第十三話 襲撃
申し訳ございません。遅れました。
「戦闘鳥、戦闘獣、戦闘馬――この三種の特徴といえば、群を成した集団突撃を基本とする戦闘行動を取る事だろう。いずれも、個体数二十ないし三十の群体を作り、それが寄り集まって最大で個体数二十万の大群を形成し押し寄せて来る」
シャル・ディータ中尉の張りのある声が講義室内に響き渡り、正面スクリーンに表示される過去の広域レーダー映像。
「二五四年八月二七日ノウサウェイ方面隊魔動レーダーサイト群が捉えた反応を合成したものだ」
四辺が緩やかに内側にカーブした菱形を成すノウサウェイ本島の北方と東方に、無数と呼べるほどの光点が表示される。一目見てその数を数えることは不可能。
「北方のヴァレリー岬沖に現れたのは二つの大群。二つ併せた推定個体数三十七万。さらに東方サウズアイル方面からは八万の群に、その後方には二十五万の群を観測している。同時に七十万もの個体が同時に観測された、過去に例の無い画像だ」
スクリーン上、北方の群に向けて放たれる大きな矢印が二本と、東方の群に向けてさらに一本。計三本の矢印。
「要撃は、サウソールド基地第八〇航空団の第三〇一戦術飛行隊、第三〇二戦術飛行隊、グラウシェル基地第八二航空団第三〇五戦術飛行隊によって行なわれ、毎時三千キルの高スコアで戦闘は推移したが、当然この大群だ。徐々に戦闘域は沿岸に接近することになる」
中尉は一旦言葉を切ると、出席している訓練生を見回す。
「貴様らの中にも疑問はあろう。どうしてこれだけ接近を許してから要撃行動が開始されたのか。答えは簡単だ。この時、ノウサウェイ方面隊は通常の早期警戒網を失っていたからだ。その説明の前にこれを見て貰おう」
レーダー画像が縮小され、別の画像が大きく映し出される。
異形の人型。二本の逞しい脚と逞しい両腕を持ち、人としては鍛え抜かれた胴体の上にあるのは、胸から覆う羽毛に彩られた鋭い嘴の猛禽の頭部。そして、背に生えた大きな一対の翼。
「鳥人の中でも特に戦闘技術に長けた種族、戦闘鳥だ。身長僅かに二メートル弱。しかし、百五十ノット以上の速度で高度六千フィートまでを自在に飛行し、戦闘車両や艦艇の装甲を容易く貫く火球攻撃魔法を用いる。これだけの脅威が数万単位で攻め寄せてきた場合、我が帝国軍が取るべき戦術は遅滞防御である」
さらにスクリーンに概念図が映し出される。
「まず要撃の第一段階は捕捉である。帝国離島に設置された早期警戒レーダー、洋上の海軍艦隊、さらに上空を旋回し早期警戒と要撃の管制を担うラピスミストレス。これらの伝視戦部隊によって、我が帝国は版図の八倍もの広範囲を防空識別圏に設定できる」
南北に弓状に連なる列島を成すトライウェル連合帝国。その周囲を覆う早期警戒の網は、帝国の北から西に横たわる大陸に達するほどの広さを持つ。
「続いて、ブルーレイディによるスクランブル部隊による要撃により、敵群の進攻を遅滞させる。このときの目的はあくまでも遅滞であり、一撃離脱を繰り返し、敵群を漸減、または混乱させることにある。そこに主力部隊による航空と海上からの要撃が行なわれる。
しかし、長時間の戦闘行動は得策ではないため、当然少数部隊によるローテーションによって戦線は維持される。
その為、指揮管制部隊は要撃ラインを徐々に沿岸部に後退させていくことになる。この頃には沿岸に陸軍高射部隊が展開を始めているが、未だ主戦場は洋上である。
そして、敵群が減少し沿岸に近付いたとき、陸海空三軍の共同作戦によって敵群を殲滅する。これが、グリフィン群要撃の基本的なプロセスだ」
再びスクリーンにノウサウェイ州のレーダースクリーン。
「残念ながら、二五四年当時我が軍はサウズアイルの警戒群を失い、第八八航空団の主力はノウサウェイ本島に退避していたため、早期警戒網には隙があった。――現在、我が軍はノウサウェイ本島上空を主作戦領域として、イグドラシル連邦グリフィン群の要撃を行なっている」
スクリーンが消え、ディータ中尉はエメラルドの瞳を巡らせる。
「我々人類は確かに非力だ。しかし、多くの人員、絶え間ない訓練、支えてくれる国民、そして刻印魔法技術によって確立されたシステムによって我々は万の敵をも凌ぐ力を持っている。そのどれか一つでも失えば、このシステムは脆く瓦解してしまうことを肝に銘じておけ」
相棒がやけに機嫌がいい。一見普段通りだが、足取りは軽く、表情は柔らかい。講義は真面目に受けているし――いや、ここ半年はずっと真面目だったが……、今週はさらに磨きがかかっている。
そんな一週間を見ていて、今朝はそれが最高潮といえる状態にもなっている。
だが、そんな彼の格好はなんともさまになっていない。戦闘服に半長靴、そしてモップとバケツに各種洗剤類。大荷物を重力魔法で軽量化させてはいるが、完全に一人大掃除モードだ。それなのにうきうきした足取りは、一体どうしたことか。
彼女も同じ格好だし、そんな相棒を見ていると自分も嬉しくなるのだから、同じようなものだろう。
「ねえねえ、エリナ」
そばを歩いていたレイ・ソルビスから声をかけられたエリナ・フルセクターは、僅かに視線を下げて振り返った。小柄なくるくる赤毛の少女は、眉間に皺を寄せてエリナの相棒を不思議な物のように見ている。
「レクスのテンションおかしくない?大丈夫?」
声音も口調も可愛らしい。しかし、その発言は辛辣。夏期休暇明けから彼女は素を隠さなくなった。何があったかは分からないが、それでも第三訓練小隊内限定とはいえ、裏表が無くなったのはエリナにとっても居心地いい。
「たぶん、納入が楽しみなのよ」
「納入作業担当じゃないのに?実機に触れられるの午後でしょ?」
「俺達はイーグレット格納庫の掃除担当なのに?マジかよ。レクス、おまえ変態じゃねえのか?」
話を聞きつけたのか、大声で喚きだすカツキ・キリハラ。レクスよりは少ないが掃除用具を大量に持っている姿は、罰ゲームのそれ。
「カツキ、うっさい!少しはレクスを見習え!」
すぐさま叱責を飛ばす、マリ・コルリー小隊長代理。最近、めっきりさまになってきた彼女のその姿は、頼れる姐御のそれ。
「エリナ」
名前を呼んできたのは、渦中の人物――レクス・キャロイ本人。小首を傾げて不思議そうにしている。
「そんなに変かな?」
「変だよ」
「おかしい!」
「まあ、変だな」
「ぜってー変」
エリナが答える前に次々と返される返答に、知らんぷりしていたはずのナクル・リンデルまで口を挟む。
「ううん。変じゃないわ」
エリナだけがレクスを全肯定。
「エリナの愛は無敵か」
成長したマリとは対照的に、秩序の破壊者などというとんでもない二つ名を頂戴した、実質ただの愉快犯、リデル・スターンの冷やかしも、エリナは完全にスルー。いや、相手にする必要なんて無い。リデルの発言は、完全に事実なのだから。
「アンタ、最近すべってるよ」
「そいつは手厳しいっ!」
マリのツッコミすら無効の一番機魔術航法士官。
一方のレクスは疑わしげ。
「本当に?」
エリナと他の仲間達の返答の差異に疑問は尽きない。リデルの言はスルーなのは、さすがである。
エリナは笑みを浮かべた。
「そうよ。楽しみの前に、やるべきことをきちんとやろうとしているだけでしょ?」
今日はブルーレイディ新規組上げ機体受領式。マリ以下第三訓練小隊の七人は、一年間お世話になったイーグレット及びダック格納庫の清掃作業を、午前中担当することになっている。レクスなら、午後のブルーレイディのエンジン始動を楽しみにして、やるべきことをやり切るだろう。
「そ、それだけじゃないけど……」
意外な反応。だが、すぐにレクスの思考をなぞってみる。
「そっか。きちんとイーグレット達にもお礼が言いたいのね?偉いわ」
思わず手放しで誉めてしまうエリナは、他の五名がげんなりしていることに気付いていない。
「んじゃ、気を取り直して行くよ!小隊整列!」
いち早く復帰を果たしたマリの号令一下、手早く荷物を置いた七人は練習機格納庫前に整列。
「おう、来たようだな」
出迎えたのは、第七七整備隊第三整備小隊。わらわら集まってくる。
「格納庫並びに整備隊に敬礼!」
七人が一斉に右手を挙げ敬礼。
「戦術科第三八八期第三訓練小隊、練習機格納庫清掃の任を賜りました。本日はよろしくお願いします」
マリが口上を述べると、第一整備中隊長のスーナ・ユル大尉と第三整備分隊長のイクム・リューデロイ曹長の二人が整備隊を代表して答礼する。
揃って右手を下ろす第三小隊。
「貴様らの晴れの日にこんな雑用をさせて済まない。だが、これも貴様らが誇りあるブルーレイディの乗り手となるに相応しい航空魔法士官への通過儀礼である。心してかかるように」
はいっ!ユル大尉の訓示に唱和する七人。満足げに頷いた大尉に代わり、リューデロイ曹長が愉快でたまらないといった笑顔を見せる。
「今日は貴様らを扱き使ってやる。覚悟しろ」
教官室に入ると、事務仕事に励んでいた教官達が意外そうにユリスタン・シュタンジット訓練生を見やった。
理由が分からず一瞬戸惑ってしまうが、共に教官室を訪れたアイザック・ジュピタスが小さく促がすので扉を閉めて敬礼する。
「ユリスタン・シュタンジット、アイザック・ジュピタス両訓練生。入室します」
ロイド・カッツ大尉のもとに向かう。三八八期担当主任教官のデスクにニヤニヤ笑う大男がいた。
「珍しいな。受領式の日にこんなところに顔を出している暇なんて無いはずだぞ」
カッツの言うことはもっともだった。基本、当事者である訓練生はブルーレイディ受領のため、滑走路と駐機場を駆けずり回っているはずだ。
「フェルクライン准尉のご協力で問題はありません」
カッツの隣でシャル・ディータ中尉が苦笑いを浮かべている。例年ならば、前年度の総隊長がいたとしても、受領作業は大変で教官室に事前に挨拶廻りをする余裕なんて無いということを、ユリスタンもアイザックも知らなかった。
「あれだな。総隊長補佐の役職を正式化した方がいいんじゃねえか?」
「そうも行かないでしょ。毎年、総隊長一人を選ぶのでやっとだもの」
「確かにな」
ディータの言葉に頷くカッツ。
どうやら自分のような訓練総隊長の補佐という職分は珍しいようだ。
「それで本日の日程などについて改めて申し上げたいのですが、よろしいですか?」
「んあ?いいだろう」
カッツは立ち上がり、教官室の正面に向かった。
その時、それまでの緩やかな雰囲気を切り裂くような甲高い音が鳴り響いた。
一斉に立ち上がる教官達。
「三警より入電。二〇一発生。三一空VF209にスクランブル」
緊急発進に関する警報だと続く放送が告げる。
途端、教官室に走っていた緊張が弛緩し、数人――第九九戦術飛行隊担当の教官が教官室を出て行った以外は平常どおりに戻る。
「オフコード方面への領空侵犯ですね?VF099は出撃待機に入るのでしょうか?」
アイザックの問いかけに、カッツ大尉は安心させるように笑った。
「せいぜい多くて一個中隊だ。気にするな」
オフコード諸島はヴォンデルランド南西八百マイルほどにある。決して遠いわけではない。四年度課程のうち何人かは出撃待機に入るのだろう。
「それよりも肝心の職務を終わらせろ」
「了解」
なんてタイミングだ。ハヤト・カルランザは警報がなった時、思わず舌打ちしそうになった。
第一滑走路にブルーレイディを二機輸送してくる戦略輸送機、その最初の一機目の到着が十五分後に迫っていたからだ。
しかも、ハヤト自身はハヤト自身はホワイトストークで持ち込まれる機体運搬支援のため、訓練生の指揮で屋外にいた。
最大着陸重量一杯となっている輸送機を着陸させられるのは四千二百メートルの長さを持つ第一滑走路だが、そこから三キロ離れた戦術科の使用する第三滑走路の三年度課程訓練生用格納庫まで運ぶには、五キロほどの道程がある。機体を運ぶのは施設隊、整備隊、補給隊の仕事だがそれだけではこれからひっきりなしに来訪するホワイトストークから吐き出される戦闘機と、輸送機の離発着を捌き切れない。それゆえに動員される訓練生を統括するのが、ハヤトと前訓練総隊長ロアシーズ・フェルクライン准尉の仕事だった。
警報が鳴り響いた瞬間、滑走路、誘導路上にいた百名以上もの人間が凍り付いたように動きを止める。それぞれの上長が警報の内容を確認するのを待つ。
「メインタワーより通達。VF099、第四小隊はスクランブルからアラート、6Fはリザーブからアルファへ移行。2F、5Fはロメオに移行。三警管轄で二〇一発生。VF209にスクランブル」
告げたのは第一小隊のニカース・リロイの魔術航法士官、ナルミ・カッファーだった。ハヤトとロアシーズは訓練生それぞれが持つヘッドセットで指示を出しているが、ナルミは管制塔や他の隊司令部との魔法交信を担当していた。
「ありがとう、ナルミ。一応、今後のフライトに影響がないか確認しておいてくれるかな」
柔らかく笑い指示を出すハヤトに、少し目を瞠るナルミ。ユリスタンはよくも悪くも指揮官であり、命令を下すことに迷いは無く、対応も淡白だ。しかし、ハヤトのそれはなんとも人間くさい。
「了解」
どちらかというとハヤトの総隊長就任に不満を持つナルミだが、こうしたやり取りを幾度となく繰り返すうちに、多くの人間を束ねるにはこういった感覚も必要なのかもしれないと思う。少なくとも、彼の指示に即応しているナルミ自身はうっすらとそれを感じ始めていた。
ナルミが通信を再開すると、ハヤトはヘッドセットのマイクに手を添える。
「こちらカルランザ。全訓練生に達する。警報は第三警戒群管轄内での領空侵犯の模様。今のところ我々に指示と変更は無し。ただし、VF099の二個小隊にアラート待機が命じられた。充分留意せよ」
「カルランザ。二時間後を目途にミストレスの離陸があり得るそうだ。最大二機」
ナルミの追加情報に頷く。
「追加情報だ。伝視科のミストレスの離陸もあり得るそうだ。……それとフェルクライン准尉」
「なんだ?」
唐突に名指しされて、無線越しに送られてくる戸惑いの声。
「VF209にスクランブルが発せられました。心配でしょうが、ここはレイビス少尉を信じて待ちましょう」
「……………、な、なにを――」
ロアシーズの罵声を、みなまで聞くことなく通信を切るハヤト。その姿をナルミは白い目で見ていた。
「上官をダシにしていいのか?」
「ん?ま、先輩方には受けたみたいだぜ」
少し離れたところで作業していた四年度課程の訓練生が突き上げるのは、親指を立てた右拳。
呆れたナルミの溜息。
「多少の息抜きを提供するのも指揮官の仕事だよ。作業はまだまだ残ってる。突発的な状況で、余計なストレス抱えたままで事故でも起こしたらひとたまりもない」
着信。ハヤトはすぐに通信を繋ぐ。
「カルランザ。……はい。分かりました。二名で大丈夫ですか?了解。至急、二名、ポイントB3に送ります」
先ほどまでのゆったりした雰囲気ががらりと変わり、てきぱきと指示を出すハヤト。その背中を、ナルミがじっと見ていたことには気づいていない。
発進待機室から飛び出て、飛行装具を身に付け、格納庫の愛機のコクピットに身体を滑り込ませるまで十分。訓練通りだ。緊急発進待機と違い、魔法吸気エンジンは未だ始動していないが、順調に行けば二十分後には空の上だ。
相棒のディカレット・アルゴス少尉も、後席での着座確認を行なっている。
機付長のゴーサインが出て、整備員が全員機体から離れ、誘導員の許可の下滞りなくエンジンを始動する。
そのとき格納庫前の滑走路を四機編隊が離陸していく。十五分待機と呼ばれる第二のスクランブル発進だ。
スクランブル発進は緊急性が高いが難点がある。武装は少なく、短距離ミサイル二発と右主翼付け根の二十ミリ機関砲のみ。ギリギリまで機体重量を軽くし、作業効率と移動速度を上げ、領空侵犯目標への到達時間を極限まで短くすることに主眼を置いているためだ。
また、今回のように異種族の群が防空識別圏に侵入してきた場合、スクランブル機の目的は群を牽制し、進攻を遅らせることと現地での情報収集だ。その為、スクランブル任務には高い技量が要求される。
「よしよし、今日も麗しのお姫様のご機嫌は良いねえ」
エンジンをアイドルに戻したところで、後席で呟きを発するディカレット。この相棒は女の気配が無いくせに、機体を愛でる発言が多いのはこの二年変わらない。
戦術魔法師のヒューイ・レイビスは露骨に呆れて見せた。
「ディック。お前、いい加減女作れ。時々、恐いぞ」
「ん?恐いとはなんぞ?」
無自覚だった。相棒の性癖に気付いたのは、いつ頃だっただろうか。おそらく、ヒューイ自身が彼女を女性として意識し始めた頃だろう。自分が彼女に向けるのと同種の視線を、愛機に向けているような気がしたからだ。
「いや、いい」
「まあ、いいや。ヒューイ・レイビス少尉、ディカレット・アルゴス少尉。機体番号五七・三一二二、エンジン始動完了」
「了解した。こちらヴァラント。小隊全機のエンジン始動完了を確認した」
整備員が機体の周囲で作業を再開するのを眺めていたヒューイの耳に届く、小隊長のヴァラント中尉の声。おそらく小隊長には既に司令部から命令が下されているのだろう。それに基づいた武装が施されていく。
「フライトプラン並びに各機のコールサインはリンクした。各機確認のうえ、離陸前最終確認を怠るな」
「フライトプラン確認。コールサインはシーサー24。中距離空対空誘導弾、四発。短距離空対空誘導弾、四発。二十ミリ、六百五十」
ブルーレイディにおける空対空装備の限界一杯だ。領空侵犯要撃任務は、既に敵殲滅を目的とした要撃任務に移っていると考えるべきだ。
整備員の手で実際に翼下のハードポイントに兵装が取り付けられる度に、後席のディカレットがミサイルの種類を告げ、前席でヒューイが確認する作業が続く。
「今回は、特にヴォンデルランド卒業したてのほやほやの新人もいる。ひよっ子どもに戦場の厳しさを教えてやりたいところだが、なんと俺達の部隊にいるのは、元訓練総隊長のエリート様だ。俺達にとっては雲の上のお方だ。丁重に扱わないと司令部にどやされてしまうぞ。気を付けたまえ」
通信に混じる笑い。
「隊長。総隊長様達は、どうやら声も出ないようであります」
「なに?それは大変だ。病気か?何科の医者を呼べばいいんだ?耳鼻咽喉科か?」
隊員達の爆笑。ヴァラント小隊の出撃前の儀式だ。
「僭越ながら、戦術科の医者をお願いいたします」
「そんな医者がいたのか。初めて知ったぞ。さすが総隊長は博識だ」
「隊長。戦術科はうちらです」
「なに?俺は医者ではないぞ」
「知ってますよ。だいたい、隊長の書く書類なんて誤字脱字だらけじゃないですか。とんだヤブですよ」
「カルテってなんだ?」
通信を満たす笑い声。
「さて、新人達の緊張もほどよく解れたところで、全機状況報告せよ」
「シーサー22、スタンバイ」
「シーサー23、スタンバイ」
「シーサー24、スタンバイ」
ディカレットが告げた時には、整備員達が機体から離れている。
「了解だ。患者を待たせない医者は優秀だ。タワー、こちらシーサー21。シーサー20全機出撃準備完了」
「こちら基地管制塔。副司令の眉根が寄ってるぞ。オープンチャンネルでふざけるのもたいがいにしろよ。シーサー20各機は、ランウェイ05に進入せよ」
「こちらシーサー21、色々込み込みで了解。――これより発進する。全機、続け」
いい加減だが、最後だけはきっちり締める小隊長。
格納庫内でエンジンを轟かせ始めた四機のブルーレイディが、続々と誘導路へと身を乗り出して行く。
呆れたように頭上を見上げる整備員達の表情を見て、エリナは誇らしかった。
第三訓練小隊が到着する前に、全てのイーグレットとダックを駐機場に出していた練習機格納庫内の掃除は、レクスの機転で思わぬ展開を迎えていた。
定期的に清掃が行なわれている格納庫だが、小型機とはいえ十機もの航空機を納めるそれは巨大な構造物である。当然、天井を支える骨組などは非常な高所であり、足場も無い為清掃はおろそかになりがちだ。
「じゃ、今日は天井もやろう」
と言い出したのはレクス。突発的な提案にマリが固まり、他の面子もげんなりしている。リューデロイ曹長も、さすがにそこまでは要求してないと言ってくれたのだが。
「いえ、いつも僕達を守ってくれた彼らへのお礼です」
と言って、エリナに探索と情報共有の魔法を要求。しかも、対象は格納庫内の微粒子。この範囲なら、システムアシスト無しでやれないこともないエリナは速やかに詠唱。
《探索。対象、極細粒。範囲、現在地周辺金属構造体内。探索情報転送。宛レクス》
頭の中身がするりと引っ張り出され広がっていく感覚。格納庫内の情報が全て自分のことのように感じる。それとともに大気中や骨組の隙間に無数に漂っていたり、鬱積している感触を味わう。つまりは、そこいらじゅうの埃に直接触れているような感触。
それをレクスに送る。
「ありがとう」
情報を受け取ったレクスは、バケツの水に浸してあったモップを床に当てた。天井を掃除すると言った奴が、床を掃除し始めた奇行。怪訝な表情の一同の中、エリナだけが瞳を輝かせる。
レクスのモップが動き出す。エリナより少し遅れて気付いた第三小隊が、咄嗟にスペースを空ける。
その床に、モップで続々と紋様を描き始めるレクス。波のようであったり、直線を幾本も組み合わせたものであったり、一見意味の無いそれであったが、この場にいる者達には見慣れた物であった。事象変換言語。その文字列。
乾く前に素早く描き切ると、小さく呟くレクス。
《起きよ》
途端、無機質なコンクリートの床面からかすかな声のようなものが湧き起こる。その意味を知らぬ者には、地の底から湧きいずる不気味なそれはしかし、エリナには躍動する世界がもたらす生命の息吹に感じられる。それほどにその旋律は美しい。
代理詠唱。レクスの起動句に従い、書き記された文言が自動的に謳い上げられ、事象変換が実行されていく。
揺れる空気。感じ取れた時には既にことは始まっていた。隔壁全開の格納庫内に起こる風。しかし、それは外部から吹いてきたものではない。格納庫内だけに風が吹き、空気中と庫内の隅々の埃を舞い上げていく。
一瞬、みんなが舞い上げられた埃に塗れてしまうのではないかとエリナは思ったが、そうはならなかった。
みるみるうちに舞い上げられた塵と埃は一つの流れになり、壁際の隅っこに緩やかに舞い降りて、降り積もっていく。それ以上飛び散らない。
「こ、こまかっ!」
それに気付き、声を上げたきり絶句するレイ。
「じゃ、マリ。僕は天井の細かいところやってくるね」
言うなり、今度は右手にモップを持ち、左手で重力魔法の印を作って操り始めるレクス。そのまま天井付近まで浮き上がって行く。
「はいはい。ご自由に」
投げやりな小隊長代理は、残った面子に指示を出す。
「さすが二年連続の優秀選手だな」
モップを使っていたエリナの背後で呟いたのは、左頬に大きな傷のある整備員、アレク・スンダ軍曹。凄みのある苦笑いを浮かべるも、その声音は非常に好意的だ。
先月行なわれた戦科対抗戦にて、戦術科チームは六連覇という大偉業を達成した。第三小隊からは、レクス、エリナ、マリ、そしてカツキが出場した。マリとカツキが初勝利を収めると共に、レクスとエリナは三戦ずつ出場しともに全勝。就任に際し紆余曲折があったが、訓練総隊長たるハヤトの戦術が圧倒的な戦績によって評価され、そして見事な魔法行使でレクスは二度目の優秀選手に選ばれた。
「たいしたもんだ。あれなら、神格魔法師にだってなれるんじゃないか?いいのかパイロットなんてやっていて」
最初の挨拶が終わると、教官機格納庫へ向かったユル大尉から指揮を引き継いだはずのリューデロイ曹長すら思わず軽口を叩いてしまう。
「曹長。気付いたんすけど、キャロイにさっきの事象変換言語を改めて書いてもらって刻印したらどうすか?新式の清掃用具として」
「それじゃ奴さん、不当労働だろう。魔法技師には正当な対価を払わなきゃ行かん。しかも、軍人である以上副業は認められん。法的に問題があり過ぎる。予算も足らん」
「やっぱムリかぁ」
整備帽を脱ぎ頭を掻くスンダ軍曹。
思わず頬が緩むエリナ。レクスの才能が認められていく。それもかつてないほどいい方向に。今や、レクスを劣等生と呼ぶ者はいない。それが嬉しくて彼女は笑みを止められなかった。
「どうしたの?」
いつの間にかレクスは床に下りて、バケツでモップを洗っていた。
「ううん。なんでもないわ」
「ふうん。エリナが嬉しそうだから、いいけど」
そう言って、再び頭上に舞い上がって行く。その姿を追ったエリナは、しかし続いて鳴り響いた甲高い警報に顔を顰めた。
一斉に作業を止め、数十分前の領空侵犯の放送に続く続報に聞き耳を立てる整備員、訓練生。
「ナインラント防空発令所より通達。VF099ルーキーズ並びに第一一管制飛行隊カテリーナに出撃命令。第一滑走路ならびに第三滑走路付近にて作業中の総員は退避せよ。繰り返す。VF099……」
同時に辺りに甲高い轟音が響き渡る。滑走路側の隔壁まで走り北の方向を見ると、教官機格納庫の向こう、第九九戦術飛行隊の格納庫の隔壁が開き、慌しく駆け回る整備員、誘導員の姿が見える。
その横では滑走路北端で納入されたばかりのブルーレイディを移動させていた訓練生を含む作業員達が、慌てて退避している。
「ミストレスと同時に出撃かな?」
問いかけたのはマリ。見回すと仲間達も整備隊も隔壁の周囲に集まっていた。隔壁の外に出る許可を管制塔から得られていない以上、ここから様子を探るしかない。
「そうみたいね。たぶん、例の領空侵犯で管制機の手が足りないんじゃないかしら?一緒に護衛機も上げると」
「それと、戦況が好転しているってことね」
マリの発言は楽観的ではないかと、眉根を寄せるエリナ。
だが、マリはそんな彼女を安心させるように肩を叩いた。
「まだVF209の出撃命令から二時間も経ってないんだよ。まだまだ戦闘が続くようなら、そんな早い時期にわたし達みたいな訓練生を空に上げないよ。これは先輩達に経験を積ませるためのお偉いさんの親心じゃないの?」
なるほど一理ある。マリがそういった分析が出来ることにエリナは心の底から感心した。やはり優秀な指揮官の下にいると安心できる。
マリはもう一度笑みを浮かべると、隔壁の内側に集まる不安そうな仲間達に向かって告げた。
「ほらほら、エプロンへの進入許可は無いぞ。わたし達のお仕事はここの大掃除。早く戻った戻った」
その言葉に素直に戻ろうとしたエリナだったが、レクスが凍り付いたように南の方角を見つめていることに気付き足を止める。
「レクス?」
ちょうどVF099からの轟音が大きくなり、呼びかけた声が届いたか分からなかった。四機のブルーレイディが滑走路北端に向かってタキシングしていくようだ。
その滑走路北端には、既にスクランブル待機の機体が離陸準備を終えて滑走するところだった。
そんなことよりもレクスだった。さっきまでの笑顔が失われ、なんの感情も浮かべていない無表情。その唇がかすかに震えている。
見覚えがある。去年の戦科対抗戦の時の彼の表情。いや違う。それよりも以前、彼女は幾度となく見せ付けられた現実の中で出遭ったことがあるそれ。
遠ざかる爆音。その時になってようやく彼の言葉が耳に届く。
「……ダメだダメだダメだダメだ……」
エリナの鼓膜がその声で震えたとき、はっとなってレクスの見つめる先を見る。
秋が深まり、ようやっと柔らかくなった陽射しがもたらした綺麗な青空。その青いキャンバスに、広がっていく黒い染み。
違う。それは咄嗟には数えられないほど多数の影。ひとつひとつの姿は目で捉えることは出来ない。だが、不気味な染みのように広がる群を成して空を飛ぶ存在は、奴らしかいない。
「我、戦闘鳥を捕捉せり!」
条件反射のように庫内に向けて叫んだエリナの声は、ちょうど滑走中だったブルーレイディの爆音に掻き消される。
さらに彼女の背中が突き飛ばされる。遅れて襲い掛かる音の暴力。咄嗟にレクスの腕を掴んで倒れるのを堪えた。
見るまでもない。何事かと振り返った面々の呆然とする顔に、赤い炎が照り返している。離陸滑走中のブルーレイディが敵の火球魔法の餌食にされたのだ。
誰も事態の急変に対応出来ていない。
全滅する。冷静なはずの思考。鍛えられたはずの精神。任務達成を至上とする調整を受けたはずの心身。なのに、粟立つ肌とともに悲鳴を上げる心。
全滅。その先にあるもの。
咄嗟に呆然と立ち尽くしていたレクスの身体を抱き寄せる。胸に感じる温もり。微かに伝わる鼓動。
全滅。その先にあるもの。
――それは、レクスの死。
ダメ!そんなものは許さない!私は死んでもこの子のそばにいる。そう決めたのは私。あの女でも、国でもない。この私なの!
温もりが、約束が、決意が、氷漬けにされた心を突き動かす。
「コード・グリフィン!隔壁閉鎖!急いでええっ!」
それは形振り構わない心からの悲鳴。感情を表に出さない彼女が普段は決して出さないもの。恐怖で今にも砕けそうになっている心が、愛する者を抱き寄せることでやっと出せたもの。
全員が我に返る。
「閉鎖!閉鎖!閉鎖!急げ!」
「こっちはそれ以上要らねえ!向こうに行け!」
「小隊、全周警戒!閉鎖完了まで、危険を見逃すな!」
リューデロイが、スンダが、マリが怒号のような指示を出し、持ち場に着く。
そこに轟く爆発音。見ると、南方、これから自分達が受領するはずだったブルーレイディたちが、格納庫前に並べられていた真新しい機体たちが、毒々しいまでの赤い炎に砕かれ、バラバラにされ宙を舞っている。
「い、イーグレットが……」
耳に届いたのは正気ではない声。はっとするエリナ。抱き締められているレクスがうわごとのように呟き、エプロンに一歩踏み出す。
そこは戦場。それも圧倒的な力を持つ化物達が人間を一方的に蹂躙する場。ただの人間に勝ち目は無い。
「ダメっ!」
腕を強く引く。激しく抵抗するレクス。
「ダメなのっ!」
「イーグレットが、あの子達が……、みんなが、ハヤト、姉ちゃん、母さん」
まずい。錯乱している。おそらく爆発のせいで、故郷の戦争がフラッシュバックを起こしている。
この事態に気付いているのはエリナだけ。隔壁の閉鎖。状況確認。司令部との通信。それらに必死で、レクスにまで気が回らない。
彼を守れるのは、エリナだけ。
歯を食い縛り、右手を振り上げる。そのとき、レクスの顔を初めて目にした。泣いていた。あの澄んだ瞳は何も見ておらず、傷付いた心が壊れかけているのが分かる。
それなのに、さらに彼を傷つけようとする自分。切り裂かれるような痛みが走る胸。いっそこのまま死んでしまいたいと思うほどの苦痛。それでも、彼女は右手を振り下ろした。
ただ、愛する男を守るために。
次々と爆発音が轟く中、エリナの拳がレクスの左頬に対して振り抜かれた。
「しっかりしなさい!」
大の男がよろめくほどの衝撃に、我に返るレクス。間近に見た茶色の瞳の中に、自分が映っていることを確認したエリナは口を開いた。
「あなたはここで最高の魔法使いなのよ。今、あなたが逃げ出したら、誰も守れないわ」
呆然としているレクス。未だ収まらない爆発。いつここが火球に吹き飛ばされ、二人が粉々の消し炭に変えられるか分からない。急がなければいけない。だが、それでは彼を守れない。
「エリナ!レクス!何やってんの!」
異常に気付いたマリの叫び声。その後ろにでは、大きな身体のカツキが血相を変えている。隔壁はもう半分閉じている。
エリナ達は、そのほんの少し外側にいた。
そこでエリナは笑った。
笑おうとした。今、レクスに必要なのは笑顔だと思ったからだ。常に彼が必要とするものを、彼女は与えようとしてきた。今までも、今も、そしてこれかも。
きちんと笑えているかどうかなんて分からない。そんなことを確かめる暇なんてない。今にも二人は消し飛んでしまうかもしれない。
それでも、彼女は信じていた。今、笑わなければいけない。自分の命に代えてでも。
「ねえ、レクス。私のこと守って」
意外とパッチリしていて、可愛らしいレクスの目が見開かれる。
思わず本当の笑みが浮かぶ。
「約束守って。お願い」
戦科対抗戦初勝利の夜、静寂の森の中で交わした約束。
レクスが彼女に向かって手を伸ばす。
その手を握り締めるエリナ。
「私を、そばにいさせて」
力強く握り返してくるレクス。
「六時方向!敵!」
カツキの叫び。
二人揃って空を見上げる。
青い空、太陽を背に翼を広げる黒い人型。禍々しいその姿に、本能に刻み込まれた原始の恐怖が目覚めさせられる。
聞こえるのはワーズ。それも複数。翼は飛ぶためのものではなく、ワーズを詠唱するための器官。大気を操り飛行する魔法と、炎の塊を空中に顕現させる魔法を同時に行使されている。
間に合わなかった。
諦めかけたエリナの前に、見慣れた背中が現れた。紡がれる流麗な詠唱。
《我はその理を拒絶する》
空中の影から放たれる火の玉。二人めがけて叩き付けられるはずのそれはしかし、眼前でバラバラに解され、雲散霧消していく。
レクスの放った事象変換対抗魔法に驚いたのか、敵が怯む。
その隙に、二人は隔壁内に跳び込んだ。
「あんた達何やってるの」
マリの叱責が飛んで来たが、すぐに思い直したようだ。
「あとで説教!――敵の動向に注視!」
すぐに指揮官の表情に戻る。
「攻撃来るぞ!」
カツキの声で、振り返るエリナ。
《絶対防御。我が前方》
《この地にて、我が同胞達は生まれいずる新たな理を否定する》
エリナが自分達の前方に、魔法、物理両面の防御を展開したのに対し、レクスは全く同時に格納庫内にいる全員に対魔法の障壁を展開する。
その優しさが嬉しい。その心が愛しい。毎日顔を合わせていても、その想いは尽きることが無い。
間もなく隔壁が閉じる。格納庫は、非常時には全周囲をあらゆる種類の攻撃から防御するシェルターと化す。絶対防御の刻印魔法が施されているのだ。あとは篭城して、他の基地からの救援を待てばいい。
これでレクスを守ることが出来る。
そう思ったとして、誰がエリナ・フルセクターを責めることが出来ただろうか。安堵からのほんの一瞬の気の緩み。それが、敵が放った火球魔法の行方を確認しなかったことに繋がった。
火球はエリナとレクスの展開した障壁には向かわず、格納庫前に並べられたイーグレットたち練習機に叩き付けられた。
超高熱の炎がイーグレットの装甲を容易く食い破り、そして風船のように炎が爆ぜる。一瞬で膨張した大気と炎の渦によって破壊された大量の金属片が辺りに飛び散り、周囲のあらゆる物を切り裂く。
「しまった」
レクスの呟きと共に、衝撃が襲うエリナの意識。超高速で飛来した巨大な破片がエリナの展開した障壁に衝突したのだ。
イーグレットの主翼だったと思われる数メートル四方のそれは、回転しながら残り一メートルほどの隔壁の隙間から飛び込んできて、後方で凄まじい衝撃音を轟かせるが、エリナはほっとした。
レクスを守り切れた。もう隔壁は閉じてしまうから。
「いやあああああああっ!」
聞き覚えの無い悲鳴に振り返ったレクスとエリナ。そこにあったのは奇妙なもの。
青い色の大の字を縦に引き裂いたようなものが、コンクリートの床に転がり、明るい庫内照明に照らされながらも、どす黒い液体となんだかよく分からないものをこぼれさせているそれ。
「え?」
その声は彼女のものだったか、それとも隣のレクスか。
ただ、長身の少女が何事か喚き散らしながらその物体に縋り付き、自身と手がどす黒く染まっていくのも構わず、こぼれていくものをかき集めて押し込もうとしているのを、エリナは茫然と眺めていた。
「カツキ……」
今度こそ、それはレクスの声だった。
ああ、そうか。あれ、カツキなんだ。
酷く現実感を失った中で、背後で閉じられた隔壁の重々しい音だけは、衝撃を伴なって彼女の心を揺らした。




