第二十六話:言葉と物語
「なぁ、そもそもお前って本当に悪魔…なんだよな?
何だか、原初の悪魔が人間の物語を欲するなんて、
もっとこう、恐怖で支配するとかそういうやり方で人間に関わる
そんな感じの悪魔の方が僕からしたら解り易いんだけどな。」
僕はある日、でび子に普段感じている違和感を伝えてみた。
「あぁ、言いたい事はわかるわよ。
物語を食べるだけだなんて、平和的と言いたいのね。
だけどね、人間が物語を書くと言うのは言葉に縛られる事よ。」
「言葉に縛られる、か...。
なるほど、動物は物語を持たないものな。」
「そう。そうして人間を言葉という概念に縛り付けて、
自分達の本来の力を思い出させないようにさせてるのよ。
物語を愛してそれを食べる悪魔だなんて、人間の深化を阻み
ずっと悪魔に都合の良いエサのままにしておく恐ろしい存在じゃない?」
「言葉が無ければテレパシーとかで意思疎通を行うって事か?
もしそれが可能なのだとしたら、戦争の原因も言葉によるもの。
相手の本意がわからないからこそ争いやケンカが起こる。
そういう意味では不完全な意思疎通の手段としての言葉は
人間を不自由な立場に縛り付けているのかも知れないな。」
「へぇ、案外物分かりが良いわね。
まぁ、わかった所でどうしようも無いけどね。
あんた達はもはや戻れない所まで来てる。
結局の所、言葉を使い、そして物語を生み出す。
それは嘘という一番単純な創作でも良いのよ。
こうした人類の愚かな歩みを文明と呼び、それを誇るけれど。
アタシ達からすれば自らを縛り付ける鎖を強めているだけ。
まぁ、それを分かっていてももう止めようが無いのよね。」
「じゃあ、僕達に出来る事は…言葉を紡ぎ続けて、
更なる鎖を強め続ける事だけなのか。
まるで呪いだな。しかもそれを自分達の力で強めている。
でび子の悪魔としての恐ろしさについて、わかったよ。
お前は本当にとんでもなく人類にとって害悪なんだな。」
「まぁ、途中から、と言うより最初の一押しをした後は、
人類は自分で鎖を強めて行ったのだから、自己責任よね。
いつだって最初の悪意とは一押しだけなのよ。
その沼に沈んで行くかどうかは本人次第。
だけど、多くの場合は心地良い沼に押されて入ってしまったら
わざわざ自ら抜け出そうなんて人間は居ないわよ。」
「言葉を失うと言う事は文明を手放す事だよな。
だけど例えば核戦争で全ての文明が滅びた後に人類が生き残っていたら
言葉が残るとは到底思えないんだ。
どうにも、人間が言葉を失って猿のようになるとは思えない。」
「そりゃだって、アンタ達って違う種族って言うか、
あー、あんま詳しくは言わないけれど、
人間が言葉を失う事はあり得ないわ。
もちろん生まれた場所や国や文化により言語は違えど、
言葉を使わないなんてあり得ないから、安心しなさい。
何らかの手段で言葉を封じられた人間達なら、
すぐに絶滅するわ。それくらいに人類の功罪なのよ。」
僕はでび子とのやり取りを通じて、どうしようもないくらい
言葉と共にある人間と言う存在の愚かさを感じていた。
一般的に言えば、言葉を巧みに使う事は称えられる。
しかしそれは人間の本質から外れた行為なのかも知れないと思うと
悪魔が築いた人間に対しての抜け出せない呪いの仕組みに
『コイツらにはどうやっても勝てないな』と感じた。
しかし、巷に言われる天使という存在達がいるとしたら、
人間に対して言葉以外のコミュニケーションの在り方についてを
教えてくれる存在なのかも知れない。」
「天使、ね。ふふ、案外近くにいたりするのかもね。
ホラ、最近アタシ達の周りにまとわり付く暗部深夜子。
彼女みたいなよくわからない存在が実は、そういうものかもよ。」
「暗部深夜子が天使…か。
そうは見えないけれど、確かに先入観を無視すればその可能性も
0では無いって事なんだよな。」
その時、チャイムが鳴った。おそらく深夜子だ。
最近彼女は本当によくウチに来るようになった。
「あら、丁度アンタの話をしていたのよ、深夜子。」
「え、私の話ですか?
何だろう、あまり詮索はしないで欲しいですが、
花火見に行きませんか?
丁度今夜、この町の花火大会なんですよ。」
「アラ、良いわね。アンタも勿論来るでしょ?
美少女の浴衣姿が見られるんだもの、当然よね。」
「ま、まぁ季節イベントだし行くよ。
別に浴衣姿云々は、私服でも良いけどな。」
こうして僕達3人は夜に向けて近くの河川敷へと歩いた。
到着すると出店がいくらか出店しており、交通整備もされている。
人の出はそこそこで、混み過ぎず丁度良いくらいに人が居た。
「しかしお前達、二人とも地味な感じの浴衣でお揃いなんだな。」
「仕方ないじゃない。レンタル出来るのがもうコレしか無くて。
あくまで主役は花火なんだから良いでしょ?」
「まぁ、別にデートとかじゃないんだしな。
昔は出店で何か買ったりしていたけど、
最近は衛生状況とか原価とか色々と言われて、
あまり積極的に買う気持ちになれないなぁ。」
「別に主役は花火なんだし、お腹空いて無ければ良いんじゃない?
ホラ、小さいのが打ちあがり始めたわよ。」
僕達は言葉も無く、花火を見つめていた。
その大きな光と音の前では言葉は必要無く、
隣では外国の方が感動して写真を撮っていた。
言葉では無い感動がこの空間には確かにあった。
(現代にも、まだ言葉が必要ない空間はあるんだな。
ただ目の前の光景に感動するだけの時間。
花火の灯りに照らされた二人も、浴衣の地味さが逆に
二人の美しさを際立たせているな。」
「何よ、ジロジロ見て。
今更、アタシ達が可愛いって事に気付いたのかしら?」
「ん?あぁ、いや。本当に良いものには言葉はいらないなって。」
「まぁ、言葉を重ねる程に嘘で塗り固めるって事はあるわよね。」
「そう、言葉では何とでも言える。
だけどこの感動や動いた感情については嘘は無い。
言葉を考えるだけじゃなくて、ただ感情を受け取る。
それだけで成り立っている時間の中で自分を取り戻せるんだな。」
隣では深夜子が目にうっすらと涙を溜めていた。
「そう、だよな。
何だろうな、多分それぞれの年齢毎に思う事はあると思うよ。
これからの不安や、やってしまった後悔。残された時間。
それぞれが急ぎ過ぎたり見ないようにして来たものが、
ただ静かにするだけで、環状を受け止めるだけで、
驚く程すんなりと入って来るよな。」
「人が人間らしくいられる時間。
時代が移り変わっても、こういう文化があり続けてくれたら良いですね」
僕達は言葉の無い30分をただ静かに過ごした。
周囲は打ちあがる度に『たまやー』等と叫んだりしていたが、
僕達の内心はとても穏やかだった。
帰り道にでび子と少し言葉を交わした。
「なぁ、人間から言葉を奪う事は既に出来ないのかも知れないけど、
まだ言葉の無い時間と言うものの大切さは知ってると思うんだ。
だから、定期的にそんな時間を作って悪魔の策略に乗らないようにする。
何事もバランスが大事だと思うんだよな。」
「ふふ、まぁ優等生みたいな感想ね。
だけど本当にそうよ。悪魔だって存在するものなのだし、
忌避して居ないものとして考えるよりは共生が大事よ。」
結果的に僕は帰り道の夜店でりんご飴を買った。
衛生だとかぼったくりだとか、言葉による批判を抜きにすれば
ただ食べたいと思ったから買ったわけだ。
人間は言葉の呪縛からは逃げられないが、
その関わり方については一考の価値があるように思う。
結果的にこの日は、おやすみと言うまで言葉らしい言葉による
コミュニーションは無かった。
時々は、言葉の無い一日を過ごしてみても良いのかもしれない。
そんな風に思った時、少し早い秋の空気を連れて来た風が吹いた。
花火大会




