#砂時計の砂が落ちきる前に(19)
本番まであと1日を迫って来た日のこと。
いつも通りの生徒たちの会話、いつも通りの彼女、いつも通りの彼。
そして、先生が前に立ち、
『今から先生から報告がある。』サラッと言う先生。
生徒は静かになり前を向く。
話し始める先生。
『卒業したら皆んなと同じ中学へ入学する予定だったが…家庭の都合で、水上は違う中学へ入学することになった。』
"はぁ?先生何言ってるの?まじ?嘘でしょ!?”彼女は心で先生に聞いていた。
多分、他の生徒も皆んな彼女と同じ考えだと思う。
『水上、前に来て自分から皆んなに話をしなさい。』
席を立ち前へ行く後ろ姿は、いつもと変わらない姿だった。堂々と歩いて行く彼。
『俺は、皆んなといた時間がすげぇー楽しかった。卒業式も皆んなと一緒だから、それまでよろしくな!』
彼の声が全く耳に入らない彼女。
自然と彼女の目線は彼ではなく窓の外を見る。外はチラチラと小さな雪が降っていた。何も聞こえない彼女。ただただずっと窓の外を見ていた。
授業が始まっても、休憩時間になっても、ずっと…
劇の最終リハーサルだが、全くやる気が出ない。彼女にとって彼の存在は大きかったからだ。
リハーサルが始まり彼女と彼らのシーンが近づいている。
倒れ込む病人役の彼。消防士役の生徒と2人で彼の元へ行く。『大丈夫ですか!?』いつも通りの台詞が彼女の口から出てこない。台本通りに彼を担架に乗せてステージ脇まで運ぶ。今までは3分もしないシーンを一生懸命演じていたのに…今日は全く出来なかった。
彼と別々の中学へ行く事はフラれるよりこの世の中が終わる様な感じだった。
ため息を着き、重い鉄の鎖が付いたのかと思うくらい、足どりは重く教室へ戻る。
やっと教室に着く彼女。また目線は窓の外だった。
まだ周りの声が聞こえない中、彼女はスタートもゴールも真っ暗で何も見えない迷路に足を一歩入りそうになる…
『美月』
真っ暗で何も見えない迷路に一歩を踏み出す瞬間だった。
『み、つ、き!』
ハッと我にかえり呼ばれた方を見る。
彼だった。
『一緒に帰ろうぜ!』いつも通りに話す彼。
いつもだったら、テンション上げて返事するのに、今の彼女は全く別人の様だった。
『図書室行くから先に帰ってていいよ。』魂が抜かれたかの様に話す彼女。
『じゃ、俺も図書室に行ってから帰る。一緒に図書室行こうぜ!一緒に帰るって約束したから!』
彼女のランドセルに教科書、筆箱を詰め込む彼。
『ほら、行くぞ!』彼女のランドセルを表にかけ、彼は自分のランドセルを背負う。そして手を引っ張り言う。
重たい体を上げ重たい足で図書室へ向かう。
誰も居ない図書室。
彼が図鑑を取り出して来た。
『こっちに来い!』
彼は彼女に話す。
動けずにいる彼女をまた手を引き椅子に座らせ、『砂時計』の写真を開き、彼女に話しかけた。
『ごめんな、黙ってて。昨日は親と中学を変える手続きしに行ったり、今度行く中学行って休んだ。だから、お前に黙ってるのが嫌で昨日の夜、電話した。』
彼女は『砂時計』の写真を見つめながら、彼の話をずっと聴く。彼は再び話し始める。
『美月…看護師になること、絶対諦めるな!絶対看護師になれ!お前…前に言ってたよな。看護師になって患者さんの心を助けてあげたい!って…だから、夢を諦めるな!絶対助けてやれ!』
彼女の涙は『砂時計』の写真にポタポタと落ちた。溢れ出す涙。
『砂時計』の写真が涙でぼんやり映る。そして、彼女は『砂時計』に向かって指を指し思った事を彼に聞いた。
『何で私は『砂時計』なの…?』
『お前は『砂時計』そのものだから。』
『地味って事でしょ…?』
鼻で息を吸い始め彼は言った。
『地味って事じゃない。『砂時計』の砂をよく見ると色々な色が混じっている。お前は、色々な気持ちがあって、色々な考えてがあって、色々なことがあって…少しずつ砂が落ちていく。お前は不器用だから自分で砂時計を元に戻せない時もある。お前そのものが『砂時計』なんだよ。だから、俺はお前に『砂時計』って言ったんだ。』
彼女の両肩を手で彼の前に向けた力強く話す。
『美月…俺は必ず、救急救命士になる!そして、もし…もしだぞ!大人になっていつかお前と俺が会えたら…俺が……俺が…………お前の砂時計の砂が落ちきる前に…砂時計を元に戻してやるから!だから、約束しろ!患者さんの心を助ける看護師になれ!』
『わかった…絶対なる!絶対看護師なる!ありがとう。』彼女は言い、声を上げて泣いた。ずっとずっと心に秘めて溜めてた思いが彼の言葉で、水風船が破れたかの様に涙が溢れ出した。




