3話 あーしだけの王子様/キミだけのプリンス
その少女は品行方正であった。
少女の父は、"人として人の模範たれ"を教訓とし、
周囲から羨望の眼差しを受けやすい人物であった。
少女の母は、"淑女という言葉が歩いている"
と言われるほど、周囲から余るほどの敬いを受け、
また慢心をしない人物であった。
そんな両親をもち、少女が"傑物"に成長することは想像に容易かった。
少女が中学校に上がるあたりで、ソレは起きた。
ある日、少女が家に帰ると、
母が大きな水のペットボトルを抱えているのを見た。
ペットボトルのラベルには"神佛の海"とあった。
普段の和やかな雰囲気に比べ、やけにひきつっていたのを少女は今でも覚えている。
その日を境に、両親の言い争う姿が増えた。
毎日の楽しみであった、夕飯を食べるときの一家団欒の時間は消えた。
数週間後、一家団欒の時間は帰ってきた。
玄関には"神佛の海"と書かれたダンボールが
山積みになっている。
母が口を開いた。
『そろそろ、この子にも会わせましょうよ』
父も口を開いた。
『僕もそう思っていたところだよ』
数日後、ある廃墟に両親は少女を連れてきた。
両親に引き摺られ、廃墟の奥の大部屋へ入ると、
教会のように長机がたくさん置かれ、奥にはろうそくやら、大きな机の上に古びた辞書のような本が、大事そうに置かれている光景が見えた。
大部屋にはたくさんの人がいた。老若男女関わらず、少女よりもずいぶん幼く見える子供たちも見えた。
そんな人々がボロボロの長机に座り、両手を必死に擦り、奥の大きな机に置かれた古びた本を崇めているようだった。
その古びた本の前に、みすぼらしくも豊満で、潰れた饅頭のような頭をした男が現れた。
その男が現れた途端、本を崇めていた人々は突然、涙を流しながら床にひれ伏しはじめた。
隣にいた両親も例外ではなかった。
大部屋の中で、立ったままだったのは
少女と饅頭男のみであった。
少女に気付いた男は天井を指差し、なにかブツブツと言い始める。
ボロボロの廃墟にあるには違和感があるような天窓が
男の頭上に設置されていて、なにか呟く男を眩しい陽射しが照らしている。
陽に包まれた男を見た少女は、心地よいような、暖かい布団で包まれたような、そんな気持ちになり、強い眠気に襲われた。
意識がとぶ直前、男がしたり顔をしているような気がした。
ガラスの割れた音が響いた。
少女が目を覚ますと、慌てふためく男の姿が視界に入った。
男は割れた天窓のガラスから身を守るためか、腕で頭を守っている。
瞬間、男を包む陽射しが大きな影でかき消された。
天窓から何か黒いものが猛スピードで侵入してくる。
男は何かに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
その衝撃が少女のところまでビリビリと伝わり、少女は後ろに倒れかける。
しかし少女が床に倒れる瞬間、誰かに支えられた。
『よく頑張ったね、あとは任せて』
サイレンの形をした頭をもち、おおよそ高校生と思わしき少年がそこにはいた。
黒い学生服を着こなし、スラッとしたその姿
中学へと上がり、恋愛を強く意識しはじめた少女には
まるで王子様のように見えた。
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『やっばぁー泥んこじゃーん』
突然、周囲が泥だらけの地面になって
他には木々も建物も水平線まで見当たらなくなって
隣ではマヌケそうな声でお姉さんがぼやいてる。
……炊飯器のせいで、水平線まで何もない泥の平原へと私たちは飛ばされてしまった?
何が何だか、よくわからない。
『んじゃ改めて仕事の説明するねー』
くるぶしについた泥を払いながら結城さんが言う
『あーしたちの主な仕事はるーちゃんたちみたいな能力者の保護とー、こういう謎な空間"常世"の処理なんだよねー。
昔に能力持った人たちが現れ始めてから、同時にこういう常世に繋がる物も現れ始めたんだー』
それがさっきの炊飯器か…この空間に繋がる物…
……あれ?
『これどうやって出るの?』
『あーね、そこが一番の課題というか…』
課題?課題ってどういう…
続く疑問を結城さんに投げかけようとしたとき
泥んこの平原の、水平線の彼方に小さな人影が見えた。
その小さな人影はこちらに走ってきているようで、
少しずつ姿形が大きく見えて、どんな見た目かもわかってくる。
パツパツのジーンズを履き、他に服という服を着ず、
全体的にぶくぶくに太った男性が
泥まみれの裸足で、私たちに向かって走ってきていた。
もっと近づいてくると更に驚いた。
この世界で私以外にあまり見ることがなかった
人の顔を持ったおじさんだったのだ。
そのおじさんは私たちの5歩くらい前で止まり、
ふぅー…ふぅー…と息を吐きつつ、口を開いた。
『どうも初めまして、ふぅー…
ワタクシはプリンスと言って、ふぅー…
あだ名とかじゃなくて本名がプリンスで、ふぃー…』
プリンスと名乗るおじさんは息を整えつつ
私たちの顔をまじまじと眺めている。
『君たちがそうか……ふぅ、それでは説明しよう。』
息の整ったプリンスが再び口を開いた。
『ワタクシは何者かと契約して、この空間にきた。ここにくるまでの記憶はほとんど無いし、契約した相手も覚えていない。
契約内容は、ワタクシが訪問者に望みを叶えてもらうまでここに滞在できること。もし望みを叶えてくれたら、その訪問者に報酬を渡し空間が消える……以上だ。』
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少し間を空けてから、次に結城さんが口を開いた。
『さっきの炊飯器みたいな物から常世に入るとね、こういうプリンスさんみたいな人が必ずいるんだー。
いまプリンスさんが説明した通りに望みを叶えてあげるのが、あーしたち"到頭"の仕事なの。』
……うーーん。まだ理解が追いつかないなぁ。
『まぁー"習うより慣れろ"よー!とりあえず今回の仕事はあーしがやるから、流れを見て覚えてねー』
『うーん……わかった』
『それじゃあプリンスさん!貴方の望みはなーに!』
するとプリンスはまた、ふぅー……と息を整える。
たぶん息切れとかではなくて、気持ちを落ち着けるための深呼吸だ。
『死んだ妻の顔が見たいんだ、欲を言えば会いたいがね』
妻の顔が見たい……かぁ
『奥さんの顔は覚えてないんですか?』
プリンスはとても重そうに口を開く
『いや、朧げだが覚えている、ただハッキリと目に焼き付けたいんだ、どうにかできないだろうか……』
プリンスさんの頭の中で
しかも朧げにしか現れない奥さんの顔
プリンスさんも難しいだろうって考えてるんだろうな……
『あーね、あーし出来るよー!』
しんみりとした空気の中
明るく大きな声が、泥んこの地面にこだました。
(゜o゜;
プリンスさんがこんな顔をしてた、無理もないと思う。
『あーしはねぇ……ほら』
結城さんは腕を伸ばし、手のひらを上に向けて広げた。
すると手のひらの5cm上あたりが
薄く水色の光に包まれていく。
コポコポと音を立てて、光が一点に収束していき
やがて形が見えてきた。
蝶だ。
蝶が光の中から次々と現れ、私たちの周りを舞う
『…美しいな、だが蝶を出せたところで、妻の顔を見せられるんだろうか』
プリンスの言葉は耳に入れると、棘があった
けれど、なんだか申し訳なさそうな感じもある
『あーしの能力はこんなもんじゃないよー』
そう言うと、結城さんはプリンスの眉間に
人差し指を突き立てた。
プリンスはおとなしく、結城さんが何かするのを待っている
『……ぐすん』
すると突然、結城さんが涙を流しはじめた
びっくりした…と思ったら、プリンスも泣いている
『ふっ……ぐっ……うぅ』とプリンスは静かに涙を流し
『……うぇーーーん!』と結城さんは泣きだした
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口紅の形をした結城さんの顔から、どんどん涙が滲み出ている。
『あーしはね……ぐすん、幻影を見せたりね、幻聴を出したりとか、記憶を読み取ったりできる能力者なの……ぐすん』
そう言って結城さんは
プリンスさんに触れてないほうの手で、
さっきの蝶を出したときみたいに光を集めだした。
『でもね…記憶喪失の人とか、もう覚えてないこととかは読み取れないの……さっきまでさ、るーちゃんに触れてみてたけどやっぱりダメだった……記憶が見当たらなかったから……ぐすん』
だから膝枕で私にくっついてたのか…
『でもね…うぅ、プリンスさんの記憶は確かに朧げだけどね。奥さんの顔はしっかり見えるの…記憶の湖の底で、輝いてたよ』
結城さんの片手に集まった光が形を成していく
『顔だけじゃなくて…ハッキリとじゃないけど幸せな気持ちとか、寂しい気持ちとか…いっぱい伝わってきたよ?ちょー愛してたんだね…ぐすん…だからその気持ちを、プリンスさんにいま伝えてるんだ…』
プリンスさんの眉間に触れている結城さんの指が
光り輝いている。
プリンスさんは泣き続けているけど、すっごく穏やかな笑顔だ。
結城さんのもう一方の片手に集まってきていた光は
口を作り、鼻をつくり、目を作り、髪をつくり、
出来たのはとても精巧な女性の美しい顔だった。
薄い水色に輝いて、その顔はニコリと笑っている。
結城さんはプリンスさんに触れるのをやめて
プリンスさんは作り出された女性の顔をじっくり眺めだした。
気づけば、プリンスさんの姿が薄く透けてきて、消えはじめてきていた。
『結城さん?』
幻影の能力かなんかかと思って聞いてみる
が、結城さんは首を横に振る。どうやら違うらしい。
『ありがとう……ワタクシは忘れてなんかいなかったんだな。キミを覚えていたことを思い出せて、とても……満足だ』
そのまま、プリンスさんは奥さんの顔を眺めながら、
身体が、小さく綺麗な塵となって、完全に消えた。
プリンスさんが消えると、私の視界も真っ白になって
泥んこの地面も、澄み渡る青空も、消えた。
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……
………
……………………
真っ黒な天井だ。
私が起きたことに気がついて、天井はたゆんと揺れる。
『おはよう!るーちゃん!!』
…また膝枕されてたみたいだ。
私が目覚めるまで、無理に起こさず待ってくれてたのかな…
『うーん…、えと、ありがとう。ゆ、ゆーちゃん…』
『る、るーちゃん…るーちゃん!!!!ふん!!』
うっ……ぐ、すごく力強いハグだ……苦しい……
……ん?なんかゆーちゃんが何か握ってる。
『え?あーこれはね……』
それは花の柄が入った綺麗な"櫛"だった。
『常世で望みを叶えると、外に出てから報酬が貰えるんだー!これなんだろー』
あー、ゆーちゃんとか髪が無い人は知らないか……
『貸して』と言い、その櫛で私の髪を梳かしてみる。
『へー!るーちゃん使い方わかるんだー!すごーい!』
『えそう?えへへ…』
教えてもらってばかりだったから
こう、褒めてもらえると嬉しいな……
ボ ン !!!!!と突然、頭上から音がした
…なんか髪の感触が変だ
『わあー!るーちゃん髪型変わってるよ!髪型を変えられる道具なんだね!』
『え?いや、ただ髪を整えるだけの道具なんだけど……あれ……』
『じゃあさ!それが報酬だね!!常世で貰える報酬は!不思議な能力をもってるんだよ!』
えー……いまどんな髪型してんのかな
気になって手で触ってみた
……たぶんリーゼントだ
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乗ってきた車に向かう途中、聞いてみた
『その、ゆーちゃんはなんでこの…"到頭"…だっけ?なんで到頭に入ってこの仕事しはじめたの?能力が覚醒…したから?』
ゆーちゃんは横に首を振った
『ううん、覚醒したからじゃなくて、やりたいから入ったの!昔ね、すっごくかっこいい王子様みたいな人に助けられてねー!それがきっかけで到頭に入ったのよー!気合いで』
『気合いで…』
『どうしたのー?急にー!』
『うんとね…いまの仕事見てて…私にね、もしもね、ゆーちゃんみたく能力があるならさ。ゆーちゃんみたいな仕事をしてみたいなって思ったんだ』
『る、るーちゃん…!!んー!ぎゅ!!!!』
うっ!!また力強いハグ…!
でもなんか、心地よかった
夕陽が私たちを照らす中、車に戻ってきた。
ちなみに
車の中から私の髪を見た、運転手のおじいちゃんは笑ってた
髪直すの忘れてた…




