第21話 あなたの言葉は、あなたを救っていない
ジャンヌが静かにうなずいた。
「はい。美しい檻ほど、人はそれを檻だと気づきにくい」
「聖女もか」
「ええ。聖女も、檻です」
ジャンヌは穏やかに微笑んだ。
「私も、ずいぶん居心地の良い檻に入れられています」
「貴様は出る気があるのか」
「必要があれば」
「ない時は?」
「居心地を整えます」
「強いな」
「聖女ですので」
この人たちは、冗談の中にたまに刃を混ぜる。
俺は、ノートPCを開いた。
後編シナリオのファイル。
《本能寺再提出》
画面の白い余白が、こちらを見返している。
その時、高橋さんが声を上げた。
「レーヴァテイン、追加で生放送告知出しました」
「生放送?」
佐伯さんが顔を上げる。
「はい。今日の二十時から、イベント開始記念の公式配信です。新キャラ紹介、開発裏話、シナリオ解説……それと」
高橋さんが少し言いづらそうにする。
「歴史解釈協力者をゲストに呼ぶ、と」
開発フロアの空気が止まった。
「名前は?」
俺が聞く。
「出ていません。“本能寺解釈アドバイザー”とだけ」
佐伯さんが、低く息を吐いた。
「光秀さんだね」
「たぶん」
俺はモニターを見る。
告知文には、こうある。
――本イベントの制作に協力いただいた歴史解釈アドバイザーをお招きし、《新たなる本能寺の変》の魅力を深掘りします!
歴史解釈アドバイザー。
便利な肩書きだ。
名前はない。
本人性もない。
責任もない。
でも、権威っぽく見える。
光秀はそこに座らされる。
自分の言葉が曲げられたイベントを、協力者として紹介される。
「行きます」
俺は言った。
佐伯さんがこちらを見る。
「配信を見る、という意味で?」
「いえ。現場に」
「現場?」
「レーヴァテインの配信スタジオ、たぶん都内ですよね。公開生放送なら、関係者受付か、少なくとも近くまでは行ける」
「宮田くん」
佐伯さんが頭を抱えた。
「競合の配信現場に乗り込むのは、だいぶ危ない」
「でも、光秀さんに会えるかもしれません」
「会ってどうするの」
「話します」
「何を」
「あなたの言葉は、あなたを救っていないって」
自分で言って、ずいぶん乱暴な言葉だと思った。
でも、今言える形はそれしかなかった。
佐伯さんはしばらく俺を見ていた。
それから、信長を見る。
信長は黙っている。
行くとも、行くなとも言わない。
「信長さんは?」
佐伯さんが聞いた。
信長はゆっくり口を開いた。
「行く」
「ですよね」
「光秀がいるなら、会う」
「会って、斬るとか言いませんよね」
「場合による」
「困るなあ」
佐伯さんは胃を押さえた。
ジャンヌが微笑む。
「私も同行します」
「ジャンヌさんも?」
「はい。もし光秀さんが本当に顕現存在なら、管理局が動く可能性もあります。現地で何が起こるかわかりません」
黒川さんが、すっと手を挙げた。
「私も行きます」
「黒川さんまで?」
「信長様の外出時衣装管理が必要です」
「そこ?」
「現代の配信スタジオに軍装で入るのは危険です。説得力のあるコスプレ同行設定が必要です」
「黒川さんがいると、本当に通りそうで怖い」
佐伯さんは天井を見上げた。
「全員で競合の配信に行くの、どう考えても会社的にアウトなんだけど」
「佐伯さんも来ますか」
俺が聞くと、佐伯さんは即答しなかった。
少し考えた。
そして、机の上の胃薬をポケットに入れた。
「行くよ」
「いいんですか」
「よくない」
佐伯さんは、きっぱり言った。
「でも、明智光秀が中間管理職タイプなら、あの場で一人にするのはきつい」
「佐伯さん……」
「あと、宮田くんと信長さんだけで行かせたら、絶対に話が燃える」
「そっちですか」
「どっちも」
信長が不満そうに言う。
「私を火種扱いするな」
「信長さん、昨日から何回“燃やす”って言ったか覚えてます?」
「必要な時だけだ」
「必要性の判断が怖いんです」
信長はそっぽを向いた。
佐伯さんは、社内チャットを開く。
「高橋さん、俺は外出。何かあったら電話。後編の公開準備は予定通り進めて」
「はい。外出理由は何にしますか」
「競合調査」
「そのままですね」
「そのままだよ。嘘じゃない」
高橋さんが少し不安そうに聞く。
「競合に見つかったらどうします?」
佐伯さんは、数秒考えた。
「業界交流」
「苦しいですね」
「胃も苦しい」
俺はノートPCを閉じた。
配信開始まで、あと四時間。
ヒスガル後編のシナリオはまだ完成していない。
だが、光秀に会わずに書ける気がしなかった。
信長の時と同じだ。
本人の言葉を聞かなければならない。
ただし、本人の言葉をそのまま信じるだけでも足りない。
彼女が自分をどこに置きたいのか。
どこに置かれたくないのか。
何を誤解だと思い、何をまだ自分でも誤解しているのか。
そこを見なければ、また役割になる。
裏切り者ではない光秀。
忠義の少女。
信長を止めた女。
どれも綺麗だ。
綺麗だから危ない。




