第十話:スランプ
「あ”~、ダメだぁ、新しい物語が思いつかない~。」
僕は絶賛、夏の暑さにうなだれてスランプに陥っていた。
でび子はと言うと、悪魔に夏バテは無いかのように食欲旺盛のようだ。
「あのね、さすがにもう2週間も何も食べてないのよ?
何か物語作りなさいよ。この際、少々美味しく無くても良いから。」
「ん~、じゃあ、体育教師が女子更衣室のロッカーに隠しカメラを仕込み、
そこに心霊が映っていた、って言うのは?」
「あのねぇ~、ありきたり過ぎるでしょ、それはいくらなんでもダメよ。」
「と言ってもさぁ、スランプだし・・・そうだ!
でび子の脇に毛が生えてるかどうか見せてくれたら、
やる気出るかも?」
「アンタ・・・本気で殺すわよ・・・。」
空腹もあってか、かなり機嫌の悪いデビ子。
う~ん、とは言っても出ないものは出ない(アイデア)のだから、
言ってもどうしようも無いよなぁ。
そうだ、スランプの抜け出し方を調べて、それを実践してみよう!
僕は早速、いくつか検索をかけてみた。
「え~っとぉ、スランプの解消法、っと。
お、出た出た(アイデア)。何々?」
①無理せずに休息を取る。
いくら考えても出ない時は出ないものです。
それならば、いっそ思い切って休んでみましょう。
「う~ん、だけどデビ子の空腹は急を要するんだよなぁ。」
②少しだけ、等で量を調整する。
毎日定期的に一定量を書くのは大変。
そんな時はいつもより少ない量でも、
まず書けた事自体を自分で褒めてあげて。
「これも・・・でび子の食事は定期的に一定量必要だからなぁ。」
③新しい刺激を求める。
今までに無いアイデアで描き始めてみたり、
図書館や美術館等に行ってアイデアを得てみましょう。
「今までにない物語、まさにそれを求め続けられているんだよなぁ。」
④コラボレーションをしてみる。
一人で思い悩むよりも誰かとコラボして、
一緒に研鑽し合ってみよう!
「なるほどなぁ・・・。でもそういうのって、声かけるの勇気いるし・・
あーでも、相手も売れない素人とかなら安心、かも?」
僕はあえて人気が無いような地味なユーザーを探した。
もちろん探せばいっぱいいるのだが、既にログインしていなかったり
性格が明らかに捻じ曲がっていたり、そもそもやる気が無い、等。
また、あまりに歳が離れ過ぎていてもちょっと違うかなと、
様々なフィルターをかけて探してみる事にした。
そして一人、”この人は” と思うユーザーを見つけた。
ホラー系のWeb小説を書いている「知りAna」さんだった。
ホラー系なのに、ANAの飛行機の事に詳しいのかな?
僕は知りAnaさんと連絡を取り、オンライン小説ユーザーとして
仲良くなりたい旨のDMを書き、送信した。
1日後に返信が来ており、是非仲良くしましょうとの事。
ふとしたメッセージのやり取りの際に、
知りAnaさんと僕は住む場所が近いとわかり、
一度会って話をしてみる事にした。
飛行機に詳しそうな感じは無かったけれど、
まぁ実際に会えば何かしら刺激になるかも知れない。
待ち合わせ場所は美術館前。
知りAnaさん曰く、ホラーを書くために気持ちを落ち着けるのに
静かな美術館は最適らしい。
僕は10分ほど前に到着し、彼の到着を待った。
しかし、時間になっても知りAnaさんは現れない。
最後のメッセージは昨日の夜の、
僕を見つけたら声をかけるという約束だった。
もしかして朝起きてみたら調子が悪くて、
約束を忘れているとかだろうか。
言い忘れていたが、でび子を連れて来てはいるが、
普段は普通の人には見えないようにしているらしい。
僕の場合は波長が合い、たまたま見えているとの事だった。
でび子が、もう帰ろうと言い出した時、後ろから声がかかった。
「みぎゃーさん、ですか?」
彼の声は女性っぽく、僕は「まさか彼女連れ?」と思った。
振り返るとそこには、深い紫の長い髪にメガネをかけた、
地味だけど超巨乳の女性が一人で立っていた。
知りAnaさんとみぎゃーとでび子
「え、ええと、そうですけど・・・どなたですか?」
「あ、私、知りAnaです。わかります?」
「あ、あぁあ、僕てっきり、知りAnaさんって男性だとばかり。
大変失礼しました、アハハ・・・。」
「いえ、確かに性別は言ってませんでしたものね。
あまり先に言うと、下心で会おうという誘いがあるもので。
それにしてもみぎゃーさん、お連れさんは彼女さんですか?」
「え、お連れって・・・え、見えてるんですか?」
「えぇ、黒髪ツインテールの女の子。
見えてるって言うか、そりゃ見えますけど。」
「あー、いや、い、妹、・・・そう、妹です。」
知りAnaさんの目から生気が抜けるのを感じた。
「まぁ、性別言わなかった私も悪いですけど。
そうですか、いくら不安だからって初対面に
妹さんを連れて来ると・・そういう人なんですねぇ。」
知りAnaさんはガッカリと残念そうな顔をした。
と言うか、でび子が見えると言う事はこの人、
僕と波長が合うと言う事だろうか。
「それじゃあ、行きましょうか。
どうせ一人で来る予定だったんですよ、今日。
だからあなたがいようがいまいが今日の行動は変わりませんから。」
何だか、かなり棘のある言い方をする人だ。
今までDMでは男同士と言う感覚で素っ気ない言葉を気にしなかったが
女性であると思うと急に愛想の無い感じがしてしまった。
でび子が言う。
「もしこの女が良い物語を作る人間だったら、
アタシ鞍替えしようかしら?
こういう何考えてるかわからないタイプは、
案外良い物語を書いたりすると思うのよね。」
おいおい、急に凄い事を言い出すなぁ。と思ったが、
よく考えて見れば別に僕に害はない。それどころかむしろ、
物語を作る事をせがまれる事も無くのんびり暮らせるのではないか。
と考え、「それはアリかもな」と返した。
しかしそこへ知りANAさんが返す。
「聞こえてるわよ。
その子、物語を食べる悪魔でしょう?私の所にも昔いたわよ。
まぁ、私がスランプになって何も食べさせてあげられなくて、
結局死んじゃったけどね。」
え?え?どういう事?
知りANAさん、物語を食べる悪魔を知ってる?
と言うか、でび子みたいな悪魔って他にもいるのか?
「私ね、元々は闇子ってペンネームで活動していたの。
だけど私の創作活動を応援してくれていた悪魔を亡くして
自分なんて尻穴みたいに排泄物を排出するだけの存在なんだな、って。
そこからペンネームを変えたのよ。」
・・・・。
・・・・。
いや、壮絶過ぎないか?
物語を食べる悪魔がデビ子以外にいた事も気になるけど、
失意のどん底で自分に付けた新たなペンネームが
まさか「尻穴」を元にしているなんて・・・。
と言うか、作り出す物語を尻穴から排出する排泄物とか、
この人自己卑下がメチャクチャ凄いじゃないか。
そこへデビ子が口を挟んだ。
「気に病まなくて良いわよ、闇子。
悪魔には眷属と言って、類似の存在が発生する事がある。
それはまだ自己の確定したあり方を持たない低級悪魔が
何らかの高次的な悪魔に憧れて真似をするの。
だけど結局の所、低級悪魔は低級悪魔。
アンタがどれほどの期間スランプでエサを与えられなかったのか
知らないけれど、ひと月も持たずに死んだのならそれは
単純にその悪魔が弱く偽物だっただけよ。
今だってアタシは2週間エサを食べていないけど生きてる。
本物ならその程度で死ぬほどヤワじゃない。
だから恥じるなら、本物を見極められなかった自分を恥じなさい。
そしてペンネームのセンスの無さを恥じなさい。
知りANAとか、普通にダサいから。」
知りANAさん、もとい闇子さんはふぅと息を吐き、
僕達に向けてこう言った。
「凄いわね、その子。本物の物語を食べる悪魔なのね。
私ずっとあの日の事を悔いて、後悔に生きて来たの。
だけど私のせいじゃなかったのだとしたら・・・
少しだけ前を向いて生きられるかも知れない。
ねぇ、みぎゃーさん。私これから自宅に戻り執筆活動をするわ。
だから、今日は美術館はもういいや。
今日は何だかありがとうね。私、頑張れそうよ。」
そう言うと知りANAさん、もとい闇子さんはステッカーをくれた。
「それ、もういらないからあげる。
知りANA時代の販促ステッカーだけど、この名前もう止めるから。」
見るとステッカーには「*(アスタリスク)」が描かれていた。
いや、めっちゃ尻穴意識してるじゃん・・・。
「それじゃあね、みぎゃーさん。
多分もう会う事は無いと思う。
だって知りANAなんて言う変なペンネーム時代の事はもう
忘れてしまいたいから、ここで断ち切りたいの。
もしまたどこかで、そうね・・直木賞授賞式とかで出会ったら、
その時は初対面みたいな顔をして壇上に並びましょう。じゃあね。」
何だか、夢だけは物凄く壮大な人だ。
だけど別にそれで良い。
僕達はまだ何者でも無い。だからこそ、変なペンネームもアリだ。
だけどこの長すぎるモラトリアム生活の中でも、傷付き、学び、
そして何かを得て行く。そうした経験を物語に生かして行く。
だから多分、あの人とはもう会わない方が良いのだろう。
僕はスランプを超えた先にある一つの成長の丘の手前で、
丘の向こう側から吹く風を微かに感じていた。
「って言うか、アンタは何かしら刺激を受けられたワケ?
アタシ、まだお腹減りまくりなんですけど!?」
僕はデビ子の頭をポンと軽く叩き、「大丈夫だよ」と言った。
同じように誰からも見向きされないアマチュアの小説家が、
僕(とデビ子)との出会いを通じて再び創作活動を始めた。
それだけでもう十分に僕には刺激だった。
「よし!
尻穴にペンを挟んで小説を書く女性の物語を書くか。」
「いやいやいや、大体、どうやってそんなもの書くのよ。」
「尻穴にペンを挟んで書く!!」
せっかく貰ったステッカーが、風に流されてどこかへと飛んで行った。
今回出て来た新キャラは、レギュラー化させても良いしこのままでも良い。
都合良く再登場を保留出来る良キャラ。
こういうのを良い女と言うのか、都合の良い女と言うのか。




