災い
タマキとベンハルトが燃え落ちた宿の残骸の前に戻ると、ちょうどオーゲンだけがいた。
「戻ってきたか、あの二人と、そっちの連れは町の外に出しておいたぞ。今は町よりも外のほうが安全そうだからな」
「そうか、ならばすぐに案内を頼むぞ」
「ああ、こっちだ」
三人は町を出て、そこから少し離れた場所に到着した。そこにはまだ目を覚ましていないリシカと、それを介抱しているヒスクとフローニカの姿があった。そしてフローニカは顔を上げる。
「殿下、もう町は大丈夫なのですか?」
「とりあえずはだ。今は次の対策を練らねばならん」
それからベンハルトは町の上空を見上げる。
「あれは力押しでどうにかなるものではないようだ。お前の考えを聞かせてもらおう」
「少し情報が少ないですが、あれはおそらく災いを運ぶ風と関係していると思われます」
「災いを運ぶ風?」
タマキが首をかしげると、フローニカはうなずいて続ける。
「はい。伝承によれば、その風は災いを運び、大地を荒れ果てさせたといいます。そして、それを止めたのはより大きな災厄の力であったと伝えられています」
「そのより大きな力が災厄の痣っていうやつなのか」
タマキが口を挟むと、フローニカはうなずいた。
「そうだと考えられています」
「なるほどな。まあどっかの国としては予期していたことの対策と、単純に力を手に入れるためにその痣の持ち主を探してたってわけだ」
「そうだ。それならば我がレッドバーストドラゴンにも引けをとらないだろうからな。存分に楽しめる」
ベンハルトは満面の笑顔を浮かべた。
「お前はそんな理由か」
オーゲンは多少呆れたような表情で言った。それからタマキはリシカの隣に膝をついてその額に手を当てる。
「悪いけど、話はそっちで進めてくれ。俺はこの子の様子を見ないといけないからな。ヒスク、一緒に来い」
それからタマキはリシカを持ち上げると、ヒスクと一緒にその場を離れた。そして後の三人からだいぶ離れた木の影にリシカを降ろした。
「あれが出てからずっとこの調子なのか?」
「はい。ずっと目を覚まさなくて」
「そうなのか」
タマキはそう言ってからリシカの前髪をかき上げた。すると、そこに痣が浮かんできたが、それはすぐに消えていく。
「どういうことだ」
そして、数秒後にはリシカは苦しそうにうめきだした。
「リシカ!」
ヒスクが慌てるが、タマキはそれを手で制して、リシカの様子をよく見る。それから、おもむろにその体をひっくり返すと、上着をめくって背中を出した。
そこには、赤く大きな竜の形の痣が浮き出していた。
「これは! 一体!」
ヒスクは驚いてタマキの行動を止めるのも忘れ、その痣を凝視する。
「痣が大きくはっきりしてきてるってことは、あれの力が増してるのが原因かもな」
それからタマキはリシカの服を戻し、その体を元のように仰向けにした。それからリシカの額に手を当てると、次第にリシカの様子は落ち着いていく。
「リシカ、大丈夫」
ヒスクが呼びかけると、リシカはゆっくりと目を開けて、タマキとヒスクのことをぼんやりと見た。
「ここは?」
「町の外だよ。もうあっちは落ち着いてるから大丈夫」
「そう」
それからリシカはもう一度目をつぶる。
「休みたいだろうが、とりあえず今は起きてくれ」
タマキがそう言って、リシカの背中を支えて起き上がらせた。
「気づいてないかもしれないけど、お前の中のアレがまた出てきた。前よりもだいぶ強くなってだ。何か自分の中で変わったことは感じられるか?」
リシカは自分の胸元に手を当てて、息を吐き出した。
「なんか、体が熱い感じがする。それに背中が少し痛い」
「それはあの痣が背中に移ったからだな。他には特に異常はないんだな」
リシカはうなずくと、自分の力で姿勢を変えて、木に寄りかかった。
「後は疲れてるだけ」
「そうか、じゃあしばらく二人で休んでろ」
タマキは立ち上がってその場を離れると、オーゲン達のいるところに戻った。
「あの二人の様子はどうなんだ」
「特に問題はなさそうだ」
タマキはオーゲンに答えてから、ベンハルトの顔を見る。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
タマキは空の雲を指差した。
「あの雲を放っておく気はないんだろ」
「当然だ。フローニカ、説明しろ」
「はい。まずはあの雲のことをしっかり調べることが重要ですから、誰かが偵察しなければいけません」
「それなら俺がやろう」
タマキがそう言うと、ベンハルトは首をかしげる。
「お前の召喚獣は小さいが、大丈夫なのか」
「ああ、俺一人引っ張って行くくらいなら大丈夫だ。王子様とオーゲンは下で待機してくれればいい。すぐに行ったほうがいいよな」
「ああ、行って来い」
ベンハルトの言葉にうなずき、タマキは右手を上げる。
「今ここに混沌と破滅の使者を呼び起こす、現れろ! ドゥームデーモン!」
そして現れたドゥームデーモンの肩につかまると、空に飛び上がった。
「偵察と言っても何を調べるのだ」
上空でドゥームデーモンがタマキに聞いた。
「あれがどんな力で動いてるのか調べるんだ。とりあえず突っ込むぞ」
「力押しか、まあよかろう」
そして二人は雲の中心に突っ込んでいく。実際に突入すると、妙に重くまとわりつくような雰囲気で、視界もほとんどなかった。
「何か見えるか」
「いいや、何も見えん」
「でも、何かを感じるな」
「ああ、力の塊がある。どうする?」
「当然突っ込んでみるしかないだろ」
「ふん、だろうな。行くぞ」
そして二人が直進していくと、突然雲が消えて視界が回復した。そこには青い光を放つ球体のようなものが浮かんでいる。ドゥームデーモンは停止し、それと相対した。
「ほう、これは中々のものだな」
「そうだな、しかもこれは周囲の力を取り込んでる。どうも俺達の力も吸ってるな」
「うむ。離れるか」
「そうしよう。でもその前に」
そこでタマキは小さな火の玉をその球体に投げつけた。しかし、それは球体に到達する前に消えてしまう。
「やっぱり駄目か。下手な攻撃は逆効果だな」
「わざわざ確認することもなかろう。戻るぞ」
そしてドゥームデーモンは雲からぬけ、元の場所に降下していった。
「どうであった?」
ベンハルトは戻ってきてドゥームデーモンを消したタマキに鷹揚な調子で尋ねる。
「雲の中にあれの核みたいのがあった。どうも周囲の力を吸収してるみたいで、中途半端な攻撃だとあれに吸収されて届かないな」
「力の吸収、ですか。それは厄介なものですね。放っておいてはこのまま大きくなっていくということでしょうか」
フローニカはそう言って額に手を当てた。だが、ベンハルトは腰に手を当てて空を見上げると、口を開く。
「簡単なことだ。それが吸収できないほどの力を叩き込んでやればいいだろう。我がレッドバーストドラゴンのスカーレットバーストをな」
「そう簡単にいくのでしょうか?」
「それを考えるのがお前の仕事だ。そこの二人を使って策を練れ」
それだけ言ってベンハルトはその場から離れて行ってしまった。フローニカは小さくため息をつく。タマキはそれに微笑を浮かべた。
「あんたも大変なんだな」




