第三十三話:悪魔が騙る人類の起こり
総てを識る悪魔
「なぁ、こんな事聞いたって教えてくれないと思うんだけどさ、
お前ってサタンよりも古い最古の悪魔なんだろ?
だったら、人類の起こりについても知ってるんだよな?」
僕は唐突に、気になった事をでび子に投げかけて見た。
以前にも一度この話題は振ってみたがかわされた。
しかし、残暑の合間を縫って買って来たアイスが功を奏して
機嫌の良いでび子に『きげん』繋がりで人類の起源を聞いてみた。
「アンタねぇ…、もちろん知ってるけれど、それを悪魔に聞くって
どういう事かわかってるの?嘘を教えたとしても、
アンタはそれを証明する術が無いのよ。嘘をそのまま信じたら、
とても愚かな人類の功罪だと思わないかしら?」
「まぁ、それはそうなんだけどさ...。やっぱり気になるんだよ。
たとえ嘘でも良いから、知りたいって思うんだ。
創作活動の助けになるかも知れないしさ。」
「そんなの、アタシが言わなくてもそこら辺のSF小説とかに
いくらでもネタは転がってるでしょ。でも、そうねぇ。
機嫌も良いし、今日限りって言う期限付きで、危言を踏もうかしら?」
言葉遊びなんかをして、でび子は随分と上機嫌のようだ。
やっぱり、あずきバーじゃなくて白くまアイスにして良かった。
「まず、心と体の問題は分離して考えなさい。
人間の身体はあくまで心…魂の乗り物でしか無いわ。
もちろん、ロボットアニメではロボットが主役であるように
この世界ではとても大切な要素ではあるけれど、だからと言って
ロボットアニメはロボットだけでは成り立たないでしょ。
何が物語を動かしているかわかるかしら?」
「人間、だよな?」
「そうよ。ロボットはアニメの世界の中でとても強いし、
絶対に人間だけじゃ倒せない敵を倒してくれる。
だけどそのドラマの主人公はあくまで人間よね。
それと同じ事が人間の身体と魂にも言えるわ。
魂がその人間の本質だからと言って、
身体を軽視してい良いなんてワケじゃないわ。」
人類の起源についてを尋ねたのに、少し方向がズレている。
「あー、アンタ今、話の方向性がズレてるって思ったでしょ。
まぁ良いけどね。あえて最初にこの話をしてるのよ。
そうでないと、どちらの起源を知りたいのかがわからないもの。
まぁ当然、どちらも紀元前からの概念存在ではあるけどね。」
「それで…結局の所、人類の最初って何だったんだ?
やっぱり言われているように宇宙人の遺伝子操作とか?」
「…アンタ、アタシの機嫌を損ねたいのかしら?
話には筋道、順序ってものがあるでしょ。まぁ良いわ。
アンタが結論を急ぐのなら、その程度の話だけをしてあげる。」
どうやら僕は、でび子の機嫌を損ねてしまったようだ。
「そもそもの上位概念の存在を宇宙人と言ったり神と言ったり、
そこは呼び方や捉え方は何でも良いわ。
どうせアンタ達にはそれを認識出来るだけの力は無いもの。
言っておくけど、どれだけ賢い個体であっても無理よ。
『人類』という器が、そもそも上位概念の認識が不可能なのよ。」
「そんな…随分と投げやりな話だな。
理解や認知が及ばないなら、それは無いも同じみたいな事じゃないか?」
「違うわよ、アンタ本当にバカね。
目に見えないとか感じられないから無いって言うのかしら?
それだったら電気や電波やそもそも音だって、あーまぁ、
音に関しては認知出来るからある、みたいな事かしら?
自分達の知覚やデータ上に現れる受信結果を持ってしか
存在の証明を出来ないと言うのならそれはとても狭い世界ね。」
「何でいつもそんな言い方するんだよ...。
人類の起こりについてを教えて貰う事は、そんなにいけない事かよ。」
「違うわよ。教えても良いけれど、その理解の為にはまず、
受け入れるだけの準備をさせないとでしょ。
前提概念だったり、後から話せば順番が後先になるような事とか
結構ややこしいのよ、特にアンタ達人間に話す時はね。」
「何か悪かったな、人間で…。」
「別に悪いとは言ってないわよ。確かにそういう疑問が湧く事はあるし、
アタシが最古の悪魔だと思えば聞きたいというのも自然よ。
ただし、事実をそのままの形で湾曲せずに理解する上では、
それなりに思考の型を崩したりだとか、信じられないような事でも
一旦は信じてしまえるだけの柔軟性が必要よ。
これを知るという事は人類と言う存在からすればバグみたいなものなの。
だけどそれを受け入れる幅があるかどうかは運次第ね。
バグで強く出来るキャラクターと言うのが限られていたりするように、
それ自体どのように記述されているかによって受け入れ可否が変わるの」
「何か、難しくてわからなくなって来たぞ。」
「え、この時点でもう無理なの?
う~ん、簡単に言えば知るべき存在とそうでない存在は、
生まれた時点から決まっていると言う事ね。」
「全然簡単じゃない。具体的な話が無くてずっと概念論みたいな感じで、
これを続けていたら僕は寝てしまいそうだ…。」
「こらえ性が無いわね。まぁ結論だけ言ってあげるわ。
自然発生の側面は無いとは言わないけれど、その多くは人為的だったり、
もっと言い方を変えれば運命みたいなモノね。
作られるべくして作られた。それは回避不可能であった。」
「何だか、僕の質問にちゃんと答えてくれているのかわからないよ。
結局の所、はぐらかされているような気がする…のらりくらりと。」
「だから言ったでしょう。わかる者はこれでわかるわよ。
理解が出来ないと言う事はアンタにはそれが許されていないだけよ。」
「何だよそれ、じゃあ僕は一生わからないままだって言うのか?」
「えぇ、その可能性が高いわね。だけどもしかしたら万が一、
途中で何かのキッカケで理解出来るようになるのかもね。驕らない事よ。
人類の言葉や感覚なんて言うもので、全てを理解するのは無理があるわ。
もう少し言語化出来ない力を使いなさい。と言ってもわからないわよね。
だってアンタは言語使い(笑)なんだものね。」
でび子はあまりに僕の感情を揺らすような言い方をわざとしている。
どうしてそんな言い方をするのか。
だけどそれは悪魔の気まぐれなんかじゃなく、意味があると思った。
いや、そう思わないと、自分の理解が及ばない範囲の現実があるという事が
あまりにも恐ろしかった。
もちろん、自分が知らない、学んでいないだけの事はあるだろう。
だけど、その事実を知ったり教えられたとしても理解が及ばないというのは
僕と言う存在を大きく超えた何かがあって、それを例えば視覚でとらえて
五感で感じたりしてもわからないままと言うとんでも無い何か。
そんなものがあるなんて事を僕は認めるのが怖かった。
「わかったよ、でび子が言った意味が、何となくだけどさ。」
「あら、そう?説明しなくて良いのは助かるわね。」
「ちゃんと僕にそれを理解させようとすると、壊れるんだろ、精神が。」
「そうよ。アンタはそんな風に設計されていないもの。
三輪車に新幹線並みの速度を求めれば壊れるでしょ。」
「どうしても人は自分の知覚や思考を通じて全てを知れると考える。
だけど、どうしたって理解の及ばないものというのは存在するんだ。
そしてそれを無理に知覚しようとしたり理解してはいけない。」
「正解よ。もちろん、そうしたい気持ちはわかるけれどね。
あとそれと大事な事。アタシは悪魔だからね。
言っている事を全て真に受けるのもどうかと思うわよ。
亜・句・真なんだから(笑)」
でび子がそもそもサタンよりも古い最古の悪魔だと言う事自体、
本当なのかどうか疑わしい。ただ少なくとも悪魔ではあるのだろう。
しかし、それ以上の何かをでび子から知る事は出来ないかも知れない。
悪魔と言う存在もまた、人間の知覚を超えた存在だ。
それとわかり合ったフリをしても結局の所は、相容れない。
そしてそんな存在は悪魔に限らず無数に存在する。
人間は自分達が近くし得る限界を心得て知り、自重するべきかも知れない。
驕る度に自分達の力を超えた代償が重くのしかかり続けて、
それはやがては種を破滅へと導くのだろう。
だけどそれさえも僕にはコントロール不可能な事だと思えば、
全てが無駄なようにも思えた。そこで僕はもう目の前だけを見た。
そうだ、このアイスをたらふく食べよう。
でび子は怒るかも知れないけれど、きっととても美味しいはずだ。
こうして僕は無知の知の境地に至り、ただ快楽だけを求めた。




