第三十九話:民間伝承と噂を喰らう鬼
噂話を喰らう鬼
「この村では、噂話を喰らう鬼が出るんじゃ。
この噂話ですら、鬼に食べられてしまうかも知れん。」
ネットで見つけたある書き込みと噂から、僕は現地の村に来ていた。
でび子がふてぶてしく言った。
「噂話を喰らう、ね。何だか同業者のような気がするのだけど、
まぁこんな片田舎でずっとやってる程度だったら大した事無いわね。
ただ邪魔だから消えて貰おうかしら。」
のどかで何も無い村だったが、定期的に村の噂が消される。
村人達は何かを噂していた事は薄らと覚えているのに、何を話していたのか
その内容が思い出せないと言うのだ。
そこに来て、村人達が何人も山の中等で鬼の姿を見たと言うのだ。
「だけど、コレを聞いた僕達ももしかしたら何の為に村に来たのか、
忘れさせられてしまいそうですね。そう考えたら記憶の欠落は恐ろしい」
「アラ、心配無いわよ。アンタが忘れたとしてもアタシは忘れないもの。
片田舎の鬼高妖怪だか知らないけれど、その程度の相手の力なんて
アタシに効くワケが無いでしょう。忘れる度に叩きこんでやるわよ。」
何とも頼もしいものだ。
村の文化会館には伝承の類の巻物等が飾られていたが、どれも白紙だった。
「全てが噂話として捉えられて消されてしまうから、蓄積が出来ない。
この村には歴史と言うものが存在しないのです。」
事態は何気に深刻だった。でび子が言う。
「だったら、アタシがアンタ達の村の物語を取り返してやるわよ。
どうせこの手の悪魔だとか妖怪だとかの類は蓄積してる。
それを取り返せば、この村の歴史は再びアンタ達のものよ。」
そうして、僕達は夜を待った。
何も無い村で夜には本当に山の中が真っ暗闇になってしまう。
そこを懐中電灯の灯りだけで進む僕とでび子。
「だけど、闇雲に鬼を探してもどこに居るかわからないだろ?
こんなの無駄足のような気がするんだけど…。」
「アンタ、こんな話を知ってるかしら?
この山には情けない弱い鬼が棲んでいるのよ。
あまりに弱くて雑魚過ぎるから人里から離れてわざわざ、
片田舎の山奥に住んでいるって言う最弱の鬼の噂話よ。」
僕が「知らない」と言おうとした所で、それはでび子の作戦だと気付いた。
つまりは陽動作戦だ。山の中であえてわざと噂話をする事で、
鬼をおびき出そうとしているのだ。
『ふざ…けるな。我はそんなに弱き存在では無い…。』
その時、鬼の声が確かに聞こえた。
それは妖怪の類と言うよりはもっと神々しいような、
それでいて畏れ多いような不思議な感覚だった。
『その噂話、消させて貰おう。』
次の瞬間、僕は記憶を失っていた。
「アレ?さっきまで何を話していたんだっけ?」
「えぇと、何だったかしらね…。
どうしてこんな夜にアンタと山になんて…あぁ、
噂を喰らう鬼だったかしら。」
そう言われて僕も、この村に来た事や山に来た理由を思い出す。
「そうか、それで鬼の声が聞こえて…」
「えぇ、鬼…だけどね、あの声…アレは鬼なんかじゃない。
いわば精霊、いや神に近い存在ね…。」
「どういう事だ?」
「そもそも妖怪の鬼であれば、噂話を食べるなんて出来ない。
もしかしたら、この村には語り継がれてはいけない話があるのかも。」
『それ以上はならぬ。この村に触れる事は止めろ。』
「・・・。それじゃあ、姿を現してくれないかしら、噂喰鬼神様?」
すると山の奥の方から僕達の方に巨大な鬼が姿を現した。
まるでそれ自体が一つの小さな山のような巨大さだ。
「うわっ、鬼と言うにはあまりに大き過ぎるな…怖いよ…」
「アレはこの世での仮の姿。人々がそう呼ぶから鬼になっただけよ。」
『この村にこれ以上関わるな。そこの女は…魔の者か?』
「ふふ、さすがね。アタシは物語を喰らう悪魔よ。
アンタの噂を聞いて同業の同族かと思ったけれど、どうやら違うようね」
『この村には触れてはならぬ過去があるのだ。
それを消す為には噂が立つ度に消さねばならん。』
「あの、僕達はそれを知っても噂話として二人で話すんで、
後で記憶を消して貰っても構いませんから、教えてくれませんか?」
『…なるほど。後で記憶を消すのであれば、話してやろう。
この村は、全ての穢れが流れ着く流刑地。故に村人は咎人なのだ。』
「え、それってどういう…?この地が忌み地である、と言う事ですか?」
『まぁ、忌み地などは人間が勝手に作った概念だ。
穢れ地はある意味では最も力を持った土地だ。
あらゆる穢れを浄化してしまうのだからな。
しかしこの地にはそうした穢れを浄化出来るだけの咎人達が必要だ。
もしこの村の真実を知ってしまえば人は寄り付かなくなり、
穢れは国中に蔓延する事となる。』
「だからアンタは人々がその真実に辿り着かないよう、
記憶を喰らいながら白痴のままにしているのね。
まぁやってる事自体は鬼や悪魔かもだけど、
意図を考えると神に近い存在ね。」
『そもそも、貴様が生まれた西の地のような概念ではこの国では動かん。
良いも悪いも一体じゃ。そこに正邪の区別を産むのは人間だけじゃ。』
「ところで、その咎人って言うのは…この村の人達は、
何か悪い事をしてここに来ているんですか?」
『咎人の魂が転生してくるのがこの地であるという事だ。
もちろん咎人の魂が転生するのはこの地だけでは無い。
しかしある一定の穢れを溜めた者達がその浄罪の為に訪れる地が
この穢れ地であるのだ。』
「あの、だけど…具体的にはこの村の人達は何かをしているんですか?
だって何もしていなければ元の魂が咎人であろうが、生活する上では何も
不便だったり差別になるような事とかも無いのでは…。」
『この村人達の噂話や村の記憶、更には日々の生活に至るまで、
多くを管理させて貰っている。
村の奥地にある大きな石の俎板状の岩の上では夜な夜な、
食人の宴が行われておる。更には多子多産であるこの村では
強姦や死産・子殺しも頻繁に行われておる。
しかし村人達は多くの墓を見てもそれは昔のものであるとし、
更には葬式と言った習慣ですらこの村では常には行われない。
死があまりに日常であり近しいのだ。
貴様らが見たこの村の景色は本当にただ一部の外部者にだけ見せられる
外向きの村の姿だ。何も無い村だなどと、とんでも無い。
血塗られ、常に咎を重ねる狂人達の宴の杜。それがこの地の真実じゃ。』
耳を澄ますと、微かに悲鳴が聞こえていた。
今夜も誰かが犠牲になったらしかった。
「そんな…、僕達が襲われなかったのは運が良かっただけですか?」
『いや、村人達は貴様らを探していたぞ。ただこのような山奥に分け入り
見つからなかった為に別の者を犠牲とした。ただそれだけだ。』
まさか、この真実を知る前に手順が違っていれば僕達も襲われていた。
そしていくらでび子がいるとは言え、もし何らかの事情ではぐれていたら。
僕は心底ゾッとしながら、少し震えながらでび子の腕を掴んだ。
「アンタ、どさくさに紛れて何してるのよ。女の子みたいな事しないで。
大体、こんな何も無い村でアンタを置いてどっか行ったりしないわよ。」
『それでは、貴様らがこの話を噂せぬよう記憶を消させて貰おう。
そして夜の間に村を出るがよい。少なくとも今夜はもう安全だ。
明日の朝にこの村に残っていれば、睡眠薬で眠らされるかも知れぬ。』
とんでも無い事をサラッと行える村人達に心底恐怖を抱きながら、
僕達は記憶を消されて、ただ何となく帰路へと着いた。
山の中を歩きながら僕とでび子は話していた。
「なぁ、何でこんな夜に山の中を歩いていたんだ、僕達は?」
「さぁね。アンタ、アタシを山の中で襲おうとしたんじゃない?
まぁそれにしたって、悪魔を山中で襲うとか馬鹿げてるけどね。」
「そんな事するかなぁ...。あ、石に何か刻まれているぞ?
何々、ここより先、穢レ地也…ここより先って、
さっき僕達が歩いて来た方向だよな。何かあったか?」
「いいえ、おそらくだけど、アタシ達はこれを見て更に奥へと歩いた、
だけどあまりに何も無さ過ぎて引き返しているんじゃないかしら。」
「なるほど…。それにしても穢れ地だとか忌み地だとか、
民間伝承には何か理由があるのかねぇ。そもそもこんな山奥に村なんて
あったとしたら何を食べて生きているのか…ってまぁ、鹿とかいるか。」
「人間を食べてたりしてね。」
「おいおい、冗談キツいだろ、悪魔だからって止めてくれよな~」
こうして僕達は理由もわからず夜の山を歩き家へと帰った。
そしてこの日の記憶はスッポリと抜け落ち、ただあの山の奥へと
もう二度と行ってはいけないという感覚だけが残ったのだった。




