第十三話:ネオエログロナンセンス
「なぁ、でび子。『エロ・グロ・ナンセンス』って知ってるか?」
「ええ、もちろんよ。
昭和初期に起こった文化的現象を表す言葉で、経済・戦争の不安を受けて
刹那的な快楽に興じようとする人々を示した標語ね。」
「コレって、現代でも同じような動きがあるんじゃないかなと思ってさ。
いや、同じどころか更に先鋭化・深化した形で。
言わば『ネオ・エログロナンセンス文化』みたいな。」
「それは間違ってはいないと思うけれど、
このテーマを深く掘り下げてしまうと一生その沼から出られないわよ。」
「それだけ奥深い、って事だよね・・・。
エロなんて、まず生物の根源的な欲求だしさ。
これをサブカル扱いは出来ないと思うんだよね。
性産業の経済規模で正確に表す事は不可能だと思うしさ。」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「だって、可愛い女の子のアニメグッズを集める事だって、
単に収集癖や可愛いものを愛でたいだけ、というのもあると思うけど、
その裏にはほぼエロ的な要素はあると思うんだよね。
モテる為に筋トレしたり、ダイエットしたりもそうだよ。
そう言った本質的なエロに結び付く産業の経済規模を含めると、
とてつもない大きさになると思うんだ。」
「まぁ、そうね。エログロナンセンスのうち、
昭和初期の頃の『エロ』に該当するのはせいぜい、
カフェーの女給・エロ雑誌の台頭・肉体の解放、といったものだったわ。
だけど現代では、バ美肉やAIイラスト・過剰に強調された体型。
生身の人間を超えた『記号化されたエロ』が溢れて、
コンテンツとして高速消費されてるわね。」
「フェチ性癖とか、とんでも無い多様さだもんね・・。
『グロ』に関しては、出来れば避けたいと思う一方でつい見ちゃう。
コレは単に好奇心だけじゃなく、自己防衛本能とか興奮スイッチ、
つまりはアドレナリンが分泌されるから、って事もあると思うんだ。」
「昭和初期のグロは、猟奇殺人事件の見世物化(阿部定事件等)・
怪奇小説(江戸川乱歩等)の流行といったものだったわ。
一方で現代では、グロテスクの定義が『血飛沫』だけじゃなく、
胸糞展開の『精神グロ』とか、SNSの晒し炎上なんかに見られる、
『他人の尊厳破壊』に変わったわ。
他人の痛みをエンタメにする消費速度は昭和初期の比じゃ無いわね。」
「エロもグロも人の業、だけど切っても切り離せない、ってイメージかな。
『ナンセンス』に関しては・・・僕の作風はコレだよね?」
「アンタがどうかは別に及びじゃないけど、ナンセンスは昭和初期では
既存の道徳や政治への皮肉・言葉遊び・ナンセンス文学があったわ。
一方で現代では、ネットミーム・文脈無視の『クソ投稿』・
AIが生成するどこか少し壊れた文章や画像。
『意味がないこと自体を楽しむ』『理不尽を笑い飛ばす』という文化は、
SNSアルゴリズムによって広がってるわね。」
「これってさ、思うに『正しさ(コンプライアンス)』への反動だよね。
クリーン・ポリコレ・優等生な生き方を求められる息苦しさに、
匿名掲示板とか創作サイトの奥底とかで不条理なエログロナンセンスが
ガス抜きになってる気がする。」
「まぁ他には、24時間いつでも見世物小屋を見られるようになった事ね。
更には誰でも無料でそうした情報にアクセス出来るから、
よりカジュアルに消費してるのだと思うわ。」
「あとね、エログロナンセンスが現代に復活しているなと思うのは、
完璧な正論とかAIの作る隙のないコンテンツに囲まれた結果、
逆に『理不尽で破綻していてドロドロした人間臭いもの』にしか、
本物の生命感を感じられなくなってきてるのかな、って思うんだ。」
「まぁ、それはあるかも知れないわ。
メインストリートが正論の大行脚だから裏路地を歩く、みたいなね。
しかもその裏路地は今や、大勢の人が歩いてるから怖くない。」
「何か、オタク文化に似たものを感じるなぁ・・・。」
「もしかしたら文化って、最終的にはコーヒーに垂らしたミルクみたいに、
溶け合って混ざり合い、最後にはぐちゃぐちゃになるのかもね。」
「カオス理論、ってヤツだよね。
全てのものは自然状態ではエントロピーが拡大して無秩序に向かう、
みたいな。」
「アンタ、さっきから何となくで私の話に付いて来てる気になってるけど、
本当に内容を理解出来てるのかしら?」
「まぁ、30%くらいは・・・。」
「アンタにしては上出来じゃない。
だけど本当に、ネオ・エログロナンセンス文化とはよく言ったわね。
きっとこれからの創作活動の中でキーワードになるかも知れないわ。」
「よし、でび子を無意味にエロティックに引き裂く話を書こうか。」
「アンタ・・・返り討ちに合うのがわからないの?」
「や、冗談だよ、冗談。ちょっとまだ前回のミクの事が気になって。」
「あら、アンタまだ引きずっていたのね。
だけどアレもある意味では、エログロナンセンスじゃない?」
「切り裂かれた服から覗くエロス、傷口はグロテスク、
彼女の存在意義はナンセンス・・・かわいそう過ぎるけどね。」
「そんな風に思う人にはエログロナンセンスは書けないと思うけど?」
ここで僕は、ふと立ち止まった。
別に書きたいわけじゃない。
ただ、それについて考える時間が好きなだけだ。
「あの時いっそ、僕の手で壊してあげていれば良かったかな。」
「何よ、急にちょっとグロテスク寄りじゃない。」
「優しさだよ。逃げ出すほど辛いのなら、壊してあげたら良かった。」
「簡単に言うけど、アンタには無理よ。
大体、アンドロイドのバラシ方とか知らないでしょう?」
お前は知ってるのかよ、と口を出そうになったが、
多分知ってるのだろう。何せ古の悪魔だからな。
「アタシとアンタの会話がそもそも、ナンセンスかもね。」
「何かメタ的だなぁ。
まぁでも、こういう無意味な会話はまだAIが上手く作れない分野かもね。
数年後には作れるようになってるかも知れないけど。」
「そもそもあらゆる事に意味なんて無い、
というニーチェ的な考え方もあったりするわよね。
そうなれば、まぁ皆無気力に生きるようになるかも知れないけど。」
「虚無主義はそれはそれで、また別のサブカル文化に繋がるんだよね。」
「アンタ・・・どうしたの?
何か今日はやけにサブカルについて語るじゃない。
まぁそもそもアンタのやってる小説自体がサブカルみたいなものだけど、
最近何かにハマったりしてるのかしら?」
僕はただ、こうした問答を通して知識を深めたかっただけだ。
いつかでび子が消えてしまう日が来るのなら、それまでの間にこの悪魔と
たくさん意見をやり取りして何かを得よう、そんな風に考えていた。
「まぁ、たまにはデビ子とゆっくりとお話がしたくてね。」
「ハァ?アタシとお話とか、いつでも出来るでしょ。
何か今日のアンタいつもにも増して少し変よ。」
物語は別に、大仰な世界を賭けたバトルとか哲学じゃなくても良い。
ただこうして日常の中の何でもない1シーンの切り取りだって、
描く視点によっては十分に絵になる。
現代は本当にネオ・エログロナンセンス時代なのだと感じているけど、
別に本当はそんな事はどうだって良い。
ただ、でび子とこうやって話しながら更けて行く夜も悪くない。
ナンセンス文学が自然と完成しているような気がした。
やや際どい系の話題ながらも、実は全然大した事無い。
そもそも昭和初期のエログロナンセンスも現在の基準に照らせば全然大した事無いらしく、
全然発禁だのそんなの関係無いらしい。
と言う事は現代はそれだけ過激になってるって事だよね。
あ、その辺りの事も物語に盛り込んだら良かった(笑)




