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第十一話:読み手の求めるもの

「なぁんか、スランプ継続中ではあるけれど、

 読み手が求めるものがわかれば何かを書き始められそうなんだよなぁ。」


僕は変わらずスランプの最中にあり、でび子に愚痴を零す。

すると彼女は、いつものごとくぶっきらぼうに応えた。


「読み手が求めるもの、ねぇ。

 それは『追体験』じゃないかしら。

 限られた自分の人生を超えた知識や経験を通して、多くを知り共感する。

 物語はその為の大切な媒介の役割を果たしていると思うのよ。」


相変わらずこの原初の悪魔は的確な所を突いているな、と思う。

誰もが何となくは理解している風でいても、あえてそれを言語化するのは

センスだったり、自分の中に常に問いを立てるクセがあったりするはずだ。


「でび子って、いつもそういう事を考えてるのか?

 すぐに答えが出て来るよな。まるでAIみたいな・・・。」


「そりゃあサタンよりも古い原初の悪魔よ?

 別に自分に問いなんて立てなくても、訊かれれば答えるだけよ。」


本当にとんでもなく人智を超えた存在だと思う。

だけどその反面、人の悩みに即答する様子は神仏のようでもある。


「一番簡単なのはね、自分の中にある非言語的な感情を言語化するの。

 モヤモヤとした消化されていないものをこの世に言葉で表すのよ。」


「うーん・・・。

 まだトイレで出していないお腹の中のう〇ちを、

 無理矢理ウォシュレットで捻りだす、みたいな感じ?」


「あんたねぇ・・・言葉のセンスが無いわ、やっぱり。

 もっとこう、詩的な表現を使いなさいよ、小説書いてるなら。」


「男もすなるう〇こといふものを、女もしてみむとてするなり。」


「ハァ・・・。

 それ、紀貫之の土佐日記の序文でしょ。

 詩的って言うか、単に古文的なだけよ。

 紀貫之ファンって結構多いんだから、怒られるわよ。」


僕は彼女の口から出て来た紀貫之ファンなるものの存在が気になり、

検索をかけてみた。しかし、結果は0件。いないじゃないか。


「あのねぇ。検索で出て来るものが全てじゃないでしょ。

 検索で出て来るものはあくまで、言語化された感情なの。

 アタシが言ってるのは非言語的な感情よ。

 そんなもの、検索をかけて出て来るワケ無いじゃない。

 いくらスランプだからって、暑さにやられてアンタ、

 相当に知能指数が落ちてるんじゃない?」


僕は確かに暑さで少し意識が希薄になっていた。

だけど彼女が言った『検索で出るものは言語化された感情』は、

テストに例えれば絶対に赤線マーカーを引くべき言葉だと思った。

『世界にまだ無い物語』を紡ぐ上では、検索に頼っていては、

そしていくら目新しく良いものに映ろうが、AIに頼っていては

僕は僕の全てを出し切る事は出来ないのかも知れない。


「例えば、昨日アンタが闇子に対して抱いた未消化な感情。

 それを言語化して、物語として昇華してみたら?」


「闇子さんに対して抱いた感情、か・・・。

 恋なんかじゃないし、同情とも違う。だけど親愛でも無いし。

 言われてみたら何なんだろう、不思議な感情、とだけだな。」


「それをそのまま『不思議な感情』なんて安易な言葉で留めるから

 表現がのっぺりした輪郭の無いものになってしまうのよ。

 アンタは彼女を救いたいと思ったの?救われたいと思ったの?」


「僕は・・・ただ共感したんだ。

 あぁ、この人の吹っ切れた姿はきっと数か月後の僕だ、って。」


「ちゃんと言語化出来てるじゃない。

 その感情は決して、一様な言葉で辞書には載ってないわ。

 共感とも違うもの。そしてそれを丁寧に書きなさい。

 感じたままを嘘偽り無く、そして決して省く事も無く。」


何だか彼女の指摘は指導のようで、そのまま聞いていたくなる。

だけどそれじゃあダメだ。

僕は自らの頭で考え、悩み苦しみ、そして答えを導かないと。

彼女の言葉はあくまでアドバイス。それを答えにしちゃダメだ。

そう思い、僕は会話を切った。



「男もすなる女装といふものを、女もしてみむとてするなり。」


僕は先ほどの紀貫之の序文を用いてパロディして遊んだ。

しかし、違和感があった。


「女装って、男がやるから女装だよな。

 だったら、女がやるのは単なるオシャレだ。

 だけど、本当にそうか?」


僕は考え、補助資料としてネット検索もしてみた。

そこでは『女装は男しか出来ないから、男らしい行為』と言う、

もっともらしいが何の根本的な解決にもならない言葉があった。


「女の人だって、より女らしさを強調した格好をして、

 それを女装と言っても構わないんじゃないか?

 それはガーリーやフェミニンと言った外見だけの事じゃなく、

 精神性の表現の一環として『女装』と表現しても良いのでは。

 『女らしさを装う』といった意味で。」


こんな言葉が何か世界を救うわけでは無い。

だけど、一旦常識やあらゆる枠組みを外して考えてみる。

するとフッと意識が軽くなる。

創作者としてスランプに陥るというのは、想像力の死では無い。

こうした何らかの気付きを得るための必要な落ち込み期間だ。


株価もバイオリズムも海の波も、あらゆるものに波がある。

それは単なる現象という枠組みを超えて、何らかのエネルギーを

別のエネルギーに変換しているサイクルだと言い換える事が出来る。

位置エネルギーを運動エネルギーに、熱エネルギーを電気エネルギーに。


しかし、人間の科学ではまだ知られていないエネルギーだって

きっとまだあるはずだ。

もしこのスランプという期間の間に何らかのエネルギーが

他のエネルギーに変換されているのだとしたら。


僕はもう、迷わず悩まず、このスランプを受け入れる事にした。

ただひらすらに、ゲームをして排泄して、寝て食って排泄して、

ゲームして、排泄して、排泄して。


そうするともう出すものが無い!となった時に、ふとアイデアが浮かんだ。

それは世界の構造をあらゆる万物に投影しながら解説を加える宇宙物語。

そのアイデアを描き上げて、でび子に食わせた。


2週間以上ぶりの食事に彼女は喜び、二人でその世界へと入り込んだ。

世界の理の全てを理解出来た。気がしたじゃなく、本当に。

だけどそこで、でび子が言った。


「悪いんだけど、この記憶は消させて貰うね。

 これはまだ、アンタが知ってはいけない真理だよ。

 でも大丈夫。きっといつかアンタはこれをまた知る事が出来る。

 いや、人類全体が必ず、また近いうちにね。」


こちらの世界に戻って来た僕は、思考と体が軽くはなっていたが、

何か大切な事を忘れてしまったような感覚だけが残っていた。

だけど不思議とそれが不快では無く、安心感に包まれていた。


「きっと、あらゆる事は必要だから起きている。

 そして根本的に僕らは大丈夫なんだ。

 だからこれからも世界に価値を生み続けるような物語を書いて行こう。」


自分でもわからないほど、スラスラとこんな言葉が出て来た。

僕は自分で自分の言った言葉の意味が分からず、一瞬戸惑った。

だけど、でび子が言った。


「アンタはスランプを超えて、とても大切なものを魂に刻んだ。

 だけどそれはこの世界では形にはし難いもの。

 でも安心しなさい。記憶や理解なんて言った、現世的な価値じゃない。

 アンタの魂は真理を『食べた』の。アタシが物語を食べるみたいにね。

 こうなってしまえばもう大丈夫よ。まぁそもそも、最初から全ては

 絶対的に大丈夫でしか無いのだけどね。」


彼女の言う言葉の意味は理解出来ないながらも直感で感じ取れた。

僕らはまだまだ知らない事だらけだ。

だけどあらゆる事を学び、知り、そして実践して行く中で起こる

様々な苦難や苦悩を乗り越える中で「絶対に大丈夫」があれば良い。


たとえ観念的な言葉であっても、僕はこれを物語の端々に記す事にした。

どこかで紀貫之が笑っている、ような気がした。

かなり途中、観念的になったと言うか。

創作者様達ならよくある事なのかな?

全く自分の頭を使わず、手だけがスラスラ書いてる状態がありました。

こんな読んでくれてる人が非常に少ないニッチな物語でも、何か意味はあるはず。

しっかりと書き続けて行きたい。そしてそれが最後には意味があったと思える道筋になるはずだから。

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