ルミ
カレンとイシルドは娼館に戻ってきていた。そこはまだ何も起こってないようで、特に変わった様子はなかった。カレンはとりあえず中に入り、まっすぐ食堂に向かう。イシルドもそれについていくと、食堂ではルミが椅子に座って眠っていた。
カレンはそこに近づき、そっとルミの額に手を当てる。
「確かに、今までとは違うものがあるようですね」
「どういうことだ? まさか、この娘があの吸血鬼の言っていた保険、なのか」
「詳細はわかりませんが、おそらくそうでしょう。むしろこうしたことはイシルドさんのほうが詳しいと思いますが」
「保険か。いや、待てよ、そういえば長く生きた吸血鬼は自分の力の一部を独立させて、その力を元に新しく転生できると聞いたことがある」
「では、その転生に必要な力がこの子に宿っているわけですか」
「そういうことになるな。たぶん、アニエルドもすぐにこのことには気づくだろう。何か手をうつ必要があるが」
イシルドは腕を組んでそう言ってから、首を振ってため息をついた。
「この娘を殺せばいいのかもしれないが、それはできないな。俺は吸血鬼ハンターだが、害をなさない者を手にかけるのは主義じゃない」
「意外ですね」
「そうかもな。転生というのはこの娘の生が終わる時という話も聞いたことがある。しかし、それまでは人間なんだ」
「そうですか。では、アニエルドというあなたの元相棒を殺すことになりますよ」
「あいつは、もう人間としての境界を踏み越えた。元相棒としても、ハンターとしても放っておくわけにはいかない」
「強いですよ」
「それでもやるさ」
イシルドはそう言ってからルミの隣の椅子に座ると、銃を分解してテーブルの上に置いて、火薬と弾を装填し、雷管を装着した。それからイシルドは銃を手早く組み立て直し、腰のホルスターに収める。
「アニエルドをここで迎え撃つのはあまりしたくないな。ウィゼには世話になってるし」
「それなら、どうしますか?」
「不意打ちを防ぐためには、どこか開けた場所がいいだろう。あんたは別に付き合わなくてもいいんだぞ」
「ここまで来たら、最後まで付き合いますよ。アデーレさんにも連絡したほうがいいでしょうね」
だが、イシルドは首を横に振る。
「あいつは駄目だろうな。今頃酒でも飲んで寝てるだろう」
「それでも使いくらいは出しておくべきですね。仲間としては非常に頼りになりますから」
「そうだな、すぐに手配はしよう」
「私もウィゼさんにここを空けることを話してきます」
それからそれぞれやることをやって、二人は娼館の外で合流した。イシルドは目を覚ましたルミを背負っている。
「それで、これからどこに向かうんですか?」
「町の中心に広場がある。そこならちょうどいい」
「では、そうしましょう」
時間は経過して深夜。イシルドは広場の真ん中で立っていた。カレンはその少し後ろで、ルミの横に立っている。
その静寂の空間に一発の銃声が響き、イシルドの足元でその銃弾が跳ねた。そして、銃を持った人影がその広場に現れた。
「イシルド、お前も物好きだな」
アニエルドはそう言ってから、イシルドに数歩近づいた。
「さっきの奴も一緒か。で、そっちのガキは」
アニエルドは鋭い目でルミのことを見た。その目は赤い光を放っている。
「なるほどな、そいつが。それを渡せば、お前達を見逃してやってもいいぞ」
イシルドはその言葉に銃を抜き、一歩踏み出した。
「いいや、これ以上お前を進ませるわけにはいかない」
「ほう、できるならやってもらおうじゃないか」
二人が同時に銃を撃つと、その弾丸は空中で激突した。そして二人は同時に銃を捨てると、それぞれの剣を抜き、正面から打ち合わせる。火花が散り、二人は睨み合う。
「もう俺を殺す気だな」
「そうするしかないだろう!」
「それでいい」
二人はそこで同時に後ろにステップした。イシルドはそこで自分の手首を長剣に滑らせ、その血を舐め取る。
「お前との遊びはここまでだがな」
血の気が引き、白くなったアニエルドは一瞬でイシルドとの間合いを詰めると、その手のサーベルを跳ね飛ばし、その腹に正面から蹴りを入れた。
イシルドは後ずさって膝をつき、アニエルドはその横を通りぬける。カレンはショートソードを抜き、それを受けるが、勢いで数歩押された。
「また邪魔をするか」
「ええ、乗りかかった船です」
「後悔するぞ!」
アニエルドは回し蹴りを放ったが、予期していたカレンはバックステップでそれをすかした。そしてナイフを左手で抜くと、ショートソードとの双刀でアニエルドに攻撃をしかけた。
上段からショートソードを振り下ろし、それがかわされると、今度は左のナイフで間髪いれずに切りつける。だが、アニエルドはそれを素手でつかんだ。
そして、そこに背後からイシルドがサーベルを振り下ろす。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
イシルドが咆哮を上げると、その衝撃でカレンとイシルドの二人は吹き飛ばされた。そしてアニエルドは真っ直ぐルミに向かい、その目の前で止まる。
「なるほどな、妙な力だ」
そうつぶやき、アニエルドは長剣を構えた。ルミはそれをぼんやりとした様子で見上げるだけで、その瞳には恐怖も興味もない。
その胸元にアニエルドの長剣が迫った。だが、それは何か不可視の壁のようなものに弾かれた。
「なに!?」
アニエルドは驚愕の声を上げたが、すぐに長剣から放した手を伸ばしてルミの首をつかもうとした。それは何にも阻まれず、アニエルドはルミの首をつかんでその身体目の高さまで持ち上げる。
「驚かせてくれるな」
そうして長剣を再び突きだそとしたが、それは横から飛来した銃弾が肩に食い込み、ルミをつかんでいる手を放した。その隙にルミはそこからカレンのいる方向に走って逃げた。アニエルドが銃弾の飛来した方向に顔を向けると、そこには銃を構えたアデーレが立っていた。
「俺を呼ばずに盛り上がってるのは許せないねえ」
その一言を合図にしたかのように、カレンとイシルドも立ち上がり、それぞれ武器を構える。アニエルドはそれにたいして、特に焦る様子も無く、そして銃弾による肩の傷も全く気にせず、周囲の三人を見回した。
「よくも揃ったもんだ。これじゃあ俺も本当に人間やめないとな」
そう言ったアニエルドは長剣を目の前の地面に突き刺した。すると、その足元から霧より濃いものが現れ、アニエルドの身体を覆っていく。
「ちっ!」
そこにアデーレが銃弾を撃ちこむが、なんの反応も手応えもない。そのうちアニエルドを覆っていたものは上に向かっていき、空の雲がそこを中心として渦を巻き始めた。
「これは」
カレンはそれだけつぶやき、ショートソードを構えなおす。
「気をつけてください! 今までとは桁が違いますよ!」
そして、霧だけではなく、上空の雲ごと吹き飛ばしてアニエルドだったものが姿を現した。それは蝙蝠のような翼を生やし、透き通るような白い肌をもつ、もはや人間とは言えない異形の生物だった。




