第五十話:世界で最後の物語
「ねぇ、明日世界が終わるなら、アンタならどんな話を書くのかしら。」
でび子が唐突に、とんでもない質問を投げかけて来た。
いつだってでび子の質問は突飛だが、今回は更に一段と変わっていた。
「え、世界が終わる時に物語なんて書いても、誰も読まないだろ。
そんなの、書いても無駄じゃないか?」
「まぁ、確かにそうね。アタシはこれまで何度も滅びる人類達の
それぞれに崩壊の直前に書いた物語を読んで来た。
もちろんそれは描きかけの話の結末が丁度最後の時に被ったとかじゃなく
最後である事を理解した上でそれでも何かを残そうとした人の営みよ。」
「これまでの人類も、世界最後の日に何かを残そうとしたって言うのか。
それで、それは一体どんな内容だったんだ?」
「う・・・ん、まぁつまらないものよね。遺書と同じよ。
個人的な感情とか。生まれて来て良かっただの、親に会いたいだの。
まぁ、世界の崩壊を前にして冷静でもいられないと言うのもあるわね。」
「人間なんてそんなものだよな。
今すぐに世界が終わるとして、そんな瞬間に何か書くとしたって
個人的な感情を綴るしか無いだろ。それか頭がおかしくなって
とんでもなく脈絡のない話を書いてみたりとか。」
「だからこうして、冷静な時点でのアンタに聞いてるんじゃない。
だけどまぁその様子じゃ無理そうね。結局は普通なのよね、人間って。」
「それはまぁ誉め言葉だと思うぞ。変わってるよりも普通でいたい。
少なくとも社会で生きる上では多少の変わり者は成功するけど、
本当に人格の軸から変わり者だったら犯罪者スレスレだろ、それは。」
「世界の崩壊や死は本当に大きな変革をもたらすものなのに、
それに際しても結局はこれまでの尺度でしか物事を測れない。
まぁそれは仕方の無い事でもあるのだけど、
どうしてここまで凡庸なのかしら。もう少し飛んだ空想を語れない?」
でび子がこう言う時は、僕に何かを求めている。
そしてそれは創作者としての意識のレベルを上げるためのものだ。
「もし、世界最後の瞬間に何かを書くとしたら・・・」
「書くとしたら?」
「僕は、あえて何も書かない。ただ、書く本とペンを置いておく。」
「へぇ、それでどうするの?」
「新しい次元に行った先で見て来た事を、もう一度壊れる直前の世界に戻り
そこに書き記す。それはたとえ誰が見なくてもだ。
そうする事が、その世界最後のオーパーツになる。
そしてそれが次世代の次元への架け橋にもなるんだ。どうだ?」
「へぇ…アタシの意図がわかったみたいね。」
そう言うと、でび子はペロリと舌なめずりをした。
その姿は物語のプロットを試食しているかのようだ。
「誰が書いたかもわからない、そしてその時代にある事自体がおかしい。
そんな物語がいくつか世界には存在しているわ。
それらは偽書だとか言って迫害の対象になったりもするけれど
時代錯誤な物語は大抵、そうやってこの世界で無い何者かにより置かれた
まさにアンタが言うオーパーツね。良いじゃない、夢があるわよね。」
「誰も読まない、そして最後の核戦争なんかが起これば吹き飛ぶ。
それでも、世界が終わる瞬間にそれを置く事そのものに意味がある。
そう言いたいんだろ。僕には何となくわかって来たよ。
人間の常識で考えてはいけないんだ。これは思考の世界の話。」
「まぁ及第点と言った所よ。あ、褒めてるからね、コレ。
人間としての殻を破って新たな存在になる為には殻の中で一度
ドロドロに溶けた後で殻以上の質量を持って外の世界へと飛び出す。
人間以外の何かとして生まれ変わった時、その常識は変わるからね。」
「自分が人間以外の何者かになる世界、か…。
そうなると意識とか常識とか、色々と違うんだろうな。」
「そうね、例えばAIになるって言うのもあるかも知れないわね。」
「AI…。PCの箱の中から出られない事に対して、特に何の不自由も
不便も感じないって事か。」
「そもそもそういう概念自体が無いわよ。
アンタ、地球の外で生きようなんて思わないでしょ。
水の中で暮らそうだとか。生まれた環境や適応を超えて
別の何かである事を人間は本質的には理解出来ないの。
理解したフリになる事は出来るけれど、それは別ものね。」
世界で最後の物語を書くのなら、という話題から、随分と逸れてしまった。
結局の所でび子は、コレで満足したのだろうか。
「アラ、別にアタシの満足を求めて聞いたわけじゃないわよ。
アンタの創作者としての殻を一段大きくするための質問よ。
自身の想像力の限界を超えて行きなさい。それは可能だから。
何度も何度も、常識という殻を破り、言葉の壁を突破し、
最後には自己という皮膚さえ破り捨てて本当に自由な存在になるの。」
でび子が語っているのは、僕にはまだ何億回も転生しないと訪れないような
相当に未来の話のように思えた。
「そうか…。物語はあくまで、人類が文明と共に継承して来た。
だけど文字でも無く、もしかしたら言葉ですらなく、
意識体…テレパシーにより継承されるような物語もあるのか?」
「ふふ、面白い所に気付いたわね。そうよ、アンタ達が見ている世界は
本当に狭い狭い虫かごの中みたいな世界だからね。
今のアンタ達では解読と言うか認識する事すら出来ないような
あっと驚く方法で記述…口伝…記憶に定着されたような物語が
本当はもっと世の中にはたくさんあるわ。
簡単な所を言えば、植物達の根本意識の中で共有されている
植物の歴史と言う物語もあるの。わからないわよね?」
「ごめん、全く理解が追い付かない…。」
「良いのよ、それはアンタが人間だからよ。
でも、そういうものが本当に無数にあるのよ。
アタシは今回、あくまで人間のアンタの物語を選んだけれど、
本来世の中に溢れる物語のほとんどは無形のものよ。
人類が保管している気になっているものなんて、
それに比べれば本当に極僅かな量しか無いのよ。
だから、アレキサンドリア図書館の消失とかね、
人類からすれば大きな損失でしょうけど、
セカイから見ればそんなもの、本当に意に介さないくらいに
些事であるのよ、だからセカイも介入しないわ。」
でび子の話す内容が徐々に難しくなって来た。
「あの、でび子。段々と僕にはわからなくなって来たんだが。」
「あら、ごめんなさいね。少しアンタには難し過ぎたかしら。
まぁでも、創作者としての殻は一段大きくなったんじゃないかしら。
常にあり得ないような事象に対しての問いを立てる事よ。
そうして想像力を鍛えながら、常に自己研鑽しなさい。」
ここ最近、深夜子が介入して来て少し俗っぽくなったり
つい性欲に溺れて低俗な話に流れていた僕だったが、
やはりこの太古の悪魔の軸は全く変わっていなかった。
人類にはまだ少し理解が追い付かない、悪魔と言う存在。
そしてその無限の知識にアクセス出来る位置に居ながらも
それを全く有効に使いこなせていない愚かな僕。
これからもこの環境の中で僕は少しずつ物語を紡いでいく。
そうして本当に世界の終わりが訪れた時、
僕は先ほど言った事を本当に実行出来るのだろうか。
きっとそれを確かめられる位置にいるのは、目の前のこの
可愛らしい見た目をした最古の悪魔だけなのかも知れない。




