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Project BLUE LADY  作者: 宇佐視ひろし
第三章 SQUADRON
24/26

第十七話 相棒

なんか用語がいい加減になってきている気がします。

一度、整理しないと。


今回、一部今までと表記を変えたものがあります。良さ気なら、以前のものも含めて書き換えることになるでしょうね。

「戦場において信頼できるものとは何か。愛機、装備、部隊の仲間、整備を含めた支援部隊。そして、何よりも自分の戦術魔法師(パイロット)ないし魔術航法士官(CFO)だ。パイロットはCFOがいなくては空で途方に暮れることになり、CFOはパイロットの腕にその命を委ねることになる。今はただの仲間、同僚程度にしか感じていないかもしれない。だが、いずれその存在は大きなものとなる。二人一組の前席後席(コクピット)こそ、生死を分ける瞬間、唯一互いに寄り添うべき相手なのだから」

 しかし、弊害もある。とディータ中尉は続け、スクリーンにグラフを表示する。

「二人一組のコクピットを採用している戦術科、打撃科、伝視科、機動科の航空魔法士官が機体を降りることになった理由の割合だ。傷病は確かに多いが、それに次ぐのがコクピットの喪失だ。つまり、CFOないしパイロットをなんらかの理由で失ったことにより、機体搭乗を続けられなくなった者達だ。魔法を用いる以上、魔法航空機の操縦には精神的な要因は不可欠だ。その為に我が軍はそれぞれの相性を見て適切なコクピットを組むわけだが、訓練、実戦を経てどうしても他者とのものよりも濃密な人間関係を構築してしまう傾向がある。その為、どちらか一方が欠けたことで、残った一方までも操縦に支障をきたしてしまう。これは仕方のないことだ。

 しかし、だからこそコクピットは互いを信頼し、高め合い、そして慈しみ合って貰いたいと私は思う」


 守れなかった。

 展開したのは対魔法防御の障壁。だが、爆発によって飛来した破片は止められない。

 目前に迫っていたグリフィンの魔法に目を奪われていたレクスは、とっさに魔法防御を選択していた。それは彼の絶対防御が強すぎるための選択でもあった。無制限に物理現象を遮断する障壁を展開した場合、彼のイメージ力では生命活動に支障をきたすような過度の物理的遮蔽を行なう可能性があった。だから、彼はその使用を躊躇ったのだ。

 それに格納庫には絶対防御魔法が刻印されている。それで油断したともいえる。

 僅か二、三メートルしかなかった閉鎖中の隔壁の隙間を、数メートル四方の主翼の残骸が飛来し、カツキの命を奪った。

 言葉にすればそれだけのこと。

 だが、決してそれだけでは赦されないこと。

 紛れもない事実。

 ――僕のミスでカツキは死んだ。

 家族のような付き合いをしていた故郷の人々。今は自分を認識できない母。どこか遠くに消えていった姉。

 それらを失ったときとは比べ物にならない空洞。レクスの真ん中にぽっかりと空いて、その空虚感だけで全身が苛まれるというのに、後悔や恨みや自己嫌悪をいくらでも呑み込んでは、コールタールのように真っ黒でどろどろしたそれを溢れ出させ、レクスの内を焼け爛れさせる。

 目に映る世界では、仲間が仲間に銃口を突き付けている。綺麗なものを何でも壊してしまう力を、穿ち、引き裂き、ぐちゃぐちゃにする力を。そこに宿る唄は、あまりにも冷酷。

 ――聞きたくない。そんな音は聞きたくない。

 リデルの絶望、ナクルの怒り、マリの困惑、そしてエリナの悲鳴。混ざり合い、濁り、淀み、それでも無理矢理流れようとして無様に詰まり、溢れ、辺りを穢す。ただ、それだけの音の渦。

 ――僕のせいで、世界の音が壊れていく。

 カツキだけではない。もはや、仲間達はその結束を失い空中分解しようとしている。

 ぞんな現状に対する絶望、これを起こしたと思われる魔法師への怒り、何も出来ない困惑、後悔と溢れ出る数々の感情に心が上げる悲鳴、いっしょくたにされたそれは、レクスを唯一の庇護者エリナに縋らせた。

 それでも、その暖かな腕に包まれても安らぎは訪れない。

 ――世界は寒い。

 ――世界は暗い。

 ――世界は痛い。

 ――世界は恐い。


「魔術航法士官は、唯一最後の瞬間まで戦術魔法師の味方だから」


 震えが止まった。暖かな腕がもたらす安らぎ。

 目は光を感じた。すぐそばに自分を導く光が輝いている。

 傷を優しく撫でられた。ちくりとした痛みがもたらす慈しみ。

 でも、恐い。何があるか分からない。どこにでもあるような街角でも、人は簡単に消えてしまう。些細なことで今の世界は崩れてしまう。いつ、自分がいなくなってしまうか分からない。いつ、この温もりを失ってしまうか分からない。

 ――いやだ。

 それは子供のただの我が侭。

 ――いやだいやだ。

 自分の認めたことしか受け入れられない子供じみた衝動。

 ――絶対にいやだ。

 それだけに圧倒的な力を持つ感情。

 これ以上何かを失うことは受け容れられない。赦されない。

 困惑するマリ。遺志を継ごうとするナクル。その背中を見守るレイ。苦悩するリデル。みんな失いたくない。みんな生きてる。みんな輝いている。

 そして、なによりも……、

「……エリナ」

 抱き上げる手に導かれるままに彼女を抱き締める。しなやかな温もりを、生温かい息吹を、その身の内に宿る拍動を感じ、思わず両腕に力が入る。

 ――いやだ。絶対にそばにいるんだ。離れるものか。

 両腕で意外と起伏の豊かな身体を、へし折りそうなくらい力を込める。彼女は身動ぎ一つしただけで、受け容れてくれる。

 ――でも、ごめん。足りない。まだ、全然足りない。

 感情のままに、溢れ燃え上がる衝動のままに口が開く。彼女の温もり、汗と色々なものが混じった匂い、それを吸い込む。

 ――エリナのいない世界なんて要らない。

 首筋に噛み付く。

 だが、彼女を傷つけることは決してない。

 気付くとBDUの襟に歯を立てていた。訳のわからない衝動のままに。奥歯を砕き、顎を外してしまいそうなほどの力で。全身で求めていた。ただ彼女だけを。

 絶対に手放さない。

 この温もりを。

 この柔らかな髪を。

 この驚きに丸くしながらも受け容れてくれる空色の瞳を。


 決意した後は早かった。

 最も嫌悪していた魔動小銃を受け取り、点検しながらエリナによる軽いブリーフィングを受ける。

 ハンガーの床にある電源ケーブル溝を利用した格納庫外への移動。そしてイーグレット格納庫群に隣接する戦術科第二弾薬庫にて武装を整え、敵に対し遊撃を行なう。

 エリナがどうやって弾薬庫への侵入を果たすのか分からなかったが、それはすぐに判明した。

「リューデロイ曹長。隔壁緊急解除コードを教えてください」

「ハンガーごとに違う物を教えても意味は無かろう」

 腕組みしたリューデロイ曹長に睨み付けられたエリナだったが、その怜悧な表情は小揺るぎしない。

「ええ。平時の主隔壁はそうですね。でも、緊急事態においては統一コードによって隔壁は開放できます。ただし、それぞれのハンガーの通用口のみですが。上級下士官である曹長は当然それをご存知ですね」

 リューデロイは目を細めただけだった。レクスは知らなかったが、エリナの知識は訓練生が知っていていい領分を越えていた。

 帝国空軍の各ハンガーがそれぞれ独立した機能を持っているのは、一ヶ所を敵勢力に突破され、その後連鎖的に他の施設まで制圧されるのを避けるための措置だ。だが、完全に独立してしまうと、それは孤立となる。

 そのためにそれぞれのハンガーには、いざというときに統一コードによって開放出来る扉がひとつずつ設置されている。

「悪いが、そんな物は知らん。お前達の出撃は認められない」

 すげなく断られたエリナは、しかし淡々としていた。

「構いません。自分で調べます」

 そう応えたエリナの前に、白いつなぎ姿の男達が立ち塞がる。スンダ軍曹以下の整備員達だ。

「悪いな、フルセクター。通すわけにはいかねえ」

 いつもだったら微かに笑みを浮かべ、頬の創のせいで凶相を浮かべているはずの声音だったが、そこには真っ直ぐな感情しか浮かんでいなかった。

 意に介さず一歩踏み出すエリナ。

 スンダ達も前に身を乗り出す。

 緊張に凍りつく空気。

 たった一人の女子訓練生相手。だが、ヴォンデルランドに所属する全訓練生全体で一、二を争う体術の使い手である。

 さらに進むエリナ。

《万物に在りし誘いの子ら、我が左手に従い、その力を示せ》

 流れるような躍動感溢れる高速詠唱。

 エリナは、あっさりスンダ達の間を抜け、通用口の操作盤に向かう。

 スンダ達は身動き一つ取ることなく、見送る。いや、見送らざるを得なかった。脂汗を浮かべ、驚愕に染まった見開いた目で見つめるのは、左腕で継続重力魔法(チェーングラヴィティ)の印を結んだレクス。

「キャロイ!貴様!」

「怪我しない程度に抑え付けるのは難しいんです。黙ってくれますか」

 唯一拘束されていなかったリューデロイの叱責に、脅迫混じりの暴言を返すレクス。重力魔法でスンダ達を拘束しているが、手加減を間違えれば捻り潰しかねないことに気付き、リューデロイもマリ達も身動きが取れない。

《参照。電子網。検索》

 エリナも通用口の操作盤からのデータ抽出を始める。

「ねえ、本気なの?」

 力無い言葉は冷たい床にへたり込んだマリ。その目は縋るようにレクスを見上げる。

 作業に集中していたエリナとレクスは応えない。

「分かった」

 集中する二人からその固い意志を感じ取ったのか、マリの声に僅かな張りが戻ってきた。レクスはその音を聞いて少しほっとしている自分に気付いた。

 やはり、マリは元気があってこそマリだ。

「マリちゃん!」

「だけど、約束しろ!」

 リューデロイの呼びかけに応えず、マリは叫んだ。

「戦術科最強のコクピットの力を奴らに見せ付けろ!そして、気が済んだら帰って来い!それまで、第三小隊(ここ)は私が守る」

「ええ。絶対」

 ちょうど作業を終えたエリナが、静謐な空色の瞳でマリに向かって頷く。


「いつの間にか、エリナってマリと仲良くなってたんだね」

 マリの協力を取り付けた二人は、リューデロイ達にも手伝ってもらい、ハンガーの床面を壊し、地下のケーブル溝を露出させ、人一人がやっと横たわる幅しかない狭い溝内を延々と匍匐前進していた。

「別にそういうわけじゃないわ」

「そうなの?」

 匍匐に辟易していたレクスが、気を紛らわすために口にした問いかけに、エリナは意外にも答えてくれた。

「そうよ。でも、マリは信頼出来るの」

 それはとてもいいことだと、レクスは思った。

「そろそろね。レクス、何か感じる?」

「ううん。たぶん平気」

 本来なら探索魔法を使えばいいのだが、異種族は事象変換の源を感知すること出来ると言われており、周囲を探るために魔法を使って敵をおびき寄せたのでは本末転倒だ。

 そして、何故かレクスも高い確率で事象変換を感知できる。

 曰く、

「ワーズはね、詠唱すると世界にすうっと広がっていくんだよ。波みたいに」

 エリナにはさっぱり分からない感覚だが、信頼はしていた。

「私が先に出るわ。ノックしたら出て来なさい」

「うん、分かった」

 金属音が鳴り、重々しい音とともにケーブル溝内に眩しい光が満たされ、レクスの視界を白く染めた。だが、それもすぐに立ち上がったエリナの影と、そして再び閉じられた点検ハッチに遮られる。

 それでも、ほんの一筋の光が見える。地上に出たエリナが僅かに開けておいたものだ。

 レクスは急いで光を目指す。行動は迅速に。

 すぐにごんごんと大きな音が響いた。エリナのノックだ。

 一瞬、あまりの音の大きさにびっくりしたが、狭いコンクリート製のケーブル溝内であることを思い出す。敵に聞かれる事はまず無い。

 両手に力を込め、立ち上がる力でハッチを押し上げる。

 最初に感じたのは焦げ臭い風。

 そして、能天気なほど澄み切った青空。煌めく太陽からもたらされる強烈な陽射し。この美しい空から訪れた襲撃者に、自分達が苦しめられていることを忘れさせられそうだ。

 奥歯を噛み締める。忘れてはいけない。仲間達の苦しむ姿、いつも世話になっていた整備員達の愕然とした表情。それを吹き払うために、二人は格納庫を飛び出したのだから。

 訓練通りに小銃を肩付け、周囲を見回す。場所は、三棟並んだ練習機格納庫群の待機ハンガーと整備ハンガーの中間地点。

 ふと南側に目を向けたレクスは、本来なら今日から自分達の学び場となるはずだった、ブルーレイディ格納庫の待機ハンガーから白い煙が立ち上っているのが見えた。

 ハヤトや大勢の訓練生がいたはずだ。

「大丈夫よ。あれは火が消えたって煙。たぶん、ハヤトは無事よ」

 囁くようなエリナの見解。それでも友のもとに向かいたい気持ちに逸る。

「早くハヤト達が自由に出来るようにしましょう」

 レクスはエリナの言葉で迷いを振り切り、エリナに頷きかけた。

 彼女は黙って頷くだけだった。

 二人は音を立てないように練習機の整備ハンガーの壁伝いに進み、角から周囲を確認する。三階建ての戦術科管理棟と管制塔が見渡せる場所のはずだった。

 だが、管理棟の窓ガラスは全て失われ、壁面は無数の穴に穿たれなかば崩れ落ちていた。その後ろに聳え立つはずの漏斗型の管制塔は見えず、黒い煙がもくもくと立ち上っている。

 ――なるほどあれが燃え続けている煙か。

 そして、その下では一体何人が犠牲になり、今も何人が苦しんでいるのか。

 レクスの右肩が軽く叩かれる。

 エリナが飛び出す合図だ。目指すは、管理棟の手前、外周を耐爆仕様のコンクリート製魔法壁で囲われた弾薬庫。彼女に向けられる脅威が無いか、レクスは銃口と目を周囲に走らせる。

 コンクリート壁の入り口に到着したエリナは、素早く辺りを見回すとゲートの操作盤に素早くコードを入力する。惚れ惚れするほどの手並だ。

 エリナの手招き。

 全力で駆け出すレクス。日陰から日向へ。焼き尽くすような陽射しに、痛みと恐怖が湧き起こされる。いつ誰に見られるか、いつ火球魔法を叩き込まれ消し炭と化するか。もつれる足を懸命に動かし、なんとかエリナのもとへ辿り着く。

 ゲートを開放し、身を滑り込ませるエリナ。左右に二棟ある建物の小さいほうへ向かう。歩兵携行装備が収まった弾薬庫だ。通用口の操作を開始する。

 レクスは彼女に背を向け、背後の警戒を行なう。

 ふと何かを感じ正面にある格納庫に視線が吸い寄せられる。教官機のブルーレイディ十二機を納めた格納庫だ。

 ――何だろう?

 不意に肩を叩かれた。

 エリナがどうしたのかと首を傾げる。

 だが、レクスにもよく分からない。

 ――声のようなもの?

 感じた違和感への所感はそれだけ。

 答えられず、なんでもないと首を振るレクス。

 エリナは空色の瞳だけで頷きを返すと、彼を伴なって弾薬庫に入った。

 居並ぶ歩兵用装備。棚やロッカーに並ぶ、小銃、散弾銃、軽機関銃、携行式地対空ミサイルなどなど。レクスに認識できるのはそこまで、あとは何がなんだか分からない。

 そんな中、エリナが迷わず手に取ったのは、小銃よりも口径が大きくごつい軽機関銃。名前は確かクリムゾン二式。それをレクスに手渡す。

 ずしりと半端無い重量が両腕にのしかかる。

「重力魔法と併用すれば、片手で扱えるはずよ。実包はこれ。この弾倉に詰めて」

 淡々と指示を出すエリナ。顔を顰めたレクスだったが、彼女の選択が彼の魔法力の高さと射撃能力の低さを考慮に入れた効率的な選択だと分かってしまい、渋々二百発入りの大型弾倉に銃弾を詰め始める。

「あと、銃弾の刻印も確認しておいて。どういう使い方があるか知ってると役立つわ」

 言われてどんぐり型の鉛の銃弾を見る。照明にかざすと浮き上がって見える文様は、銃弾に刻まれた刻印魔法。マッハ四の極超音速まで加速する魔法と、魔法防御を貫く魔法。

 殺すための魔法。

 カツキのような人を生み出すもの。

 マリ達みたいに遺された人達をも傷つけるもの。

 だが、それをやると決めたのはレクス自身だ。やらなければならない。マリが守ってくれている場所に還るために。

 肌をそっと撫でるそよ風のような感触に気付いたのは、そう決意し直したときだった。装備に余念の無いエリナが窓を開けたわけではない。

 さっきと似ている。しかし、様子が違う。

「泣いてる?」

「どうしたの?」

 疑問を口にしたレクスに問いかける声。振り返ると、どこまでもやる気満々のエリナがいた。肘、膝にBDUの上からプロテクター、都市迷彩のヘルメットにゴーグル、防弾チョッキに各種ポーチ、そして首からかけたバンジースリング繋がれたのはスコープ付きで見たこともない大型ライフル。腰にも小振りなサブマシンガンまで。

「エ、エリナさん?その格好は?」

「必要最低限よ」

 ――そうかもしれない。……そうかもしれないんだけど、空軍の(・・・)の士官候補生の格好ではないよね?

 故郷を捨てるとき、自分達島民の脱出を手伝ってくれた特殊部隊を思い出してしまう。

「どこで覚えたの?」

「湿地帯行軍忘れたの?」

 毎年年度末の盛夏、ヴォンデルランドより南にあるビッコナー半島にある湿原を、七日間かけて踏破する恒例行事。教官達が実弾を使用してまで訓練生に恐怖を叩き込み、抑圧された状況でありながら目標を達成させることを主眼としている。

 しかし、毎年半数の訓練小隊は脱落する。動くのが困難な沼地に腰まで浸かり、泥水に塗れ、爆音に晒されて一週間過ごすのは並大抵のことではない。

 だが、

「そこまでの装備にはならないよ」

 エリナの言うような特殊(・・)な装備にはならない。陸軍の一般的な歩兵部隊のような、BDUに小銃に背嚢を背負うくらいだ。

 レクスには分からなかったが、エリナの格好は陸軍のスナイパーの都市部におけるそれだった。

「そうね。でも、今そこにいる敵を倒すには必要よ」

 さらりと言う彼女になんの気負いも無い。極めて自然体。レクスが信頼し、尊敬するエリナがそこにいた。

「レクスもやるわよ」

 防弾チョッキやプロテクターを渡され、彼女に手伝ってもらう。レクスにとっては初めて身に付ける物ばかりだ。

「そういえば、さっき何言ってたの?」

 エリナの問いかけにレクスも思い出した。彼女の変わり様に驚きすぎて肝心のことを忘れていた。

「聞こえたんだ……」

 途切れるレクスの言葉。視線はエリナからそれ、弾薬庫の入り口、そしてその向こうへ。

「グリフィンが近付いている」

 素早く反応するエリナ。レクスの装備の手伝いを放棄。ぶら下げていたライフルを手に取り、スコープを覗き周囲に向ける。

「動体反応八。でも、こっちに向かってない?教官ハンガーかしら」

 ――スコープって、ただの望遠鏡じゃないの……?

 という素朴な疑問は、エリナの呟きの意味を理解したときに吹き飛んだ。

 エリナに向かって言い放つレクス。

「助けなくちゃ!」


 エリナはレクスを信頼している。彼の言葉は全て信じるし、彼の目指す道は全て認めている。

 それでも、レクスが教官ハンガーにいる女の子を助けようと言ったときは、ぽかんとしてしまった。

「女の子?ユル大尉達ならいるでしょうけど」

「違うよ。とても小さな女の子だよ」

「……どういうこと?」

「さっきからずっと泣いているんだ」

 いよいよ彼の言っていることが理解出来ない。

 仕方なく、エリナは現状把握を優先することにした。装備を整えたレクスとともに、教官機格納庫とは逆方向にある、半地下式の弾薬庫と物資搬入通路を経由して地上に出た。

 弾薬庫の地上部とコンクリート壁の向こう、背の高い格納庫の周りをうろうろしている、背中に茶色い翼を生やした人影が見えた。しきりに教官機ハンガーを気にしている。奴らが気になるような何かがあるらしい。

 ――どういうこと?

 驚きが彼女の中を満たした。奴らの行動にではない。奴らのうち二体が長大なライフルを持っていることにだ。

 腹ばいになりスコープで確認する。対物狙撃魔法銃シアン。連合帝国軍で制式採用されている大型ライフルで、今彼女が持つ半自動狙撃魔法銃コバルトと兄弟関係にあるライフルだ。対魔法防御徹甲の二十ミリ弾を用いる。それを体格の大きなグリフィンが持つと、まるで小銃のように見える。

 何故、そんな物が奴らの手にあるのか。時間がかかっても火球魔法でも格納庫の魔法障壁を打ち破ることは可能だ。中の人員が魔法の集中を途切れさせたとき、障壁は消滅するからだ。実際、堅固な防御魔法が施されている管制塔は奇襲による集中攻撃で破壊され、右手の奥第九九戦術飛行隊(VF099)のハンガーでは炸裂する火球の爆音が轟いている。

 確かにシアンなら効率がいい。数発で格納庫の障壁魔法を貫いて隔壁を破壊することが出来るだろう。しかし、それを手に入れる手段は無いはずだった。本当にレクスの推察どおり、人類――いや、高位魔法師が奴らを手引きしたのか。

「ねえ?あのライフルってハンガーを抜けるの?」

 傍らで伏せていたレクスの問いかけに、頷く彼女。その脳裏では今後の戦闘をイメージする。

 グリフィンは正面戦闘では人類を圧倒する力を持つ。しかし、組織的な戦術眼に欠けるため、この基地にある施設を有効に使い一撃離脱の遊撃を繰り返せば、敵の混乱を引き起こすことが出来る。

 だが、敵がシアンを用いどこかの格納庫を人質にする可能性がある。そのときレクスはどう反応するだろうか。

「教官機ハンガーに向かいたいんだけど」

「本気?」

 問い返しながらスコープで教官機ハンガーの周囲を確認する。今は八体の敵がいる。こちら側に四体。向こう側に四体。

 右手VF099のハンガーの一つは半ば崩れ去り、もうもうと黒煙を上げている。その周りに視界内に二体。一番多いのはVF099の残ったハンガーを攻撃している連中か。

 あとは滑走路上を周回している連中も見かける。

 レクスの希望は叶える方向で行くと、あとの問題は敵の魔法を知覚する範囲はどの程度か。

 スコープの右側に付いたスイッチ操作する。微かなワーズの囁きとともに、レンズ上に浮かび上がったのは魔法探索の結果。一番近い教官機ハンガーの手前にいるグリフィンの姿を追う。今はなんの魔法を使っていないらしく、ハンガー内を窺っているだけだ。ということは、この距離――三百メートルでは探知できないということか。

 なら、教官機ハンガーへの到達は可能だ。

「私はここからVF099の敵を狙撃するわ。レクスは、ここから弾薬庫の左側防護壁――あそこに移動して。狙撃後に、このスモークグレネード二個を教官機ハンガーに投げ付けて。そしたら、クリムゾンを掃射。当てる必要は無いわ。それは私の仕事」

 説明しながら指で指し示し、グレネードを手渡し、励ます。そういえば、こんなことをやるのは随分久しぶりだと彼女は思い出す。最近はめっきりハヤトやマリに任せきりだった。

 不意に苦いものが喉を這い上がってくる。泣き喚く少女。錯乱する仲間。耳にこびり付く悲鳴。絶望に白く染まった視界。

「分かった」

 相棒の暖かな返答。それだけで充分だ。

 自分が戦えることを確認する。

 匍匐で去ろうとするレクス。一時、その温もりが去ってしまう。だが、すぐに取り戻せばいい。

 そう決意した彼女の前で、唐突にレクスが止まる。

「ありがとう」

 耳に届いた呟きに面食らうエリナ。

 小さく頭を振り、銃口を右方向へ向ける。スコープ内の十字(クロスヘア)に敵の頭部を合わせる。

 ――まったく……、人の心配ばかりして。

 微笑ましくもあり、嬉しくもあるが、同時に湧き上がる苛立ち。

 右目が照準し続ける中、左目がレクスが所定の位置に着いたことを確認。

 静かに湧き上がる苛立ちを、エリナは敵にぶつけることにした。

《励起、十発。硬化、高速化拡張。弾種、対魔法徹甲》

 淡々と機械のように淀みなく詠唱。ライフルが小さな唸りを上げ始める。

 彼女の指は静かに引き金を引き絞った。

 甲高い衝撃音とともに放たれるライフル弾。音速の四倍を超えた銃弾は大気との摩擦でうっすらと軌跡を空中に残しながら、狙い違わず敵の頭部に命中。衝撃で猛禽の頭が弾け飛ぶ。

 何が起きたか理解できず棒立ちとなったもう一体の頭部も弾ける。

 鈍い炸裂音。見ると、教官機ハンガーと弾薬庫の間の通路に白い煙が盛大に膨らみだす。もくもくと煙るスモークで、あっという間に幅三十メートルの通路が真っ白になる。

 続いて響く甲高い連続射撃音。やはりスモークグレネードの煙幕は、いい目くらましになったようだ。敵に対してはもちろん、レクスにとっても。敵に向かってトリガーを引くことを躊躇う彼には、標的が見えない方がいい。

 掃射にたまらず空へと逃げ出す四体の敵。離陸直後の速度が乗らないのは、戦闘機もグリフィンも同じだ。

 エリナの淡々とした四連射。

 二体撃破。二発外した。

《交換。対象、この身体、装備品――》

 外した瞬間には始まる詠唱。

 回避したことで余裕が出来、エリナに向け禍々しい火球を放とうとする二体の敵。

《――宛、前方三百二十メートル、上八メートルの同体積空間》

 よどみない高速詠唱によって紡ぎだされる情報交換魔法(エクスチェンジ)

 瞬時に事象変換は実行され、教官機ハンガーの湾曲した屋根に降り立つエリナ。情報交換魔法の極限の応用といわれる空間転移だ。

 素早く振り返り、エリナを見失って棒立ちの敵二体にライフル弾を叩き込む。

 撃破六。

 だが、目的は殲滅ではない。戦闘が長引けば滑走路やVF099方向から敵が来る。

「レクス!突っ込め!」

 滅多に出さない叫びを上げ、彼女は屋根から飛び降りた。航空機としては小型の分類に当たる戦闘機とはいえ、十メートル近い高さである。

 しかし、彼女に躊躇いは無い。真下に向け銃口を向け、引き金を引く。音の壁を無理矢理ぶち壊す衝撃音が、彼女の身体をふわりと浮き上がらせる。

 発砲の衝撃波で減速した彼女は、ライフルを一旦手放し背中に回すと両手両足で四点着地を決め、ごろりと前転して衝撃を逃す。

「エリナ!」

 慌てて駆け寄って来たレクスだったが、エリナは淡々と指示を出す。

「周囲警戒。お願い」

 そのまま教官機ハンガーの通用口に向かう。

 一瞬呆けたレクスだったが、心配したのに、その言い方無いじゃん……(以下略)とぶつぶつ文句を言っているが、それにかかずらっている暇は無い。

 敵はすぐに来る。

 隔壁解除コードを素早く入力し始めるエリナ。半分まで入力し、少し安堵が湧いてきた瞬間だった。

 突如、捲き起こる突風。浮き上がる身体。咄嗟に通用口の取っ手に手を伸ばすが、僅かに届かずハンガーから吹き飛ばされエリナはアスファルトに転がった。

 敵の攻撃。いや、邪魔なスモークを吹き払うためだけの強烈な気象魔法だろう。

 だが、いつの間に。レクスの警告が無かった。敵は接近してから魔法を使ったというのか。

 吹き飛ばされる間にそこまで考えたエリナ。受身を取ってアスファルトを転がり、見上げた彼女の目の前に疑問の回答があった。

 地面に食い込むほどの鋭い鉤爪。四本しか指が無い鳥類の足。エリナの頭を踏み潰しかねないほどの大きなそれ。

 持ち主は、敵対的な異種族――戦闘鳥(グリフィン)。止まらない轟を伴なってエリナの顔面に迫る敵。轢き殺さんと突進して来る暴走列車のごとき地響き。

 恐怖よりも驚愕でエリナは動けなくなった。

 何故なら、グリフィンは走らない(・・・・・・・・・・)種族だからだ。遺体の解剖等の研究で、奴らは人類を遥かに上回る発達した四肢を持っていることは分かっている。だが、戦場で奴らが地面を走ることは無い。

 現役搭乗員の間では、大陸の鳥人(ドードー)の集落で見かける地上の奴らは、よちよち歩きの赤ん坊程度でしかないという真偽不明の噂話が聞かれるほどだ。

 魔法で自由に空中を飛翔できるからなのか、奴らは地上を走らないのだ。

 エリナの眼前でその常識はあっさり覆された。

 まるで陸上の短距離選手のように、奴ら(・・)は猛然と迫ってくる。そう奴らだ(・・・)。一体や二体ではない、おそらく滑走路にいたと思われる二十体以上の鳥の首と翼を持つ異形達が、両目を爛々と輝かせて怒涛の突撃をする姿に言葉も無い。

 何故、敵は奇襲に成功したのか。その回答すらそこに存在した。奴らはなんらかの方法で海を渡り、そして魔法を使わず陸路を進撃してきたのだ。そうすれば魔法哨戒網には引っかからないし、ヴォンデルランド周辺の密林に入ってしまえば姿も隠せる。

 敵はそこまでの戦略を手にしていた。ならば、それを伝えた裏切り者がいるということか。

 そして、悔しかった。その程度の鳥頭しかない奴らに轢き殺されようとしている自分が。

《誘いの子らよ、我ら二人の他、何人たりとも通すな。そして押し潰せ》

 決然とした詠唱が耳朶を震わせた時、それは起こった。

 迫り来る暴走する鳥人達が唐突につんのめり地面に叩き付けられ、そして熟れた果実が踏み潰されるが如く弾けた。見えない巨大な鉄槌に押し潰され、無残に鮮血と肉片を大量に撒き散らす。

 飛んでいなかったからこそ、グリフィンにレクスの重力魔法に抗う術は無かった。彼の強固なイメージにより瞬間二十Gもの高重力を浴びせられていたのだ。

 その惨劇を避けることが出来た何体かは空中に飛翔して距離を取ったが、優に二十体が一撃の魔法で圧殺された。

 さらにかけられる追い討ち。

《カラス風情が、我が片翼に触れるな》

 詠唱ではない。それは事象変換言語を用いたただの言葉。

 だが、強固なイメージを伴なったそれは、グリフィンを圧倒する事象変換力を持っていたのか、先ほどの重力圧縮を避けたはずの七体のグリフィンが空中で棒立ちになっている。

 絶好の機会。この隙に二人で空間転移すれば格納庫に辿り着ける。

 立ち上がり、傍らのレクスの左腕を取る。

《交換。対象……》

 詠唱開始と同時にイメージ構築。エリナ自身と……。

 そこで思考が停止した。

 自らの左手に重ねられ、やんわりと振り払う彼の右手。肩越しに振り返ったその茶色の瞳に湛えられた光。

 そのどちらも微かに揺れていた。

 そうだった。たった今、彼は多数のグリフィンを殺害した。標的に対する射撃でも、魔動小銃に動作不良を起こさせるほど死を忌避し続けた彼が。

 では、何故?

 ――エリナを守るため。

 心の中の問いかけに、彼が答えた気がした。

 そして、レクスが空間転移を拒んだ理由に思い至る。

 通用口のロックは解除されていない。転移してもすぐに開くものではない。ならば、どちらかが掩護を担って時間を稼がなければいけない。

 レクスの目は語っていた。

 ――僕がやる。

 人どころか、訓練標的に向かってさえ模擬弾を撃つことが出来ない男の子。他人を傷つけることに脅え、力を揮うことに臆病になって震えているにもかかわらず。

《……この身体、装備品。宛、左方二十メートルの同体積空間》

 レクスは二人のために戦うと言っている。

 ――なら、私は彼のみのために戦うだけ。


 命を潰した。

 少し固い抵抗があった。一瞬でそれもなくなり、呆気なく押し潰された命たちが、アスファルトを黒く塗りたくり、仄白い臓物と、いまだ痙攣する肉片と、空中を舞う無数の羽毛で連絡路を満たす。

 不意打ちだったからだろう。

 数瞬前までは自分ですらそんなことが可能とは思っていなかった。

 ただ、許せなかっただけだ。吹き飛ばされ、地面に倒れ伏したエリナ。そこに突進して来る戦闘鳥の群。白く柔らかな皮膚が禍々しい鉤爪に切り裂かれ、暖かな温もりが図太い足に踏み潰され、綺麗で柔らかな髪が蹴散らされる、蹂躙されると想像した瞬間、世界が赦せなかった。

 だから、命じた。

 そして擂り潰した。エリナに与えられるはずだったそれを、そっくり奴らに突き返した。

 自業自得。そおう思ったはずなのに、それなのに、レクスの手の震えが止まらない。

 ――恐い。

 あの日、故郷の街に撒き散らされたものと同じ景色。恐くて何も出来なかった自分。

 ――恐い。

 たった今、それを成した自分。自分のような人間を生み出してしまったかもしれないという想像。

 ――恐い。

 カツキを守れなかった。この人達も殺した。やはり何も出来ない自分。

 出て来るべきじゃなかった。引き篭もっていればよかった。何もせず、全てが通り過ぎるのを待てばよかったんだ。

 ――逃げ出したい。だけど逃げられない。

 身体が動かない。自分の中の感情が溢れ出し、熱せられた鉄杭のように全身を突き刺す。身動きが取れない。

 ――もう……、いっそ……。

 薄れていく意識。すうっと音も光も遠ざかっていく。

 ――ああ、もうこれで終わりか……。

 不意に何かが彼を掴んだ。掴まれたのは左腕だった。それなのに、その感触が掴んでいたのは彼が放り出そうとしていた何か。

 ――やっぱりそうか。

 レクスの真ん中に、それはすとんと据え置かれた。

 逃げることを阻む拘束、死ぬことを赦さない呪い。それらに似ているかもしれない。

 だけど、根本は常に一つ。

 諦めても待つと言った。

 自棄を起こしたら一緒に考え直そうと言った。

 逃げ出しても彼を全力で守ると言った。

 傷付けられても、それは宝物だと言った。

 彼女はいつもその通りに彼を縛り、戒め、そして支えてくれた。

 だから、今は戦わなければいけない。生きなきゃいけない。震える手を軽機関銃の銃把から引き剥がし、彼女の左手に重ねる。

 魔法詠唱中だった彼女の目が驚きで彼を見る。レクスはその美しい空色の瞳を見つめながら、彼女の手をやんわりと振り払う。

 僅かに咎めるような眼差し。何故、そんなことをしたのかと問われた気がした。

 ――エリナを守るため。

 この美しく、暖かく、唯一絶対の味方を守る。それ以外の理由は必要無い。今二人で転移しても二人ともやられる。なら、一人はここで守らなきゃいけない。

 エリナの魔法は高精度だ。だが、今は包囲されつつある。

 必要なのは全方位に対して事象変換を行なう大規模魔法。それはレクスの領分だ。

 空色の瞳が頷いた。瞬きにも満たない僅かな間に二人は互いのすべきことを認め合った。

 瞬時に消えるエリナ。その温もりが失われ膨れ上がる不安。

 だが、残り火は微かに彼の腕の皮膚にあった。

《風よ、我を中心に荒れ狂え》

 告げた瞬間、突風が吹き荒れた。レクスに迫ろうとした七体のグリフィンが空中でバランスを崩す。大気を操って飛行していた敵は、不意の、しかも遥かに強力なイメージ力の横槍に空中でつんのめったようにバランスを崩す。

 それはレクスにとって充分すぎるほどの隙。

《我は万物に在りし誘いの子を操る者》

 自身を規定する起句。

《我が右手と我が意志に従い、その力を示せ》

 力と意志と対象を繋ぐ連唱。

 その右手が掲げられる。

《放て》

 有無を言わせぬ命令。

 僅かな隙で成された高速詠唱。

 しかし、それで編み出された魔法は敵に向けられてはいない。

 レクスを包囲し火球魔法によって燃やし尽くそうとしていたグリフィン達だったが、突如下方から無数の石礫を食らい、身を守るしかなかった。レクスの放った高重力魔法がグリフィンの足元の地下で炸裂。アスファルトを捲り上げ粉々にする衝撃。無数の破片となって敵を襲う。

 たかがアスファルト。しかし、二十Gで加速された破片は、強力な散弾となって次々とグリフィンを襲う。

 立て続けに起きる重力爆発。連続で放たれるアスファルトやコンクリートの散弾。

 レクスは自身を重力干渉能力者として規定することで、連続して重力魔法の行使を可能にしていたのだ。難易度としては決して高くは無い干渉者規定魔法(オペレーター)

 しかしこの場面で、この瞬間、最適の技術を最高の形で用いるからこそレクスが高位魔法師と目される理由。

 結果、三体が翼を撃ち抜かれ墜落。四体が急速上昇。

 レクスはそれを追わない。

 軽機関銃の繋がれたバンジースリングを破棄。地面に二十キロ近い大型銃が叩き付けられる音が耳に届いたときには、右手は背後に向けられる。

《最後だ。放て》

 炸裂する重力魔法。背中を襲う自動車に突き飛ばされるような衝撃。一瞬で放り出される景色。いや、宙に放り出されているのは彼自身。威力は抑えられているものの六Gもの加速を得て、レクスは地表すれすれを飛翔していた。

 目指すは一点のみ。

 ハンガーの通用口を開放し、飛び込んで来るレクスを受け止めるために広げられた腕の中。さっき一時失った温もりの中へ。

 その切実な祈りを湛えた彼女を笑顔に変えるため。

 背後で次々起こる爆発。だが、かすりもしない。単なる直線運動。されど、突拍子も無い加速と、その前の攻撃で距離を取らされたために火球魔法が命中しない。

 暗転。

 通用口に飛び込んだレクス。その身体を受け止めつつも、衝撃をコントロールする魔法を詠唱しながら二人の身を守るエリナ。もつれ合うようにコンクリートの床に転がり込む。

「閉鎖!閉鎖!閉鎖!」

 格納庫内の整備員達の声だろう。通用口が閉じられ、魔法を併用した電子錠が施される。

 轟く散発的な爆発音。三十体近くもの仲間を殺された腹いせなのか、立て続けに叩き付けられる火球。

「怪我は無い?」

 エリナの問いかけ。

 しかし、レクスは気になることがあった。

「グリフィンのライフルは?」

 一瞬、彼女の眉がぴくりと動いた。話を逸らされたり、違う話をされると無視されたように感じるらしい。そのムッとした表情で、彼女の平常運転を悟り、ほっとするレクス。

「敵はAPを使用します。対AP防御を!」

 声を張り上げるエリナ。

「AP?なんだってまた」

「分かりません。でも……」

 エリナは立ち上がると説明を始めた。

 その報告で慌しく動き始める整備員達。

 それをどこか遠くに感じていたレクスは、一点に引き寄せられるように所狭しと置かれた戦闘機の間を縫って歩いていた。

 彼の目を、耳を。そして意識を捕えて放さない濃紺の影。

 すらりと伸びた渡り鳥のような機首。その付け根にある小さなカナード翼。優美な胴体背部からのラインに続く、大出力を誇る二基の超音速魔法吸気(クラフトラムエア)エンジンの吸気口。

 左右に優雅に広がる翼。主翼の前縁と後縁には力なく垂れ下がる魔法伸縮素材のエルロンとフラップ。

 その後方、二つ並ぶ巨大な二次元ベクタードノズルを中心にX字で交差した四枚の全遊動式尾翼。

 天井からの照明に照らされ、静かに佇む空の淑女(ブルーレイディ)。徹底的に空中を舞うことを追及されたその姿は、美しく力強い。

 しかし、レクスにはそれが悲しそうに声を上げ、涙する幼い少女に見えた。いや感じられた。

《何が悲しきや》

 レクスの突然の事象変換言語。そばにいた整備員がはっと振り返る。格納庫の隅に置かれた一機の戦闘機。レクスはそれに話しかけていただけだった。

 返答は無い。だが、感じるのは深い喪失感と言いようの無い悲しみ。

《父の声が聞こえざるや》

 レクスの目はコクピット横に書かれた搭乗員名。

 問いかけにはっと息を呑むような気配。この子も何かに気付いたのだろう。自分を窺い見る視線を感じる。

《我も同じなり》

 母の言葉が分からない。そして、自分の言葉は母には届かない。

 不意にレクスは苦笑した。相手は事象変換言語によって誕生した存在だから、てっきり言語もそうかと思っていたのだが、どうやら違うようだ。お互いの感情は伝わる合うのに、言語化されない。

「ごめんね。驚かせちゃったね」

 そっとコクピット横の装甲板を撫でる。流麗な文様が鈍く煌めく事象変換刻印に埋め尽くされた炭素繊維の装甲は、冷たく硬い。

 その奥に確かに息づく暖かみを感じるレクス。

「僕の名前は、アレクザルト・キャロイ。君のお父さんとお母さんの教え子だよ」

 ――アレク……?

「レクスって呼んでいいよ。君の名前は?」

 ――な……なまえ?

「お母さんは君をなんて呼ぶの?」

 ――呼ばない……。

 レクスは意外に思った。あの教官なら名前をつけて可愛がると思ったのだ。

「お父さんも?」

 エンジンの停止した戦闘機は大きく、決して身動きをとることは無い。

 だが、レクスは目の前の機体が慌てて首を振る仕草をしたように感じて、微笑ましくて笑顔になった。今までの戦闘でささくれ立った心が、その一瞬で癒されるようだ。

 そして、彼はその名をしかと聞いた。


「そうか……。グラニタって言うんだね」

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