや。相手は明らかに反社会組織じゃん。
あんな人に声かけ、それに何て言えば良いのか・・・。」
僕は勇気が出ないまま、黒スーツの男性は四次元コインロッカーに
100万円を預けた。
そして場面は翌日に切り替わった。
周囲をキョロキョロと見まわす黒スーツの男。
ロッカーに書かれたルールからすれば、今日開ければ
中にはランダムに何かが入っている予定だ。
ただ今回の黒スーツ男性の場合は違法性ある100万円を
完全に消滅させる事が目的のため、中身が空でも構わないのだ。
男性はロッカーを暗唱番号を入力して開けた。
するとそこには━━
100万円が、そのまま入っていた。
「チッ、何だよコレ、故障じゃねーのかよ!」
そこへ、多数の警察官がやって来て彼を取り押さえた。
「マネーロンダリングの現金隠ぺいの件で現行犯逮捕する。」
男は警察に連行されて行った。
何なんだこのロッカーは、預けてただ返すだけか。
そんなの、何の意味も無い。いや、ただ普通のロッカーだろ。
何が四次元だよ、と思っていた。
でび子がふと、ロッカーの中を見た。
でび子
「あれ、コレ何かな、手紙がある。」
え?と思い、それを確認する。
確かに手紙だ。黒スーツの男性は現金だけが目に留まり、
この手紙に気が付かなかったのだろう。
手紙を取り、中を見てみる。
「タカシへ。
母さんが亡くなってから、もう3年が経つね。
あなたが反社会的な組織にいる事、母さんは知っていました。
たくさんのお金を動かしているようでいて、
それらは決してあなたのものにはならない。
警察を甘く見てはいけません。あなたがやっている事は無意味。
小さい頃、母さんにいつも言っていたわよね。
警察官になりたい、って。タカシはもうその夢は忘れたのかな?
だけど今でも母さんは信じています。
友達がイジめられていた時に、自分も怪我をして負けながら、
それでも守り抜いてあげた正義感のある子だったタカシ。
あなたがそんな仕事から足を洗って、真っ当な道に進む事を
母さんは天国から今も見守っています。
がんばってね、愛しています。」
・・・・。
四次元ロッカーは、決して単なる普通のロッカーじゃなかった。
天国の母親からの手紙を、100万円は警察に自白するため残して、
黒スーツの男性、タカシさんに提示した。
しかし彼は目の前の100万円が残っている事に気を取られ、
手紙の存在に気付かなかった。
僕は居合わせた事により警察から軽く事情聴取された事から、
何かあればと言われて彼が連行された警察署を知っていた。
その手紙を持ち、彼と面会する事にした。
「そんな・・・。確かに、母さんの文字だ。
こんな事がまさか・・・。
あの時、この手紙に気付いていれば・・・。」
「今からでも遅くないんじゃないですか」と僕は言った。
彼は苦笑いしながらも、「考えておくよ」と言った。
その顔には一人の『息子』としての純粋な表情があった。
元の世界に戻って、僕はでび子の顔を見た。
でび子
「まぁ、悪くない話だったね。
いくらでも広げようのある話だし、
四次元ロッカーをテーマにして長編にも出来る。
良いテーマだと思うよ。」
みぎゃー
「作品の総評ありがとう。
だけどさ、今はそんな事よりも、タカシさんについてを考えたいよ。
彼はこれから、反省して幸せな道を歩めるのかな。」
でび子
「幸せな道を歩む人の話が良いのなら、そういった話にすれば良いよ。
全てはアンタの匙加減一つでしょ。
ただ、あえて結末を提示しない方が良い事もあるでしょ。
結末は読者それぞれの心にある。
そしてそれは自分の心との対話でもあるんだから。」
この悪魔はいつも、わかったような事を言う。
それが悔しくも少し頼もしく、そして不思議だ。
悪魔のクセに、人よりも人の世の理を理解していて、
偉そうに僕にアドバイスなんてしたりもする。
だけど悪魔だからとかそういう事を抜きにして、
物語を愛する者は物語の自主性をも大切にする。
それは決して綺麗な終わり方をするだけじゃなく、
一見すると不完全燃焼に思えるようなものだったり、
設定を活かしきれないままに終わったりもする。
だけどそうした未完成さは人間にも当てはまる。
僕達はこうした物語が持つ人間臭さを愛する。
果たしてAIが作った文章に、そうしたものはあるだろうか。
量産し、一見すると人が作ったものと見分けが付かない。
それでも僕はまだしばらくは、手描きで物語を紡ぐ。
それは人間である事の証明であると共に、僕の生き様だから。
いつも何のプロットも無く、描き始める。
それで、それっぽく終着させる。
だけど本当にこの繰り返しで良い作品は生まれるのか?と自問する。
だけどコレが僕の書き味でありあり方なのだと、今は自分に言い訳をしている。




