8、ファミレス
鉄男の家は年季の入った平屋だが、なかなかの広さの庭とガレージまである。今日は屋内も室内も黒い服の人々で埋めつくされている。線香の匂い、回転灯籠の仄かな光。やけに響くお坊さんのお経と途切れることのない木魚の音。そしてすすり泣く声。
鉄男の両親に挨拶して焼香を済ませたあとは、邪魔になってはいけないと思い庭の隅に移動する。同級生だけではなく近所に住む者たちや、もしかしたら職場関係の者たちも来ているんだろうか? まだまだ人が途切れる様子はない。
ツキンッ! と小さな痛みが脳内に走る。こんな悲しみの渦巻く風景。いつだったか分からないが見たことがある気がする。
いつだったかな……?
「露木くん」
物思いに耽っていると、後ろから肩をポンッと軽く叩かれる。振り返ると葬式にも関わらず指先をマニュキュアで赤く染めた喪服姿の守子が、ぎこちない笑みを浮かべ立っていた。
「来てくれたのね」
「あぁ、みんなも来てるんだろ?」
「うん。これからファミレスに行こうってなったわ」
「じゃ、オレも行くよ」
ガレージを守子が指さす。ガレージのすぐ近くに白いワゴンが止まっており運転席には、はじめが難しい顔でこちらを見つめていた。助手席には洋二が腕組みをして座ってる。
「はじめの運転、見た目と違って割と乱暴だから驚かないでね」
「ハンドル握ると性格が変わるってやつか」
「ふふふ! そんな感じよ」
ゴォーッと音を立ててドアを開き、後ろの座席に守子と座る。
「ちゃんと、シートベルトしてよ」
「はーい!」
「了解」
はじめはオレたちがシートベルトをしたのを確認すると次の瞬間、グォン! エンジンをふかし勢いよくワゴンを走らせる。道が傷んでいるようで、ときおりワゴンが跳ねる。たしかに乱暴な運転だ。つねに賑やかだった鉄男がいなくなったからか車内は、ラジオから流れる音楽だけが聞こえる。まぁ、葬式の後で賑やかに話す雰囲気じゃないのもあるのかもしれないが。
なんとなく息苦しくて窓を開けて通り過ぎていく木々や民家、そして街の中へ入っていく景色を眺めつづけた。車内に冷気が入りこんでキンッと冷えたけど、寒いとか窓を閉めてとか言われることはなかった。無言のまま三十分ほどでファミレスには到着した。
「一番奥の席に行きましょう」
「空いててよかった」
「平日で十三時過ぎてますからね」
三人の後をゆっくりついていき、少し薄暗い奥の席に座った。オレの隣に守子、向かい側正面に洋二、その隣にはじめといった感じだ。洋二は相変わらず鋭い視線をオレに向けてくる。はじめと守子はメニューに夢中だ。いちごが食べたいと明るい声が聞こえてきた。友達の葬式の後なのに……と思わなくもないが、オレも腹は減ってる。洋二から視線を外しメニューを手にとった。
「今日は急にごめんね。みんなに見てほしいモノがあるのよ。今日、鉄男のお母さんから預かった手紙のコピーと、昨日アタシに届いた手紙なんだけど」
ハンバーグを食べおわりドリンクバーで何杯目かのおかわりを持って席に戻ると、守子が眉をよせハンドバッグから茶封筒を二通だしテーブルの中央に置いたところだった。
「それなら僕のところにもきたよ」
「ボクにも届きました。思ったとおり鉄男にも届いていたようですね」
「……オレの家にも届いてた」
次々に茶封筒がテーブルに並べられていく。
「なるほど。宛名の違いはありますが五通とも外見は同じですね」
用心深く洋二が一通ずつ手にとって確認する。
「中身も同じなら……僕たちも……殺されるのかな? 鉄男みたいに……」
小さくつぶやきながら、はじめが恐る恐る震える手で一通ずつ中身を出す。
『ヒトゴロシ』と赤い筆文字で書かれた便箋は五通とも同じ。
鉄男、守子、はじめ、洋二に宛ての中に入っていた記事のコピーもまったく同じモノ。
『露木竜志さん(15)が●▲中学校、校庭内にあるプールで溺れた状態で発見された。真冬に一人でプールに入ったとは考えられないため事件と事故の両面で捜査中』
ただ最後の一枚、オレ宛ての封筒から出てきた記事を見て、はじめがゴクリッと唾を飲みこむ。異変を感じた洋二が、はじめから記事を奪って確認する。
「これはどういうことなんでしょうか?」
ただでさえ睨むような視線を送りつづけていた洋二は、さらにキツく射抜くようにオレを見た。
『露木一家不審死事件
2003年3月25日、火曜日。
露木竜志くん(15)が●▲中学校のプールで溺死した翌日、露木くんの両親、弥治郎さん(43)、ハルエさん(42)が自宅の寝室で血を流し死亡しているのを近所に住んでいる主婦が発見し警察に通報した。弥治郎さんとハルエさんは、竜志くんが亡くなったとされる当日の午前2時前後に鋭利な刃物によって殺害されたと思われる。どちらの現場にも目撃者はおらず捜査は難航している。捜査本部は両事件の関連性を含め周辺の聞き込みを重点的におこなうようだ』
「オレにも分からないんだ。だから何か手がかりがないか、このあと実家に立ち寄るつもりでいたんだ」
正直なところ記事が真実なのかと疑っていたりする。というのも、ところどころ微妙に文章が違うのが気になっていたりする。さらにいえば手間はかかるが記事を作ることもできるだろうし”竜志”であるオレが生きているからだ。
「……ではボクたちも貴方といきましょう」
「来るのか?」
「何か、やましいことでもありますか?」
「特にはないが……」
「決まりですね」
まぁ、人数がいれば、もしかしたら過去に繋がる何かが分かるかもしれないと思い頷きで答える。さすがにあの怪しげな地下室を見たら驚くかもしれないが……。
「では早速、今から行きましょう」
「あーと。着く頃には夜になるが大丈夫か?」
「一泊くらい泊めていただけますよね」
「かまわないが守子はどうする?」
「アタシも行くわ。露木くんの家、気になるもん」
最後に、はじめに視線が集まる。はじめは、ため息を吐きながらポケットから車の鍵を出して立ち上がった。
「仕方ないなぁ。車は僕のだからね。駐車場はあるんだよね」
「無い。が、集落の一番奥にある家だから路駐でいいと思う」
ファミレスを出てからの車内は無言が続く。殺された鉄男が同じ手紙をもらっていたこと。オレだけに違う記事が入っていたこと。色々なことが重なって音楽さえ聞く気にもならないのかもしれない。ミラー越しに様子をうかがうと、はじめは運転に集中してるし、洋二は腕組みをして難しい表情。鏡は苦手なのですぐに視線を隣の守子に移すと、時間を持て余してるのか気をまぎらわせるためなのか分からないが化粧直しをはじめた。真っ暗な車内で上手くできるんだろうか?
「ここで道路は終わりみたいなんだけど……」
「あぁ、この先が実家で少し歩くんだ」
ワゴンを降りると三人は辺りをキョロキョロ見渡す。
「バス停がポツンとあるだけなんですね」
「野犬とかイノシシとかいないよね」
「真っ暗で何も見えないじゃない」
「野犬は見たことないがイノシシはいるらしい。暗いのは、まぁ、懐中電灯があるから大丈夫」
かろうじてバス停を照らす街灯が一つあるだけのさみしい道の果て。そのバス停のわきからのびる砂利道が実家へ続く唯一の道なのだ。
〉〉〉8ノ裏、鉄男の母
お葬式は好きになれない。特に最近は露木くんのことを考えてしまうから……。などと思いつつ鉄男の葬式を遠まきに見ながら、ガレージの裏手にまわり壁にもたれると、ハンドバッグからマニュキュアを出して爪を赤く染めていく。赤は好きな色。持ってる服や靴も赤が多い。
「あっ。少しハミ出しちゃったな」
手を空にかざすと爪の赤が少しだけ指先についてしまっているのがよく分かる。
「風音さん? 風音守子さんですよね?」
かすれた弱々しい声に振り返ると、喪服姿の小柄な女性が目元を赤く染め、手にはハンカチと茶色い何かを握りしめてアタシを見ていた。
「はい。風音守子はアタシですが……」
「私は鉄男の母です」
面倒くさいから焼香だけして挨拶はしなかったから最初、誰なのかピンとこなかったけど目元が鉄男そっくりだ。
「鉄男から話は聞いてました。中学の時に仲良くしてもらっていたとか」
本当に仲が良かったかは分からない。毎年の同窓会や二次会で一緒にいたのはたしかだけど惰性でしかなかったかもしれない。鉄男はアタシの好みじゃなかったからね。
「はい。鉄男くんとは仲良くさせていただいてました」
けどアタシは大人、当たり障りのない返事を返した。
「これを見てほしいんです」
握りしめていた茶色いモノをアタシに渡してきた。ヨレヨレの中身もやっぱりクシャクシャになっていた。
「……アタシのところにも同じモノが届きました」
「なにか思いあたる事はないですか?」
「いえ、あのこの手紙は警察には届けなかったんですか?」
「届けたというか……。プールで鉄男が見つかった時に本物は警察が持っていきました。それはたぶんコピーですから……。鉄男は引き出しが多くて使い勝手がいいだとか言って、いまだに小学校入学の時に購入した勉強机を使っているんです。それでその引き出しの中で見つけたんです。けどおかしいんです。周りには内緒にしていましたが鉄男は泳げないんですよ。だからプールに、しかも夜中に一人で行くなんてっ……」
最初は懐かしみ緩やかだった口調が、最愛の息子を亡くした直後の激しい感情に揺さぶられ荒く大きくなっていく。アタシは鉄男のお母さんから視線を外し、手元の手紙を観察する。アタシのモノと紙の触り心地が違うのはすぐに気がついた。あとコピーだからだと思うけど茶封筒にも宛名が書かれていないことも分かった。
「この手紙、預かってもいいですか? 今日このあと同級生に会う約束をしてるので何か心当たりがないか聞いてみます」
「もちろんです。よろしくお願いします」
深々と鉄男のお母さんは頭を下げた。




