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第三話:誘い込み引き込む物語

挿絵(By みてみん)


小説家志望のみぎゃーの家に転がり込んだ、物語を食う悪魔 ”でび子” は、人の想像した世界の中に入り、そのオリジナリティを喰らう。そんな彼女は悪魔として、夢の中では人を救っていた。


僕は疑問に思った事を彼女に聞いた。


「ねぇ、物語の中に入った時に、こちらから物語の世界に 干渉する事は出来るの?それともただ見ているだけ?」


彼女の答えは、『それは選択出来る』だった。完全に傍観者としてホログラフィックのように観るのも良いし、体感型アトラクションのように世界に干渉する事も出来る。


ただし、と彼女は一呼吸を置いてから言った。


「アンタが生んだ物語の世界は、アタシが具現化する事で 確実に宇宙に存在するパラレルの世界になってしまう。 つまりはそこで結婚の約束なんて取り交わしてからコチラに 帰って来たりなんてしたら、その相手は一生アンタの事を 待ち続ける事になるの。 ”関わる”って事はそれなりの責任も伴うのよ。 それでもアンタは想像の世界を現実として楽しみたい?」


難しい問いだった。どうせこんな不思議な能力を持った悪魔と知り合ったんだ、僕は自分の欲望をこの悪魔が満足して帰ってしまう前に満たしたかった。だけど世界を具現化すればその世界への責任を伴うのだとしたら、それは安易に行うべきでは無いのかも知れない。


「だったら、あの太古の世界に海軍がワープした世界では、 僕らはどちら側だったの?」


「アンタねぇ、確かに冷たい風や恐竜の生臭さ、 あらゆる五感を感じたでしょう? まぁ最もあの時は私も空腹だったし、 世界への干渉度を意図して調整は出来なかったから、 丸ごと本物の体験として実体を伴っていたわよ、あそこに。」


「じゃあやっぱり、最後に現実に戻って来なければ、 あのまま海に落ちて死んでいたという事?」


「アタシは悪魔だからね、あんな事で死にはしないけど。 アンタは普通の人間だし、一発アウトだったわよね。」


背筋がゾッとした。もし、でび子の判断が少しでも遅れていたら、僕は死んでいた。たとえどれだけハーレム学園のような安全な設定の世界だとしても、嫉妬したライバルから刺されたりだとか、死の展開はあり得る。そう考えると、世界に実体を伴って没入する事は危険か・・・。


「まぁでも、あんまりアレコレと頭こねくり回しても楽しめないでしょ。 アンタが物語を想像する理由は何? 誰かを楽しませるためでしょう? だったら、そんな事ごちゃごちゃ考えていないで、 世界への干渉具合とかはこっちで考えとくから、 アンタはただ面白い物語を考える事だけに集中しなさい。」


でび子は、不思議な存在だ。もちろん、悪魔だと言うだけでも十分に不思議ではある。だけど僕が好きな『物語』の世界では、悪魔は有り触れている。


本当は誰も見た事が無いクセに、当たり前の存在として描かれる。そしてそれらは作者の願望を投影したり、読者を楽しませる為に様々な脚色や個性が付けられる。この子だってそうなのかも知れない。


それにしたって、サタン以前から存在する最も古い悪魔で、人類の想像力=物語を食べる悪魔なんて聞いた事が無い。でび子の存在自体が既に十分、聞いた事の無い物語だ。


そして何より、この子は僕の物語を心待ちにしてくれる。娯楽に溢れ、少し投稿ペースが空けば他へ流れるファンより何よりも僕の物語を心待ちにしてくれる。結局の所、全ての創作者達はこういった存在を求めているのでは無いか。そうであるなら僕は既に、理想的なファンを持った事になる。何も心配しなくても良いのかも知れない。


そんな事を考えていた僕に、一つの閃きが落ちて来た。


 ━「読者を物語の世界へと招き入れる構造」━


だけど、コレを考えた時に僕は一瞬、ゾッとした。それは何故だか、素敵なアイデアでは無いように思えたからだ。メルヘンな遊園地に読者を誘うのなら良い。だけどこうした物語を書く者の精神は、決して普通では無い。それはまるで、地獄への穴が口を開いて待っているような感覚。


そもそもが「物語」は、自分と切り離された安全な世界である。だからこそ、そこでは悲劇的な死や激しい戦いが行われる。一生に一度も無いような大恋愛や、次々起こる殺人事件、あらゆる物語達は、読者へ直接の影響力を持たないからこそ成立する。


しかし、もしその物語がこちら側へと手をこまねき、いや、こまねくくらいならまだ良い。向こうから無理矢理に引きずり込んで来たとしたらどうだ。


そんな事を考えていたら、でび子が言った。


「それ、良いわね。 まだそんなにお腹は減って無いけれど、 その”物語”、食べさせて貰うわ。」


あぁ、また物語の世界へ飛んでしまうのか、そう思いながら僕は身構えた。


でび子は僕の腕を噛み、激痛が走る。コレ、どうにかならないのかな。物語の世界に入り込む度にコレをやっていたら、僕の体は噛み跡だらけになってしまう。そんな事を考えていたら、やがてほどなくして僕は意識を失った。


気が付くとそこは、古い石造りで作られた地下室のような場所だった。松明の明かりが部屋を薄く照らし、外は朝か夜かわからない。部屋にはたくさんの本が壁に並んでおり、一冊の本が床に落ちていた。


「この本が、僕達を物語の中の世界に誘うのかな。 だけど、何の本なんだろう。」


僕がそれを覗き込もうとした時、でび子が静止した。


「ちょっと、アンタそれに近づいちゃダメ!! それ、何て書いてあるかわかってるの!?」


僕は本のタイトルを見た。しかしそこには見慣れない文字が並ぶだけで、何の本なのかさっぱりだ。まるでAIが生成したようなどこの言語にも属さない文字列に見える。


「それ、古代エジプトの悪魔払いの本よ! そんな物語の世界に引き込まれたら、 アタシの力が通じなくなっちゃう! アンタ、出て来れなくなるわよ!」


え?だけどこの物語の世界はそもそも、物語側から誘われて強制的に物語の世界に入る話だ。という事は、抗っても無駄なんじゃないだろうか?


そこへ、本の中から霧のようなものが湧き出し、僕達を包み始めた。


「ちょっと、コレ、無理!! あぁでもまだ、物語の概要にすら進んでないから出られない。 ヤバい、ちょっと二回目にしてアンタの事、助けられないかも・・。」


物凄く弱気で不安なでび子の言葉を聞きながら、僕はぼうっとして来てフッと意識が消えた。


気が付くと目の前には、古代エジプトを思わせるような赤い肌の人々。その中でも一際特別な毛皮を纏った人物が僕達に近づいて来ている。


「おい! みぎゃー、そこから逃げなさい!! 今のアタシは悪魔払いの精油をかけられて能力が使えない!! そのままではアンタ、外科手術をされてしまうわよ!!」


どうやら僕は体を縛られているようだ。外科手術?こんな古代に行われる外科手術ってどんな・・・そうだ、何となく思い出して来たぞ。古代エジプトの悪魔払いの外科手術と言えば、頭蓋骨に穴を開ける「トレパネーション」と呼ばれるものだったはずだ。自分で思い出しながらゾッとする。


頭蓋骨に穴を開ける?いやいや、そんな事したらもう、一生消えない傷跡になるだろう。そもそも生きて帰れるのか?でび子はどうなるんだ。様々な思いで頭がぐちゃぐちゃになりながら、僕は藻掻いた。しかし体の拘束は一向に解けない。


やがて神官?呪術師?のような人物が近づいて来た。そして僕に何らかの粉を振り撒いて、次に何かを飲ませた。とても苦い。吐き出しそうになったが、口元を押さえつけられて無理矢理にでも飲み込むしか無い状態にされて飲んでしまった。どうやら麻薬のようなもののようで、次第に頭がボーッとして来た。


隣ではでび子が胸に杭を打ち付けられようとしている。


「バイバイ。短かったけど楽しかったよ。 アタシみたいな悪魔がいたって事、忘れないでね。」


そう言って彼女の胸には杭が、そして僕の頭蓋骨にもハンマーとノミが振り下ろされた。僕は瞬間、強く目を閉じた。


終わった・・・。彼女と出会ってからまだ数日、悪魔と関わると言う事はこういう事なんだと、実感した。やっぱり関わり合いを持つべきでは無かったんだ。僕は深い後悔の中、次に来る衝撃に備えた。


・・・・!!!!


しかし、一向に衝撃は来ない。僕はおそるおそる目を開けた。するとそこは僕の部屋だった。


「え、何で!? だってあんなにリアルな感触があったし、 今回は体ごと物語の世界に入ってたんだろう?」


驚いている僕の隣でケロッとしているでび子が、意地悪そうに言った。


「あぁ、最初から物語の中に入る時に、 魂だけはいつでも離脱出来るようにしたのよ。 大体あんな世界観、普通にヤバいでしょ(笑)」


「え・・・。 だったらあの、今回はヤバいって言うでび子の危機感は・・・」


「あー、演技演技(笑) あぁした方が、臨場感出て楽しめるでしょ? アタシ自身も入り込んで女優になった方が、 より物語を美味しく味わえるしさ♪」


ふざけている。僕はイラッとしたが、命がある事は何よりありがたい。『もうやるなよ、あんな事。』と言ったが、彼女は『さぁ、どうだろうね?』と舌を出して答えた。


「でも、アタシだって完璧ってワケじゃない。 本当に魂のガードを忘れる事だってあるし、 普通に悪魔払いには対抗なんて出来ないよ。 だから、先んじて対処していた判断が無かったら、 今回はマジでヤバかったのも本当だよ。」


・・・どうやら、思ったよりも悪魔も万能では無いらしい。僕はこれからのでび子との暮らしに不安を抱えつつも、自分の想像の世界を直接体感出来る特別感も感じていた。元々そんなに腹は減っていないと言っていた彼女だったが、今回の物語は ”味" が良かったらしい。


「アンタ達人間も、別に大してお腹が減ってなくても、 とりあえず昼だから夜だからって食事をするでしょう? そしてそこで思わぬ美味に出会ったりもする。 それは悪魔にとっても一緒で、食べる事は生きる事なんだ。 作家にとって物語を書く事がそれであるのと同じようにね。」


僕はこの悪魔の遊びに付き合いながらも、生きる糧を提供している。そう思うとやはり、どこか憎めない気持ちになりでび子の頭を撫でた。


「コラッ、気安く触るな! 本来ならアンタみたいな普通の人間には見る事さえ叶わない、 原初古代の悪魔なんだぞ!?」


そう怒る彼女を眺めながら、僕は次の物語のプロットを考えていた。やはり、でび子はそう悪い悪魔では無いのかも知れない。この時の僕はまだ、呑気にそんな風に考えていた。

三話にして、でび子の存在の危機。

本来なら八話くらいでやるべき事をこんな初期に書けるのは、主人公がファンタジー慣れしているから。

そういう意味では小説家という設定はまぁまぁ都合が良いよね(笑)

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