無宿の少女
「はあ、ここねえ」
娼館を前にして、アデーレは呆れたような声を出した。
「なにしてる、入るぞ」
イシルドは男をかついだままドアを開けた。カレンもそれに続き、アデーレもため息をついてからそれに続いた。
中に入ると、待ち構えていたユースがカレンに飛びついてきた。
「おかえり! 約束通り!」
「ええ、思ったよりも大変でしたが、なんとかなりました」
それからユースはカレンから離れ、イシルドが担いでいる男を見る。
「そいつは?」
「色々聞きたいことがあるので連れてきました。ウィゼはどこに?」
「呼んでくる」
すぐにウィゼがやってきて、三人の様子を見ると、うなずいた。
「食堂を使いな」
「ありがとうございます」
カレン達三人は食堂に入り、イシルドは担いでいた男を椅子に座らせて。男は相変わらずぐったりしていたが、カレンがそれに近づき、髪をつかんで男の顔を上に向かせた。
「今から質問するので、答えられますよね」
男は何も反応しようとしないが、カレンはさらに男の髪を引っ張る。
「死んだふりをしても無駄ですよ。頭を動かすくらいはできるでしょう。できないというなら、無理をしてでもやりたいようにしてあげましょうか?」
カレンの言葉は静かで落ち着いた調子だったが、不気味な冷たさもあった。男はそれに怖気ついたようで、目を開けるとゆっくりと首を横に振った。
「や、やめてくれよ。何でも話すから」
「いいでしょう」
カレンはそう言ってから、イシルドとアデーレに視線を向けた。
「何かこの男に聞きたいことはありますか」
それにはまずアデーレが口を開く。
「じゃあ俺からだ。お前、どこの吸血鬼からあの力を与えられた?」
「知らない」
「はぁ? そんなわけがないだろうが」
「本当に知らないんだ。うちのボスに連れられて、目隠しされた状態でもらったんだよ。嘘じゃない、本当だ信じてくれ」
男は必死な様子だったが、アデーレは疑っているようだった。
「それにしてはノリが良かったよな」
「それは、いや誰だってあんな力を手に入れればそうなるだろ」
「なるかよ」
アデーレは呆れたようだった。それからイシルドがそれを引き継ぐ。
「お前以外で眷属にされた奴はいるのか?」
「知らない。でも多分いるはずだ」
「本当に知らないんですか?」
カレンが髪をつかむ手に力を入れる。男は慌てて否定した。
「本当だ、本当だよ。俺は知らない」
「そうですか」
それだけ言ってカレンは手を放した。
「ところで、この男のあの力はまだ有効なのでしょうか」
その質問にはイシルドが答える。
「いいや、あの姿になったらあんたに負わされた傷が戻るから、もう無理だな。死ぬ気なら可能だろうが」
「そういうことでしたら、心配はなさそうですね。しかし、放っておくのもいいとは思えません」
カレンの一言に男は縮み上がって、自分の頭を抱えた。
「やめてくれよ! 俺は、俺は」
「言い訳を聞く気はありませんね」
カレンはナイフを抜いた。だが、それはアデーレが止める。
「よしなよ、イシルドの言う通り、こいつにはもう何もできやしない」
カレンはアデーレその言葉にナイフを鞘に収めた。
「そこまで言うなら、ここで始末するのはやめておきましょう。不衛生ですしね」
男はあからさまに安堵した様子を見せた。
「後はてきとうに放り出しておきましょうか。おそらく利用価値もないでしょうから」
「それでいいのか?」
イシルドの言葉にカレンはうなずく。
「わかった、じゃあこいつは俺が捨ててくる」
「お願いします」
イシルドが男を無理やり立たせて外に連れて行くと、アデーレはにやりと笑ってカレンの顔を見た。
「あんたは芝居がうまいんだな。で、まさかこのまま放っておくことはないだろ」
「そうですね、明日あたりあの連中のアジトに顔を出したいところです」
「いいねえ、俺も付き合ってやろうか?」
「そういうことでしたらお願いしたいですね。ところで、イシルドさんとはどんな知り合いなんです?」
「何度か一緒に組んだことがあるんだよ。まあ、あいつは腕は立つしいい奴だよ。でも、あいつは組んでた相棒がいたはずなんだけどな」
そしてしばらくしてから、イシルドがなぜか一人の少女を背負って戻ってきた。
「おいおい、今度はなんだよ」
「この娘が外で行き倒れてたんだ。放っておくわけにもいかないだろ」
「少し見せてください。それから、少し出ていてくれますか?」
「わかった、頼む」
カレンはイシルドから少女を受け取り、その前に素早く並べていた椅子にその身体を横たえた。イシルドが出て行ってから、カレンは慎重にその少女の身体を探り傷がないのを確認する。
「特に傷はないようですね。疲労で倒れていたのかもしれません」
「じゃあ寝かせときゃ大丈夫ってことかい」
「そうですね、ベッドを借りられるなら、そこで寝かせておくのがいいでしょう」
しかし、そこで少女はゆっくりと目を開けた。
「目を覚ましたみたいだぜ」
「ええ、わかりますか?」
カレンは少女の手を握って優しく声をかけた。
「誰?」
「カレン。怪しい者ではありませんよ」
「ここは?」
「娼館ですが、心配することはありません。私はとりあえずここの用心棒ですね。何か食べるものは要りますか?」
「うん」
少女はうなずいた。カレンは微笑を浮かべてから少女の手を放し、何か食べるものを探しに行った。アデーレはその場で黙って少女の観察をした。
少女は髪は短く、行き倒れただけあって、だいぶやつれている。服もみすぼらしい。ちょうどそこにカレンがパンと水を持って戻ってきた。
「どうぞ」
少女はすぐにそれを受け取り、勢い良く食べ始めた。
「落ち着かないと喉に詰まらせますよ、水も飲まないと」
少女はその言葉にうなずき、水とパンを交互に口に運んだ。それを全部食べ終わる頃には、イシルドも部屋に戻ってきていた。
「そろそろ、名前を教えてもらえますか」
カレンが問いかけると、少女は手についたパンくずを舐めてから口を開く。
「ルミ」
「ではルミ、あなたはどこから来たのですか」
「わからない。どこか、遠く」
「遠く、ですか。そこからどれくらい時間をかけてここに来たかはわかりますか?」
「わからない。気がついたらここに来てた」
二人のやり取りにイシルドとアデーレは顔を見合わせた。だが、カレンは微笑を浮かべると、ルミの頭を撫でる。
「大変な目にあったんですね、ルミ。詳しい話はまた明日にして、今日はゆっくり休みましょうか」
ルミはカレンを見つめていたが、しばらくしてからうなずいた。
「うん、そうする」




